やっぱり自然は、おもしろい!!

「ワクワク どきどき サイエンス」 

      ーーー私の出会いと感動のエピソード(お話)ーーー


 この文章は、小学校の中・高学年から、中学生までのみんなに、読んでもらえるように書きました。メールで感想、待っています。



プロローグ(はじめに)

ダニの話からはじめます

 H中学校は平成2年に開校した新しい学校で、オープンスペースと言って教室の壁が移動できて、広い空間になります。廊下は広くてカーペットが敷いてあり、歩いても音が小さく、座って集会をするにも便利で、なごやかで家庭的なムードをつくっています。   しかし、いま、アトピーぜんそくの原因としてカーペットのダニ がよく問題にされています。学校にも、アレルギー体質の生徒がいて、カーペットの事が、ときに話題になります。

「カーペットにダニ、いるかもしれないね。」

「そうじきで、そうじはしてるけど…。」  

しかし、それ以上会話はすすみません。  

 わたしは「ぴかーっ」とひらめきました。

「学校のカーペットで、ダニが見つかり、その数の、多い少ない( 定量化といいます。)が言えたら、すごいぞ!」  

さっそく、科学部員に提案しました。


1 ダニへの思いは10年前から

 実は私のダニへの関心は10年前からありました。O中学校につとめていたころ、理科の教師が何人かいて、大先輩のリーダー格のM先生が

「理科教師も生徒と同じように、一人ひとり、研究テーマを持とう。」と提案されました。  

 わたしは「シダ植物」を受け持ち、別の先生が「ダニ」を担当されました。私が「シダ植物」になったのは、私が植物に少しばかり興味があったので、そうなったように思います。「ダニ」を担当した先生は、なぜそうなったのか、はっきり思い出せません。

 ときに「ダニのほうは(研究が)進んでいますか。」と冗談をかわしたりしていました。ダニの姿など、まったく見たこともない当時のわたしには、「ダニもいいなあ。」と思っていました。とかく人のものは、よくみえるものです。  

 あれから10年がたち、ダニの研究の見通しがたちはじめたころ、その当時のダニ担当の先生に会いました。そして、「じつは、先生のテーマ、いただきました。」と報告すると、先生はにこにこと笑っておられました。


2  花の名前を勉強しよう

 私は理科の教師ですが、小さいころ、植物採集、昆虫採集で野山を走りまわるようなことはあまりありませんでした。中学校時代、私の好きな担任の先生が理科の先生で、そのことが私が理科の教師になるきっかけだったように思います。その先生はよく授業の中身とはちがう、おもしろい話をされて、大変ユニークな先生でした。

 教師になって、はじめてつとめた学校は、自然の豊かないなかの学校でした。4年間いましたが、植物や野鳥には関心がなく、つぎの学校も自然の豊かないなかで、3年間いましたが同じでした。ときに、ほかの先生がたが植物のことを話されていても、その仲間には、入りにくい状況でした。  

 そして山口市に近いO中学校に転勤になったとき、決心しました。 「理科の教師が、足もとの美しい花の名前もわからないのではいけない! 勉強しよう!」  

 教えてくれるところを探しました。それは博物館であり、日本野鳥の会でした。山口博物館や秋吉台科学博物館主催で、植物、地学、天体、昆虫などの自然観察会が、県内各地を会場に開かれています。 日曜日ごとに朝から車で出かけて勉強しました。博物館の先生にも親しくなり、2、3年たつと 「あなたに観察会参加の 皆勤賞を出しましょうか。」 と冗談が出るほどでした。野鳥の会の「探鳥会」も月 に1度は開かれ、出かけて行けば、必ず、新しい鳥との出会いがあり、感動したものです。  

 「たたけよ、さらば開かれん。」です。勉強の場は、求めれば、身近なところにたくさんあるものです。長く参加していても、すべての名前が頭に入るわけではありません。しかし、図鑑の見方にもなれ、私にとって、自然(野外)は昔のように恐ろしい存在ではなくなりました。


3  科学部を担当したけれど…

 さて、O中学校で科学部を指導されていた植物の大家M先生が転勤されて、私が科学部を担当することになりました。そのころ、O中学校はスポーツの部活動がたいへんさかんで、いろいろと優勝しては、体育館でみんなを前に披露されていました。 

 ある時、同僚の先生が 「科学部もコンクールに参加して、みんなをあっといわせたら…。」といわれました。みんなから活動したことが認められるということは、おとなも子どももうれしいことです。やる気もわいてきます。


