pecial Paperbacked Essays, Vol.15

macspin2

 

夏だ海だ酒だ誤解だ

- Summer will comes soon, again -

 

 

 実は、前回の醤油ご飯の話に出てきた、ぼくの「当時のガールフレンド」について少しばかりの反響があった。

「ビンボーなボーイフレンド(この場合ぼくのことだ)に食材を買ってきてあげようとは、な〜んとナイスな女性ではないかッ!」

 というものである。

 う〜む、確かにそういわれてみれば、優しい女性ではあった。

 彼女の名前は「F」。

 ぼくより2歳年上で、通勤時間に約1時間をかけるOLでありながら、通勤途上にあったぼくのアパートに立ち寄っては食事を作ってくれたりした、優しい女性だったのである。

 というわけで、今回は十数年前、そんな優しいFがぼくのガールフレンドでいてくれた頃に起きた出来事について話をすることにしよう。

 ただし、十数年前の話であるから、くれぐれも誤解のないように。

*

 今から十数年前のある夏の日曜日の朝、ぼくは男5名、女5名の計ったようなコンパグループと連れ立って海水浴に行くため、U港から出航したフェリーに乗っていた。がしかし、船内ではぼくをはじめ、男達全員が猛烈な睡魔に襲われていたのである。

 事の起こりは、ぼくらのバンドのメンバーが、知り合いの女性バンドのメンバー達を誘って海水浴に行こうと話をつけたことからで、例えていうなら「シャ乱Q」と「プリンセスプリンセス」がコンパをしたような感じである(古いなあ)。

 ところが、ぼくにいわせれば、その海水浴計画を取り巻く状況は最悪の一歩手前だった。なぜならその当日は、僕らのバンドが翌週に予定しているライブのために徹夜のスタジオ合宿を組んだ、その翌日だったのである。

 つまり、ぼくらは前日の土曜日の夜8時にスタジオに入り、一睡もせぬまま演奏を繰り返して徹夜明けの朝を迎え、女の子達とそのまま海水浴に行こうとしていたのである。まさに絵に書いたような大バカ野郎達である。

 一睡もせず、疲れ切った体で酒を飲んで泳ごうものなら、いくら若者とはいえ、遊泳中の人身事故の起こる確率は極めて高くなるのは明白である。

 それなのに、女の子大好きなおバカな僕らは睡魔をこらえつつ、行きのフェリーの中からはやくもビールだギターだ歌だとデッキで大騒ぎし、海水浴場についてからもそれビーチバレーだスイカ割りだオイル塗りだ焼ソバだと、「若人、大はしゃぎ」の限りを尽くしてしまったのである。幸いにも誰も水難事故に遭遇することなく現在に至り、こうやって回想できているのだが(でなきゃこの話、書けんわな)。

 さて、そんな状況だったから、陽も傾き帰る頃にはみんなぐったりしてしまっていた。帰りのフェリーの中では行きのそれとはうって変わって、みんなしおたれてしまい、それぞれがお互いの肩にもたれ掛かるようにして眠り込んでしまったほどである。そして、そんなぼくの長かった週末は、そのあとぼくが家に帰りガールフレンドのFに電話をすることによって、無事終わるかに思えた。

*

 ところが、U港につき、ゲートを抜けたところからが問題のはじまりであった。

 男の一人が言いだした。

「さて、これからどうする?」

 これにはぼくもびっくりである。

 一体どこの阿呆が徹夜明けで海水浴にいき、そのあとまだどうのこうのしようというのだろうか? 当然ながらぼくはてっきりここで解散だと思っていたのだ。

 さらに問題なのは、当時は今と違って携帯電話などなかった時代であるから、飲みにいくとなると、一人だけ抜け出したりして公衆電話ボックスで電話などなかなかできない。というのもFには、海水浴には男性だけでいくと言っていたのだから、女の子達とそのあと飲みにいって、それで電話できなかったなど、到底言えるはずもないのである。しかも日没までには帰るから、帰ったら電話するね、とまで言っておいたのだ。

 さすがに男の子達も女の子達も疲れている様子で、う〜んそうだなあ、どうしようかなあ、でもなあ・・・的な悶々とした雰囲気になっていたものの、でもまあみんなあれだけ疲れてフェリーの中で寝込んだくらいだから、みんなしてやっぱ帰ろうってことになるだろうとぼくは期待した。

