Special Paperbacked Essays, Vol.16

macspin2

 

まぼろしのバックハンドパス in 卓球場

- Table Tennis is not Tennis -

 

 

 ぼくがテニスを始めたのは、ちょうど22歳くらいの時である。ウィンブルドン大会でボリス・ベッカー(独)が史上最年少の17歳で初優勝を飾った頃だ。

 それまでのぼくのテニスに対する印象といえば、高校生の軟式テニスクラブにありがちな、

「そ〜れっ」

「ファイトお!」

「打ってこ〜い!」

 みたいな、かけ声と素振りと玉拾い。かつて剣道少年だったぼくは、あんな軟弱なスポーツ、ま〜ったくよくやるよなあ、というものであった。だから、ぼくはそれまで硬式テニスでさえもやったことがなかったのだ。

 ところが、いざ始めてみると、なんと奥深いスポーツであることか。しかもメチャメチャキツイのである。真面目にやればやるほど、当時の若さ溢れるぼくでさえヘトヘトになるほどハードなスポーツである。あのピート・サンプラス(米)が試合途中に熱射病になり、コートの片隅でゲロを吐いたのもうなずけるというものである(汚)。

 というわけで、今回のお話はテニス。でも、途中で話し変わっちゃうけど。先に言っとくかんね。

*

 先ほどもいったように、ぼくが22歳くらいの時、ボリス・ベッカーがウィンブルドンで初優勝したのをたまたまNHKで観たぼくは、

「うおおッ、ぼくもテニスやるのだッ!」

 と、唐突に、かつ猛烈に感じ取った。おそらくTVを観て、テニス選手はカッコいい・・・女の子に人気がある・・・上手くなればモテる・・・と考えたのだろう、若者が持つエネルギーの原動力は、いつの日も異性であることに変わりはないのである。

 さて、早速その翌日から、テニス初心者であるぼくは、とりあえず友人にラケットを借りてとにかくバコバコ打ちまくった。その頃の職場の近くには、おあつらえ向きの壁があって、昼休みや仕事の終わったあとなどは、方向の定まらないボールを繰り返し壁に打ち付けていたものである。

 さて、何ごとをやるにしても初心者が常に悩むことは何か? それは、うまくなるにはどうしたらいいのか、ということである。そして、初心者というものは、すぐに初心を忘れ、とりあえずうまくなったような気分に浸れることをしたがるものなのである。つまり、上手い人の真似をしたがるものなのである。ぼくの場合、いつものことながら、それがいけなかったのである。

*

 その頃、世界の男子プロテニス界を席巻していたのは、イワン・レンドル(当時チェコ)。すでにジョン・マッケンロー(米)やジミー・コナーズ(米)は年老いていて、世界ランクでははるか彼方に追いやられ、世界4大大会においてはシード権さえも与えられなくなっていた頃である。

 レンドルはぎすぎすの痩せ形で、形相も決して受けのいいマスクでなかったため、相撲界でいうところの「北の湖」状態。強すぎるわ憎らしいわで、アメリカでは滅法ウケが悪かったものの、日本では結構人気があったように思う。

 グラウンド・ストローカーのレンドルはネット際に詰め寄ったりするのを是とせず、ひたすらベースラインでの打ち合いに徹するタイプ。フォアもバックも自由自在、サービスも強烈で、ひとたび波にのったら誰も手がつけられないほど強い。芝コートのウィンブルドン2連覇のベッカーや、「貴公子」ステファン・エドベリ(スウェーデン)でさえ、ハードコートではレンドルの前に出れば、まるで地方の殿様の参勤交代に出くわした江戸時代の町民のようにひれ伏し、

「へへえ〜、ど〜かお許しくだせえ〜」

 てな具合で、あっさりストレート負けを喫する始末。もはやレンドルに勝てるヤツなどこの世界にはいないだろうというのが当時の専門家たちの見方だったのである。

 そんなレンドルの強さの決め手は、なんといってもパッシングショット。「パッシングショット=パス」とは、相手がネット際に詰めて来たときに、その横を「抜く」ショットであり、正確なコース狙いと抜くだけのボールスピードが要求される高度な技なのである。レンドルの場合、バックハンドによるパスのコース、スピードとも凄まじく、おおかたのテニス雑誌などはこのショットを別名、

