Special Paperbacked Essays, Vol.6

Macspin2

 

不思議なお話

- Mysterious experience when I was a boy -

 

 

 まったくもって自慢ではないのだが、ぼくには霊感というものがほとんどないのである。しいていえば、既視感(デジャ・ヴ)くらいは時々感じられるのであるが、これとても記憶の甦りという説もありで、だいたいがボーっとしてる時に突如感じられることであって、果たして霊感と言えるのかどうかやや疑問のあるところではある。まあ本当に霊感の強い人ならば、例えば怪し気な場所に差し掛かると寒気を覚えたり、何やら嫌な予感がしたり、挙げ句の果てには霊そのものや火の玉が見えたりと、本人はおろか、周りの人さえも恐怖に陥れたりするのであろうが、嬉しいかな、ぼくにはそうした試しはない。だから霊の気配を感じることもなく平々凡々と日々を送ることができるのである。

 ところで、このような心霊体験というものは、大人になってもギンギンに体験しまくっちゃってる人もいるようだが、たいていは幼少の頃に体験するケースが多いそうなのである。これは、幼少の頃の方が人間の自然界に対する知覚機能が研ぎすまされているからという説のようだが、これも定かではない。

 実はかくいうぼくも、幼少の頃に「金縛り」をたった一回だけ体験したことがある。「金縛り」は極度の疲労によって起こるのだという人もいるので、「金縛り」を霊感の分野の話としていいのかどうかわからないが、ぼくの場合、初めて体験した「金縛り」は深夜に起きた。ぼくの体験した「金縛り」とは、寝ている時に突然、ブウンという耳鳴りがして体が硬直したのにもかかわらず、意識ははっきりして目が冴えるという、ご存じの方も多いと思うけど、本当に奇妙な状態なのである。

 目を閉じたくても閉じられず、手や体を動かそうとしても動かない、それでいて眠らせてももらえない、やがて耳鳴りはおさまったものの頭の中にはインド音楽に使われる楽器のような音色が鳴り響く・・・まさに、おいおいなんだいったいこれはどうなってるんだなんとかしろこのヤロ状態である。時間にしてみればほんの少しの時間なのであろうが、当時のぼくには「金縛り」がとても長く感じられたのである。

 ここまで書くと、おう、なんでい「不思議なお話」ってのは金縛りの話か?と思われるかも知れないが、実は今回のお話は金縛りのお話ではない。金縛りの話ならば、ぼくよりももっと頻繁に体験している方々がいらっしゃると思うので、そちらの方々におまかせするとして、実はこのたった一回の金縛り体験の直後にぼくは、これまでの人生の中で唯一と言えるほどの不思議な体験をしたのである。

 それはぼくが小学校3年生の時であった。

* 

 当時小学校3年生のぼくには、同級生のK川君とN谷君という友達がいた。ぼくと彼等の三人はある日の放課後、近所の広場でいつものように野球をしていた。野球といってもたったの3人しかいないので、一人がバッターでありかつ自分が空振りした時におけるキャッチャー役となり、もう一人がピッチャー兼セカンド兼ファースト兼ライト、あと一人はサード兼ショート兼レフト兼センターであった。当時の3人には実力的にはヘナヘナのニョロニョロであったので、このような編成でも特に不自由なく野球を楽しめたのである。

 さて、ここで不思議な体験のきっかけは起こった。

 ピッチャー兼セカンド兼ファースト兼ライトであるぼくが投げたボールを、バッター兼キャッチャーのK川君がカキーンと打ったのであるが、その打球がサード兼ショート兼レフト兼センターのN谷君のはるか左のファウルグラウンド、球場でいえば3塁側ベンチの上あたり、ここの広場でいえば敷地外、要するにいわゆる草むらに入ってしまったのだ(う〜む、ややこしい)。ところが、この草むらは小学生にとっては結構深く、背の高くて幹の堅い草が生えていたため、その中に迷い込んだボールを探すのは容易なことではなかった。ぼく達3人はバットとグローブを使って草や葉を押しかき分けながら探したものの、とうとうボールは見つからず紛失と断定せざるを得なかったのである。

 するとここで、ボール紛失の張本人であるK川君が、

「ぼく、家に予備のボールがあるからとってくるよ」

 と言い出した。

 その時点では、ぼくらは他にも数個のボールを持っていたのだが、これがまた結構ボロボロのボールで、それらは打っても飛ばないような代物だった。K川君はそのへんの事情を察していたのだろう、ぼくらが返事をするよりも早く、自転車に乗って家にとりに帰った。

