Special Paperbacked Essays, Vol.5

Macspin2

 

ラーメン屋にて

- Cring for strange family -

 

 

 先日のことである。職場の飲み会を終えたぼくは、電車に揺られて帰宅の途につき、やがてぼくの住む街の駅に降り立った。ぼくにしてはめずらしく深酒をするでもなく、適当な酒量のほろ酔い気分である。

 その駅から国道に出ると、目の前に一軒のラーメン屋がある。お酒の入った深夜のお腹というものは、なぜだか無性にラーメンを欲するものである。しかもお酒が入った脳の前頭葉は、一度起きた欲求を押さえることができないようだ。ぼくは信号が変わるのを待って道路をわたり、いそいそとラーメン屋のドアを押したのである。

*

 中に入るとすぐに威勢のよいかけ声が響き、ぼくを幾分かシャキっとさせた。特別酔っていたわけではないのだが、こういう威勢の良さは食欲をさらに煽るものだ。カウンターに座るなり、ぼくはビールと餃子を注文する。ラーメンを食べに来てなぜビールと餃子を?と自分でも時々思うのだが、これがお酒飲みのツウというものなのだ、と自分で勝手に洒落ている。やはり少し酔っているのだろう。すぐに冷えたグラスとビールが目の前に出され、ぼくは手酌でグラスにビールを注ぎ、自分好みの量の泡が立ったのを見届けると、ぐいと一杯目のビールを飲んだ。

 飲み干して一息つき、店内の様子をふと見やる。店の中には、ぼくと二人の店員、ぼくの数人分横のカウンターには一人の男とその娘らしき女の子がおり、その反対方向、ぼくをはさんで少し離れたテーブルに一人の女性と息子らしき男の子が座っていた。

 時計の針は、翌日を指すまでにはまだたっぷりと時間を持て余していたが、かといって夕食をとるような時間ではない。おおかた、どちらの家族ももう一方の配偶者が仕事か、あるいは仕事上のおつき合いで遅くなったのだろう、それで残された家族がこうやってラーメン屋で餃子やラーメンをすすっているのだなあ、ああ哀れ日本の平均的労働者達よ、などとぼくは二杯目のビールを注ぎ、泡を見つめつつ飲み干しながら勝手に想像した。

 ほどなく、横のカウンターの男と娘に餃子とラーメンが運ばれた。娘はすぐに目の前の取り皿にラーメンの麺をひと箸分ほど移して、ふうふう冷ましながら口に詰め込み始めた。よほどお腹が空いていたのか、口に入れるが早いかもう次の麺を取り始めている。父親らしき男は、そんな娘の様子を特に気にとめるでもなく、雑誌を見ながら餃子とビールを淡々と飲っている。

 その光景を見遣りながら、ぼくは三杯目のビールを飲んだ。ぼくもそろそろ餃子が食べたくなってくる。餃子そのものが心底食べたいというわけではないが、ビールの味を感じる舌と、他人が食べてる餃子の姿を感じた視覚が連合軍となって前頭葉を刺激し、この圧倒的な要求を受け入れた前頭葉は脳幹に「餃子食うべし!」といった指示を出したためであろう、ぼくの体は完全に餃子を欲していた。

*

 そう思い始めた矢先、今度は反対側の少し離れたテーブルの女性と男の子の席にラーメンとご飯が運ばれた。男の子は先程の女の子よりは少し年が上だろうか、体も大きく、ゆえに取り皿なども使わずそのままラーメンをすすり始めた。他人の食べるラーメン、しかも麺をすする音というものはどうしようもなく食欲をなかば暴力的に刺激する。

 しかし、ぼくの目の前には餃子はおろかラーメンも来ない。カウンターの内側を見遣ると、とりあえず先程の餃子を焼き上げたばかりで、これからぼくの分の餃子を焼こうとしているようだ。うーむむ、これはちと遅い。しかもビールは底をつこうとしている。

 仕方なくぼくは2本目のビールを注文した。その声には少し餃子を作る速度を速めるよう気持ちを込めたのだが、店員は相変わらず威勢だけはよかった。当たり前のようだが、それでもビールはすぐに出された。ぼくは一本目のビールを全部グラスに空け、これを飲み干してから、二本目のビールをグラスに注いだ。

