今回は、函館山についてです。
函館山は、北海道函館市の西端にある山で、
箱館戦争において新撰組が守備した場所です。
牛が寝そべるような外観から、臥牛山とも呼ばれています。
箱館総攻撃の際には、新政府軍が函館山裏から奇襲を仕掛けて、
新撰組は総崩れとなりました。
今回は、弁天台場についてです。
弁天台場は、江戸幕府により北海道函館市に設置された砲台です。
六角形で、将棋の駒に似た形をしていました。
箱館戦争の際には、新撰組がここで奮闘しますが、
新政府軍の奇襲により降伏しました。
明治30年前後に取り壊され、現在はその跡もほとんど残っていません。
今回は、箱館総攻撃についてです。
明治2年5月11日、新政府軍は箱館の旧幕府軍(新撰組)に対して、
総攻撃を開始しました。
箱館は、二方が海、一方が平野で、もう一方が箱館山という地形をしています。
そのすべてから新政府軍が押し寄せてきました。
中でも、自然の城壁である箱館山からの奇襲攻撃は、
旧幕府軍の敗戦を決定的なものとしました。
今回は、碧血碑(へっけつひ)についてです。
碧血碑は、箱館戦争における旧幕府軍の戦死者のために建立された慰霊碑です。
高さ6m程の大きな石碑で、明治8年に箱館山の中腹に建てられました。
土方歳三をはじめ、箱館戦争で戦死した新撰組隊士もここに弔われています。
現在でも、箱館の名所の1つになっています。
今回は、称名寺(しょうみょうじ)についてです。
称名寺は、函館市にある浄土真宗のお寺です。
度々の大火によって移転と再建を経て、昭和4年に現在の建物になりました。
土方歳三をはじめ、新撰組隊士の供養碑があります。
箱館観光の名所の1つとなっています。