4  まず、 バードウォッチングから 

 秋のコンクールをめざして、「学校周辺の野鳥の観察」からスタートしました。科学部は、活動に必要な道具は理科室にあるものでまにあってしまう、安上がりな部と思われがちです。しかし野鳥の観察に双眼鏡は必需品です。部員はみんな、個人の費用で双眼鏡と小さなノート(フィールドノート、野帳)、筆記用具をそろえて、活動することにしました。  

 双眼鏡を首にかけて外を歩くのは、最初、勇気がいります。「へんな人たち」 と思われるのでは…。そんなときは、大きな声で鳥の名前などを言って、「バードウォッチングしてるんだよ。」と行動で示しました。でも、毎日新しい発見があり、記録が ふえてくると、はずかしさもなくなってきました。

 1年間を通して、どんな野鳥が、どのくらい見られるのか、 また渡り鳥か、留鳥かなど、グラフや表にまとめ、コンクール (発表会)や文化祭で、発表し、 少しずつ校内で認められるようになりました。  自分が、野鳥の会に参加して 勉強したおかげで、この研究ができたのです。


5 野鳥の生態観察がおもしろい

 ササゴイといっても魚のコイではありません。野鳥のサギのなかまで、学校の近くにコロニー(集団の生活場所)をつくっていました。小枝で荒っぽい巣をつくり、子育てをします。この時、口うつしにエサの魚を与えるのですが、まちがってよく落としていました。この「落しもの」から、エサにする魚の種類や大きさなどいろいろなことがわかりました。   

 また別の学校では、校舎のいたるところにコシアカシバメが、とっくり形の巣をつくって、フンを落とすので、みんなから少しだけきらわれていました。科学部はこの身近な生物に目をむけ、巣作りから、抱卵、子育て、巣立ち、そして南の国にわたっていくまでを、数年間にわたり、継続研究しました。

 コシアカツバメのとっくり形の巣は、中のようすがわかりません。そこで、1時間の間に親が巣に何回飛んでくるかを調べることで中のようすをさぐりました。


6  顕微鏡と花粉との出会い

 さて野鳥以外に、私のもうひとつの大きな出会いは、「顕微鏡と花粉」との出会いです。

 O中学校の植物の専門家のM先生は、生徒が顕微鏡を正しく、きちんと使えるように、また教師の勉強用にと、普通の中学校にはない高級な顕微鏡を一台学校にそろえました。 私は自宅にもあると便利だと思い、やはり少しいい双眼生物顕微鏡と双眼実体顕微鏡を買いました。教科書にもたくさん顕微鏡観察がでてきますし、たいへん役にたちました。  

 ちょうどそのころ、「顕微鏡を、もっとしっかり勉強してこい。」 と、山口大学に3カ月国内留学するチャンスをもらいました。 大学生にもどったような毎日でした。「顕微鏡による生物教材の開発」とい うテーマで、おもに タマネギの成長点の細胞の染色体を「押しつぶし法」で観察しました。  

 ラッキーなことに5年後にもう1度、3カ月大学で勉強するチャ ンスにめぐまれました。そのときは、私の念願の「電子顕微鏡」を使わせてもらいました。学生や先生がたの使うあいまをぬって、できるだけ電子顕微鏡でいろんなものを観察し、写真にとりまくりました。私には最高の毎日でした。観察をしながら、神様は、よくこんな細かなところまで美しい造形をしたものだとつくづく思いました。  

 いろいろな顕微鏡観察のひとつに、花粉や花粉の発芽の観察があります。材料としてホウセンカがよく使われるのですが、他の植物ではどうなんだろうかと観察しているあいだに、花粉そのものの形、美しさに、私は大変ひかれていきました。


7  日本花粉学会がおもしろい

 私は日本花粉学会という、むつかしそうな学会に入っています。ところが、この学会、私にとってはたいへん、刺激となり、ヒントを与えてくれました。  

 私は昭和61年から、科学部の生徒とともに、「空中スギ花粉の調査」をはじめました。 私自身が花粉症にかかり、つらく、くやしい思いをしていたからです。同じように観察をしておられた耳鼻科の先生から進められて入会し、京都で開かれた学会にはじめて出 席しました。花粉をめぐってさまざまな研究発表がされました。

 花と昆虫(受粉生態学)、花粉分析(地学、考古学)、花粉症、空中花粉(医学、気象)、養蜂食品、形態・分類、細胞・生理、遺伝・育種など。 「へぇ、(研究発表の内容は)全部は理解できないけど、わかる範囲だけでもおもしろいなぁ。」と思いました。 「中学生でもやれるテーマもあるなぁ。」とも思いました。  

