
究極の美味御飯を考察する
最近ではコンビニやレトルト食品、ジャンクフード屋さんの大流行で、かくのごとく家で食べなくても、一歩外に出れば何でも食べられる。しかも、最近の日本人は金銭的に余裕が出てきているようで、少しのお金を出せばこのような立派な食事にありつける時代になってしまった。
でも、確かにそういう意味で食生活は豊かになったのかもしれないが、昔のフォークソングに出てくるような、
「キャベツを丸ごとかじって一日を過ごした・・・ラララ」
とか、
「水で空腹感をまぎわらした・・・ウオウウオウ」
などといった話は聞かなくなってしまった。つまり、一昔前のような「生活困窮非常時における緊急避難的食生活」が影をひそめてしまったような気がするのである。それはそれでいいことなのだが、ちと寂しい気がするのである。
というのも、実はぼくも20代前半の頃に数年間一人暮らしを経験したのだが、そのおかげで自慢じゃないがいわゆる「困窮食」暮らしという意味では数多くの経験を積んだ記憶があるのだ。
当時は(というか今でもそうなのだが)安月給で、給料日の10日前になると大ピンチになり、さらに給料日の5日前ともなると、まるでウルトラマンのカラータイマーが点滅し始めてからすでに50秒も経過したような、かなり危険な状態にしばしば陥っていたのである。
ぼくの友人達の中にも同様の生活をしていたヤツが数人いて、彼らはそんなとき、飲んだビール瓶やコーラ瓶をかき集めて、酒屋へ持っていって換金したりしていたようだが、そんなことくらいでは抜本的解決には至らない。なにせ、当時の見栄っ張りのぼくら若者のこと、ビール瓶のたかが5円に血眼になったかと思えば、女の子を連れて食事に行ったりは当たり前という、なんともアンバランスで危なっかしい生活を送っていたのである。
とはいえ、やはりお金が無くなると、まず確保しなければならないのは食材であった。給料日までの食事の回数とそれに要する1回当たりの費用を逆算し、最適な費用配分と最大限の味覚・栄養価を割り振らなければならない。これは重大かつ困難を極める問題だったのである(ちと大袈裟な言い方であるが、本当である)。
そういう経験をしたぼくからすれば、今のように安価でしかも栄養価の高い食べ物が手に入ることは嬉しくもあり、また寂しくもあるのである。やはりお金がなければないなりの質素な食事をしなければならない。
とまあ、こういうわけで、今回のお話は「お金がない時の食事方法」、すなわち金欠による非常困窮時の食事=困窮食である。
先に断っておくが、最近ではレトルト食品やインスタントラーメン等の値段も安く、むしろ今ではこちらの方が非常食と位置付けられているものの、これらは言うほど経済的ではない。ぼくが20代前半の頃も、そして現在でも「買い置きのお米を炊いたご飯プラス何がしかのもの」、といったパターンこそが最も経済的であり、金欠時の食事のキメ手だったのである。したがって、ご飯にレトルトカレーや牛丼、ふりかけご飯や缶詰めといったようなパターンはぼくに言わせれば困窮食からすれば邪道である。いくら栄養価的には得点は高くても、ぼくにいわせれば困窮食としては失格なのである。ゆえにここではそれらを排除し、「困窮食の王道」を述べてみることにする。
* お金がない時の食事といえば、日本人ならやはりご飯と何がしかの具の合わせ技ということになろう。
まず、最低限用意しておかなければならないものは、当然ながら米と炊飯器と醤油。この3つに限る。炊飯器がなければ鍋とコンロだけでもいいし、キャンプ用の飯ごうがあれば、雰囲気が出てなお良しである。とにかく、米とご飯を炊く容器類があればいいのである。
では実際にぼくが給料日前に食したメニューの数々をご紹介しよう。
まずは困窮食界の平幕、お手軽な「納豆ご飯」である。
納豆という食材は、幼少期を西日本で過ごした方の多くにとっては、
「ぐええッ、あんな腐ってるモンが食えるかッ! 臭せえッ、臭せえッ!」
と即座に敬遠されがちな食べ物だが、どうしてどうして、食べつければこれほど美味な食材も見当たらないのである。しかも栄養価も高く、ローカロリーでとても安い(スーパーで4個100円てな時もある)。今の所、平幕クラスに甘んじてはいるが、文字どおりねばり強く店頭に並んでいけば、食卓の三役入りも夢ではないと思うほどである。
食べ方としては納豆に醤油をチョボチョボっとかけ、よ〜くまぜてねばりをだしたらアツアツご飯の上にかけてまぜながら食べるのである。実にうまい。
* お次に控えし困窮食の小結は、日本人の定番「卵ご飯」である。言うまでもなく、日本古来の食材「にわとり」の二世である(当たり前だ)。親譲りのうまさと高い栄養価がウリの食材である。
もはや説明の必要もないほどだが、生卵を割って醤油を好みの量ほどたらし、よくかき混ぜたものをアツアツご飯の上にかけて食べる。まあたいていの日本人ならば一度は食したことがあろう。ポイントは白身と黄身と醤油をよく混ぜること。中途半端に混ぜただけでは卵本来の味ではなくなる。まことに幸せである。
* ここいらへんから徐々に関脇級の困窮食登場である。つまり、納豆や卵の入手ですら困難な場合に陥いる時がある。がしかし、慌てることはない。お次は、漬け物類とのカップリングである。漬け物は必ず食卓に必要不可欠な食材と言っても差し支えない。この食材のおかげで食卓の人気は保たれていると言っても過言ではないほどだ。