「伝家の宝刀・三度笠パス」

 と名付けていた。

 なぜそう呼ばれていたかは、レンドルのバックハンドを知ってる人、あるいは硬式テニスをしたことのある人なら多少分かると思うが、彼がバックハンドでパスをカマしたあとのフォロースルーポーズは、腰を落とし、右手が頭上高く振り上げられている。それはまるで、橋幸夫が彼自身のリサイタルの中で「清水の次郎長」を熱演し、第1幕の「キメ」のポーズをとった姿によく似ているのだ。

 そして、そんなレンドルの「三度笠パス」はぼくを魅入らせ、失態の序章へと導いたのである・・・。

*

 当時のテニス仲間に友人のSという男がいた。当時はまだSのほうがぼくより上手くて、ぼくはSによくテニスを教えてもらっていたのである(今では違うゾ、エッヘン)。

 さて、その頃のSには、結婚を意識して付き合っている彼女がいたのだが、その女性とは別に若くて可愛い女の子・Cちゃんに「お手つき」をしていた。確かに、ぼくがテニスコートでCちゃんにお会いした限りでは、Cちゃんはとても気さくで性格もよくて、状況が許すならばSは彼女と別れてCちゃんに専念すべきではないか、と思ったほどである。

 さて、そんな極悪なSは、ある日ぼくに電話をかけてきた。

「あのなあ、今週の日曜日、オ・ヒ・マ?」

 気色の悪い猫撫で声でぼくを誘うS。こういう時のSは何かある・・・永年の付き合いで彼の性格をよく知っているぼくは、少し警戒しながらも訊ねた。

「何があるの?」

「うむ。実はお前のGFも誘ってだな、俺んトコとでダブルデートしないか?」

「俺んトコって誰のことよ?」

「ほら、例の・・・Cだ」

「え・・・」

 これにはぼくも戸惑った。

 要するにSは、今度の日曜日にS、Cちゃん、ぼく、ぼくのGF、の4人でダブルデートをしないか、というのである。どうやらSはCちゃんとデートをしたいのだが、彼女に知られてはまずいらしく、カムフラージュ的にぼくとGFを同席させたかったらしい。つまり誰かに見られてもぼくとぼくのGFがいれば申し開きはいくらでもできるというわけなのだ。

 しかし、ぼくとしてはなんだかヤバそうな話に結果的に加担してしまう気がしてならなかったので、なるべく断ろうとしたが、Sは引き下がらなかった。

「こ、今度の日曜日はちょっと・・・」

「いいじゃないか、そんなに時間は取らせんから」

「い、いや、都合が・・・」

「いいってば、Cのヤツもお前に会うの、久々だって言ってたし」

「いや、それはともかく・・・」

「都合って、一体何があるというのだ?」

「そのう、掃除とか・・・」

「そんなん夜にせい、夜に。他には?」

「う・・・」

 Sは、普段は真面目で優しい男だが、ひとたびこうと思い込んだらテコでも動かない男なのである。こういう人間を広島では「イチガイ」な人間というのである。どうだ参ったか。参った。

 ・・・まあそれはともかく、Sはぼくの懸念をよそに、デートの計画を電話口で勝手にまくし立てはじめた。

「そうと決まればどこにいこうか? そうだ、卓球するか、卓球。そういや、流川(注;広島の繁華街)に卓球場あったろ?」

「え、卓球?」

「そう、卓球だ。ほら、卓球ってテニスのミニチュア版みたいじゃんか。日曜日のテニスコートはとれにくいけど、卓球場ならガラアキだし。どうだ?」

「う〜む」

 寝ても覚めてもテニステニステニステニステニスと、当時テニス漬けだったぼくにとって、いきなり出て来た「テニスのミニチュア版」という用語はなんとなく魅力的だった。確かにSのいうとおり、日曜日にテニスコートを予約するのは至難の技であったし、卓球は英語では「テーブルテニス」と呼ばれるくらいだし、相通ずるモノがあるはず。ならば、テニスの練習にもなるし、もしかしたらこれはSにとってもぼくにとってもいい話ではないか? と思いはじめた。

