Special Paperbacked Essays, Vol.49 思い出の押入れ - Sleeping in a closet is so wonderful -
この夏も終わろうという頃、ふとしたはずみで男同士7人でキャンプにいくことになった。男同士で気楽に飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎをやろうというのである。
それはそれでよかったのだが、泊まったケビンは5人用で、当然ながら布団が5人分しかない。寝る場所もほぼ5人分のスペースしかない。
夕食にキムチ鍋などを作って食べ、酒を飲んで身体は暖まったものの、夏の終わりの季節に場所が山奥ときているものだから、これが夜になると結構寒いのである。
しかたなく、暖房をガンガンにかけて数少ない布団を分けあって寝ることにした。
ところが、いかんせん畳のスペースが少ないため、ギュウギュウのすし詰め状態である。すると、誰かが押し入れに寝ると言い出した。しかも、酒が入っていたせいか彼はすぐにいびきをかきはじめ、ほどなくしてぐっすり寝入ったようだった。
他の男達は一様に、
「いいなあ、押入れだろうが何だろうがどこでも寝れるやつは」
「俺なんか押入れなんか狭くて圧迫感があってヤダなあ」
「ほこりっぽい感じだし」
「かといって他に寝るスペースないし」
とあきれたように感心していたが、ぼくは、
「いやいや、押入れで寝るのも一つのスタイルだ。あれで結構ホクホク寝れるんだよな」
とさも知ったげに答えた。
というのも、実はぼくも押し入れで寝ることのできる人間だったのである。というより、押入れで寝ざるを得ない状況を、自ら好んで作り出していたといったほうが正しい。
ぼくが押入れ大好き少年だと知って皆一様に怪訝そうな顔をしていたが、決して嘘ではない。ぼくは押入れで寝るのは苦にならないのである。その理由はぼくの十数年前の自分の体験にある。
* 以前にもお話ししたと思うが、その昔、ぼくがガソリンスタンドにいた頃のこと、そのガソリンスタンドでぼくと同じようにバイトしていた同級生の男の子がいた。名前をフミヒロ君としておこう。
フミヒロ君は大分県の出身で、大学入学のため広島に来ていた。そしてその大学で彼とぼくは知り合ったのである。
彼とは学生証の番号が近かったこともあって入学時から話しかけあうようになり、お互いすぐに打ち解けた。それからはいろいろと何事も相談しあって同じゼミを受講したり、原付バイクで通学しあったり、学生食堂で同じ飯を食ったりして親交を深め、最終的には学校のすぐ近くにあるガソリンスタンドに二人で面接に行き、そこをバイト先に決めたほどの仲であった。
ところで、バイトといってもぼくらは夜間部の大学生であったからバイトは毎日、しかも一日中である。前に言ったかも知れないが、ガソリンスタンドでのバイトは決して楽なものではなく、バイトも正社員も関係なく販売活動をさせられたし、その道を極めた、いわゆる「ゴクドウ」と呼ばれる人達の高級外車をビビリながら一緒に洗ったり、さらにその車を運転してその人達の事務所に届けたり(これは恐かった)、真夏の炎天下の中で暑さを紛らわすため洗車機の中に突進していったり(決して真似しないでください)と、結構得難い経験もしたと思う。
ぼくらはともに同じ時期に運転免許を取得し、これも偶然ではあるが、同じ車種の車に乗ったこともある。お互い自分の車を自慢しあって走らせているときに不用意に暴走族の車の前に割り込んだことが原因で追いまわされたり、車内を豪華ホテル風に仕立ててドレスアップを競い合ったりしたものである。
またお互い安いバイト代暮らしの身、給料日前にはともに昼食をとる金もなくなったりしたものであるが、そんなときには近くの大学の学生食堂で「ライスの大」だけを注文し、テーブルの上に置いてある醤油をかけて食べ、それで3日間を過ごしたこともある(だからぼくはいまだに醤油かけご飯が好きなのかもしれないが)。
また彼が住んでいるアパートは、まさに「かぐや姫」や「風」などの曲に出てくる、いわゆる、
「4畳半フォーク」
の典型とも言える、本当に狭くてボロいアパートだったのである。
ぼくはそんな彼の狭い部屋でよく酒を飲んでは彼の部屋に泊り、翌朝二人で同じガソリンスタンドに出勤したものである。まあ、泊まると言ってもフミヒロ君の部屋には彼以外の寝るスペースがないものだから、ぼくは押し入れに寝ていたのである。
この押入れというのが、結構気持ちいい。まず自分一人に与えられた空間。むさ苦しい男と肌を触れ合わすこともなく、いびきに悩まされる心配もない。
ぼくはフミヒロ君の部屋にしばしば泊まったが、部屋の汚さ・狭さと、彼のいびきと寝相の悪さには閉口していた。だから、押入れという、一種のグリーン車のような快適な特別な空間が格別に心地よかったのである。
