Special Paperbacked Essays, Vol.45

macspin2

 

フロッピーの逆襲

- Revenge of the floppy disks -

 

 月日の経つのは早いものだが、いつも言っているように特にコンピュータの世界は早い。早すぎる。

 新型パソコンや周辺機器を、それこそ鳴り物入りのスペックで購入した時点から数えてほんの数か月、いや、もっとひどい場合になるとほんの数週間でそれは過去の遺物になるのである。

 パソコンを例にとって分かりやすく言えば、例えば内蔵ハードディスク。今では20GB、40GBの内蔵ハードディスクなどはざらであるが、確か1年前くらいまでは10GB程度が主流だったと思う。

 こう書くと、

「まあ1年くらいで容量倍増ってのはよくあることじゃね〜の?」

 と言われるかもしれないが、「少年」の使っているパソコンの内蔵ハードディスクの容量は4GBである(まあ古いのだから仕方がないが)。しかも、その当時はたった1GBの外付けハードディスクが数万円もした時代であるから、いかにこの数年間で技術と価格破壊が進んだかがわかるのである。

 と、こういう書き出しで始まればたいてい今回の話題がわかろうというものであるが、逆に言えばここで今回の話の内容に気づかない諸氏がいるとすれば、それは当サイトにおけるビギナーというものであろう。

 そう、ズバリ今回のお話はそんな過去の遺物中の遺物、すでにMacでは数年前に見放したにもかかわらずWindowsの世界では未だにデータ交換に使うために残しているメディア、MOやCD-Rの登場で一気に博物館入りとなった過去の英雄。

 それこそがフロッピーディスクなのである。

 ちゅうわけで、今回のお話は、そんな邪険にされつつもけなげに生き残っているフロッピーディスクをめぐるお話である。

*

 先日、MOディスクを整理していた時、あまりのディスクの多さにそれらを保管する場所に困り、ふとパソコンラックの下におあつらえ向きのラックがあることに気づいた。

「なんだ、こんなにいい場所があるじゃんか」

 ぼくは頭の周りにラッキーマークを描きながら早速そのラックの扉を開けたのだが、なんとその中に鎮座ましましていたのは、100枚以上もの大量のフロッピーディスクの山であった。

「うげげ・・・」

 久々に見るフロッピーの大群にぼくは、額の横当たりにスリットをいれたような気分に陥ったのである。だって、最近ではデータのやり取りをするのに、わずか1.4MBしか容量のないフロッピーを使うことなんてあるはずもなく、たいていはMOディスクかCD-R又はCD-RWに焼いてやり取りをすることが多いからである。

 しかもそれらのフロッピーにはご丁寧に一枚一枚にきちんとラベルが貼ってあって、内容が一目でわかるようにしてあるのである。「ユーティリティ」、「MIDIファイル」、「アップデータ」などの文字がちりばめられ、無精なぼくにしては上出来な整理の仕方である。おそらく、Macを買って使いはじめた頃、いわゆるパソコン初心者の時期にうれしがってダウンロードしたソフトやファイルを保存していたのであろう。我ながら思い出し笑いである。

 ところが、その中に何のラベルも貼っていないディスクが無機質に存在していた。色は黒色で、他のどのフロッピーとも色が違う。その頃ぼくは白色系のフロッピーをだいたい20枚単位で購入していたから、ぼくが買ったフロッピーなら他にも同じ色あいのフロッピーが19枚程度存在することになるが、ざっと見渡しても同じ色調のフロッピーは見当たらなかった。

「んん〜? こりゃ一体何のディスクだったっけか?」

 ディスクをためつすがめつしても、なんのフロッピーだったか一向に思い出せない。そこで裏返してみると、ライトプロテクトがかかっていることに気づいた。ぼくはよほどの重要書類以外はライトプロテクトをかけないので、少し違和感を感じた。

「う〜む、奇っ怪な。これは一体何なのだ?」

 としばらく考えたぼくは、早速中身が何であるかを調べるべく、Macを起動した。そしてそのフロッピーのライトプロテクトを解除し、Macのドライブに入れてみたのである。