 ところが意に反して、ほとんどの男女は、

「よおしッ、今からみんなで飲みに行くかッ、飲みにッ!」

「そうねッ、行きましょうッ!」

 と、大盛り上がりを見せ始めたのである。一体こいつらのパワーはどこから出るのだ? しかも全員が行くとなれば、これは一人だけ帰るといっても返してくれそうにないなあ・・・と思いながら、まだぼくはモジモジしていた。

 すると、それまで女の子のうちでぼくとはさほど会話を交わしていなかったN美さんという女の子が、

「一緒に行こっ。ねえ、行きましょうよ」

 としつこく誘うもんだから、ぼくは仕方なくついていくことにしたのである(本当に仕方なくである。あとから考えると、これは彼女の作戦であったと思うのだ・・・)。

*

 さて、そのあと飲みに行ったはよいが、疲れと睡眠不足でたいした時間も経たぬまま全員バタンキューである。睡魔に耐え切れない数人は途中で帰ってしまい、それでも残ったメンバーで深夜までお店で騒ぎ、さて帰るか、となった時、N美さんと男性2人が泥酔して眠りこけてしまったのである。しかも3人とも何度起こしても起きない。立たそうとしても体がフニャフニャで立てないのである。すでに他の女の子達は全員帰ってしまっていて、女性はN美さん一人。男2人はぼくのアパートに泊めてやってもいいのだが、N美さんは女の子だし、だいいち送ってあげようにも、ぼくはN美さんの家を知らなければ電話番号も知らない。今日始めて会ったばかりなのである。

 これは困った・・・。やむなく、男2人ともなんとか叩き起こし、どうするか相談したところ、彼らは眠い目を擦りながら、

「み〜んな一緒に、お前んとこ泊まりゃいいじゃん。ヘラヘラ」

 などと言って再び寝ようとする始末である。

 う〜む、軽い。日本男児たるものそんな軽々しいことでよいのかッ、ええッ? と講釈をたれても始まらない。事実、ここに男3人、女1人、ぼくを除いて全員酔って眠っている。

 しかたなく店のマスターの手を借りて男2人、女1人をタクシーに荷物のごとく押し込み、走ること約20分、ホウホウのテイでぼくのアパートに「マグロ3体」を運び込んだのである。

 そして、なんとかN美さん一人をぼくのベッドの上に寝かせ、野郎2人はそのまま畳のうえに転がして寝かせた。そして疲れがどっと出たぼくもそのまま野郎達と川の字になって寝たというわけである。

 さて、翌朝はもう月曜日である。目覚まし時計のベルの音で目覚めると、まだみんな熟睡しているようだった。海の香り少々とアルコールの臭い多少が混ざりあったクサ〜イ部屋の中で、全員起きる気配がまったくない。N美さんはまだ一人ベッドに寝ている。無理もない、あれだけ泳いだ体で飲みに行って大騒ぎすれば誰だってしんどいわなあ・・・などと思いつつ時計の針を見やると午前8時。やべっ、もう行かなきゃ、と慌てて飛び起きたぼくは、すぐ傍にあったN美さんのバッグの上にアパートの合鍵を置くと、彼女達を起こすことなく、急いで着替えてそのまま家を出てしまったのである。

*

 ところで一方のFにしてみれば、ぼくが前々日から前日にかけてバンドの合宿やら海水浴やらでさぞ疲れているだろうが、電話をすると言っておきながらかけてこないのはおかしい、と心配をしていたらしく、朝一番でぼくの職場に電話をかけてきた。その時ぼくはボロボロヘトヘトの状態ながらもすでに仕事を開始していたため、

「え〜と、それはですね・・・(小声で)今夜アパートで待ってて」

 とひそひそと伝えただけで詳細には触れず、そそくさと電話を切った。あとから考えればこのような一連の不自然な状況と態度が彼女の疑念を一層燃えあがらせたのである。

 その夜Fは、ぼくより早く仕事が終わってぼくのアパートへ寄った。前回の話ではないが、いつも醤油ご飯のような粗食ではいけないから、と食材も買ってきてくれていた。

 そして彼女に遅れること30分、ぼくは自分のアパートについた。

 悲劇はここで起こったのである。

「・・・ただいまぁ〜・・・」

 疲れはピークに達していたが、さぞ心配していただろうな、と考えたぼくは、努めて明るく声を出した。

 ところがぼくの目に入ったのは、Fが一冊の落書きノートを目の前に置いたまま、部屋の中央に正座している姿だった。傍には買い物袋が置いてある。まだ料理に取りかかっていないらしい。