 自分が関心をもっている「空中スギ花粉」の研究発表ではおよそ内容が理解できました。生まれてはじめての学会で、興奮ぎみでした。花粉の本をたくさん書いておられたり、テレビでおなじみの先生がたが、つぎつぎと発表しておられるのですから、感動するはずです。  

 夕食をかこむ立食レセプションにもおそるおそる出席しました。少し、お酒ものみながら、「中学校でスギ花粉を測定しているのですが…。」と話しかけると、必ず親切なアドバイスがかえってきました。親しみやすい学会だと感じました。


8  田中肇(はじめ)先生との出会い 

 その京都での学会、ホテルが 京都市内にとれず、新大阪のホテルに帰ろうとしていたとき、「駅までタクシーいっしょにのりませんか。」と声をかけてくださるかたがおられました。その方の名前は田中肇先生といいます。その方との出会いは私にとって、大切で、すてきな出会いとなりました。  

 駅への道はたいへんな渋滞でした。だからたくさん話す時間がありました。私は中学校での科学部の活動のようすを話しました。そして田中先生は、先生の研究されていることを話されました。カバンから研究の冊子を出して、くださいました。  

 田中先生の研究は「受粉生態学」という学問で、「花と昆虫のたくみな関係」についての研究でした。田中先生は、アマチュアであるにも関わらず、この分野では日本の第一人者であることが後になってわかりました。  

 「これはすごいテーマだ。そして、指導もしていただける。」 ぜひ科学部で取り組んでみたいと思いました。まず先生の書かれた本を読みました。そして春、部員とともに観察スタートです。

 すこし内容を紹介してみましょう。サルビアという夏から秋にかけてさく、赤い花を知っていますか。赤いサルビアそして、黄色のマーガレットは、なんといっても、花だんの代表選手でしょう。サルビアは別名「緋衣草 (ひごろもそう)」とも言います。緋は赤の意味で、「赤い衣 を着ているような植物」という意味です。

 この花、つつのような花びらのおくに、みつをたくわえてミツバチをおびきよせています。このつつのような花の中に「てこの原理」のシーソーがあります。ミツバチが、みつにさそわれて入ってくると頭がシーソーを押し上げ、おしべが下がってきて、ミツバチのおしりに花粉をつけます。つまり虫媒花(ちゅうばいか)なのです。  

 ところが、このサルビアの作戦にひっかからない昆虫もいます。私の観察では、アシナガバチはつつの横から花びらをくいちぎって、みつをうばっていました。植物と昆虫のかけひき、せめぎあい を見たときは感動しました。  

 まだまだ、大発見の可能性が 大いにある分野なのです。「大発見!」なんて、気持ち が、わくわくしてきませんか。研究のまとめは毎年、コンク ールに発表しますが、この研究 は山口県科学発表会で最優秀賞 になりました。


9  はじめての本

 田中先生にこの研究物を送りました。たくさんまちがっているところを教えていただきました。第一人者からのアドバイスはありがたいものでした。  

 それから数カ月後、田中先生が編集する本に「数ページ、文と写真をよせてくれ。」との話があり、カラー写真もあざやかで、ビジュアルな本ができあがりました。まったく素人のわたしに、はじめて、きちんとした本づくりに参加するチャンスをいただき、最高の幸せだと思いました。  

 本屋さんのたなに「私も参加している本!」が並んでいるのを見ると、ひとりでに、ニンマリしてしまうのです。これもあの学会での帰りのタクシーでの田中先生との出会いのおかげです。  

 北隆館の「フィールドウォッチング1〜8」(各2500円)で、第 6巻で「オオムラサキ」「エニシダ」を、第8巻で「ヒゴロモソウ」を担当しています。すみません。PRしてしまいました。


10  私のライフワークは 「花粉症研究」…

 昭和61年の春、当時テレビなどでスギ花粉症のことが話題になりつつありました。「くしゃみ、鼻水、鼻づまり、目のかゆみ…」 「あれぇ? ぼくの症状と似てるなぁ。」と思いました。かぜだと思って薬も飲んでいたのですが…。耳鼻咽喉科の先生にアレルギーの検査をしてもらい、スギ花粉とハウスダストのアレルギーを持っていることがわかりました。  

 この時から、私にとって、2月、3月の春めく日は気分の重い日々と 変わりました。「黄砂現象」とか、「春一番」とかいうことばが、「いやで、つらい気象用語」となった自分を、なさけなく思いました。しかし、「ころんでも、ただでは起きぬ。」の精神です。  