 

 K川君の家は広場から自転車で約5分、往復でも10分くらいだったろうか。残されたぼくとN谷君は、二人で予備のボロボロのボールを使ってとりあえずキャッチボールを始めることにした。でもただ始めたのでは面白くないので、

「K川選手、ただいまデッドボールの治療中です。観客の皆様、今しばらくお待ちください」

 などと、二人してTVでみたアナウンスそのものを真似て、少し気取ってキャッチボールを始めたのである。まさに、アホ少年達である。

 さて、K川君が自転車に乗ってその姿が見えなくなってから2、3分くらい経った頃だろうか、今度はN谷君の投げたボールが手元をあやまって大きく外れ、道路に出てしまった。

「おおっと、大暴投! ランナー一塁を回って二塁へ!」

 などとぼくは一人大声で解説しながら、わざとあわてた様子を見せて、ボールを取りに道路に出た。そしてこの時、不思議な現象は起こったのである。

 

 ぼくが道路に出て、石に跳ね返ったボールを掴んだ時、ふと、道路から離れた方角の先端にある何かに目を引かれ、ごく自然にそちらを見やった。その何かとは、ぼくから大体50mくらい離れた場所に位置する木製の電柱であったのだが、その電柱の影から、なぜか体半分くらいをあらわしたまま、K川君がこっちを見ているではないか。

「?」

 あれ、あいつ何であんなとこ立ってるんだ?と、いぶかしんだぼくは、おうい、とK川君に大きな声をかけて手を振った。

 すると、K川君は悲しそうな顔をして、電柱の影から自分の顔の前で手を振っている。まるで「ダメだ、ダメだ」のようなジェスチャをしているように見えた。

 K川君、何がダメなんだろう? と思ったその瞬間、ぼくの頭の中に突然、ブウンという地鳴りのような耳鳴りがした。数日前に体験した金縛りの時と同じ、あるいはそれ以上の症状かも知れない、ふいの、しかも唸るような耳鳴り。何か違う生き物が体に入り込んだようなそんな違和感を感じさせる耳鳴りにぼくは顔をしかめ、とっさに目を閉じ、そしてしゃがみこんだ。ところが幸いにもしゃがみこむと、すぐに耳鳴りはおさまった。今のはなんだったんだろうか、この間の金縛りより強烈だな、それになんだかあまり気分がよくないぞと思いつつも、目をぱちぱちさせ、ほっと息をついて顔をあげ、そして立ち上がった。耳鳴りがする前と同じ方向に向いて立ったので、必然的にぼくの視線は先ほどの電柱の辺りにあった。ところが、電柱のあたりには、もうK川君の姿はなくなっていた。ぼくは視線を電柱の周囲に散らしてみたが、やはりK川君はそこにはいなかった。

 

 すぐにN谷君が心配してかけ寄ってきた。ぼくは大丈夫、ちょっとふらふらしただけだよと説明したあと、付け加え的な感じで、たった今あの電柱の影にK川君がいてねえ、なんだかボールが手に入らなさそうな手ぶりだっだよと自分なりの解釈で説明した。

 これに対してN谷君は、それはですねえ、彼が家に帰ったもののボールが見つかんなかったんだろうねえ、などとまるで老年の野球解説者のような口調でコメントを返してきた。その口調がなんだかおかしくて、ぼくはププッとふきだしたのを覚えている。K川君も姿が見えないということは、どうやらもう一度家に探しに帰ったのだろうと考え、耳鳴りのこともすぐに忘れてしまった。

 と、その時、遠くの方向から救急車の音が聞こえ始めた。だんだんとサイレンの音が近付いてきて、ぼくとN谷君は顔を見合わせた。再び道路に出ると、ほどなく救急車は道路の向こうからやってきて、先程の電柱のある角を曲がり、しばらく進んだらしきところで止まったようだった。

 ぼくとN谷君は、TVでは何度となく救急車のサイレン音と出動シーンは見たことあるが、間近に実物を見るのは初めてだった。ぼく達二人はせっかくだからいってみようよとうなずきあい、好奇心丸出しで自転車に乗ってかけだした。電柱のある路地を右に曲がると、その先の路地口に見物客が数人たかっている。

