Special Paperbacked Essays, Vol.19

macspin2

 

我が青春のケンメリ

=二度と乗らんぞN産車=

- I once had a Skyline, called "Ken & Mary" -

 

 

 それこそ最近の車ときたら、ワイヤレス付きキーで車のドアを開けたりエンジンをかけたりするなどといった、十数年前からは想像もつかないような高機能かつ至極便利な車達が割拠している。

 一つ一つ列挙すると今では当然の機能ばかりだが、エアコン装備で快適運転、窓を開けるには当然ながらパワーウインドウでらくらく、ミッションはオートマチックでスイスイ、ハンドルはパワーステアリングで軽々、ヘッドライト点灯は感知式で全自動、ラジオはオートサーチ機能でボタン一発・・・まさに至れり尽くせりである。

 しかし、ぼくが車を運転し始めた頃には、そんな機能はまったくなかったのである。

 例えば、エアコンの替わりに当時の車の窓には「三角窓」と呼ばれる外気取り込み口があったり、バックミラーは車の外のはるか前方に取り付けられていて、方向を調整するのにいちいち外に出て確かめながら直してみたり、ガソリンの給油口などは車のキーをいちいち抜いてそれを差し込んであけたりと、今から考えれば煩わしいことこの上ないシロモノだったのである。

 しかも、今と違って各部品の材質もよくなかったためか、よくネジが外れたり部品がとれたり、ひどい場合はバンパーがとれたりなどしたものだが、それでも当時の大人たちは文句も言わずそれらに乗っていたのだ。

 そんな時代の少しあとだったと思うが、僕が生まれて初めて自分が買って乗りまわした車は、昭和47年式の4ドア、通称「ケンメリ」と呼ばれていた、N産のスカイライン2000GTという車である。

ケンメリ

これが「少年」の乗ってたのと同型のケンメリだッ!(写真拝借;Thanx! to とねさん

 

 スカイライン2000GT=「スカG」といえば、日本の車の歴史の中で「名車中の名車」に属する車であると断言できる。ぼくが言うのだから間違いない。

 スカイラインはその昔、「羊の皮をかぶった狼」などと称され、そのスタイルからは想像できないほど速くて、圧倒的なそのポテンシャルを誇り、ツーリングカーレースでも連戦連勝を繰り返した名車なのでのである。

 たとえ、車嫌いの人であろうがN産嫌いの人であろうが、スカイラインが名車であることを否定する人はいないのではあるまいか。

 結果的にぼくが「ケンメリ」に乗っていた期間はわずか2か月という短い期間であったが、この車は僕にN産車に対する不信感を植え付けるとともに、多くの教訓を残してくれたのである。

*

 ところで、なぜ「ケンメリ」なのか。

 それは、その当時のスカイラインのCMのキャッチコピーが、

「ケンとメリーのスカイライン」

 というものだったからである。ケンとメリー。略して「ケンメリ」なのである。

 ちなみに、これが「メリーとケン」だったとしたら、そのモデルは「メリケン」だったであろう。まるで波止場の名前である。あるいは、「太郎と花子」だったとしたら、そのモデルは「タロハナ」だったであろう。まるで鼻水である。ウププ。

 とまあ、話がお下品な方向にそれてしまったが、要するに、ケンは男の子、メリーは女の子、ゆえに、

「二人の愛のスカイラインよ、ウフッ」

 てな具合だったのである。つまり男の子と女の子がムフフな関係にあるならば、この車に乗りなさいよッ、的なイメージだったのである。

 しかしながら、このケンメリスカG、歴代のスカイラインの中であまり評判がよくなかった。理由はいろいろあるが、まず大きな点はそのポテンシャルの低さにある。

 というのも、ケンメリの一代前のモデル、通称「ハコスカ(=箱型のスカイライン)」こそ、スカイラインを名車に仕立て上げたモデルであり、とりわけハコスカシリーズ最高峰の性能を誇る「GT−R」は、今でも中古車市場でそんじょそこらの新車よりも高い値がつくほどの名車なのである。

 そんなハコスカの後を継いだ「ケンメリ」なのに、車体が重く新・排ガス規制の関係もあって性能は余りよくなかった。そして「ケンメリ」の後を継いだ通称「ジャパン」も同様の有り様だったため、ライバルメーカーからは、

「『名ばかりのGT』は道をあける」

 などとキビしく揶揄され、名車・スカイラインの威信はガタ落ちとなった、その先鞭をつけたまるっきりトホホなモデルだったのである。

 なのに、なぜぼくは「ケンメリ」に乗ってしまったのか? そして、そんなトホホなケンメリに乗ったおかげで、ぼくは一体どういう出来事に遭遇してしまったのか?

