Special Paperbacked Essays, Vol.8

Macspin2

 

ああ無情の古賀政男全集

- A begining story of guitar and me -

 

 物事は最初が肝心である。最初のとっかかりがうまくいかなかったりすると、なんとなく最後までうまくいかない。まあ、これはうまくいかない場合の言い訳でもあるが、ぼくの場合たいていそうなのである。誰がなんと言ってもそうなのである。

 例えば、その際たる例がギター。ぼくがギターと呼べる楽器を初めて手にしたのは中学2年生の時であるから、ギターをつま弾き始めてかれこれ相当期間経つのだが、腕前のほどは当時と比較してもさほど上達したような形跡も認識もない。もちろんそれは、ぼく自身の才能や努力不足によることはよーくよーく、重ねてよーく分かっているのだが、もし弾き始めた最初の時点から一生懸命にギターに打ち込めていたとしたら、今頃ぼくはエリック・クラプトンもマッサオ、ニール・ショーンもオーゴメンナサイ状態、もしかしたらあのサンタナをして「ウマイ!」といわしめるであろうほどの大ギタリストになっていたかもしれないのである(・・・まあ決してそこまではならないと思うが)。

 ともかく、ぼくのギターテクニックが上達しない理由はぼく自身にあるわけだが、あえてぼくに言わせれば、その原因はぼくだけじゃなく、ぼくとギターとの出会い方、いや引き合わされ方にもあると思うのである。誰がなんと言ってもそうなのである。

 というわけで、今回のお話はギター。ぼくとギターの出会いを知っていただくとともに、ぼくのギターにまつわる不幸にして悲しいエピソードを読者の皆様にも共有してもらいたいのである。

* 

 ぼくは中学2年生当時、それはそれは絵に書いたような勉学&剣道一筋少年であった。そういっても信用してもらえないかもしれないので、本来はどの程度勉学&剣道一筋少年であったのかについてもゆっくり触れておきたいのであるが、今回のところはそんな時間もスペースもないので、この辺の話は別の機会にお話しすることにしよう。

 とにかく中学時代のぼくは、一日の大半を勉学&剣道に費やし、残りほんのわずかな時間を好きな音楽その他にあてがっていたようなものである。

 ところで、それまでぼくが聞いていた音楽といえば、西城秀樹や郷ひろみなど、振りつけ付き男性歌謡曲系ばかりであった。当時は井上陽水やかぐや姫などの厭世的フォークも流行ってはいたが、中学2年生のぼくにとっては、いかにヒデキやヒロミを上手く真似て踊れるかが、女の子にモテるカギなのだッ、ということを真剣に模索していた年頃だったのである。今から考えればまったくもっておバカである。

 

 さて、ここでぼくはあるロックグループの来日をきっかけに、勉学&剣道一筋少年からロック大好き少年へといきなり変貌を遂げたのであった。

 そのロックグループとは、折しも当時あの「ビートルズ」の再来と騒がれた、ベイ・シティ・ローラーズ。このベイ・シティ・ローラーズとはイギリス出身の5人組バンドで、その売れセン的ルックスとポップな曲調、なにより「タータンチェック」と呼ばれる伝統的図柄のステージ衣装(もちろんパンツの形状はベルボトム。ああ恥ずかしいったらありゃしない)を流行させ、当時全世界で熱狂的な人気を呼んでいたのである。

 んなもんだから、当然ベイ・シティ・ローラーズはぼくの学校の女の子達の人気を独占してしまっていた。学校にいけば女の子達は、やれアランよそれイアンだわほれエリックだのとキャーキャーピーピーわめき散らし、ネコも杓子もタータンチェック柄のハンカチやリボンを持参しまくり、挙げ句の果てには廊下などで女の子同士が出会えば、

「サッサッサッ、サラディナアーア〜イ!」(「Saturday night」という曲。赤大文字の部分は1オクターヴあがるのである。)