無論漬け物でなくとも、梅干しでもGOOD。ただし、こういった漬け物類は栄養的には塩分含有量も多いので、美味しいからといってたくさん食べてはいけない。あくまでも漬け物一切れにつきご飯を箸ふた口程度のペースがよろしかろう。ちなみにぼくが個人的に好きな漬け物は「キュウリのキューちゃん」である。この味は今も昔も変わっておらず、これさえあれば何杯でもご飯が食べられそうになるのが不思議だ。実に美味である。
* さて、納豆も生卵も漬け物も無くなってしまったら、どうなるのか。これでもまだ慌てることはない。冷蔵庫の中にはまだまだたくさんの食材がある。そう、知る人ぞ知る、大関・マヨネーズの登場である。
マヨネーズの主原料は卵と油であるからカロリーも高く、結構空腹を満たしてくれる。そして何より、「マヨネーズご飯」はうまいのである。
「うええッ、気色悪う」
という方もいらっしゃろうが、さにあらずや。例えば、SMAPの香取君がマヨネーズ好きなのは有名で、彼などはいつも携帯用マヨネーズを持ち歩き、外食先での食事にはマヨネーズをかけて食べていると言う噂もあるほどだ。それだけマヨネーズは奥が深く、美味な調味料なのである(よくわからないか)。よって、その意表をついた味となんにでも合うオールマイティな業師ぶりが次世代の横綱と表される所以である。
食べ方としては、マヨネーズをご飯の入ったお茶碗の外縁辺りからニュルニュルニョロニョロと、ご飯が見えなくなる程度の幅でもって中心部に向かって回しかけするのである。そして混ぜ合わせることなく、そのまま静かにその下のご飯ごと箸でつまみ上げ口に運ぶのである。醤油をかけても良い。正真正銘うまい。
* さて、給料日の2日前ともなると、ついに横綱を登場させねばならなくなる。
まず、西の正横綱・塩の登場である。つまり「塩かけご飯」である。
適当な量の塩をご飯にふりかけて食すのだが、早い話がおにぎりのような味がする。だがここでは海苔もなければ具もない、ただの塩ご飯である。味はうまいのだが、見た目にはご飯に何の変化も見られないため、少々ビジュアル的に物足りなさを感じるのが彼の難点である。
と、ここまでくれば東の正横綱の登場で締めたい。
困窮食界の東正横綱、それは醤油。すなわち「醤油かけご飯」である。
「なんでい、醤油かい」
などと、醤油をバカにしてはいけない。欧米では「ソイ・ソース」と呼ばれ、まごうことなくれっきとしたソースに認定されているのである。醤油かけご飯は究極にして最高の味なのである。醤油をアツアツご飯の上に大サジ一杯分くらい回しかけしてご飯をほおばる。これぞウルティメイトな和食、並ぶものなき調味料、いやさ調味料と言う範疇を超えた最高の食材である。
* ところでなにをかくそう、ぼくは醤油大好き少年でもあるから、あの頃の困窮食暮らしの中で、むしろ醤油ご飯を積極的に楽しんで食べていたといってもいい。
どれくらい醤油が好きかというと、その頃のぼくの給料日前の食生活を見た当時のガールフレンドが、
「そんな食生活して体こわしちゃいけないから、いっそ1ヶ月分の食材を買ってきておいてあげようか」
と心配して言ってくれたのだが、ぼくはそれを断って、食材はいいからせめて高級でウマイ醤油を買ってきてくれいッ、と頼んだため、あ然とされたエピソードがあるほどである。
しかも今でもおかずを先に食べ尽くしたあと、残ったご飯をどうやって食べようかと思う時は、決まって醤油をかけて食べる。ただし、この手法はウチの奥さんに言わせると、
「それってば犬ご飯みたい。それにお腹に『虫』がわくわよ」
とあからさまに不快な表情を示し、決して他人さまの家ではやらないでよとまで言うのだ。
確かに昔は醤油をたくさん食すと熱が出るとか、腸に虫がわいたという話を聞いたことがあるが、うっせいうっせい、そんなの関係ないっちゅーねん、である。美味しいものは美味しいのである。前述の生卵かけご飯にも結構な量の醤油をたらすのも、少年至福の時であると言えよう。
なんだか醤油絶賛記録になってしまった感もあるが、ちなみにこれらの気になるお値段はというと、お家でご飯を炊くことを前提としてガス代、米代、鍋代、水道代などの経費を別にすれば、1食分につき、
生卵一個20円、
納豆1食分25円、
漬け物1食分8円(「キュウリのキューちゃん」換算)、
マヨネーズ1食分7円、
醤油1食分2円、
塩1食分1円(1円未満四捨五入)
という計算になる(数字はすべて推測である)。ああ、安いッ、困窮食万歳! である。
* 余談ではあるが、同じ頃ぼくの友人達が試していたメニューとしては、「ウスターソースかけご飯」や「七味かけご飯」、「コショーかけご飯」に始まり、「焼肉のタレかけご飯」、「ポン酢かけご飯」、「水道水かけご飯」などが挙げられるが、これらは実際に試した結果、前述のものらとは一線を画しているようであまり薦められない。その理由は食せば分かると思う。特に「水道水かけご飯」はなんちゅ〜か、食べてると空しくなってくるのが特徴で、心身共に満たされないので、これは絶対にやめた方がいいと思うのである。
とまあ、こういうふうにして困窮食生活を愛したぼくからすれば、今のようなジャンクフード食べ散らかし世代はむしろ味覚的にも可哀想だと思うのである。せめて一度でいいから若い人たちに「醤油かけご飯」を食べさせてやりたい、との思いから、いっそ「醤油ご飯専門店」を開業したろうかいッ! と思いをめぐらせている春先の少年なのである。
Published 2000.4.10
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