 というのが、今回のお話の趣旨なのである。ああ、前フリが長いなあ。

*

 198X年10月、ぼくは自動車免許をとった。正確にはその2週間後、実際には11月に入ってから交付を受けたのである(当時は今みたく即日交付じゃなかったのだ、すまんな、古くて)。

 大きな声ではいえないが、すでにその2日前に、車はある友人のツテをたどって購入していた。それが「ケンメリ」である。別にケンメリがどうしても欲しかったわけではない。ただ、友人のそのまた友人がケンメリを売りたがっているという話を聞いて、値段の安さと購入する際の面倒な手数料や煩わしい手続きもないといった安易な考えから、すぐに頭金を払って残りを分割にしてもらい、車だけを我が家の駐車場に持ってきてもらっていたのである。思えばこれがいけなかったのだ。

 さて、免許が交付されて、晴れて(?)ぼくは公道をケンメリで闊歩できるドライバーとなったのである。

 ところで、多くの若年男性ドライバーが免許取得後初めて車に乗ったとき、まず何を考えるか。それはいうまでもなく、

「女の子を助手席に乗せて夜の海岸沿いを走るッ!」

 である。これは絶対に間違いない。ぼくが言うのだから間違いない。

 ぼくも当然ながら、免許交付日の数日前からそのことだけを考えていたのである。

 ところが、当時、ぼくは、

「おれはコイツを最初に助手席に乗せて走るぜッ、ウオオオッ!」

 と、まるで「サーキットの狼」(by 池沢さとし)の主人公・風吹裕矢のように、アツク付き合っていた彼女がいたのだが、あろうことか免許交付の1か月前に彼女とケンカをして、一般的には「ケンカ別れ」状態にあったのである。

 したがって、ぼくは大変面白くなかったのである。せっかく車を手に入れて、最初に乗せてやろうとしていたのに、あのバカ女ぁ・・・てな具合で悶々としていたのである。

 しかし、今のぼくは車を持っている。車さえあれば、仲直りできるかも知れない・・・ウシシ。

 しかもタイミングのいいことに、その頃流行った浜田省吾の「ラスト・ショー」という曲に、

「浜辺に車停めて 毛布にくるまって 互いの胸の鼓動 感じたね夜明けまで」

 というのがあった。

 つまり、夜中に彼女を連れ出して浜辺に行き、愛を囁きあいながら夜明けまで車の中で過ごす・・・ムフフ、これだ、これこれ。ケンメリ乗るんならこれしかないじゃん! などと本気で考えていたのである。ぼくはこれを「浜辺毛布鼓動夜明作戦」と名付け、密かに綿密な対策を練り始めていたのである。

 そんな独りよがりな胸の高ぶりをあざ笑うかのように、悲劇は確実にぼくの背後に忍び寄っていた。免許証を手にして、ケンメリのハンドルを初めて握った夜のことであった。

*

 翌日の夜、首尾よく彼女を誘い出して、車に乗せた。「浜辺毛布鼓動夜明作戦」、まずは幸先よいすべり出しである。

「え〜、車買ったんだぁ・・」

 彼女は少し目を輝かせて、言った。

「まあね・・どう?」

「こうやって隣に座るのって、なんか・・いいよね」

「・・うん」

 おわかりであろうか。もはや二人の間には言葉さえも何もいらなかったのである。あとはもう仲直りどころか、「浜辺毛布鼓動夜明作戦」の第2段階である、

「シートに身を沈めて ポツンと呟いた 『あなたの夢の中で生きてゆけるかしら?』」(浜田省吾「ラスト・ショー」)

 的な状態に陥るのを待つばかりだったのである。

 早速ぼくはケンメリを夜の海辺へと向けて走らせた。ぼくが「seaside@」と呼ばれるゆえんである(呼ばれてねえっつ〜の)。そうこうしているうちに、やがて海が見える場所まで来た。そして道路沿いにケンメリを停めたぼくは、もう幸福の絶頂であった。

 ところがしかし、である。

 やはり不幸の大魔王はやって来た。

 エンジンを停めて、今の雰囲気にぴったりの大滝詠一を聴こうとカセットテープを車のデッキにいれた直後だった。

「壊れかけたワーゲンのボンネットに腰掛けて 何か少し喋りあおう 静かすぎるから」(大滝詠一「雨のウェンズデイ」)

