月と運命の交狂曲
Interlude1
話は前日の午前まで遡る。
彼女は冬木の地に足を踏み入れた途端、違和感に気が付いた。それは彼女の隣にいる青年も同じだろう。何しろ彼のこういう気配を知覚する危機察知能力は図抜けている。それは聖堂教会が誇る埋葬機関の代行者を以ってして『お化け』と言わしめるほどだ。
彼女の気づいた違和感。
それは圧倒的な魔力の濃度。
彼女と青年が住んでいる町や他の土地とは比べ物にならない。蒼崎の管理地、とまでは至らないにしてもこの土地が一等の霊脈であることがわかる。
『流石、過去五回の聖杯戦争があった土地ね。聖杯の影響もあるけど、それを抜きにしても大気中の魔力濃度が他のとことは段違いだわ』
『そんなにすごいのか? 確かにそこいら中に不気味な感じがするけど。どれほどのものなのかわからないな』
隣の青年が彼女に尋ねる。やはり彼の感覚は鋭い。魔術師でもない外来の一般人ならこの土地の空気を『不気味な感じ』と捕らえるだろう。尤も、そんなことが出来る時点で一般人では有得ない。彼の血――長きに渡り近親のみでの交配を続け、自己の力を魔と渡り合うまでに磨き上げた一族の血は、冬木市の異常な空気を正確に感知していた。
『確かにすごいけど、志貴は魔術師じゃないからわからないと思う。今の状態は危ないって思えるだけで十分よ』
『そうか。わかった』
女性に『志貴』と呼ばれた青年は一度頷き、もう一度問いを発した。
『それで、これからどうする? 先輩からの情報によるとチェックしなきゃならないのは柳洞寺、冬木教会、遠坂の家、冬木中央公園の四つだけど。一緒に回るか、手分けするか』
『手分けして回るわ。早く事を終わらせればそれだけ二人で旅行を楽しめる時間が増えるもの。これから夕方までは四つの場所の位置を調べて、回るのは夜からにしましょう。ちょっと危ないけどわたしは死徒如きに遅れを取らないし、志貴なんかその眼が在るんだから』
『了解。それなら合流は晩飯のときだな。どこか美味い店でも探しておこうか。それじゃアルクェイド、一応気をつけてな』
『あなたもね、志貴。晩御飯、期待してるね』
志貴は了解したとばかりに頭上で手をひらひらさせると、そのまま人ごみに消えていった。
志貴の気配が遠ざかっていくのを感じながら、アルクェイドと呼ばれた女性は志貴とは反対の方向へ歩き出した。
アルクェイドがしばらく歩いていると、彼女の目の前にビル街のただ中にある、木々と芝生に覆われた大きな広場、といった趣の公園があった。
別に寺があるわけじゃないし、教会もなければ誰かの屋敷があることもない。
『ポイント一つ見ーっけ』
――冬木中央公園、か。なるほどね、この辺に渦巻いてる負の念が半端じゃない。これならただの人間でも無意識に此処を避けちゃうはずだわ。
何にせよ、場所がわかったのなら次に此処に用があるのは夜中だ。
『四箇所、だったっけ。なら後一つ位置が把握できれば十分十分。さて、と。さっさと見つけてご飯のおいしいお店を探そっと』
アルクェイドは満足げに頷くと、踵を返し、歩き出した。
アルクェイドが公園を発見した頃、志貴もまた、冬木教会に辿り着いていた。荘厳な造りの建造物を前に、志貴はある種の畏敬の念を覚えた。
だが、目的地の一つを見つけたというのに呆けているわけにはいかない。
志貴は木製のドアを開き、教会の中へと入って行った。
『やっぱり、こんなもんだよな。教会って言っても』
別段変わったところはない、いたって普通の教会だった。とても聖杯が降ろされた場所には思えない。
『ここに何の御用かな?』
かつん、という足音。
志貴が来た事に気が付いたのか、その人物は祭壇の裏側からゆっくりと現れた。
聖職衣を着た、大柄な壮年の男性だ。その姿から、志貴は彼をこの教会の神父だろうと判断した。
『いえ、別に用はないですよ。ただ、住んでる街に教会がなくて珍しかったんで』
当たり触りのないよう答える。厳密に言えばこの教会も関わってくるわけだが、とりあえず今のところは教会に用事はない。
『そうか、それならば良いのだが。いや、すまないな。君が懺悔をするために訪れた者のように思えてな。このような場所だが好きなだけいるといい』
神父はそれだけ言うと、現れたときと同じように、ゆっくりと戻って行こうとした。
『懺悔なら――――』
呟くような声。
小さかったが、やけに重く聞こえた青年の声に、神父は彼を省みた。
『懺悔なら、ないこともないです』
『そうか。ならば聞かせてはくれないか。これでも一応聖職者でな。懺悔があるならば聞き届けるのが私の役目だ』
神父が促すと、青年は静かに語り始めた。
『助けてあげたかった女の子がいたんです』
『いた、か・・・』
『彼女は・・・彼女は俺の目の前で死にました。俺がもっと早く気づいていれば、助けてあげられたかもしれなかったんです。彼女が助けてと言っていたのに、俺はそれに気づいてやれなかった』
『それが、君の慙愧の念か?』
『ええ。わかってる。随分と傲慢だと思います。それでも・・・それでも俺は彼女を助けてやりたかった』
短い懺悔を終えると、青年は踵を返し、入り口のほうへ歩き出した。
『行くのかね?』
『ええ、そろそろ昼ですし。それに、連れを待たせると怒りますから』
青年は苦笑し、教会を出て行った。
彼は教会の広場で、自分の住まう町に思いを馳せた。
懺悔はまだある。何故さっき喋らなかったのかはわからない。
昔、兄妹や友達とはしゃぎ、遊んでいたころ、自分たちを屋敷の窓から見下ろしていた少女。
彼女への償いもまだ終わっていない。
いつ終わるかもわからない。
だが、自分が生きている限り償って行こう。
彼は表情を引き締め、先程登ってきた道を下って行った。
Interlude out
感想
えーと、お久しぶりです。
まずは最大限の陳謝を。申し訳ございませんでした。
私の勝手な都合で更新が疎かというのも憚られるような感覚になってしまいました。
これからはできるだけ更新するようにするのでご容赦のほどを。
毎度、私の駄文にお付き合いいただきありがとうございました。