Special Paperbacked Essays, Vol.11

ダマした連中、出てこいッ! = 痛恨のミスチョイス = - Such an unforgetable thing with selected video deck - この世にビデオデッキなるものが登場し、現在のように各家庭にほぼ一台ずつの割合となるほど目覚ましい普及を遂げるまでさほどの年月はかかってはいまい。なぜかというと、新しもの好きのぼくが最初に家庭用ビデオデッキと出会ったのは高校生の時だったからだ。そういうと、
「じゃあ相当前の話じゃんか」
と意地悪をいう方もいらっしゃるかもしれないが、まあそれはおいておいてくれ(最近はヒツコイ読者の方が多くて困る)。
最近ではDVDディスクなどが主流になりつつあるのだから、今さらビデオデッキの話でもないのだが、寒い季節にはこれといったネタもないので、いつものように懐メロネタでもお話しようと思うのである。
* ぼくが高校を卒業した頃のビデオデッキというものはまだまだその黎明期で、再生と録画ができればそれでもう必要十分な機能を備えていた感があった。無論リモコンやタイマー予約といった、現在ではごくあたりまえの機能と装備が登場したのはもう少しあとか、さもなくば一般ピイプルには手の出せないほどの価格がついた高機能版だけに許されていたという時代である。ぼくはその頃、お金持ちの息子である同級生の家で初めてビデオデッキなるものを見せられ、試しに録画した番組をみて、
「おおッ、つい今しがたTVでやってたニュースをもう一度、いやさ、何度も何度も見れるなんてッ!」
と、感激したのを覚えている。
ビデオデッキには大別すると二つの機種があり、一つはPナソニックやT芝など、多くのメーカーが手掛ける「VHS」、もう一つはSニー社のベータマックス、通称「ベータ」である。今日の主流(というか現在99%これしかない)はいうまでもなくVHSであるが、その頃はビデオデッキの普及率がさほど高くなく、二つの機種のシェアは5分5分といった具合で、陳列数・機種とも互角であったように思う。
その頃からVHSは米国でも一般規格化しつつあり、国内でもPナソニックのフランチャイズ作戦=今でいう「あなたの街の電気屋さん作戦」(注;筆者命名)によってじわじわとシェアを占有しつつあったものの、ベータはそのテープの小型化と画質の良さを売り物にして対抗していたのである。
そんなSニー社が起死回生を狙って放った次なる商品は、なんと録画・再生にあたってステレオ・ハイファイ機能を備えたベータデッキだった。何せ当時はステレオ再生などという高度な技術を駆使できるのはFM放送とレコードとカセットテープに限られていたのであるから、ビデオデッキとテープがハイファイ機能を持つということは、アーティストたちのライヴやコンサートの模様を、それまでのようなモノラルではなく臨場感溢れるステレオ音声で再生できるということなのである。しかも、その頃の技術ではVHSでのステレオ再生は不可能とまでいわれていたので、まさにこれは画期的なことであった。しかしながら、このことが後のぼくに人生の一大ミスチョイスをさせるきっかけの一つになったのである。
* 社会人になったぼくはある日、ステレオ・ハイファイ機能を備えたベータデッキを欲しがるバンドの友人からビデオデッキの話を持ちかけられた。
彼は夜ごとカタログをとっかえひっかえ持ってきては、
「どうしようかなあ、やっぱVHSかなあ、でも画質とステレオのベータかなあ。なあどう思う?」
と、一人悩みまくり、ぼくに助言を求めた。
ようするに彼は、取りあえず映像を観るならVHSで十分なのだが、将来ステレオ音源も聴きたいとなった時にきっと困るかもしれない、さりとてVHSのシェアは捨てがたいとして悩んでいたのである。
最初はさほどビデオに興味のなかったぼくは、
「だったら両方買えばいいじゃん」