 というムーディな曲になるはずが、

「こ〜わ〜れ〜か〜け〜た〜ワ〜ゲ〜ン〜の〜・・ボ〜ン〜ネ・・・ッ・・・・トオ・・・・ウニャ・・・

 なんだかまるで100歳のオジイサンが歌う浪曲のように聞こえるのである。しかも、しまいには曲が止まってしまいそうになるのである。

 彼女の顔までもが歪むのがわかった。最初はテープが伸びたのかと思ったのだが、ぼくはふと思いついてエンジンをかけた。すると、

「壊れかけたワーゲンのボンネットに腰掛けて・・・」

 ちゃ〜んと歌ってるではないか。

 もしかしたらバッテリーが弱っていたのかもしれない。でも後から考えると、バッテリーが弱っているからといって、カセットテープの速度までが遅くなるなんて聞いたことがないのだが、その時はそう思ったのだ。

 しかたなく、ぼくはケンメリのエンジンをかけっぱなしにしておくことにした(テープが止まるほどバッテリーが弱っているのに何でエンジンがかかったのか、これも不思議なのである)。

 まあ何事もつまずきはあるものさ。そう思い直したぼくは、大滝詠一の曲をバックに再び彼女との会話に没頭した。

 ところがしかし、である。

 またしても不幸のジョーカーはやって来た。もしかしたら大滝詠一が呼び水となったのかもしれない。

 ・・・ザアアア。

 唐突に雨が降り始めたのである。かなり大粒だ。でもぼくら二人は車の中にいる。本来ならば問題はない・・・はずだった。

「やだ、雨だぁ・・・」

 彼女がつまらなさそうに言った。

「心配ないさ、止むまで車の中にいればいいのさ」

 ぼくが答える。その時だった。

 ピチャ。

「え?」

 ポチャン。

「む?」

 ケンメリの黒い革シートの横あたりに何かがあたって音がし始めた。そう、水である。つまり雨漏りである。

「わっ、なんだこれ!」

 見ると、フロントガラスの最上部、やや助手席寄りの位置から水滴が滴り落ちているではないか。家じゃあるまいし、車の雨漏りなんて聞いたことないぞ! などと考えても無駄である。

「あわわ・・・こりゃまずいな・・・大丈夫、と、とにかくテープかなんか張ろうじゃないか」

 あっけにとられている彼女にそういうと、当時バンドで電源コード固定用に使っていたビニールテープがトランクの中にあったのを思い出した。ますはビニールテープをとらなくちゃ。ちなみに、当時のトランクは、いったん車のキーを抜いてそれをトランクのキー口に差し込まなくてはならない。まったく、今では考えられない構造である。

 ぼくはキーを抜き、どしゃ降りの中ドアを開けて外に飛びだすと、トランクのキー口に差し込み、テープを取り出すとフロントガラスのここらへんだと思われる箇所に応急処置的にテーピングをした。3分後、車内に戻ったぼくはズブ濡れであった。

「・・・大丈夫?」

「・・・ああ」

 ハンカチで頭や肩口をぬぐうが、焼け石に水である。そのズブ濡れの度合いに、彼女のハンカチを持つ手が止まるほどであった。

 しかも、雨漏りはほんの少し水量がおさまったくらいで、あいかわらずしたたり落ちてくる。やむなくシートの下にあった雑巾を天井とフロントガラスの間辺りにあてがうことにした。

 外は雨ながらも海辺に停めた車、二人きりの車内、けれど、二人の目の前あたりからぶら下がるオイルと水滴のついた雑巾、ズブ濡れの男・・・

 雰囲気はぶち壊しである。状況は悪魔サタンの思惑通りに動いているようだった。しかも、サタンの極悪な仕業はこれで終わらなかった。

*

 エンジンを切ってキーを抜いたため、車内は静まり返っていた。ぼくはこの雰囲気を改善するためには、再び大滝詠一しかないっ! と考えた。

 そして、キーをイグニッションに差し込み、ONの方向に回そうとした。だがしかし、キーはなぜか回らなかった。何度回そうとしても回らない。

 どうやら、キーのどこかが引っ掛かっているようだった。でなければ、キーの凹凸がシリンダーの一部分とかみ合わなくなったのだろうか。そしてヤバイことに、刺さっている部分はキーシリンダーの中に入ったまま抜き差しもできなくなってしまった。

 いずれにしても、このままでは音楽が聴けないどころか、エンジンがかからないため家にも帰れない。ぼくは不安になって何度もキーとひねったり抜こうとした。そして徐々に力が強く加わり、反対方向にも回そうとした矢先である。