 東邦大学薬学部の佐橋紀男先生が テレビで、解説をしておられました。 「空中を飛んでいるスギ花粉は、セロテープでも採集できます。」これは科学部でもやれるのではないかと直感しました。

 当時、科学部のテーマは野鳥やイネの観察、ハチやチョウなどの昆虫の体についている花粉を調べて、行動をさぐるといったテーマでした。  

 当時、部長のN君に「空中スギ花粉調査」を提案しました。 「雨のかからない軒下に、セロハンテープの接着面を上にして張り つけたプレパラートを、24時間ごとにとりかえて観察してみよう。 ひょっとすると、何かわかるかもしれない。」  

 答えはすぐに出ました。テレビや本でみたことがあるスギ花粉が、顕微鏡の100倍で見えました。スギ花粉は、 片方だけにパピラとよばれる突起をもっているのが特徴です。  

 花粉のついているセロハンテープの接着面をスライドガラスに張り付け、その上に授業につかうTP用方眼シート2cu をセロテープではって、枠内をカウントし、平均して、1cu あたりの花粉数を記録します。晴れの日と雨の日では数がちがいます。

 これはいけると思いました。花粉症の人は増えていると聞くし、関心の 高いテーマだと思いました。 参考になる本を読みあさり、耳鼻科の先生にも患者さんの数など、調査に協力してもらいました。そして科学部の活動で「花粉情報」を廊下に掲示したり、校内放送で流したり、パンフレットを用意しました。  

 あのころ、山口県内でスギ花粉を観測していたのは、耳鼻科の先生2人と私たち科学部の3カ所だけでした。全国的にみても、たいへんユニークな中学校の活動だったと思います。あとで知ったのですが、奈良では、高校の科学部が測定していました。  

 おかげで、O中学校科学部の目玉の研究テーマになりました。毎年、日本学生科学賞というコンクールでいい成績を残しました。

 わたしはO中学校のあと、山口市のO中学校、H中学校とうつりましたが、行った先の学校に科学部をつくってもらい、スギ花粉の測定だけは生徒とともに続けてきました。この研究は少し、きどって言えば、「私のライフワーク」といったところなのです。


11  ダニ君との感動の出会い

 さてもう一度、ダニの話にもどります。「思い立ったが吉日!」 科学部員に提案し、さっそく、掃除機の中のゴミを双眼実体顕微鏡で観察しました。

 黒い下じきの上に綿ゴミを広げます。想像してみてください。広げた綿ゴミは顔の前で舞い上がり、たいへんでした。

 中学校の3年生で、「自然界のそうじ屋さん、分解者としての小動物」を勉強します。土の中の小動物を、ツルグレン装置という道具で取り出し、観察します。その小動物のメンバーとして、ダニも観察します。自然界で、ダニは分解者・そうじ屋さんという「一人一役」、大切なはたらきをしているのです。  

 さて、綿ゴミの中からダニは以外と早く発見できました。第一発見者の生徒は、ヒーローでした。ダニは黒い下じきの上を「のそのそ」と歩いていました。気持ち悪さと、感動の入り交じった複雑な心境でした。

 次にやることは正確にダニの数を知ることでした。前年、「家のダニ」を科学発表していた中学校へたずねたり、山口県消費者生活センター、県庁環境保健部などにたずねましたが、くわしい方がおられませんでした。  

 「これはなかなか、むつかしいなぁ」と考えていたころ、山口県保健所にもたずねてみました。すると、となりにある山口県衛生公害研究センターに、くわしい方がおられるとの情報が得られました。わたしは、「ラッキー」と心の中でつぶやきました。  

 このダニの研究は、テーマを頭の中にあたためた時間は長かったのですが、とりかかって2日目にダニをゴミから発見し、1カ月くらいでダニを定量測定する方法に出会えました。

 精神を集中させるとなぜか、いいアイディアを思いついたり、ふさわしい指導者に出会えるものだと、つくづく思います。意識して、関心を持ってアンテナを広げておくと、必ず道は開けるものです。


12  ダニ、たくさん見つかった場所がまずい?