 ディスクを読み込む機械音がかすかに聞こえてきて、やがてフロッピーのアイコンがデスクトップに現れた(ここんとこはWindowsユーザにはわかんないトコね)。そしてそれをダブルクリックすると、中には一つだけファイルらしきアイコンがあり、そのファイルネームは「名称未設定」となっているではないか。

 どうやら何がしかのファイルを作成して名前も付けずにそのフロッピーに保存し、ライトプロテクトをかけたまま放置されていたらしい。がしかし、名前も付けずに保存したわりには、上書き禁止措置をとっているところを見ると相当大事なファイルであることは間違いない。こう考えると、一体誰がこのファイルを作ったのか、という疑念が湧いてくる。

「・・・まあ、開きゃわかることさね」

 ぼくは好奇心一杯になり、そのファイルをダブルクリックした。

 ところがアラートが出て、我がMacちゃん曰く、

「開くためのアプリケーションがないのよね〜ん」

 というつれないお返事。仕方なく、代替のテキストエディタ(万能でたいていのファイルは開ける代物)などで開こうとしても、珍しいことにこれまたアラートが出て、

「あきまへん。コレ、ワテ得意のファイルやないねん」

 とけんもほろろのお返事。

 結局いろんな方法を試してみたものの、全部失敗に終わったため、ぼくはあきらめることにした。

「・・まあどうせ思い出せないんだし、たいしたファイルじゃないわいな」

 と自分を慰め、職場のWindowsで使うために初期化をして内容をすべて消したのである。

*

 ところが。

 そのフロッピーが入っていた箱の中に、もう一枚似たようなフロッピーが入っていることに気づいた。このフロッピーもラベルがない。もしかしてさっきのと関連があるかもしれないと思い、早速Macに入れて開いてみると、やはり、である。

 中にはテキストファイルと見覚えのあるアイコンによるアプリケーションソフトが入っていた。

「あれ?・・これ・・なんだったっけ?」

 ぼくは記憶が蘇りつつあるのを感じた。が、どうしても今一つ思い出せないでいるため、やはりそのソフトを起動してみた。

「!」

 ソフトを開いた瞬間、ぼくはそのソフトが何なのか、そして先ほどのフロッピーの中の開けなかったファイルがなんだったのか、やっと思いだしたのである。

「あああ・・しまったあ!」

 そのソフトと一緒に入っていたテキストファイルを起動するとぼくの後悔は一段と増幅され、ぼくは画面を見つめたままフリーズしてしまった。

 説明しよう。

 まずそのソフトとは、どんなファイルにもパスワード付きのプロテクトをかけられるソフトだったのである。そして、一旦そのソフトによって保護されたファイルはパスワードはもちろん、そのソフトそのものがないと永久に開けないという、本来の使用目的からすればこれ以上素晴らしいソフトはないという代物なのである。

 もうお分かりだろう。

 要するに、当時ぼくは、「あるファイル」を他人の目から厳重に守るため、あえて普段と違う色合いのフロッピーをわざわざ買い、プロテクトソフトによって保護したうえ、中身が推察できないようファイル名を付けずに保存し、ファイルをプロテクトソフトと別のフロッピーに分け、さらに識別ができないようラベルも付けず、誤って上書きできないようにライトプロテクトもかけておいたというわけなのである。

「それなのに ああそれなのに それなのに(詠人知らず)」

 まさに「それなのに」、ぼくは肝心の大事なファイルをフォーマットすることでこの世から消してしまったのである。無念・・・

*

 それ以来、ぼくはフロッピーをいじることはしなくなった。もっとも、フロッピー自体の使用がほとんどなくなっていたということもあるが、既存のフロッピーはもう決して二度といじらないと肝に銘じたからである。

 げに恐ろしきは邪険にされたフロッピーディスクの逆襲なのである。

 え?

 元々そのフロッピーにそこまで厳重に保存したファイルって何だったのかって?

 これは言えない。言えるくらいなら元々あれほど厳重なプロテクトはかけないというものである。だから絶対に言えないのである。

 

Published 2001.8.25

  

 

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