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名作、駄作、佳作…。Kanon、AIRの影響ありあり。まあ、いろいろといわれているのは、注目度の高い作品である証拠。とういうことで、怖いもの見たさも含め、プレイしてみた。
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主人公出雲彼方
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旅館「龍神天守閣」に住み込みでバイトを始める。ストーリーが進むと、しぐれの夢に登場するのだが、そこでの振る舞いと普段の振る舞いにギャップがあるのは、コイツが内弁慶だからか?普段の振る舞いにはまったく、魅力を感じないが、夢での振る舞いは良かった。
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雪月澄乃
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「えう〜」の口癖、あんまん好き、子供の頃に主人公と会っていて、結婚の約束をしている(これくらいの関係では幼なじみとはいわんだろう)。まあ、なんというか、「やりすぎ」。いろんなゲームのヒロインにおいて、人気があった要素を切り張りして作られたキャラ。まるでフランケンシュタイン?ところで、彼方の葬式にあんな服で出席するつもりだったのだろうか?喪服を着せたら、もっと人気がでたんじゃないのか?
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日和川旭
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「やりすぎ」キャラ其の二。ギャグのつもりの料理エピソードは面白くないというよりも、嫌悪感を感じるほど。ここまで幼いのとのえっちシーンも気分が悪かった。コイツのストーリーをやっていて、途中でゲームを止めたくなった。Kanonの真琴のウサギ(水墨画に描かれたウサギの絵)版。だが、壊れていく課程は真琴の方が数段上。
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北里しぐれ
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Legend編を終えた後に攻略するヒロインというスタンスは良かった。上二人のストーリーは最低だったが、この人のおかげでちょっとはマシになった。元龍神姉で妹の菊花と白桜が死んだのの責任は、すべて自分にあると思っている。
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若生桜花
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欠食児童を餌付けすることで知り合う。この娘のストーリーもなかなか良かった。エロゲーなのに、一発もやらずして父になった主人公にちょっと同情する。ヒロインの妊婦姿がでてくるエロゲーも珍しいのでは?(少なくとも私は初めて)。白桜と菊花の「生まれてこなかった娘」の霊。
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橘芽衣子
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龍神の里に起きたすべての悲劇を全部目の当たりにしている人。龍神に願い出て鳳仙が、不老人となり現代まで生きている。物語のキーマンだが、攻略対象にはなっていない。PS2版では芽衣子シナリオがあるとか無いとか…。澄乃の友人で、彼方をからかうのが好き。
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若生白桜
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白桜の生まれ変わりが彼方。龍神伝説を悲劇的なものにした張本人で、彼方より真面目だが浅はか。鳳仙は妹。彼方も大概に情けないヤツだが、コイツの方がずっと情けない。柳也(AIR)を見習って欲しいものだ。
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このゲーム、一体なにがいけなかったんだろうか。漂うKanon、AIR臭で起承転結がだいたい想像できてしまうこと。たしかにそれはマイナスポイントの1つであろう。しかし、有名超人気ゲームそっくりという作品は、今までだってあったし、そのすべてがつまらないゲームどうかは、あまり関係ない。泣き、輪廻、伝説、因縁…。私が好きな要素がちりばめられているのに、全然楽しめなかったのはなぜであろうか。
まず、特筆したいのは澄乃、旭の二人が幼すぎるということ。これにはうんざりした。序盤に攻略するこの二人が、このゲームの評価を押し下げている。それと、この二人のストーリーがお互いに似通っているのだ。両方とも起承転結が「出会い→お楽しみ→原因不明の病気→アンハッピーエンド」となるので、途中でプレイしいるのがアホらしくなってしまう。
そして、演出面もいただけない。旭ストーリーでは、掛け軸と旭の関係が簡単に想像できる。そのため、当初から「旭は人外である」ことが分かってしまうのだ。Kanon真琴ストーリーでは、「美汐」の存在が効果的な演出を可能にしたように、旭ストーリーでももう少しがんばれたのではないだろうか?
しぐれストーリーも演出面では残念だった。まず、しぐれが旅館に行く時の「帰りません」のセリフは不自然だった。温泉に入りたいとか、旅館が見たいとか、そういう理由の方が自然。「帰らない」というセリフ自体、古い人が使う言葉じゃないしね。そして最後の線香花火。複数回線香花火をやったら、こちらだって「ああ、最後の一本で出てくるな」と想像できてしまう。どうせなら、最初から一本しかもっていなく、その一本をやる方がいい。時間稼ぎ的な過去の蒸し返しなんか要らないし。
そして、Legend編。白桜、菊花を筆頭に、登場人物全てが軽薄。非常に現代風な思考と行動パターンを持っているため、違和感が大きかった。結果的に「道ならずの恋」をするにも、あんなに現代的である必要はないだろうに。あと、龍神を捉えようとするのが野盗であるのも、なんか妙な話だった。時の権力者とかの方が時代に合っている。野盗は龍神の情報を権力者に売ったことでの褒美は期待するだろうが、龍神を使って長期的に権力者からカネをぶんどろうとするほど、先の展望があるわけがない。
巷で言われているKanon、AIRとの比較を考えてみる。澄乃、旭ストーリーを「前半」、しぐれ(+Legend編)、桜花ストーリーを「後半」とすると、前半はKanonを意識した作りで、後半はAIRを意識した作りになっている。両方とも、それぞれのアンチテーゼで作られているのでは?と感じた。前半では「奇跡なんておこらねーよ」だし、後半は「過去の出来事なんかに振り回されるなよ」なんだと思う。(もしそうだと仮定すると)言いたいことは分からなくもないが、前半はただの出来の悪いKanon。というかKanonとは比較ができるほどのレベルに達していない。ただ単にKanon的要素をちりばめただけという、非常に安っぽい(というかなんにも考えていない)話になってしまっている。
ONE、Kanon、AIRの最大の特徴であり、最大の強みは、比類なきほどの文章力と演出力だ。そして、それらを最大限に活用できるストーリーを展開しているのだ。たとえ、世界観の構成力ができていなくても、ご都合主義の奇跡が起きても、なんのために過去編があるの分からなくてもいい。そういうところにゲームとしての本質があるわけではないのだ。Kanon、AIRを意識したアプローチは悪くないと思うし、それへの批判を内包していてもいいと思う。しかし、同じ土俵で勝負するのなら、相手の強いところで負かさないと意味がないと思う。そういう面では、『SNOW』は『AIR』『Kanon』を越えることはできなかった作品だ。でも、ゲームの勝ち負けを判断するための土俵は1つだけじゃないので、違う土俵で勝負すればいいと思う。『絶望』(これはさすがにKeyでは作れんだろう)のように…。
(記:2003年12月04日)
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