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おふでさ きに

このさきハ かくらづとめの てをつけて みんなそろふて つとめまつなり
みなそろて はやくつとめを するならバ そばがいさめバ 神もいさむる 
いちれつに 神の心が いづむなら もののりうけか みないつむなり
りうけいの いつむ心ハ きのとくや いづまんよふと はやくいさめよ
りうけいが いさみでるよと をもうなら かぐらつとめや てをとりをせよ
このたびハ はやくてをどり はじめかけ これがあいずの ふしきなるそや
このあいず ふしぎとゆうて みへてない そのひきたれバ たしかハかるぞ
そのひきて なにかハかりが ついたなら いかなものても みながかんしん
みへてから といてかかるハ せかいなみ みへんさきから といてをくそや

とありますように、この世、人間をお造り下された親神様は、人々にかぐらづとめと12下りのてをどりの手振りを教え て

皆が一手一つにおつとめをするようになるのを待ち望んでおられます。
そして、このおつとめによって人間が喜び勇む有様をご覧になられ、親神様の御心も勇んでくるのです。
反対に、親神様が勇まぬようなときは作物の育ちも悪くなり、十分な収穫は得られなくなります。
農作物が十分に実らなくなるような人間の心は、親神様から見れば気の毒であるから、皆の心が勇むようにおつとめを勤 めるようにとの仰せでございます。
かぐらづとめや12下りのおつとめをすると、人々の心が段々と陽気に、心も晴れ晴れとしてきます。そしてその心を親 神様もお喜び下されることにより
不思議な親神様のお働きが必ず現れてくるのであります。
おつとめによって現れた親神様のお働きは不思議なものであり、それがいつ現れるかは人間には分かりませんが、 いよいよ現れる日が来たならば、
なるほどと誰もが納得するのであります。
人間は結果を知ることで納得するものでありますが、親神様は目に見えない将来のことまで教えて説いてくださいますか ら、人間心で分からないことが
ありましても親神様の言葉を疑ったり、否定したりしないで、どこまでもその言葉を信じて、その実現の日を待つように との仰せでございます。

この神様の言葉を信じて、毎日12下りのおつとめをするようになりました。
お歌と手振りをよくかみしめながら踊っていますと、なるほど、なるほどと感じるようになり、この道は親神様をまっす ぐ信じて日々を
暮らさせて頂けばよいのだという心になりました。
にをいがけに歩いて、断られても結構。神名流しをして人から笑われても結構。路傍講演をして嫌な顔をされても結構。
全ては親神様が喜んで下されば、その行いに対する結果はいずれ己の喜べる結果をもらたして下さると信じることができ るようになりました。
おつとめをするとなぜか勇んできます。理由はわかりません。そして神様が我が心に話しかけるのです。
誰それのところに行ってほしいなあ、今日は神名を流してほしいなあ、あそこで親神の話をしてほしいなあと。
私はただそれに従ってご用をするだけなのです。
今までは、どうしたら人ができるのか。どうしたら人が寄ってくるのかばかりを考えていました。まったく人間思案でし た。
この一連のお歌と、おつとめの理によって人間がどれだけ努力しても限界があるし、もっというなれば人間は何一つ自分 の力でできるものは
一つもないのです。全ては神様の力によってなされたことで、それを私達は自分の力でしたと勘違いをしているだけなの だと。
大きな器にはたくさんのものが入るが、小さな器にはわずかしかはいらない。
それと同じで、私達の心を大きくすることにもっと努力をしなければと感じます。



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