 ベキッ。

 なんと、キーは折れてしまったのだ。おまけに、シリンダーの中には折れた先端部分が刺さっているため、スペアキーを使うこともできない。

 細くなる部分から先のなくなったキーを目の前にかざすと、彼女は短く絶叫した。

「ど、どうするのよ、これじゃ車動かないじゃない!」

「そ、そうかなあ・・・そうだね」

 ぼくは狼狽していた。

「でも、なんとかなるよ、うん、きっと」

 でも彼女はなんとかなるとは思わなかったらしい。彼女も慌てだし、このどしゃ降りの中を歩いて帰るといいだした。

 ぼくはそれを制し、対策を考え始めた。

 まず、思いついたのがJAFを呼ぶこと。でもぼくは当時会員になっていなかったので、呼んだ場合は高額の料金を取られることはわかっていたし、そのお金も持ちあわせていなかった。

 次に、友人に車で来てもらい、ロープでつないで家まで送ってもらう。

 この方法は緊急非難的としてはいい方法であった。がしかし、あいにくその周囲には電話ボックスなるものもなかったし、携帯電話などは「007」でしか見たことのない夢の話の時代だった。ゆえにこの方法もダメ。

 しかたがないので、とうとうぼくは自分でイグニッション・キーシリンダーを分解・修理することにしたのである。

 時計はすでに深夜と呼べる時刻、外はどしゃ降り。再度になるが、車内のフロントガラスにはボロ雑巾・・・。わびしさの極地である。

 不安におびえる彼女を助手席に置いたまま、どしゃ降りの中へ飛び出し、スペアキーでトランクを開け、工具箱をもって再び車内に戻る。

 マイナスドライバーとペンチを使って、何とかシリンダー部分をモールから取り外すことに成功した。この間、約10分。

 キーシリンダーは数本の色つきのコードによって、ダラリとハンドルの付け根辺りからぶら下がることとなった。幸いなことに、折れたキーが刺さっている箇所に1mm位のすき間が空いている。

 マイナスドライバーをそこにあてがいながら差し込んで、右にドライバーをひねると、なんと、見事にエンジンはかかったのである。

「やったあ!」

「ステキ!」

 しかし、ぼくらは抱きあうよりも、そそくさとその場を後にして、家路についた。長時間車内の電灯をつけていたせいか、バッテリーはさらに弱っていて、途中の信号待ちでアイドリング状態ではカセットテープの速度が遅くなる症状が発生したものの、そんなことはもうどうでもよかったのである。

 何度も述べるが、11月の雨の夜中、信号待ちではテープの速度が著しく落ちるデッキ、フロントガラスには水滴落下防止用のボロ雑巾、ハンドルの付け根辺りからダラリと垂れ下がる壊れたキーシリンダー、運転席の足下にはそこに差し込んでイグニッションを回すためのマイナスドライバー・・・・。

 そんな帰り道に、ぼくと彼女の会話がほとんどなかったのは言うまでもない。

 ぼくのドライビングデビュー戦を飾るはずの「浜辺毛布鼓動夜明作戦」は、かくも最悪にして敗北となったのである。

*

 重ねて言うが、最近の車は至極快適にできている。いろんなトラブルがあっても、最悪の事態を招くことはなかろう。

 例えば、雨漏りなどは絶対にすることはないだろうし、窓やアンテナまですべてが電動なのだから、テープの速度が遅くなることなどないだろう。いわんや、ワイヤレスでドアが開き、エンジンがかけられるのだから、キーが折れたりすることもないだろう。間違ってもマイナスドライバーを使うことなど決してないだろう。

 いずれにせよ、その夜から数えてちょうど2か月後、悪魔サタンに魅入られたようなケンメリはぼくの手元を去るはめになり、別の車がぼくの愛車となった。その間、雨降りの日は車に乗れず、エンジンはすべてマイナスドライバーでかけていた。そして、彼女はその夜の恐怖後遺症からか、ほとんどケンメリに乗ることはなかったのである。

 まあN産がすべて悪いわけではない。よく確かめずに買ったぼくも悪かったし、それを承知で売りつけた友人の友人も悪い。

 しかし! ぼくはもう二度とN産車には乗らないと誓ったのである。スカイラインは確かに名車だけど、N産車はキライなのである。キライったらキライなのである。どうだ参ったか。ぼくも参った。

*

あとがき;ちなみにぼくのケンメリは、ボディカラーは真っ黄色だった。これも恥ずかしかった。

 

Published 2000.6.25

 

  

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