 と挨拶代わりにコーラスを始める始末。

 一体何がおもしろくてサッサッサなどと騒ぐのかしらんと鼻を鳴らしながらも、多少の興味を持った勉学&剣道少年のぼくは、ある日同じクラスの隣の席の女の子が、やはりというべくベイ・シティ・ローラーズの下敷きを持っていることに着目した。彼女がベイ・シティ・ローラーズのファンでLPレコードも数枚持っていることを聞き出したぼくは、これほど人気があるのならば一度聴いておいても損はなかろうと判断し、彼女に頼みこんでベイ・シティ・ローラーズの写真とLPレコードを貸してもらって、家でじっくりと聞くことにしたのである。

 さっそくLPレコードを家に持ち帰ったぼくは、

「ホホウ。これが」

 と、少々大人を気取って彼等のLP盤をプレーヤーに乗せ針を落とした。その時の感想たるや実に一曲ずつ聴いていくたびに、

「うむう・・・.」

「うおおう!?」

「ひょええ〜!」

「すげえ!」

 とまあ、このような感じでLPを聴き終わる頃には、生まれて初めて聴くエレクトリック・ギター系ポップサウンドに完全にシビレてしまったのである。さらに偶然にもその夜、ニュースで彼等のコンサートの様子が一瞬だけ流れ、そのニュースを目にしたことも火に油を注いだ。そのニュース映像には、アイドルにありがちな笑顔を見せつつギターを弾きながら歌いまくるベイ・シティ・ローラーズの姿、一方の観客席ではキイキイわめき散らす女性達の姿が写し出されていて、アナウンサーもやや困惑顔だったように記憶しているが、そんなことはお構いなく、とにかくぼくは彼らにシビれてしまったのである。

 そして、

「ぼくもベイ・シティ・ローラーズのようにギターを弾いて歌うッ!」

「そうすればベイ・シティ・ローラーズのようにカッコイイッ!」

「そうすればベイ・シティ・ローラーズのように女の子にモテルッ!」

「そうすれば・・・グフフフッ!」

 という単純な図式を思い描いてしまったぼくは、まずはギターを弾かなけりゃという意志を強烈に膨らませはじめたのである。

 それに追い討ちをかけるように、当時の少年マンガ雑誌の裏表紙には、

「これで君もロックスタアだッ!」

 などと長髪のニーチャンが「エレキギター」を抱え、恍惚の表情を浮かべながらエビゾリ弾きしている写真が掲載されてあったりして、いやがうえにも一人の純朴な勉学&剣道少年をギター弾きの世界へと誘うのであった。

* 

 さて、もうこうなれば、ぼくは必然的にギターが欲しいということを親に対してしきりに熱望するようになっていたのである。

 ところが、当時の学生を取り巻く音楽環境は決していいとはいえなかった。例えば、ぼくの両親にとって息子がギターを弾いて歌を歌うということは、母親のセリフを借りれば、

「息子が音楽を始めればモジャモジャの長髪になるッ!」

「長髪になれば(ますます)勉強しなくなるッ!」

「勉強しないと不良の第一歩ッ! 不良は良くないわッ、キイーッ!」

 といった図式につながっているのであり、ゆえにギターを買い与えるなどということは好まざることこのうえなかったのである。とはいえ、それで引き下がっていたのでは、永遠にぼくのモテモテ計画に光は見えてこない。そう思ったぼくは一にも二にも懇願を重ねた。

 その結果、根負けした両親は、ぼくにある条件を提示してきたのである。ただし、この条件を呑まなければ永遠にギターは買ってやらん! 的な強硬な姿勢での条件提示であったのだが、ギターが手に入るならばなんでもやっちゃる! みたいな気持ちでいたぼくはすぐにこれに応じることとしたのである。

