
これでもアナゴが食えるかってーの
誰にでも好き嫌いによる多少の偏食はあると思うが、無論ぼくだって食べたくないものは存在するのである。そもそも、ぼくの好き嫌いは自分で言うのもおかしな話だが、好き嫌いの原因はどちらかというとスッキリまとまっていて、それはおおむね食べ物の匂いと味に起因している。例えば、以前もお話したことがあるかもしれないが、鯉などがその際たる例なのである。
もともと鯉という魚は、川魚特有の匂いはあるわ、味もフナ同様泥臭さいわで、見た目にも口に含んだ瞬間の、
「そうです。私が鯉です」
と、すぐに鯉だとわかるような、バレバレの浅はかなドロ臭さが嫌いなのである。
そのほかにも、セロリやカズノコなど、一般的にその匂いと味が強烈かつ独特の臭さを有していると思われるものは、ぼくの口には決して合わないのである。
ところが、ぼくにはその匂いや味以前の問題によって、どうしても食べられないモノが存在する。別にそのモノを食べたからといって入院加療を必要とするほどのモノではないのだが、率直にいえば、仮に前述の鯉やセロリは嫌々食えたとしても、
「こ、こりだけはもう絶対勘弁してッ! 死んでもいいからッ!」
と思わず懇願したくなるほど嫌いなのである。言うなれば、ぼくはこれを好き嫌いだとは思っていない。つまりぼくにとってその食材は、好き嫌いという次元とは一線を画した食べ物なのである。
その食べ物とは「アナゴ」。よく鮨ネタにも出てくる、煮たり焼いたりして食うあのアナゴである。このアナゴ、鮨ネタとしてはツウ好みの食材として結構な人気を博しているようだが、例えばぼくは、大袈裟にいえば「アナゴ飯」と聞いただけで、もう卒倒しそうになってしまうのである。ちなみに姿形がアナゴに似ている「ウナギ」は大好きであるが、アナゴはその味以前の問題によってダメなのである。
アナゴは漢字で書くと「穴子」。つまり、穴があればすぐに入ってしまう習性を持った魚類である。そういう全くもって節操のないところも嫌いなのであるが、もっと嫌いなところは、アナゴは雑食性であるので何でも食っちゃうところなのである。まあそう言ってしまえばほとんどの魚類もそうなのであろうから、
「ならお前さん、魚嫌いなのかい、えっ?」
ってな高圧的な江戸っ子の声が聞こえてきそうなのであるが、とんでもないってんだ、コンチキショー。ぼくはアナゴや鯉、フナなど一部の川魚を除けば、たいていの魚は大好きなのである、テヤンデエ(おっと、つい江戸弁になってしまった)。
ではなぜ、アナゴだけがかくも全くダメなのか? その理由は、ここまでにすでにヒントとして述べたようなフシもあるが、ぼくがその昔、高校1年生の時に、とある事件を目撃したことにある。少々長いが、まあ読んでいただきたい。おっと、あらかじめ言っておくが、今回のお話はチトどぎついのである。したがって、お食事の直前又は直後に読まぬように。
* ぼくが通っていた市立F高校は、当時バイクに乗ることが全面的に禁止されていた(今はどうなのか知らないが)。先生のお達しによれば、運転することはおろか、親が子供にバイクを買い与えることもダメ。免許をとることは仕方ないが、取得した免許証は卒業するまで先生が預かる! という、今ではとうてい考えられないような、超スーパーハードな規律が展開されていたのである。
しかし、高校1年生のぼくたちにとって、バイクに乗るなと言うことは、これすなわち1ヶ月間餌を食っていない檻のライオンの目の前で牛ステーキ肉をひらひらとふりかざすような行為に等しいのである。もしそんな真似をすれば、餓えたライオンは檻など蹴破ってふりかざした腕ごと食っちゃうに違いないのである。
そんなわけだから、
「いつの時代も俺達若者のほどばしる青春エネルギーは止められはしないのだあ!」
と考えたぼくら高校1年生軍団は、何とかして免許をとり、しかるのちバイクに乗って遊びたいものだと常日頃から考えていたのである。
そんな中にあって、ぼくは剣道部に属する友人2人・・・彼の母親の所有する買い物バイクを無免許ながら自在にあやつる、