などと軽くあしらっていたのだが、ラチのあかない相談に乗っているうち、生来の好奇心が動き始めてしまったのである。
「これほどまでに若者の心を惑わす不埒なビデオデッキなる輩め、ええい、一度この目で確かめてくれるわッ」
てな調子で、友人に借りたカタログを読みあさったのである。
ところがカタログをじっくり読んでいくうちに、妙な気分になってしまった。なるほど不在の時にはタイマー録画しておけばあとでお気に入りのTV番組が見れるわ、2台のデッキをつなぎ合わせればダビングはおろか好きなとこだけ残せるなどといった編集もできるわ、なにより今まで写真でしか観たことのなかった有名ロックグループを動画で見れるわ、レンタルで映画は見れるわ、その他モロモロの機能はあるわで、とうとうカタログを一通り読み終わった時、ぼくは友人と同じように、
「ビデオデッキが欲しいッ!」
と、「ミイラとりがミイラ」に変身してしまったのである。
* さて、ビデオデッキを買うのはいいが、当時はまだまだ高価な買い物だっただけに、購入にあたってはベータかVHSかを簡単に決めるわけにはいかない。なにしろ両デッキ&テープの間には全く互換性がなく、一度購入して録画したテープは一生その機種で再生するしかないのである。
そこで考えあぐねたぼくは、職場の先輩の何人かにビデオデッキを買うならどっちがいいか相談してみた。するとその時点で、五人の先輩方のうちなんと三人までもがベータデッキユーザであることが判明、彼らは口々にベータの素晴しさをぼくに説き、ベータを購入するよう執拗にすすめたのである。
とりわけそのうちの一人・W氏がいうには、W氏の知り合いが職場近くの大手家電ストア・Dの音響映像部門の販売員をしているらしく、その販売員を紹介してやるからどうせならそこで買えばきっといろいろな相談に乗ってくれたうえ、安くしてくれるだろうというのだ。そして気の早いW氏はその販売員・ハマダという店員に電話しておいてやるから行ってみろ、と言ってぼくの尻をたたいたのである。
このような追い風的状況を新し物大好き少年のぼくが黙って逃すはずはない。
こんなわけで、今を遡ること十数年前の冬、ぼくは出たばかりのボーナスを握りしめてさっそく家電ストア・Dへ直行、ビデオデッキの模索となったのである。
* 家電ストア・Dのビデオデッキコーナーは年末商戦のせいか、たくさんの客で賑わっていた。さっそくぼくはVHSとベータの両者をじっくり比較することとした。なにせ安い買い物ではない。慎重に考えなくてならない。それになによりぼくはまだ迷っていたのである。
ハッキリいって、いかに先輩方がベータデッキを持っててその優秀性を薦めるとはいえ、VHSデッキの有用性も捨てがたい。そうかといって「音楽少年」を自認するこのぼくが、ステレオタイプでない機材を買い求めるだなんてプライドが許さない。
コーナーを一回りしたところで再びベータデッキのコーナーに足を運んだぼくは、気持ちを固めきれず、そこにいた一人の店員に声をかけた。
「あのう、ハマダさんて方、いますか?」
「ハマダ・・・はい、少々お待ちください」
その店員は展示コーナーをジグザグに駆け抜けていったかと思うと、しばらくしてぼくと同年代らしき一人の男性店員が現れた。
その男性店員は近寄ってぼくの側にくるなり、
「いらっしゃいませ、ハマダですが」
と明るい声であいさつした。ぼくがW氏の名前を口に出すと、
「やあ、Wさんからは連絡いただいていますよ」
と、手を揉みながら肩をすぼめたりなんかして、
「勉強させていただきますから、わたくしッ」
てな意気込みがありありなのである。それもそのはず、W氏はこの店でベータのデッキのみならず、当時は「ビデオ界のフェラーリ」と呼ばれたほど高価だったベータ用のビデオカメラまでその店員のキモ入りで購入していたのだから、彼にしてみれば、ぼくのような映像初心者などは、いわば上得意の連れて来た「カモネギ」みたいなものであったのだろう。
さて、あいさつが終わると、ハマダと名乗る店員は名刺を差し出してきた。そこに書かれている名前を見てぼくは吃驚、である。