 ゴミ(試料)の採集は簡単ですが、同定(ダニの名前をはっきりさせること)したり、カウントするのに大変時間がかかります。

 さて、ダニが最も多くいた場所が、先生がたが利用するたたみの休けい室で1uあたり2120 匹、2番目が校長室の会議用机の下で 92匹とでたときは、「まずい!」と思いました。この研究をコンクールなどに発表するとき、「かっこ、わるいな。」と思いました。かといって、数字を勝手に変えたり、もみ消したのでは研究の意味がありません。  

 悩みました。悩んだあげく、校長先生、教頭先生に相談しました。すると、「そうじをすればいいのだから、 いっこうにかまいません。」 と言ってくださいました。  

 市や県の科学発表会、文化祭での発表のとき、ダニのスライドを 見た人たちから、「わぁ!」と、 あちこちでざわめきの声があがったときは、発表する部員も私も、何とも言えない喜びでした。へんな趣味ですね。でも、こんな瞬間が、もっとも私たちが研究の手ごたえを感じるときなのです。


13  ダニ博士、青木淳一先生の本との出会い 

 そんなある日、1年生の生徒が、「国語の教科書にダニの話が出てきて、勉強しよるんよ。」と、にこにこしながら、教えてくれました。すぐに国語の先生に教科書をかりて読みました。

 「自然の小さな診断役」という題の横浜国立大学・青木淳一先生の文章です。この先生がダニ研究にすごく愛着を持っておられるようすがよく伝わってきました。以前、この先生の書かれた「ダニの話」という本を本屋さんに注文したけれど、東京にもないという返事だったことを思い出しました。  

 数カ月たって、今度は2年生の生徒が、「ほらこれ、先生の好きそうな本、 図書室でみつけたよ。」 と、持ってきてくれました。なんとなんと、その本のタイトルは、「きみのそばにダニがいる」(ポプラ社 1009円)、そしてなんと、 青木淳一先生が書かれているではありませんか。  

 小学生・中学生向けに、自分がダニの研究をすることになったきっかけなどを、ユーモアをまじえて、わかりやすく書いてありました。またしても感動してしまいました。自然の不思議さに対する好奇心、探究心、そしてエピソード…。ぐいぐい、ひきこまれてダニが好きになり、科学することが好きになる、そんな本でした。図も写真もわかりやすく、工夫してあります。  

 げんに、この本、わが家にかりてかえって、小学5年と2年のうちの子に紹介したら、またたくまに読んで、「おもしろかった!」の感想でした。妻も「どれどれ…」とのりだしてくるほどでした。


14  科学の好きな子に…!

 これだと思いました。「私も、これまで取り組んできたことを、小・中学生向けに楽しくまとめてみよう。」どのようないきさつ、動機で研究テーマが見つかったりするのか、エピソードを交えて、やさしいことばで書いてみよう。

 この青木淳一先生には、とうてい、およばないにしても、一人でも二人でも、自然に目をむけることのおもしろさを、子どもに伝えられたら、こんな幸せなことはありません。理科の教師冥利(みょうり)につきることです。  

 私自身が、中学校時代の理科の先生の影響で、中学校の理科教師になったように、私のまわりで、一人でも理科が好きになってくれる生徒がいたら、本当に最高だと思います。


エピローグ(おわりに)

いつまでも、 ナチュラリスト (自然愛好家)でいたい

 そんな理科教師でありつづけるためには、いつも何か、テーマをもって生活したい、豆科学者でいたい。もっとカッコつけていうと、アマチュア研究家、ナチュラリストでありたいと思うわけです。カッコつけついでに、少し私の考えていることを書いてみます

  1.  野外のこわい理科教師からの脱却をめざして、勉強の場に意欲的に参加する。
  2.  生徒の場合と同じで、コンクールや発表会に積極的に参加し、アドバイスを受け、切磋琢磨の気持ちをいつも持つ。これが次のステップのエネルギーになる。
  3.  メモ魔になる。こまめに記録、蓄積し、じょうずに活用する。
  4.  自分の少しだけ得意な分野で勝負、指導する。生徒より少し前を歩くことが、生徒、教師の「心地よい緊張感」になる。

 


ついでに、科学部のキャッチフレーズ4項目をあげてみます。

@ 記憶より記録を! 記録だけが宝!

A 常にチャレンジ精神! ユニークさで勝負!

B 根気と本気! 継続は力なり!

C コンクールが目標! 勝つための努力!

 さてさて、最後は少し、説教じみてしまいました。ごめんなさい。  私も科学部という部活を担当した10年くらい前から、特に観察することが好きになりました。そして、つづけてこれたのは、 「本当に、<出会い>と<感動>が、最大のポイントだなぁ。」 とつくづく、考えています。みなさんの、これからのいい出会いを祈りながら、筆をおきます。


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