「チャッピイヤマシナ」
と、野球帽を目深にかぶれば自らアリスの谷村新司(当時)に似ていると豪語する
「冬の稲妻小手チャヤモト」
の二人と共謀し、なんとかして原付免許をとりにいき、3人でバイクツーリングにいこうではないかと企んだのである。
ちょうどその時ぼくらは、しばらくして開催される校内マラソン大会の翌日が平日でありながら代替休校日となることに目をつけ、その日に3人で免許を取りに行こうと計画。そうと決めたぼくら3人は、誰にも内緒でひたすら免許取得のための勉強を続け、ついにマラソン大会の翌日、試験場に3人でコソっと集まってコソっと受験、見事3人とも一発合格したのである。当時は約2週間後くらいに免許証が交付となっていたので、今度はぼくら3人は学校をサボって2週間後に受け取りにいったのであるが、当然ながら交付された免許証を先生に渡すわけがなく、まずはそのままツーリングにいくことにしたのである。
ところでツーリングに使用するバイクは、チャッピイヤマシナは当然ながら母親の買い物バイクであるが、冬の稲妻小手チャヤモトにいたってはなんと、
「免許とったんだから新型バイクくらい買ってやる。学校が子供の遊び道具に口出しすんない」
と、彼の理解のある親から学校のお達しに背いて新型バイクを買い与えられたのである。冬の稲妻小手チャヤモト、まさに狂喜乱舞状態である。
だが肝心のぼくはといえば、結果的には高校生の時点でバイクを所有することはできなかった。なぜなら、ぼくの母親と祖母は、
「学校の先生の言うことは何が何でも正しいのよッ! いいわねッ!」
という風な、冬の稲妻小手チャヤモトの親御さんとは全く逆の、いわば「教育委員会絶対的信奉者」な人たちだったので、もしぼくがバイクのバの字を出そうものなら最後、ハリケーンと竜巻きと雷とがトリプルタッグを組んで襲い掛かってくるような状況を招くのは必至だったのである。したがって、とてもじゃないがぼくは母親に対してツーリング行きたいからバイク買ってくれ、などと言い出せるような状況にはなく、仕方がないので同じクラスの、これまたひそかにバイクを持っている友達にバイクを借りて、内緒でツーリングにいくことにしたのである。
* さて、前ふりが長くなってしまったが、ここからが本編突入。
予定していたツーリング当日。絶好の秋晴れのもと、チャッピイヤマシナと冬の稲妻小手チャヤモト、そして借り物バイクのぼく、の3人はチャッピイヤマシナの家に集合し、免許をとった嬉しさと初めてのバイク遠出気分ですっかり舞い上がっていた。特に冬の稲妻小手チャヤモトは、新型バイクを買ってもらってまだ間もないため、やたら雨やホコリの心配をしていた。
そんな3人が集まってまずなすべきことは、行き先の選定であった。なぜ当日になるまで行き先さえも決めていなかったのか? それまでめいめいが頭の中で考えてはいたのだが、何せ誰にも内緒で計画を進めていたため、ぼくら3人は剣道部の練習の合間でさえ、顧問の先生の視線などを気にして、ほとんどこの話題に触れることができなかったからである。
早速具体的な行き先を検討し始めると、まずチャッピイヤマシナが、
「○○山はどうだ。空気がきれいであるし、曲がりくねった道路を登るってのがバイク乗りというもんだろう」
といいだした。すると、冬の稲妻小手チャヤモトは、
「俺は海へ行くのが良いと思うのだ。海こそ男の象徴であるし、海岸線を走るバイクはサマになるぞ」
という。どちらの意見ももっともであるし、ぼくとしてはどちらにいっても気持ちがよさそうだと思ったのだが、チャッピイヤマシナと冬の稲妻小手チャヤモトは予想以上にバイク美学論へ固執し始めたのである。
「海はいつでもいける。バスでもいける。山こそ男のロマンであろう」
と、チャッピイヤマシナ。
「なにをいう。浜辺に停めたバイクと海・・・ああ、これぞツーリングの醍醐味、と雑誌に書いてあったのだぞ」
と冬の稲妻小手チャヤモト。