 案の定、その路地口をまた少し左に入ったところにサイレンを消した救急車が停まっていて、隊員達が何かを取り囲んで作業をしていた。初めてみる救急車は大きくて、ぼくとN谷君は自転車をおりるが早いか、お互いの袖を引き合い、おいおいと興奮しまくった。さらに今度は事故の現場を見たくなって、ぼくはN谷君と一緒に人をかき分けて最前列に出た。そしてぼくらはそこで見た光景に衝撃を受け、凍りついた。

 

 そこに倒れていたのは血だらけのK川君だったのである。どうやら交通事故のようだった。すぐそばに軽トラックとグニャリとしたK川君の自転車がそのまま放置されてあった。太もものあたりのズボンが引きちぎられ、今までに見たこともないほどの量の人間の血が辺りについていた。K川君は意識がないようでぐったりとしていた。すでにタオルのようなものを足と頭に捲かれ、彼は担架に乗せられて救急車の中に運ばれた。

 後ろのドアを閉めた救急車は、再びけたたましいサイレン音を発し、その場を離れていった。ぼくらは、近くで聞けば予想外の大音響ともいうべきサイレン音に耳を押さえながら呆然と立ち尽くしていた。N谷君にとっては、生まれて初めて生で見る救急車を見たという事実と、つい先程まで一緒に遊んでいた友達が一瞬のうちに大怪我をして救急車に乗せられていったという事実とのつながりが相当ショックだったようで、ああぼく帰んなきゃ帰んなきゃでも先生にいわなきゃそれとK川君のお母さんにも言わなきゃ、などと一人うろたえていた。でも、K川君やN谷君には悪いけど、ぼくにとって気になったのはそんなことではなかった。

 

 先に述べておくと、結果的にK川君の怪我は骨折1ケ所と打撲で済み、約2ヶ月後には退院できた。お見舞いに行った時にK川君がいうには、早くボールをとりに帰りたくて、自転車で路地に差し掛かったものの減速せずに突っ込んだところで車と出合い頭にぶつかり、その衝撃で自転車のフレームが引っ掛かり、さらに車のタイヤハウスの中に足が挟まったまま、数メートル引きずられたらしい。それなのに、よくあれだけの怪我で済んだものだと医者もいってたそうである。

 しかしながら、ここで問題なのは、K川君ははねられた瞬間以降の記憶と意識はなく気がついたらベッドの上だった、彼自身が証言していることなのだ。そこでぼくは、事故に遭う前に途中で自転車を降りて、例えば電柱の辺りに立ってなかったかと訊いてみたが、彼は、

「電柱のそばなんかに立つわけないだろ、本当に急いでたんだから」

 とごく自然にいってのけたのである。

 となると、あの時ぼくの見た電柱の影のK川君は・・・?

 *

 あの時電柱の影にいたK川君は、見間違えなどではなく明らかにK川君そのものであったし、その時の彼は悲しそうな顔をしていても手を振れるくらいの元気はあった。

 そして、K川君を電柱の影に見て、ぼくはすぐに耳鳴りがして、すぐにおさまって、そしてすぐに救急車の音が聞こえる・・・どう考えてみてもそれぞれの事実が時間的にひっ迫し過ぎているのだ。救急車の到着が早すぎる。ましてや、あれほどの怪我をしたばかりのK川君が立ちあがって、救急車が来るまでの間に電柱まで歩いた、もしくは歩けるとは到底思えないのである。

 だとすれば、あの電柱の影に姿を見せたK川君は一体・・・? あれはK川君の幽体離脱なのか、もしそうだとすればK川君の、手を振って否定するようなジェスチャの意味は・・・? そしてなぜその時ぼくに耳鳴りが・・・?

* 

 ・・・最初に書いたように、ぼくにはこの出来事のあと、今日まで一切の不思議体験は他にない。だからこそ、ぼくはこの出来事を鮮明に記憶しているのであるが、実際このことはK川君もN谷君にも詳しく確認していない。しかも、あのあとK川君もN谷君も家庭の事情で次々に遠くへ引っ越してしまって、今では消息すらつかめなくなったので、彼等に新たな証言を求めることもできなくなってしまった。つまり、この出来事の真相は現時点では未だ謎のままなのである。

 いずれにせよ、ぼく自身はこれを心霊体験などではなく、「不思議なお話」と思っているのであるが、さて、読者諸君はこの出来事を一体なんだと思われるであろうか。

 

 

Published 1999.12.25

 

  

[back to top]

 


 

Copyright (c) 1999-2003 遊び大好き少年たかすぎくん制作委員会 All rights reserved.