Special Paperbacked Essays, Vol.23

macspin2

 

いとかぐわしきかな剣道

- I'll never do KENDO -

 

 

 唐突ではあるが、ご覧になってるインターネットサーファー諸氏は、「剣道」についてどう思っているだろうか?

 いつぞやも言ったが、キムタクらのおかげで、最近やっと市民権を得たような気もしないでもない剣道であるが、その昔は、あの森田健作(現・国会議員)たちがTVで、

「あちょぉ〜! ヨシカァく〜ん!」

 などと夕陽に向かって吠えまくっているような、今では考えられないほどクサい芝居にしか使われないようなスポーツだったのである。

 そもそも学生がやるべき武道の中でこれほど過酷であり、しかもカッコ悪いスポーツは剣道をおいて他にない、とぼくは自負しているのである。そのおかげでぼくは、中学・高校の6年間の青春の大半をこのカッコ悪い武道に費やしてしまったのである。

 では、一体何が過酷でカッコ悪いのかと言われれば、剣道をやってみたことのある人ならわかると思うけれども、まずなんといってもあの、重〜い防具を着用せねばならないところである。しかも、剣道で使用する防具は見た目よりもずっと重いのである。

 その重さといったら、着用して走ることが許されないほど、重い。そんなだから、それをつけて対抗リレーなどをさせる学校側はどうかしているッ! と言いたいのである。

 まあ、それはいいとして、それほどの重さを背負って、

「やあ〜」

「とお〜」

 と、闘いを繰り広げたりするのであるから、肉体的にも精神的にも苦痛である。特に夏場などになると、これはもう拷問に等しい。

 しか〜し!

 これらの重さはまだ我慢することができるのであるが、どうしても我慢できないのが、「臭い」である。

 これは、

「ニオイ」

 と読むこともできるが、ここでは、

「クサイ」

 と読んでいただきたいほどである(ワープロやパソコンで変換すればどちらも出てくることがお分かりになるだろう)。

 この異臭の発生源は防具であることはもちろんであるが、主な発生源は胴着と呼ばれる重くて堅い藍染めの上着と、ハカマである。これらの衣類は、一様に生地が厚く、一度洗濯すると炎天下のもとに丸一日さらしても乾かない。

 実際には炎天下では生地が傷むため、ほぼ一昼夜以上陰干ししなければならないのであるが、たいていの部員は一着しか胴着を持たないため、毎日洗濯をしていては部活ができなくなってしまう。

 そのため、いかに汗まみれになった後でも部員は部室にあるハンガーに胴着をかけたまま次の日まで待つのである。

 しかし。

 こんなことをすればどうなるか、もうおわかりであろう。

 10代後半の男の子たちが着て汗まみれになった生地の厚い胴着を、冷暖房設備のない部室に丸一日近くも生干しするのである。

 クサヤの干物もびっくり、猫も逃げ出すほどの異臭物の一丁上がりである。

 しかも、こんな胴着を着て部活を繰り返すとどうなるか。

 どうもならないのである。

「そんなに臭い胴着を着て剣道するなんて、おかしくなっちゃうんじゃね〜のかッ?」

 と読者諸氏は思うかもしれないが、実は人間は嗅覚疲労という性質を持っているらしく、どんな臭いも嗅ぎ続けていると自然と気にならなくなるらしいのだ。

 そんなわけだから、いきおい、部活が終わって防具と胴着を外して学生服に着替えたとしても、その異臭は到底隠せるものではない。無論、当時はシャワー室など学校内にあるはずもない。

 そうなると、剣道部員たちは、一緒に待ちあわせて帰宅するGFとの会話にもイヤ〜なムードと臭いが漂いはじめることになる。

 これはぼくの友人でもある剣道部員とGFとの会話の実例であるが、

「・・・ねえ」

「む?」

「なんかさあ、剣道着って洗わないの?」

「そりゃ洗うよ」

「エ〜ホント〜? 毎日?」

「毎日ってわけじゃないけどな」

「なんで毎日洗わないの?」

「だって一着しかないもん。一度洗ったらなかなか乾かないんだから、次の日困るじゃん」

「でもなんか強烈だよね」

「何が?」

「何って、気づかないの?」

「だから何に?」

「・・・いいわ、もう」

「変なやつだなあ、それよりチーズバーガーかなんか食べて帰る?」

「・・・いらない」

 とこんな具合である。

 その後、並んで帰宅する二人の距離は徐々にその幅が拡がっていったらしいのであるが、これこそが嗅覚疲労が招いた悲劇であるといえよう。

*

 そんなある日のこと。

 夏休みを前に、ぼくら市立F高校の剣道部は、近隣の高校との練習試合を控えていた。

 練習試合といっても、お互い正式な対抗試合としてメンバーも最強同士をそろえ、両校の名誉をかけて決戦に万全を期した試合だったのである。

 ところが、高校野球と違って、剣道の練習試合などをわざわざ観戦する生徒は極めて少ない。確かにキムタクのような部員がいたら、例えキムタクが面をつけて顔がよく見えなくても、応援に来る女子生徒は数限りなく多かっただろうが、あいにくぼくら市立F高校の剣道部にはそのようなカッコイイ生徒はいなかったのである。

