Special Paperbacked Essays, Vol.4

Macspin2

 

男の繁華街デビューとは

 - Making Men's debut at pubroom -

 

 

 およそ成人の男子というものの過半数は、通称「飲み屋さん」、すなわちスタンドとかバーとかスナックなどと呼ばれているお店に行ったことがあるはずである。そして成人の男子は、そのようなところで何をしているのかと言うと、お店にいらっしゃるきれいな「オネイサン」達と他愛もない話をしながら、時間とお金とアルコールを浪費して喜んでいるのである。世の中の成人男子の半数以上がそうだというのであるから、これまた女性の半数以上にはおよそ理解のできぬ光景であろう。

 まあ、たいていの男はそのようなトコロへ行くと、それはもう鼻の下デレデレ胸バクバク口ペラペラシャツ丸出し状態となり、妙にハイになってはしゃいでしまうのである。これにはもちろん個人差はあるものの、大様にしてその原因は、オネイサン達の巧みで思わせぶりな話術、仕草、そしてそれを側面ウルトラサポートする濃度の高い水割りの挟み撃ち攻撃にある。これらの波状攻撃により、男の理性は根こそぎ取り除かれてしまうのである。

 さらに、オネイサン達のほんの少しの言葉と仕草がかもし出す甘い雰囲気に包まれれば、

「う〜む。このオネイサン、ひょっとしてぼくに気があるの・カ・モ?」

 などと、おこがましくも厚かましい幻想すら抱いてしまうのである。

 やがてそんなナイスなサービスと、ウブな男のアホな勘違いが、連日連夜にわたり男の足をいやがうえにも「飲み屋さん」へと向かわせ、それゆえに繁華街は今日も賑やか日本経済の源ここにありッ、もうオネイサンてば商売お上手! ってな具合につながっているのである。

 しかもおバカな男は、すーぐにハマっちゃうのであり、ハマるとどうなっちゃうかというと、独身男性諸君ならば、ひと月における「飲み屋エンゲル係数」が90くらいに上昇し、妻帯者諸君ならば、お小遣い前々々借りの憂き目に会うのは必至なのである。

 これを避けるためには、一にも二にも、オネイサンに対抗できるだけの話術と所作を身につけなくてはならない。そのような準備と努力なくして、ただ無防備にお酒を飲みながら、きれいなオネイサン達と会話をしまくっていると、知らず知らずの間にハマっちゃうのである。なんてったって、彼女達はそれで飯食ってる、いわばプロなのである。

 ところで、物事には何にでも初心者てのがいて、飲み屋さんを訪れる男性諸氏の場合も例外ではない。要するに、いくら慣れたおっさんであっても、最初は「飲み屋ビギナー」だったのだということである。最初からオネイサン達とお話なぞしてデヘデヘしてるヤツはいるかも知れないが、いきなり対等にわたりあえるヤツなどいないのである。

 かくいうぼくなんかは、ひと年とった最近でも、未だに綺麗なオネイサン達に囲まれて鼻の下を伸ばしながら、

「さあさあみんな、オジサンに甘えてチョ〜ダイナ、ウエッヘヘヘ」

 みたいなデヘデヘ野郎と化しているのだが、実際、こんなぼくでも一応は自分にブレーキをかける所作と見識は持ち合わせているのである(と思う)。すなわちぼくは、デヘデヘ野郎を装いながら、デヘデヘ野郎の心境と冷静な自分との二面性を保ちつつ、オネイサンとの会話を2倍楽しむという、いわば「大人」の域にはいっちゃってるなのである。ふっふっふ(自分でそう思ってるだけだという説もある)。

 ・・・ゴホン、まあそれはさておき前述のように、当然ながらぼくにだって最初に繁華街を訪れた時のエピソードはあるのである。それとてまたもや語るに恥ずかしい大失敗談であるのだが、今夜はそんな「繁華街デビュー」のお話におつき合いいただく。