「山の方が空気がうまいではないか。ここいら辺の海など汚くて、とてもいく気がしない」
と、チャッピイヤマシナ。
「何もない山へいって何が楽しいのだ。海ならば波や風を感じ、採れたての魚も食えるというものだ。山ではこうはいかん」
と冬の稲妻小手チャヤモト。
う〜む、これではキリがない。やがて二人の持論展開はエスカレートし、しまいには、
「山なくして川の流れ無し! 山なくして人は生きていけんのだッ!」
「人は海から生まれたのだ。『母なる海』というだろうがッ!」
「海が『母』ならば山は『父』だ、いばるなッ!」
「『父』が人間を産めるか、バカッ!」
などと、二人はまるで小学生のような言い争いを始め、話は訳の分からん方向へと進んでいったのである。
結局こんな調子で約10分間も費やしてしまい、それならばまず山にいって弁当を食べ、それからあと海辺に出ようじゃないかということになった。いわゆる折衷案である。んもう、最初からそうすればよかったのよん、とぼくら3人は無駄な時間を過ごしたことに気づき、今度は地図をもとに、さらに具体的な山と海の場所を選定、そんなこんなでようやく出発とあいなったのである。
朝のニュースでは、「ところによってにわか雨が降るかもよん、エヘ」的であやふやな天気予報であったが、幸いにして初ツーリングは最後まで雨に降られずに済んだ。山へ登る途中にヘルメットが霧で少し濡れた程度で、視界を遮られるほどではない。それよりも初めてバイクで走る公道。自転車では体験できない加速感とスピード。非力な原付バイクながらもハングオンもどきをかましながら、ぼくら3人は先生や親にも秘密の生まれて初めてのツーリングを満喫し、お昼過ぎには目指す山の頂上に着いた。
ぼくらは途中の弁当屋で買ったお弁当をひろげ、
「ああうまいなあ」
「ツーリングの妙味はこれに限るなあ」
「ああ剣道やっててよかったなあ(意味不明)」
などと、ひとときの満足感に浸ったものである。
さて、食事が終わると、今度は一路山を降りて海である。
海と聞いて俄然張り切る冬の稲妻小手チャヤモトを先頭に、僕らは山を降りて一路海へと向かった。しばらく走ると、海が見える場所の近くまできた。大きな川が海に流れ込む河口である。そして、今回のお話の核心部分は、この場所から幕を切って落としたのである。
* 河口から海が間近に見えた時、ふと、ゆるい右カーブの先に、パトカーと救急車が赤色灯を明滅させて停まっているのが見えた。それを囲むようにして人だかりがたくさんできている。あたりは片側一車線の道路のため、パトカーと救急車によってぼくらの行く手側の道路は塞がれた格好になっており、警察官の赤い警棒(というのだろうか?)の指示誘導による対抗車線との交互通行になっていて、すでにぼくらの前には数台ほどの車が連なって待機中であった。
ここで、意気揚々と先頭を走っていた冬の稲妻小手チャヤモトは、その光景を見た時すぐに、
「うひい〜、検問だあ! なんで記念すべき初ツーリングの日に検問に当たるのだ! ああ、これで免許証出したら高校生であることがバレてしまうッ! 先生に通報されてしまうッ!」
と勘違いしてしまい、待機中の列の50mくらい手前で停車してしまったのである。まあ、当時の純粋な高校生であれば、警察官の制服やパトカーを見るだけでも恐怖を覚えるものであったのだが、ここで停車してみてもはじまらない。
「ど、どうしよう。高校生であることがバレたら学校に通報されてしまうぞ」
続くぼくらも腕をシッポのように振って停車させた冬の稲妻小手チャヤモトはすでにビビりまくっており、ここでUターンして迂回もしくは行路変更しようと主張し始めた。すると、チャッピイヤマシナは、
「いや、待て待て。それならば救急車が待機しているはずがない。ここで逃げたらそれこそ不審人物として通報されてしまうのではないか」
と冷静でもっともらしいことをいった。