 かといって誰も応援してくれないというのも、来てくれた相手校の選手たちに申し訳がないというもの。しかたがないのでぼくら剣道部員は、同級生たちはもちろん、全校生徒にこの試合のことを周知してまわり、応援に来てくれるよう頼んでいた。まったくもって情けない話である。トホホ。

 ところで、知らない人もいると思うので一応説明しとくが、剣道の団体戦というものは、5人で戦う。5人のうち3人が勝利したチームが勝ちというわけである。

 その5人とは、先鋒、次鋒、中堅、副将、そして大将の順に出番が回ってくるわけであるが、ぼくはたいていの場合、副将であった。ちなみに、ぼくの話によく出てくるチャッピイヤマシナは先鋒、冬の稲妻小手チャヤモトは大将である(ちなみに冬の稲妻小手チャヤモトはキャプテンでもあった)。

 ところで、副将というポジションは割と気楽である。1勝2敗のような劣勢のままで4番手として順番が廻ってくると、次の大将戦での決戦に持ち込むには自分が勝利して同点にして廻さねばならないというプレッシャーはあるものの、

「あ〜あ、俺が負けたからって、どうせ俺より前の3人のうち2人がもう負けてたんだから仕方ねえってもんよ。ウリャウリャ」

 的な気持ちもあって、結構気楽に戦っていた記憶があるのだ。

 さて、その日は特に蒸し暑い夏の日であった。連日暑い武道場の中で練習をしてきたぼくらも、さすがにその日の暑さはキツかったと思う。

 両校の選手がそろい、軽く練習をし終えた後、いったん試合前の休憩になった。

 ぼくらも面を外して、武道場の入り口近くに陣取って涼もうとしていると、なにやら女子生徒数人の集団が武道場に向かってくるのが見えるではないか。

「おわわッ、応援に来たよ、応援にッ!」

「なにッ、誰かが応援に来たというのかッ?」

「うおおッ、女子だ女子ッ!」

 ぼくやチャッピイヤマシナ、冬の稲妻小手チャヤモトらは文字通り色めき立った。彼女たちはぼくのクラスの女子生徒とその友達であった。彼女たちはぼくらのいる武道場の入り口付近まで来て、立ち止まった。

「お、おう・・来たんかい」

 ぼくは本当は嬉しさのあまり、思わず彼女たちの手をに握りしめて感謝したかったのだが、そんなことをしてはアサマシイと思われてもいけないので、かえって逆のニヒルな態度をとったつもりだった。すると、彼女たちは、

「せっかくこの暑いのに来てあげたんだから、負けないでよね」

「そ〜よそ〜よ、でもなんだかあんたたち、剣道着着ると普段見てるよりも暑苦しいわねえ」

 などと、言いたい放題である。

 しかし、ここですでに悲劇の第1幕は上がっていた。

 彼女たちのうち一人が、

「ん〜・・・な〜んか臭くない?」

 と言い出したのである。

 ちなみにぼくが当時付き合っていた彼女は、普段からぼくの臭いの元となる剣道自体を嫌っていたのか、練習はおろか一度も応援に姿を見せたことはなかったくらいであるから、剣道着初対面の彼女たちがクサイと思うのも無理はない。

「・・ヤベ(剣道部員一同)」

 前日まで練習をしていたぼくら剣道部員が剣道着を洗っているはずがない。思わずぼくらは彼女たちから数歩離れた。

「そうねえ、なんだかスエたような臭いがするわね」

「え〜なになにこの臭い」

「ヤダ〜」

「え、え〜と、じゃあ俺たち試合があるから・・・まあゆっくり観てってくれたまえよ」

 ぼくらはそそくさとその場を後にし、自分たちの控え場所へ戻った。

*

 ここからが悲劇の第2幕=クライマックスの始まりである。

 防具をフル装備して準備万端、いよいよ試合の始まり、さあ先鋒同士が面をつけようかというときになって、相手校のチームがどよめき立ちだした。

 何だろうと思って、ぼくらの先生が聞きに行くと、どうやら相手校の中堅役の選手が体調が悪くなったらしい。症状としては、頭痛がひどいのだという。後から聞くと軽い熱射病(熱中症)だったようなのだが、今だったら生徒が頭が痛いというとすぐに救急車を呼んで、やれCTスキャンだMRI検査だと大事を取るところであるのに、当時の体育会系教育方針は、