 それはぼくが高校を卒業して間もない、まだ18才の頃の話である。

*

 ぼくの住む広島市には、全国にも名高い「流川」という、有数の店数を誇る大繁華街があるのだが、その流川の中にある一軒のお店に、バイト先のMさんという先輩が連れてってくれたのが、ぼくにとって初めての「飲み屋」というわけである。初めて繁華街を歩いた時の感想というものは、

「ほええ〜、これが大人の遊びの最前線っちゅうもんじゃろうかあ」

 といったようなものであった。何やら今でいうキャッチイなお兄さん方が次々声をかけてくるのだが、何も知らないぼくは声をかけられるその都度、お辞儀などをしたりしていたくらいなのである。

 ちょうどその日は土曜日で、M先輩の誕生日でもあり、ぼくらは適当に見つけた焼き鳥屋でまずはお腹をふくらせ、時間を見計らってM先輩の行きつけのお店へと足を向けた。どうやらM先輩はそのお店にお目当ての女性がいるらしく、彼女にお祝いの言葉をいただき、あわよくばとの魂胆らしかったのである。その夜、流川は多くの酔客で溢れており、人波をかき分けながらもぼく達はM先輩のお目当ての店へとついた。

 そのお店とは、ショウパブとバーとスナックを足して三で割ったようなお店。要するに数人のオネイサンとカウンタ、ボックス席が少々てな感じであった。薄暗い店内に回るミラーボール、むせ返るような香水の臭い、まるでお化粧の中に顔があるようなオネイサン達(これは当時の記憶である、あしからず)、席につくなり彼女達が自動的に目の前に差し出してくれるおしぼりと琥珀色の液体。それらすべてが一気に視界に飛び込んできて、ぼくはいきなり緊張しまくってしまっていた。M先輩は座るなり、ソファーに両手を持たれかけてオネイサン達とちょっぴりHな話などを楽しそうにはじめた。その時のぼくの心境は、まだそういうお店の雰囲気すら知らなかったのだし、まるっきり純な少年だったのであるからして、

「う〜、ぼくもカッコつけてなんかしゃべりたいけど、何をしゃべっていいのかわかんないッ!飲み物もどうやって飲んでいいのかわかんないッ!タバコとかも吸っていいのかッ!ま〜ったくわかんないッ!ど〜しよ、ど〜しよ」

 という悲愴なものであった。ぼくだってそれまで女性と話をするのは嫌いではなかったが、何せ今までしゃべった人間の女性を列挙するならば、同級生、下級生、母親、妹、祖母、親戚の叔母、といった面々。年上のオネイサンなんて、ぼくにとってははるか何万光年も先のM78星雲に位置するがごとき存在であったのだ。するとぼくの緊張を察したのか、オネイサンの一人がぼくの目の前にやってきて、

「いらっしゃい。こちら、ここへは初めていらっしゃったのン? ウフンウフン」

 と話しかけてきたのである。

「ぐひいい〜、ついに来たあ! しかもぼくのこと『こちら』だなんてッ! しかもウフンウフンだなんてッ! な、なにをしゃべればいいのだあ!」

 と、内心アワワものであったのに加えて、M先輩が追い討ちをかけた。

「おいッ、せっかく話しかけてくれてんだから、なんか言えよッ」

 まあ「ウフンウフン」てのは大袈裟であるが、ともかく両者に責められたぼくはますます言葉を失い、さらに固まってしまったのである。それを見たオネイサンは、若いのね、ふふぅーんといったような表情でぼくを眺めて、

「おいくつなのかしらン?」

 と訊いてきた。ぼくは、

「うむッ、これならば答えられるッ」

 と瞬間的に感じ、記念すべき大人の最前線での第一声をやっと発したのである。

「はいッ、18才でありますッ!」

 一瞬、オネイサン達とM先輩、他のお客さんは静まってしまった。それはそうだ、誰がこのようなお店で未成年であることを自ら高らかに宣言するスーパーアホアホマンがいるだろうか。しかも最近ではどうだか知らないが、当時は未成年者が大人の繁華街を利用するなど、公にしてはいけない不文律があったのである。てなわけで、静寂のあとに大爆笑、M先輩はぼくの頭を小突きながら、