その名刺には、
「販売 浜田省吾」
と書かれていたのである。
「よく本名かって疑われるんですが、実は本名なんですよね、これ」
顔を揚げてぼくが訊ねるより先に、彼は笑ってそう答えた。
うそだろー、しかも字まで全く一緒とは・・・でもあの「ハマショー」と同じ名前とはうらやましい。
と思うと同時に小市民とは不思議なもので、芸能人となんらかの関連性のある人物を目の前にすると、妙にその人の言うことがもっともらしく聞こえたりなんかしてしまうのである。例えば、
「俺ってば浜田省吾のバックバンドギタリストだったから一緒にコンサートツアーまわっちゃったんだもんね」
などというヤツがもしそばにいたら、んもう問答無用の憧れモノである。彼の弾くギターなら俺も買っちゃう、彼のいうことならなんでも聞いちゃう的な状態になり、思わず浜田省吾本人よりもなぜか彼にサインねだっちゃいそうな気持ちになるのも無理はないのである。
だからこの場合も、浜田省吾と名乗る男性店員が本物のハマショーに似てもいないのに、何となく声が似てるなあ、などとマジで考え始めてしまう始末である。こうなるとぼくの頭の中は、
「TOKYOが悲しみは雪のようにでラストショーだから路地裏の少年が片思いなのだッ!」
状態である。
なぜここまでの状態になってしまったのかいまだによく分からないが、そんなこんなであとは「ハマショー」のペースで商談は進んだ。
「いかがです? 今はベータデッキが大変お買得なんですよ。例えばこの機能・・・@&%$#・・・」
とハマショー。
「でもVHSのほうがメーカーもシェアも多いですよね」
とぼくが聞き返すと、すかさずハマショーはぼくの顔の前で、ツッツッツと人指し指を振り、
「これだからシロウトは。フッ・・・」
といった表情を見せながら、
「いえいえ、これからは映像と音響の時代ですよ。テープは小型だし、ステレオ再生ができるのはベータだけなんですから、絶対にベータがお得です」
と言うのである。
このほか、いろんな専門的用語をマシンガンのように並べ立てるハマショーだったが、ぼくは、
「今からは映像と音響の時代・・・」
というハマショーの言葉が妙に頭に残り、まるで金縛りにでもあったかのように何かに動かされたようにベータデッキの前に立って彼の話を聞いていた。
そして、最後にハマショーは自身たっぷりにこう言い放った。
「VHSは必ずスタレますよ。テープはでかくて重いし、画質は悪いし、ステレオ再生できないし。まあ、言ってみればデッキ界の『石炭』ですな」
ハマショーの言葉には妙に説得力があった。というよりも、ぼくはハマショーの名前と話術に魅せられていたのかもしれない。気がつくとぼくはボーナスから頭金を出し、残りを六ヶ月分割払いにしてもらうべく書類にせっせと記入しはじめていた・・・。
* 以上がぼくがベータデッキを買うに至った経緯である。
ぼくは買った当初からいろいろなTV番組や映画を録画しまくり、テニスやスキーの競技の様子を録画して独り真夜中にイメージトレーニングしたり、友人の結婚に際してはベータ版ビデオカメラを回して「二人の馴れそめドラマ」を作成・編集しまくったり、(ここは小声で)・・・
数少ないベータ用Hビデオを借りて観たり@&%$#・・・ と、ぼくはベータデッキと蜜月状態で過ごし、ベータデッキはまさにぼくの青春の立役者の役割を担ってくれたのである。・・・しかし。
やがてやってきたVHS対ベータの熾烈な戦争の結果・・・ああ、これは言いたかない。いや、言うまでもないことであるが言いたくはない。ううう。
ぼくに先見の明がなかったのか、「ハマショー」に騙されてしまったからなのか。ご存知のとおり、あれからしばらくして「技術的に不可能」との評価をくつがえしたVHS側にもステレオ再生タイプのデッキが登場し、いつしかレンタルビデオ屋もVHSオンリーとなってしまって、シェア的にも技術的にももはやベータの敗北は決定的となった。今日のように、よもやSニー社がこれほどの大敗を喫してベータデッキが姿を消すとは、当時のぼくは夢にだに思わなかったのである(思ってたら買ってないわい)。