とはいえ、触らぬ神に祟りなし、あくまでも危険回避による安全路線をと主張する冬の稲妻小手チャヤモトと、冷静に現状分析をして然るべき進路と対策をと主張するチャッピイヤマシナとが再び議論し始めた時、50m先の人だかりの方でなにやらワッとどよめきが起こった。何か新しい出来事が起こったような、そんなどよめきに感じられた。群衆の視線は道路から石階段をつたって川岸に降りたところのすぐそばあたりに向けられていたので、ぼくらは、
「ふむ、どうやらこれは検問などなく川岸における事故か何かであろう」
との結論に達し、とりあえずバイクをそこに停めたまま、3人で事故の様子を見に行くことにしたのである。
事故現場に到着した僕達3人が見たもの、なんと、それは一人の男性の水死体だったのである。なぜすぐに水死体だと分かったかというと、体中ずぶぬれで顔などはパンパンに膨れ上がり、ちょうど僕らが到着してすぐに水深約2m弱のところから救助隊員数名によって陸に引き上げられた場面であったからである。とはいえ、その体格からしてやっとその人が男性ではないかと判別できる程度で、あとから聞いた話では死後2日以上は経っているとのことであった。
最近ではこうして引き上げられた水死体は即座にビニールシートもしくはシーツの類いがかけられ、決して他の人の好奇の目に晒されないような配慮がなされるのであるが、なぜかその時はそのような行為はなされなかった。ぼくらは初めて見る水死体に唖然としてしまい、その無惨さに声を失った。そして、さらに続けてぼくら3人は、戦慄のシーンを目にしてしまうのである。
なんとッ! 陸に引き上げられたその男性の口から一匹、耳からもう一匹、と計2匹のアナゴがニョロニョロリ〜ンと登場したのである。
「うげろ〜!」
「ひょええ〜!」
「ぐひい〜!」
まさか魚類が人体から出てくるなどと夢にも思わぬ純朴な高校生3人は、奇声をあげた後は文字どおり絶句、である。そして、楽しいはずのツーリングはこの光景をこの時点で終了したも同前となった。海の近くで偶然目撃した不幸にして悲惨な光景に、もう誰もそれ以上海が見たいなどと言わなくなってしまい、ぼくたち3人はヘルメットの中で変な味の唾気が湧き出てくるのを押し殺しつつ、とぼとぼと帰途についてしまったのである。
* 以来、数日間、チャッピイヤマシナも冬の稲妻小手チャヤモトも、この話題には一切触れなかった。そしてぼくら3人がこの話題によって受けた精神的ダメージから回復して、ようやく話のネタにすることができたのは、それから約1週間後である。しかし、中途半端に回復したのがかえっていけなかった。というのも、一番回復が早かったのはチャッピイヤマシナであったが、彼はその時サラリとこういってのけたのである。
「なあ、あの時のアナゴって・・・あのあと誰か持って帰って食べたろうか? どんな味だろう?」
「・・・!」
ぼくと冬の稲妻小手チャヤモトは瞬時にその味を想像してしまい、再びあの光景がフラッシュバックのように脳裏に投影され、絶句した。この瞬間、チャッピイヤマシナが放ったセリフがトドメとなって、ぼくと冬の稲妻小手チャヤモトが決定的なアナゴ嫌いになったのである。
これもあとから聞いた話だが、アナゴはたとえそれが人体であっても、穴という穴から体内に入り込み、中身をバクバク食っちゃうそうなのである。ということは、アナゴは人肉をも食らって育つといえるのであるが、これとても最初にいったように雑食性の魚はすべからくそうらしいのであるから、なにもアナゴに限ったことではないのだが、魚類が人体の中から出てくるのを見たら、そりゃあその魚も食えなくなろうというものではないか。
やたら前振りが長いお話の割にはあっさり結論付けでしまったが、このようなわけで、ぼくがそれ以来アナゴを食えなくなったというのもうなずけるであろう。断じてこれは好き嫌いなどではない。これは一種の「トラウマ」とも呼べる恐るべき真実の体験なのである。さて、この話を知ってしまった読者諸君、これでもあなたはアナゴが食えるだろうか?
Published 2000.1.25
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