 あわせて、Sの執拗かつ執念的な誘惑に屈して、とうとう次の日曜日の午後、ぼくら4人は広島市内の中心部でおちあうことになったのである。

*

 さて、当日、待ち合わせた僕ら4人は軽く食事をして盛り上がり、予定どおり流川にあった卓球場に出向くことにした。

 食事中もSは上機嫌だった。

「おいおい、こうやってると俺ら、どう見ても夫婦同士に見えないか?」

 とか、

「こりゃこのままどっかホテルに泊まらんかい? ぐっへっへ」

 などと、もうまるっきり有頂天である。情けないったらありゃしない。

 卓球場の中は結構賑わっていた。観音開きのドアをあけると、まずは靴を脱いでスリッパに履き替えなければならない。スリッパに履き替えて一段上がると、まるで銭湯の番台をちぢこめたような受付がある。そこに座っているオバチャンに人数分のお金を払うと、これまた人数分のラケットとボールと番号札をくれる。あとはこの番号のついた卓球台で制限時間まで楽しんどくれやす、という寸法である。

 場内を見回すと、だだっ広いのだが、雑居ビルの1階にしては少し天井が低いようだ。おそらく下に板を敷いてせり上がっているためなのだろうか。

 ぼくらは指定された卓球台につき、荷物と上着をかけると、なんだかワクワクしてきた。これはつまり男どもの気分としては、

「よおおしッ、彼女の前でいいトコ見せるんじゃけんねッ!」

 と張り切るのは当然であるし、女の子たちは、

「いやあん、私ってばうまく打てなあい、誰か打って、打ってぇ〜ん」

 と妙にナヨナヨしてしまうからのである。

 もともとSはハイな気分で卓球場に入ったのだから、そんな状況下でテンションはいやが応にも右肩上がりである。ぼくも、へたくそながらSに負けじ、とばかり打ち返す。

「うおりゃあッ、俺の『時速300km弾丸閃光サーブ』を受けてみろッ!」

 とか、

「『稲妻特急パッシングショット2000GT』炸裂ッ!」

 などと、いずれも卓球界にはあり得ない技を、これまたあり得ないようなネーミングまでしたうえで、いちいちガーガー騒ぎながらガッシガシ打ちまくっている。まるでその昔、車田正美の「リングにかけろ!」に出てくる「ギャラクティカマグナムッ!」や「ギャラクティカファントムッ!」のような、第三者から見ればまったくもって理解不能・意味不明なる光景である。

 さて、30分もこれを繰り返していると、4人はもう汗だくである。

 ほどなくSが言い出した。

「おい、『夫婦対抗卓球合戦』といこうや。勝ったチームには負けたチームから晩飯おごってもらうってのはどうだ?」

「おいおい、誰が夫婦やねん?」

 しかし、Sはもはや目が血走っていた。ぼくのツッコミには耳も貸さず、

「俺達『ネコさんチーム』だもんね、ねえCちゃ〜ん。おう、お前ら『ゾウさんチーム』な、よ〜しやるかッ、試合開始ッ!」

 というが早いか、さっそく得意の回転サーブを打ち込んで来た。

 ぼくは必死になってそれを打ち返しながらも、

「待てったら。なんで勝手に晩飯賭けるんだよッ!」

 と答えるさなか、ぼくのGFは、

「ええ〜ッ、なんで私らが『ゾウ』なのよッ、せめて『キツネ』にしてよッ、『キツネ』にッ、キィーッ!」

 などと、わけの分からんことを口走りながら打ち返しているではないか。

 こうなれば受けて立つしかなくなっていた。

 試合は一進一退、やはり勝利という名誉のみならず晩飯の賭かった勝負事は、お互いが真剣勝負である。そんな中でもぼくとSは、卓球というゲームの枠を超えて、テニスに思いを馳せながら打ち合っていた。