「頭痛は精神力で治すものッ!」

 というものであった(その証拠に、スポーツ時には水分補給を積極的にすべしという科学的データがあるにもかかわらず、当時は水分補給をすると体がだるくなるから水を飲むなといった指導方針が確立されていたのである。おお恐ろしい)。

 そんなだから、相手チームの中堅が頭痛にあえいで横になりたがっているというのに、相手校の先生は、

「キサマッ、そんなことで勝てるかッ! 気合いを入れろ、気合いをッ!」

 などと叱咤激励している。気合いで頭痛が治るのならば、ぼくはバファリンなどは薬局から姿を消すのにと思うのだが、その時はそんなものかなあと思っていた。

 さて、そんな先生の気合いに触発されたのか、頭痛にあえぐ中堅も何とか気力を振り絞って座り直し、出番に備えて防具を付けはじめた。

 それを見た両校ともホッとして、やっとこさ試合の開始となったのである。

 さて、実際の試合の内容であるが、こんなとこで剣道の試合の模様を、

「さあ『少年』、ここで一発逆転の面がほしいところ、おおっと『少年』、なんと小手を放った小手打小手だ小手が入った小手あり! 打たれた相手選手ガックリであります!」

 などと、実況中継しても面白くもなんともないので割愛するけれども、先鋒、次鋒を終わってなんと、予想外の我が校0−2。これで中堅が負ければ、なんとも無残な速攻敗北確定である。

 そうこうするうち中堅同士の対戦の番になった。相手は先ほどまで頭痛にあえいでいた例の中堅。面をつけると顔色まではわからないが、足取りが心なしか元気がないように見えた。

 はたせるかな、精彩のない相手校の中堅はあっけなく負け、我が校はかろうじて1−2としてふんばったのである。

 こうなると、ぼくの出番である。

 先ほどは、1−2で出番が回ってきてもさして構わないよん、みたいなことをいったが、この時は応援に来てくれた女子の手前もあって、実際には緊張しまくりであった。

 こうなれば勝つしかない!

 そう思ったぼくはぼくは一礼し中央に進み出て、蹲踞(そんきょ=立ち会う前のとらなければならない、しゃがんで相手を敬う姿勢)した。事件が起こったのはその時である。

「エロエロエロ〜」

 思わず顔をしかめるような嗚咽とも声ともとれぬ音が相手選手の背後の方から聞こえてくるではないか。

 見ると、先ほどの頭痛のひどい中堅が面をかぶったまま床に嘔吐してしまい、前に突っ伏していくときだった。

「こ、こりゃ遺憾(イカン)ッ!」

 事の重大さに気づいた相手校の先生が慌てて他の選手数人とともにその中堅を抱きかかえ、入り口付近の風通しのよいところへ連れ出していった。

 こうなるともはや試合どころではない。

 ぼくは蹲踞したままボ〜ゼンとしていた。

 やにわにぼくはハッと気づいて、入り口付近にいたクラスの女子の方を見やった。

 彼女たちもボ〜ゼンとしていた。

 が、ほどなく武道場の中には異臭が漂いはじめた。

 想像してもらいたい。

 夏の蒸し暑いの午後、十数日も洗っていない剣道着に身を包んだ両校あわせて十数人の汗臭い男子高校生、風通しのよくない武道場、そして極め付けは武道場に残されたゲロゲ〜ロ・・・・。

 数分後、彼女たちの姿が武道場から見えなくなっていたのはいうまでもない。

 そして二度と市立F高校剣道部の試合に女子が応援に来てくれたことも、ない。

*

 このように、剣道や柔道などの武道はともすれば青春の輝きそのものを失ってしまうかもしれないほどの、過酷なスポーツである。

 おそらく今日では、あの相手校の中堅も、チャッピイヤマシナも冬の稲妻小手チャヤモトも、応援に来てくれた女の子たちも、自分はおろか子供たちに絶対剣道だけはさせまいと堅く誓っているに違いない。

 これは、それを経験したぼくがいうのだから間違いないのである。

 絶対である。

 本当である。

 

 

Published 2000.8.25

 

  

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