「お前なあ、連れてきた俺の立場も考えろよ」

 といった。ぼくはますます恥じ入ってしまい、

「恥ずかしいッ! ああッもう、穴があったら入りたいッ! 穴ッ、穴はどこなのッ」

 などとますます緊張の度を増していったのである。

 だが、予期せぬ「未成年宣言」が受けたのか、オネイサン達はかわるがわるぼくの目の前にやってきて、お酒は飲めるかとかタバコはどうだとか何か食べるかとか、いろいろな質問を投げかけてきた。その都度ぼくは、カチコチになった受け答えをしていてどうにも波に乗れない。やむなく緊張による喉の乾きを癒すため、水割りをガブガブ飲んでしまっていたのである。やがてそうこうしているうちにアルコールがぼくの血液中に溶け出し、徐々にほどよい気持ちになってきた。

 そして、ここら辺から一転して、生来のおしゃべりが本性をあらわしはじめたのであろうか、ぼくはまたたく間に雄弁になり、オネイサン達もぼくにあわせてくだらない会話を展開することになったのである。

「オネイサン達はお風呂では、どこを最初に洗うのでありますか?」

「う〜ん、フ・ト・モ・モかしら」

「ぼくもオネイサンの使うタオルになりたいでありますッ」

「ウソウソ、最初はまずシャワーを浴びて髪を洗うのよ」

「なら、オネイサンの使うシャンプーになりたいでありますッ」

「キャハハ、この子おもしろ〜い!」

 などと、オバカなことをいってオネイサン達を笑わせたりしたのである。ぼくもこの時点では、

「うむ、これが大人の会話というものなのだなあ。ふっ・・・」

 と勝手に思い込み、かつゲラゲラと笑いこけたりしていたのであるが、その時すでにぼくは、ぼく自身のアルコールの自浄可能限界量を超えてしまっていたのである。

 さて、ぼくとオネイサン達との変テコな会話を楽しむ様子を横目で見ていたM先輩の機嫌はいいはずがない。

「おい、なんでお前ばっか楽しんでるんだよ」

 と横から小突かれるのである。小突かれながらも、一方でオネイサン達とのバカ話に花を咲かせ、花を咲かせばM先輩に小突かれ、小突かれながらもバカ話に花を咲かせ、花を咲かせば・・・を繰り返しているうち、まるで麦茶のように飲み干す水割りのせいで、ぼくの意識は徐々に遠のきはじめていたのである。

* 

 そうこうしているうちに、時刻は一体何時だったのだろうか、まったく記憶がないのだが、他のお客さんが一人帰り、二人帰りして、とうとうお店の中にはぼくとM先輩の二人の客だけとなってしまった。必然的にぼくとM先輩の貸し切り状態となり、それまで他のお客さんのお相手をしていたほかのオネイサン達も加わって、全員でぼくらのお相手をしてくれることになったのである。M先輩が喜んだのは想像に難くないであろう。たちまちオネイサン達に囲まれ、ゴリラの歓喜ウオッホウオッホ状態である。

 ところが、ああところが! こんな千載一遇の機会にぼくときたら、まるっきり先輩とは逆の状態に陥っていたのだ。つまり明らかな飲み過ぎにより、すごく気分が悪くなってきていて、だんだん口数が少なくなっていたのである。口の中に唾気が溢れてきて、首筋から後頭部の辺りが重ぐるしい。眠いのか、それとも頭が痛いのかよくわからない状態である。それまでもお酒を飲んで気分が悪くなるという経験はあったので、なんとなく自分でも症状の重さの度合いは分かっていた。その時点でぼくのゲロンパ指数は60%と判断、こりゃ少しヤバイぞなどと思っているうち、オネイサンの中の誰かが、

