ビジネスパーソンに贈る経営情報誌

[2010年3月30日]

新日本製鉄 三村明夫会長「経営者の仕事は男冥利に尽きる」(前編)

苦しいことも、悩ましいこともたくさんある。しかし、会社の舵をにぎって課題を達成していく喜びは何事にも変えがたい――。経団連副会長も務めた新日鉄の三村明夫会長が、経営者の苦悩と喜びを語った。

「全社ベスト」を追求する

 しかし、最終的に男冥利に尽きる仕事に昇華するためには、努力しなければならない。これは個人によっても考え方が違うと思います。経営者が各々の考え方にしたがって経営していく。一般的な考え方かどうかは自信が持てませんが、私はCEO(最高経営責任者)の役割の一つは全社ベストを追求することだと思います。

 諸君はいろんなセクションで働いています。会社には各々の組織があります。組織の各々が、それぞれの組織のベストを願います。あるいは本社と工場、あるいは営業所では、考え方が違います。各々がベストを願います。技術者と事務職とでも考え方が違うかもしれません。あるいは合併会社には、違う企業文化を持っている人がいるかもしれません。

 全社ベストというのは、言葉でいうのは易しいですけれども、これを実行するのは本当に難しい。大方は部分ベストを願って日々行動しているというのが実態だと思います。どのようにしてこれを全社ベストにつなげるのか。例えば私の会社の場合には、10の製鉄所があります。会社としてやるべきことは、10の製鉄所に各々技術レベルがあるわけですから、いろんな項目にわたって各製鉄所を評価して、その中のトップに全社のレベルを合わせる。いわゆる「トップランナー方式」です。さらにトップランナーであるところは、範を社外に求める。こういう形で全体を底上げするというのは、ごく当たり前の習性だと思っております。

 ここで難しいのは、技術を比較した場合、実力で後れを取っていることを、すぐに納得しないわけですよね。設備の内容が違う、注文の構成が違う、したがってこういう差が出てきているというように、条件の違いを挙げて言い訳することに、たくさんの時間とエネルギーを注ぐものです。私は自社特有の現象かどうか確かめるために、社外のアドバイザリー・メンバーに話を聞いたことがあるんですけれど、みんな異口同音に「それはわが社でもある」と言われました。おそらくどの会社でもあるのではないかと思われます。

 要するに、条件の違いを技術の歩留や生産性の差の原因としている限りは、進歩がないわけですね。実力が違うということを納得しないと、進歩はなかなか望めない。こういう意味も含めて、どのようにして全社ベストを担保するのかというのは、誠に大事であるけれども難しい課題だと思っております。

課題をいかに従業員と共有するか

 それからもう一つの申し上げたい点は、会社の仕事のやり方としてまず課題設定、その次に設定した課題を多くの人たちが共有するというプロセスがあるということです。これらは、特に経営者にとって大事です。

 課題認識については、例えば従業員の大半がすでに認識している課題を社長が設定するようでは、そもそも経営者になる資格がないわけです。かといって誰も考えないような課題を設定しても、従業員はなかなか付いてこない。20%ぐらいの従業員か認識している課題が適度でなないでしょうか。

 さて、課題を設定したら、次にこれをどうやって従業員と共有するのか。課題を共有できないことには、絶対に対策の策定・実行ができないわけです。したがって、経営者の非常に難しいプロセスというのは、従業員と課題を共有することによってやる気にさせるということだと思っています。

 この二つのプロセスを極めて簡単に切り抜ける方法があります。大きな事件の発生です。例えば今回のような金融危機・経済危機であっても、先程申し上げた名古屋製鉄所のガスホルダーが爆発したという事件であっても、切り抜けるきっかけになります。

 あるいはミッタル・スチールという鉄鋼会社の買収劇を、私は身をもって体験しましたが、これもきっかけになります。ミッタル・スチールは14年間で20の買収を繰り返しながら、最終的にはアルセロールというそれ以上に素晴らしい会社を敵対的買収しました。両社の合弁後は、アルセロール・ミッタルという世界最大の鉄鋼会社として君臨しています。この買収劇には、いろいろ考えさせられました。

 現実のものとはなりませんでしたが、彼らの買収の最初のターゲットは新日鉄でした。あるいはもう一つ買収が進行中、アルセロールが私どもにホワイトナイトとして名乗りを上げるように依頼してきたら、どうしたであろうなどと考えると、なかなか夜も眠れないわけです。実際にはそういうことは起こらなかったわけですけれども、そのときにつくづく思ったのは、企業は当然のことながら収益を上げ、株価を上げ、設備投資なりを行い、今日の利益を追求すると同時に、将来の利益確保にも全力で取り組まなければならない。これは当たり前の企業努力です。それと同時に自分たちがもし一つの価値観を持って、その価値観が社会に受け入れられる良いものだという確信があるとすれば、やはり自分の企業を徹底的に守るべきだと思っています。したがって、そのために何をやったらいいのかと、日頃から考える必要があるのではないかと思っています。
この記事の目次
新日本製鉄 三村明夫会長「経営者の仕事は男冥利に尽きる」(前編)

1ページ 経営者の仕事は男冥利に尽きる

2ページ 全てに対する結果責任を負う社長という仕事

3ページ 会社の舵をとる醍醐味とは何か

4ページ 「全社ベスト」を追求する

5ページ 現在の業績と将来の成長のバランスをとる

6ページ 不況はイノベーションの母、他国に後れをとるな

プロフィール
三村 明夫 
Akio Mimura

新日本製鐵株式会社 代表取締役会長
1963年東京大学経済学部経済学科を卒業後、同年富士製鐵株式会社(現新日本製鐵株式会社)に入社。1972年ハーバード大学大学院ビジネススクール卒業。販売総括部長、常務取締役、代表取締役副社長、代表取締役社長等を経て、2008年より現職。社外関係では、社団法人日本鉄鋼連盟会長、国際鉄鋼協会(IISI)会長、社団法人日本経済団体連合会副会長、日豪経済委員会会長等を歴任。2009年2月に中央教育審議会委員会長に就任。