 その条件とは、

1 次の中間テストで5科目の合計点が400点以上とること

2 買い与えるギターの種類と価格の選択は両親に委ねること

3 買い与えたギターはその適正な使用方法にて使用すること

 の3点であった。

 1番目の条件。当時ぼくは理科が極度の苦手であり、いつも赤点スレスレであったものの、他の科目でがんばれば、要は1科目平均80点という点数はぼくにとって実現不可能なことではなく、合計点でなんとかクリアできそうであった。OK。

 次に2番。本当は欲しいギターの種類はあったものの、ぼくの欲しいギターのカタログさえ両親に見せておけばそんなにジャンルの違うギターを買いはしないだろうと考えた。これもOK。

 問題は3番、適正な使用方法・・・?なんのこっちゃ?まさかギターを三味線替わりにして使えるヤツってのはおるまいに。ましてや、ギターを掃除用の箒替わりに使うヤツってのはもっといないだろうから、この条件も当然よしとしよう。

 とまあ、このようなわけで、ぼくはこの条件をあっさりと呑むことにした。あとではぐらかされては困るので、ちゃあんとノートの裏に念書を書いてもらい、そしてその日からぼくは猛勉強に励んだ。

 そしてぼくは、難無く中間テストで平均点80点をクリア、ついにギターを買ってもらえる条件を実現させたのである。ほくそ笑みながらカタログを両親に渡し、それから数日間、まだかまだかまだかまだかと両親をせかしまくり、ついにギターが我が家に来るその日を迎えたのである。

 

 ・・・ところが。

 父親が持ち帰ったギターを見てビックリ仰天である。

 なぜかそれは、ビニール袋に入ったガットギター(いわゆるクラシックギターというヤツ)であった。どうやら父親はどこからか中古品を手に入れて、そのままビニール袋に入れて持ち帰ったようなのである。

 最初ぼくはその中古のガットギターを見て、

「ええ〜? なんだこりはぁ? エレキギターではないではないかッ。約束が違うではないかッ。こりではベイ・シティ・ローラーズではないではないかッ!」

 と、すぐさま大いなる不満の色を表情と態度にあらわした。テメコノヤロあれほどカタログを見せて赤色マジックで丸印までしておいたのにいったいどこみとんじゃわりゃあ!と口を尖らせてブツブツいいはじめた瞬間、そんなぼくの態度をすぐに察知した母親は、

「え〜っと、『条件3か条』の2番目はなんだっけね?」

 と、ドスの利いた声で威嚇してきたのである。

 うむう・・・まあ、エレキギターでなくとも最初はこれでいいか、ベイ・シティ・ローラーズとはいかなくても井上陽水や吉田拓郎、南こうせつもこんなん持ってたっけかな、としぶしぶ自分を納得させ、仕方なくガットギターを手にとった。しかし次に訪れた悪夢のシーンは、ぼくの音楽人生を揺さぶるほどの衝撃をぼくに与えたのである。

 

 父親は、ガットギターを取り出した後の残りのビニール袋の中から、今度は青色の分厚い教本を取り出した。

 その表紙には、ご丁寧に金色の楷書体で

「古賀政男全集」

 と書かれていたのである。

 はい? 古賀政男って誰? むろん、中学生だったぼくが「古賀政男」なる人物を知っているはずがなく、頭の周りを「?」マークが飛び回ってる状態である。

 一体誰やねんこのおっさん、といぶかしがりながらもその本を手にとり、表紙を開いた瞬間、ぼくはとてもイヤーな予感がした。まず1ページ目には古賀政男氏の写真、しかも「古賀先生近影」と写真の下に書いてある。普通ギターの教本を買ったとしても、著者の写真をデカデカと表紙裏に掲載する本などあるだろうか。続いて2ページ目には、「正しいギターの持ち方」と称して、椅子に腰掛けて片足を踏み台の上に乗せ、ギターの角度は30度に保つこと、などが書かれてあったのである。

