Special Paperbacked Essays, Vol.43

macspin2

 

“海に向かってpassing”

- Long long time ago, we went the place where he had some memories in there-

 

 

 「少年」の住んでいる広島県と西側のお隣・山口県とのほぼ県境に、在日米軍基地があることで有名なI市がある。

 このI市の中心街から少し離れた地区は夜ともなると、米兵達が町にあふれ出し、ちょっと見ではテレビで観るところの沖縄市の様相を呈している。浜田省吾が米軍基地などをテーマにした曲は、まさにこの街そのものを歌っているといっても過言ではないのである。

 英語で書かれたネオンと看板、行き交う「Y」ナンバーの国産車、道行く男性米兵の横に連れ添う日本人女性、日本語の横に英語で書かれたメニューのマクドナルド、そしてAMラジオ1500khz台にチューンすれば必ず聞こえてくるファー・イースト・ネットワーク(FEN)・・・ここは日本でありながら一種のアメリカンテイストが街の一角に漂う異国街なのである。

 このI市を西へ海沿いにしばらく走ると、海岸が見える公園に出くわす。この公園に停めた車の中から海が一望できることで有名であった。

 そしてこれは、かれこれもう十数年前の話である。

*

 T先輩とぼくは例によって例のごとくヒマな夜を過ごしていた。先輩は好きだった女性と別れて気持ちが滅入っていたのだろう、ぼくをドライブに行こうと誘ってきた。そして先輩とぼくは先輩のワーゲンに乗って西へとドライブを開始したのである。

「どこに行くんすか?」

「ん・・・」

 少し先輩は考えてから、

「I市へ行ってみよう」

 と言った。

 いつも他愛のないおしゃべりで一杯のワーゲンの中は、いつになく先輩の口数が少なくて、ぼくもいつもとは違った雰囲気に違和感を覚えたのである。

 ほどなくして、ぼくらはI市に入った。

「ハマショー(浜田省吾)もここらへんのライブハウスで歌ってたんだよなあ」

「へえ」

「知ってるか? ハマショーの『いつかもうすぐ』って曲」

「え〜と、『あの子は米軍キャンプのそばにある・・・』ってヤツ?」

「そう。結局、あの曲の中の『ぼく』は、彼女を迎えに行こうとして、いつかいつかって思ってるうちに青い目の若い兵隊に彼女をとられちまったってヤツ」

「気の毒に」

「まったくだ」

 水に浸けてもそのままプカンと浮かぶほど気密性の高いワーゲンの車内は、なぜかいつもと違った空気に支配されていた。そんな雰囲気の中、ぼくらを乗せた白いかぶと虫は海岸が見える公園に近づいてきた。

「おっ、ここだ、ここ」

 先輩はアクセルを緩めずにハンドルさばきだけで公園へと向きを変え、海が正面に見える絶好の位置につけた。

「へえ、キレイっすね、海」

「・・・よっと」

 先輩はエンジンを切ると車を降り、ドアを閉めざまにたばこに火をつけると、いきなりワーゲンのボンネットに腰掛けた。

 ワーゲンは弾みで少し、揺れた。

「おっ、ヘコまないすか? それ」

「ははは、ОKさ」

 ぼくはその横に立って同じくタバコをふかしていると、先輩が何やら口ずさんでいる。

「何すか、その曲?」

「ん? ああ、これね」

 先輩は意味あり気に微笑み、そして言った。

「じゃ、『少年』もボンネットに座って」

 先輩は言うが早いか、さっと身を翻し、運転席のドアを開けた。ぼくは言われるままにそっとボンネットに腰掛けた。

 すると先輩は、ウインカーレバーを2度、手前に引いた。するとかぶと虫の目は、夜の海へと2度、ウインクしたように見えた。

「何の意味っすか?」

「これ? これはねえ・・・」

 先輩はもう一度ドアを閉め再びボンネットに腰掛けると、口元に笑みを浮かべながら言った。

「大滝英一ってヤツの曲にあったろ? 知らないか、『・・・海に向かってパッシング・・・』って」

「なるほど」

「ところでなあ、この曲のタイトル、なんだっけ? 知ってる?」

「え?」

 確かに聴いたことのある曲だが、ぼくはどうしても思い出せなかった。

「ずっとわかんなくなってるんだ」

 先輩は言った。どうやら、先輩もこの曲のタイトルを思い出したかったようだ。

「ん〜と」

「え〜と」

 ぼくらはヒントをつかむべく、散々ああだこうだといろいろな曲のタイトルを羅列してみたが、とうとう思い出せなかった。

「・・仕方ない。ま、いいか」

「う〜ん、なんかちょっと消化悪いって感じっすね」

「いやあ、まず、一編で思い出せない曲の名前なんてこんなもんだろ」

 ふと気がつくと、あたりは「Y」ナンバーのアベック車で一杯だった。

 こんな所にいつまでも野郎二人きりとは誤解を招くとばかり、ぼくらは早々に退散することにした。

*

 帰りの車の中で先輩は、別れた彼女とよくあの海岸に来たことを話してくれた。彼女と二人でワーゲンの中で時間の経つのも忘れて話をしたこと、その時ラジオのFENから先ほどの「・・・海に向かってパッシング・・・」のフレーズが流れてきて、彼女を喜ばすため同じようにパッシングをしたこともなどを聞かせてくれた。

「・・大滝英一っていいよな」

「・・浜田省吾もココI市で聴くにはいいっすよ」

「・・そうだな」

 先輩はそういうと、ラジオをFENにチューンした。やがてワーゲンのシングルスピーカからDJがなにやら英語で喋っている声が流れてくる。

 ところがなんと、彼から紹介された次の曲は偶然にも大滝英一だったのだ。だがその曲は「・・・海に向かってパッシング・・・」の曲とは別の曲だった。

 先輩が突如起こった偶然にわずかに興奮して、言った。

「おい、この曲、知ってるか?」

「う〜ん、聴いたことくらいはあるかも」

「これも大滝英一さ。よく聴いてて、さっき、ホラ、やっただろ?」

 先輩は声を上ずらせながらそういうと、ラジオのボリュームを上げた。

 きっと先輩は彼女とのことを思い出していたに違いなかった。そして今でも先輩はそこを通るたびに思い出すことだろう。

 ラジオからはもの侘びしげなイントロに続いて大滝英一のアンニュイな歌声が響いてきていた。

 

壊れかけたワーゲンのボンネットに腰掛けて

 何か少し喋りあおう 静かすぎるから

 海が見たいなんて言い出したのは君の方さ

 降る雨はすみれ色 Tシャツも濡れたまま”

『雨のWednesday』by 大滝英一

 

 

Published 2001.7.25

  

  

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