だから、酒を飲んだあとでぼくは押入れに敷いた布団の中に寝ころび、フミヒロ君は畳の上に敷いた布団に寝ころんでいろいろなことを話し合っては夜を更かしたのである。
* 話は戻るが、そんな楽しい毎日が続いたときのことであった。
彼はぼくにこう言った。
「なあ『少年』、おめえ就職どうすん?」
「どうするって?」
「正社員の就職っちゃよ」
彼は奇しくも例のT先輩の高校の後輩にあたり、生粋の大分県人であるから、チャキチャキの大分弁の使い手である。
「就職っていっても・・・まあ卒業までにはどっかいいとこあれば受けようとは思うけど」
「ふうん・・・」
彼はそう言って口を閉じた。
「なんだ? 何かあるのか?」
ぼくが聞き返すと、
「いや、俺はどうしようかっち(どうしようかと)思って・・・まあ俺ぁ夜間大学を卒業するまではここ(ガソリンスタンド)にいようかなあ」
と言うのである。
「まあ、こっち(広島)で就職ってことも考えてみたらいいんじゃないか?」
「うむ・・・まあその時になって考えてみるっちゃ。もしかしたら、『少年』と同じ会社になるかもしれんし」
「ああ、それもいいじゃない。ココ(ガソリンスタンド)みたいにまた一緒に探す?」
「冗談よ。俺は俺に向いた職に就くわい」
と彼は笑いながら言って仕事に戻ったのである。
ところが、ぼくはふとしたはずみでガソリンスタンドにいる間にある採用試験を受けたのだが、運良くそれに合格し、結局翌年の3月でガソリンスタンドを辞めることになった。
そのことをフミヒロくんに告げると、彼はちょっと意外な表情になり、そしてこう言った。
「そうかあ・・・まあがんばれや。俺もがんばって卒業までにゃ本気で考えるっちゃ」
「うん、そうしなよ」
「『少年』も新しい仕事、すぐに辞めんなよ」
「うん」
ほどなくぼくは次の職業の準備のため毎日を忙しく送り、そして予定通り翌年3月でガソリンスタンドを去った。その時は、フミヒロ君とは毎日学校で会えるのだから、と彼と特別な言葉も交わさなかった。そうして4月、ぼくは新しい職場へと足を踏み入れたのである。
しかし、ぼくは仕事上の理由もあるが、いろいろ個人的な都合と事情で夜間大学へ行けなくなった(行かなくなったと言うほうが正しい)。当然にフミヒロ君とも会わなくなったわけである。
お互いが忙しい身であり、ましてや今日のように携帯電話など21世紀の夢物語であった時代であるから、必然的に連絡もとれなくなってしまったのである。
* それから5年くらい経ったある日、仕事で偶然フミヒロ君のアパートの近くに立ち寄ることがあった。
「ああ、ここは・・・確かフミヒロ君の・・」
懐かしい記憶が脳裏をよぎり、ぼくは車を停めてアパートへと足を踏み入れた。階段そばの郵便受けはそのままだったが、それを見たときぼくの足は止まった。そこに彼の名札はすでになく、アパートの部屋の表示はすべて彼以外の名前で埋められていた。
そう、彼は引っ越していたのである。いつ引っ越したのか、どこに引っ越したのか、連絡もないため全く見当もつかなかった。
ぼくは今さらながら、と思いながらも少し心配になって、例のガソリンスタンドに立ち寄った。ところが、あれからの年月を考えると無理もないのだが、すでにあのガソリンスタンドにもぼくの知っている社員は誰一人としておらず、もちろんフミヒロ君もいなかった。
確かに5年も経っているのだから、フミヒロ君だって卒業しているだろうし、卒業したらどこか他の会社に就職すると言っていたからそうしているかもしれないし、実家のある大分に帰ったかもしれないし・・・いずれにしてもこのガソリンスタンドにはいないことは自明の理だったのである。
ぼくは何だか心のどこかで、大事なものをどこかで落としてしまったような気分だった。
* ところが、それからまた数年経ったある日、例のT先輩がフミヒロ君の消息について教えてくれたのである。
「おうい、フミヒロってやつ、いたろうが。あいつな、大分に帰ってどっかの役場に勤めとるらしいど」
「えっ、本当ですか?」
「うむ、嘘か真かはわからんが、こないだ実家に帰ったら誰かがそう言っとった」
「そうかあ・・・」
そう聞いた次の日、ぼくは大分県のすべての市町村役場に電話をかけて、彼の名字を告げてフミヒロ君に電話をつないでくれるよう頼んだが、どの市町村役場も、
「そのような名前の職員はおりませんなあ」
とけんもほろろの返事であった。
やはり、T先輩が教えてくれた情報は不確実であったというわけだが、それ以後の彼の行方は全くつかめないでいる。
* ぼくは未だにフミヒロ君には再会できないでいるが、あの時の押入れの感覚は今でも覚えている。いつかまた彼に会えたときには、彼をぼくの家に招いて酒を酌み交わし、彼は布団に寝せ、ぼくは押入れで寝ることにしようと堅く決心しているのである。
Published 2001.12.10
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