「どうしたの?」

 ただならぬ様子におもむろにぼくが訊くと、Fは無言で横を向いたまま、落書きノートを開いたままぼくの方に差し出した。

 開いてあるページには3行くらいの文章が書いてあって、その文章を書いたのは昨夜泊まっていったN美さんであることは、最初の1行を読んだだけですぐに分かった。そこにはこう書いてあった。

「『少年』くんへ 昨夜はありがとう

 楽しかったです カギはしばらく預かっててもいいのかナ?

 また連絡しますネ N美」

 ・・・大いなる誤解を与える文章である。

 しかもふと気がついて周囲を見渡してみると、いつも散らかっているぼくの部屋は、わりと片付いていて、昨夜数人が泊まっていったような形跡はまるでどこにもない。おそらく、N美が帰り際に整とんしてくれたのだろう、おまけにベッドのシーツまでが絶対にぼくにはできないようなほど、きちんとメイクされていたのである。

 これはヤバい。マズイ。極めて、非常に、誠に、大変、まったくもって遺憾な事態である。ぼくの脳内は今まさにエマージェンシイ発令中である。

 ただちにぼくは必死になって本当の事を弁明した。女の子達と一緒に海水浴にいったことも自らバラしたが、ますますFは信じようとはしない。確かに、ぼくがFの立場なら、一昨日からの一連の状況とこの文章と部屋の状況を把握した時、信じられるはずもないのは明らかである。

 そうこうしているうちに、Fは自分のキイホルダーを取り出して、ぼくの部屋のカギを外すと、

「このカギもこの『N美さん』にあげたら?」

 そういうと、Fは立ち上がり、足音高く部屋を出ていった。ぼくは、愕然としてしまったものの、この時ばかりは追い掛けても無駄だと感じた。さすがにぼくもそれ以上弁明することに疲れてしまい、その場にへたり込んだ。

 しばらくして腹がへっている事に気付き、目の前にあるFが置いていった買い物袋をあさって食材を探すと、なんと高級醤油が買ってあるではないか。う〜むさすがF、よう買うてくれたわい、と一人感激しながらも、その夜は疲れ果てたぼくは、もはや定番となった醤油ご飯(高級醤油バージョン)を食べてお風呂に入るのが精一杯、夜8時には就寝してしまった(なんと薄情な・・・)。

 それでもその翌日、気を取り直したぼくはなんとかFに連絡を取り、あらためて事実を述べると、Fはなんとかかんとか誤解は解いてくれた。まったくやれやれ、である。

*

 というわけで、今回は他愛のない誤解話であったが、しかし、よ〜くよく考えてみると、ぼくはハッキシいって、ソンな役まわりである。ぼくだって疲れてヘットヘトなのにマグロと化した酔っぱらいを介抱したり、連れて帰って泊めてやったりした挙げ句、ガールフレンドには疑われたのである。しかも、ぼくとN美さんとの間にそういった事実があるのならば、Fにそのような疑いをもたれるのも致し方ないことであるが、この場合、ぼくは全くの無実なのである。本当である。

 ところで、その後N美さんとはどうなったかというと、あれからしばらくしても連絡もなくカギも返してもらえずにいたので、人づてにN美さんの連絡先と消息を聞いたところ、灯台モト暗し、である。なんと、N美さんはあの晩眠りこけてしまったぼくのバンドのメンバーと付き合いはじめていたのである。それもあの海水浴の日に、そいつとお互いに強く惹かれあってしまい、ぼくのアパートに泊まった翌日からデートを重ねるようになったというのだ。

 つまり、ぼくはこの場面でも、いいダシを出してしまったというわけである。ああ、あほらしいったらありゃしない。

*

 こんな出来事があって騒々しかったその年の夏はあっという間に終わり、今年の夏はそれから数えてはや十数回目の夏になる。

 ぼくは、毎年夏がやってくるたびに海水浴に行き、夜になると火照って乾いた体をビールで潤している。そうしてぼくは、そのホロ苦い味と心地よい疲れに、あのノートに書かれていたN美さんの文章と、Fの顔を少しだけ思い出してはまどろむのである。

 

 Published 2000.4.25

 

 

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