「電気消してチークタイムにしよっか!」

 と提案したのである。

 そう、「チークタイム」とは、当時流行っていた「ディスコ」における一定のダンスリズム&ムード転換時間帯のことである。こう書くと難しそうだが、要するに当時のディスコでは数十分おきにかならずチークタイムというのがあって、それまでアップテンポなリズムで勝手気侭、思い思いに踊りまくっていた男女が、突然バラード調の曲に変わるのを機に、

「オホン。では参る」

 などとかしこまり、互いの体を密着させてシズシズと踊りまわりながら何ごとか囁きあう、という要するにチークダンスを踊る時間帯のことである。

 これには他のオネイサンも全員賛成、M先輩に至っては、んもう狂喜乱舞、狂乱の祭典、マイハッピ〜バ〜スデイッ!ってな感じで、やれ電気消すだの、それミュウジックスタアトだの、これオネイサンこっちくるだのと仕切りまくり吠えまくり状態となったのであるが、ぼくの方の症状はさらに悪化し、その時点でゲロンパ指数70%、できれば立ち上がりたくない、今動いたら出ちゃうかも、チークなんていやだいいやだい、もう帰るんだい状態に陥っていたのである。

 しかし、そうこうしてるうちに明かりが落とされ、店内はムーディでムフフな雰囲気に包まれた。と、オネイサンの一人がぼくの小脇をそっと抱え、

「立って。踊ろ」

 とぼくを促した。ぼくは、うええ〜やばい〜、チークなんて踊ったことないしぃ〜てな表情をつくり苦笑いをしながらも、引っ張られるままオネイサンと体を密着させたのである。

 ところが、ちょうどぼくの横顔の辺りにオネイサンの髪が当たり、香水ともヘアスプレイの匂いともつかない香りがぼくの鼻を刺激する。その強烈な臭いにぼくのゲロンパ指数は一気に90%近くまで上がってしまった。

 そうとも知らず、オネイサンはいろいろぼくの肩口から首すじにかけて囁いてくる。

「18才なのよね? やだあ、年下かあ」

「・・・」

「また来てくれるでしょ?」

 などとすっかりシトシトトークである。本来ならばここで男であるぼくの方からキメの台詞が出すべきところであろうが、その時のぼくはもはやそれどころではなく、ただ黙って込み上げてくるゲロンパを、食道付近で一斉検問・通行止めにするしかなかったのである。ひたすら耐えて耐えまくるぞという決意のもと、オネイサンの言葉を眉間にしわをよせて黙って聞いていた。が、しかしゲロンパ指数はなおも上昇を続け、ぼくの忍耐も食道付近の通行止めもとうとう破れ去る時が来たのである。

「ねえ、どうしてさっきから黙ってるの?」

 オネイサンがうつむきがちにそう訊ねてきたので、とっさに

「いえ別に、黙ってるってわけじゃないんです」

 と答えようとしたのだが、これは言葉にならず、逆に口を開いたのがいけなかった。

 次の瞬間、ついにぼくの口からは言葉のかわりに大量のゲロンパがどばどばどばどばと発射され、オネイサンのきれいなお洋服の肩口から背中にかけてのラインをたっぷりと潤しまくってしまったのである。

「ぎょえええええ〜!」

 オネイサンの悲鳴が店内に響いたのはいうまでもない。ましてや店内はチークタイムどころではなくなってしまい、結果、深夜遅くまで店内清掃をさせられ、M先輩の機嫌が再び大きく悪化したこともいうまでもない。無論、ぼくがその店に二度と行けなかったのもいうまでもなかろう。

*

 とまあ、このように、ぼくの繁華街デビューというものは、惨澹たるものであった。思い出すたび、ああカッコ悪い。でも、そんなぼくでも今日この頃は、オネイサン達とゆったりとしたお話ができるようになったのであるから(これはあくまでも自称である)、ビギナーの男性諸君はこのような失敗があったとしても決してへこたれず、かつ、かといってハマり過ぎることなく夜遊びの王道にまい進したまえよ、ふっふっふ(反省なし)。

 

Published 1999.11.25 

  

[back to top]

 


 

Copyright (c) 1999-2003 遊び大好き少年たかすぎくん制作委員会 All rights reserved.