 そしてさらにページを進めていくと、なんと爪の切り方、手入れの仕方とかも書いてある。

「なんだこりは、俺はピックでもって弾くんだ、なんでギター弾くのに爪切って、手入れまでやらなくちゃいけないんだあ!」

 ぼくは徐々にあきれを通り越し、いささかムッとしはじめたのである。

 このようにして「古賀政男全集」をペラペラと開いていくにつれて、それがどちらかというと演歌系もしくは古典歌謡曲系であるということをほぼ確信してしまったのである。まさに目がテンとはこのことである。  

 もっと進むと、「影を慕いて」などの聴き慣れない曲の楽譜だとか、んもうとにかく要するに、ぼくの目指す方向とは全く無関係の説明が現れ続け、極め付けは、裏表紙にすぐに剥がせる両面テープで張り付けれられた「練習用ソノシート」なる化石物の存在であった。

 20歳未満の人ならば知らない人もいると思うので一応説明しとくが、「ソノシート」とは、トドのつまり昔のドーナツ盤レコードの廉価デモ版とでもいおうか、それも材質は昔のレコード用の堅くて黒いものではなく、ペラペラの薄っぺらい塩化ビニールのような材質で、たいていの場合、色は赤系であった。まあ一目で自らを安物であると演出している物体である。

 さて、「古賀政男全集」にまつわるとどめの一撃は、父親が追い討ちをかけるようにいったセリフであった。

「この『古賀政男全集』があればギター練習には事欠かんだろう。このギターに見合った本を探すのに苦労したぞ、むっははは」

 

 ソノシート付き「古賀政男全集」を手にとったままぼくは、「条件その3」を思い出しながら、その場にヘナヘナと崩れ落ちた。そう、ぼくはこのギターを手にとったその日から、条件その3「買い与えたギターはその適正な使用方法にて使用する」ことを義務付けられてしまったのである。そして、いやがおうにも「古賀政男先生」を模範とした演歌系古典音楽を学ばなければならなくなったのである。

 

 こうしてぼくは、残りの中学における音楽生活をベイ・シティ・ローラーズとではなく、「古賀政男全集」とともに送った。無論、演歌系ギター奏法などでは、大して練習に身が入るはずもなく、やがて高校受験を名目にしたまま、買い与えられたガットギターを弾かなくなったのはいうまでもない。まことにもって大人の作戦勝ち、両親のほくそ笑む顔が浮かぶようであった。

*

 やがて高校生になったぼくは、もはや親に相談などすることもなく、冬の間わっせわっせと郵便局でアルバイトをして、ついに、あの忌わしき「古賀政男全集」から約2年後、念願の「エレキギター」を買ったのである。

 どうだまいったか、これでオイラもロックスタアの仲間入りだい! と叫んだ時、すでに世間にはあのベイ・シティ・ローラーズはいなくなっていた。世の中のはやり廃りのなんと早いことか。かわりに流行っていたのは同じロックではあっても、ディープ・パープル、レッド・ツエッペリン、KISSなど長髪外タレ系ハードロックであり、ベイ・シティ・ローラーズよりももっと高度で、難易度の高いギターテクニックを必要とする曲ばかりだった。とてもじゃないが、演歌系古典ギター奏法によって培ったテクニックではとても奏でられる代物ではなかったのである。

 断っておくが、ぼくは古賀政男先生のことを下手だと思っていたわけではない。未だに古賀政男先生の実際の曲は聞いたことはないが、中学生当時結構練習してもうまくならなかったのだから、むしろ古賀政男先生は高度なテクニックをお持ちのすばらしいギター奏者の一人であると思っている。だがしかし、いかんせん古賀政男先生の奏法と曲では、ベイ・シティ・ローラーズはおろか、当時の女の子達には身向きもされなかっただけのことである(トホホ)・・・。

 とまあ、このようにして最初にけつまずいたぼくのギター人生は、「古賀政男全集」のショックが尾を引いてしまい、たいして上手くならないまま今日を迎えたというわけなのである。やはり物事、最初が肝心である。いいや、誰が何といってもそうなのである。 

 

Published 2000.1.10

 

 

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