 食欲を落ち着けるため、ぼくは少し他のことを考え始めることにした。今日あった出来事、飲み会でしゃべったこと、聞いたこと。思い返してみると随分くだらんことをしゃべったもんだなあ、と自分ではにかみそうになる。いかんいかん、とそれを打ち消すためにまたグラスを口に運んだ時、やっとこさ餃子が出された。おおッ、やっと君に逢えたのねッ! とひとり頭の中で叫ぶ。

 少し身を乗り出して割り箸を手に取り、割るが早いか餃子をひとつまみ、タレに浸けて一個丸ごと口に入れる。アツアツホクホクとなりながらも幸せを感じる瞬間である。

*

 ぼくの意識が完全に餃子に奪われてしばらくした頃、突然に予期せぬ衝撃は走った。

 ぼくの横にいた女の子のセリフ、それは、反対側の男の子に向かって放たれたのだ。

「ねえ、お兄ちゃん、お兄ちゃんのラーメン、どんな味だった?」

 思わずぼくは、餃子を食べる口を止めて彼等を交互に見遣ってしまった。

 女の子は確かに反対側のテーブルの男の子に向かって「お兄ちゃん」といった。これに対し男の子の方は、

「・・・別に。普通のラーメンの味」

 と、ぶっきらぼうに応えた。

 だがしかし、双方の大人の男女の方は全く会話はおろか接触もアイ・コンタクトも持とうとしないままだ。男はビールを静かに飲み、女は黙ってご飯を食べている。

 ここでひとつの疑惑が生じた。女の子はぼくをはさんで離れたテーブルの男の子を「お兄ちゃん」と呼んだ。通常兄妹ならばこれは何の問題もないことだが、ではなぜ兄妹が離れたところに座って別々に食事をしているのか?彼等が兄妹であるならば、一般的にはその保護者然として彼等のそばにいる男女それぞれは、夫婦ではないのか? だのになぜ別々に食事をとり、なおかつ会話がないのか?

*

 ぼくは逡巡した。これはどういうことなのか? 日本の家族はどうなったのだ?予期せぬ光景にぼくは箸をおいた。どうみても、赤の他人だ。あんなに離れて座ってて別々に注文してるし、会話もない。でもなんで子供同士が兄妹なんだ?

 とはいえ、酔った頭ではどうにも整理がつかない。そうだ、「お兄ちゃん」は近所の友達間でありがちな愛称だ、きっとそうだ。そう判断してとりあえず思考を中断しようとした時、ラーメンがぼくの目の前に出された。

 やれありがたや、と早速スープをすすろうとしたその時、決定的事実がぼくの目の前に突き出されたのである。

 カウンターの男がおもむろに立ち上がり、彼はそばにいる女の子にも立つよう促したが早いか、そそくさと勘定をせずに店の外に出てしまった。無論女の子もそれに続いた。ところが店員は何も言わない。無銭飲食なのか? いや、もしや.....?

 その危惧は現実となった。ほどなくして今度はテーブルの女と男の子が立ち上がり、レジに歩みよったかと思うと、

「一緒で」

 と、先程のカウンターの男と女の子の分もあわせて精算し始めたではないか。

 もうこれでお分かりであろう、やはり彼ら四人は、99%の確立で家族だったのだ。それなのに、カウンターとテーブルに別れ、距離を保って会話もなく、ただ食べてただ帰る。こういうのを家族というのだろうか?

 ぼくは、「モーレツあ太郎」に出てくる小池さんのように、しばらく麺を口に加えたまま考え込んでしまった。そしてぼくは、何となくラーメンをそれ以上食べる気が失せてしまったのである。やむなくぼくもすぐに支払いを済ませて店を出たのだが、店の外で四方を見渡しても、彼ら四人の姿はもうどこにもなかったのである。

*

 うう〜む、正直言ってこれは寒い。ネタにならない。ネタにならないけど、あえてネタにする! ってなわけで、今回は寒い冬にはぴったりの、ラーメンで暖まりつつも家族の在り方で寒くなった、そんなお話である。読者諸君の中にも身に覚えがある方々がいるのではないかな?

 

Published 1999.12.11

 

 

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