まあ、そんなことは今さら言ってみても始まらない。悲惨なのは、ベータデッキ購入直後のぼくである。ぼくとベータデッキを取り巻く環境は購入直後から一気に、そして著しく悪化した。ようするに、今回ぼくが言いたかったことはここからなのである。
まず、その1。
あれほど熱心にベータデッキの将来性について熱く語り、ぼくを「負け組」に陥れた張本人、家電ストア・Dの販売員ハマショーこと「浜田省吾」なる店員について。
ぼくがベータデッキを購入してわずか二ヶ月後のこと、クリーニングテープを買おうと家電ストア・Dのビデオデッキ売り場に彼を訪ねたところ、彼の姿はなかった。
休みかと思ったが、一応他の店員に聞いてみることにした。すると、
「ハマダ・・・? いえ、そのような店員はここにはおりませんが」
というのである。
訝しんだぼくは、ハマショーの名刺を取り出して、
「ほら、この人なんですが」
とその店員に見せたところ、彼は笑いながら言った。
「ハハハ・・・ウチの社員にこんな『有名人』いませんよ」
「・・・(やられた)・・・」
彼は一体どこの社員だったのか? それとも、単なるアルバイトだったのか? あるいはSニー社のまわし者だったのか? い、いや、それよりももしかして、「浜田省吾」という名前は本当に・・・?
その2。
さらに事件は続く。
あれほどぼくにベータデッキを買うよう執拗に勧めまくっていた、W氏を含む先輩三人について。
ぼくがベータデッキを購入してわずか一年後のこと、彼ら全員がなんと、すでに一年後にはVHSデッキを購入していたのである。とすれば、わずか一年前のあの勧誘は一体なんだったのか・・・?
その3。
Sニー社について。
もっとも腹がたったのは、ベータデッキを購入して五年後、家電ストア・Dを再び訪れた時のことである。店頭に並ぶビデオデッキは全てVHS一色であった。ベータデッキの原物など店頭においてあるはずもない。しかも、おおかたのVHSデッキが廉価版でわずか数万円であるのに対し、Sニー社のベータデッキのそれはカタログの隅にだけちょこっと載ってるだけにもかかわらず数十万円もの希望小売価格が付いているのである。
さらに、よくよく見やるとSニー社製のVHSデッキが破格の値段でズラリ並んでいるのみならず、Sニー社製VHSテープが大安売りであるとして、レジ横のコーナーに大々的に積み上げられているではないか!
うぬぬ・・・Sニー社のやつめ、販売戦略的に大負け食らうばかりか、ベータユーザを見捨ててVHSデッキに寝返ってベータの扱いはケンもホロロにした挙げ句、なんとVHSデッキとテープの製造販売を始めたとは・・・一体どういうことなんだ! ええッ、Sニー社さんよお!
・・・はあはあ、つい興奮してしまった。
まあ、ざっとこれらのことが言いたかったわけだが、こんなわけで今も店頭でSニー社製VHSテープの大安売りを見るたび、
「家に帰ったらこのSニー社製VHSテープでもってプレステをたたき壊してやろうかいッ!」
と思うのはぼくだけではないはずである。しかし、そう言いつつも、プレステ2を予約しようかどうしようかと迷っている新し物大好き少年なのである。
あとがき ぼくの青春時代をおおむね200本近くのベータ版ビデオテープに録画しまくったSニー社のベータデッキは、年のせいか数年前から体調を崩し、とうとうテープを挿入したまま吐き出さなくなってしまったため、やむなくそのまま押し入れの中で静養してもらっている(静養したからって治るとは思えないのだが)。
え? じゃあ今どうしてんのかって? もちろんぼくは今、VHSデッキを使用していますッ!(ヤケクソ)
Published 2000.2.25
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