 そのため、先ほどまで「稲妻」だとか「弾丸」だった意味のない呼称は、やがて実在のプロテニスプレーヤーの呼称に置き換わっていった。

「ベッカーの『くそ早い』サーブッ!」

「エドベリの『美しい』フォアッ!」

 などと、周囲のお客さんの迷惑を顧みず、4人は大はしゃぎ、である。

 しかし・・・。

 そんな4人のハイボルテージは、ある衝撃波によって突如終焉を迎えることとなった。

 Sがぼくの憧れのレンドルの呼び名を語ったことが発端である。Sは、自分のバックサイドに来たボールを力任せに振り抜きざま、

「レンドルのパッシング!」

 と叫んだ。

 だが、ボールは台のはるか遠くへとアウトしていった。レンドルを師と仰ぐぼくはそれを見て、

「ぜーんぜん似てねえ。レンドルってばそんなヘナチョコパスなんか打たんもんね」

 と非難してやった。するとSは、

「おう、そうかい。んじゃ打ってみろや、ホレ」

 とユルユルサーブをぼくのバックに入れて来た。おそらくぼくが同様にミスるのを期待してのことだったのだろう。

 待ってました、とばかりにぼくは、何度もビデオで見たあの「三度笠」をイメージしつつ、腰を少し落として思いきり叫びながらラケットを振り上げた。

「レンドルのぉ、パァッシィングゥショォットォォ!」

 おそらくは、ぼくの「三度笠」のポーズは見事に決まったであろう。また、打ち放たれたボールは、相手コートの台の端あたりに高速のスピードでバウンドし、Sの左脇を抜くようにかすめたあげく、床の上を滑るように飛んでいったことだろう。

 だがしかし、その光景を確かめた者は誰一人いなかった。

 なぜなら、ぼくの右手によって高々と振り上げられたラケットは、低い天井に取り付けられた2本の蛍光灯管を直撃していたのである。そして、一瞬にして破壊され粉々にくだけ散った2本の蛍光灯管の破片は、スローモーションのようにぼくらの頭上や卓球台の上にまるで雹のように降り掛かり、そして周囲の人たちにもその衝撃による大音響を轟かせていた・・・。

 ぼくは「三度笠」ポーズのまま、ボーゼンとSの顔を見つめていた。Sも口をあんぐりと開けたままぼくを見つめていた。ほどなくして大音響を聞き付けた受付のオバチャンがやって来て、すまなさそうに、

「あ〜あ〜、一体どうやったらボールが当たったくらいで割れるんだろうねえ。すいませんねぇ、怪我はなかったかい?」

 と、僕らを気遣いながら、後片付けを始めた。すると、我にかえったSがぼくを指差しながら言った。

「違うんですよ、ボールじゃないんですよ。コイツがレンドルの・・・プロテニス選手の真似をしてラケットを蛍光灯にブチ当てちゃったんですよ、全くバカな野郎で。わっはっは」

 それを聞いたオバチャンの顔は見る見る険しくなった。そして、

「なにい、ラケットだとお・・・なら、なんであたしゃ謝ったんだろーねぇ、オイ、弁償せんかい、コラ」

 的な表情に変わっていった。

 ぼくは蛍光灯がなくなっためうす暗くなった卓球台のそばで、ニヤつくSの顔を睨みながらも、般若と化しつつあるオバチャンにひたすら頭を下げた。頭を下げるたびに破片がぼくの頭からボロボロと落ちた。そしてそれらの破片を片付けはじめたCちゃんとぼくのGFが放つ冷ややかな視線をぼくは感じていた・・・。いうまでもないことだが、あれ以来ぼくは、あの卓球場へ足を運んだことはない。

 そして、この一件が原因となったのかどうかは知らないが、SとCちゃんはそれからしばらくして別れたとのことであった。まあ、結果的にSにとってはそれでよかったのだ。Sには感謝してもらいたいゾ、まったく。

*

 やがて月日は経ち、あれから数年後のある夜のことである。

 ぼくはたまたま流川の繁華街を練り歩いている時に、あの卓球場の近くを偶然通りがかっていることに気付いた。ぼくは「そうだ、確かこの辺りだ・・・」と思いながら卓球場があるはずのビルへ近寄ってみたが、そこにはもはや卓球場らしき遊戯場の姿はなかった。かわりにそこには大きな、天井の少し低いようなコンビニエンスストアがあって、店内の煌々とした照明が酔客だらけの通りを明るく照らしているだけだったのである。

 それ以来ぼくはその通りを通るたび、あの日の出来事と顔ぶれ・・・もう長い年月の彼方にある若かったS、CちゃんやGFの顔、蛍光灯の破片などが、今となってはまぼろしであったかのような気がしてしまうのである。

 

Published 2000.5.10

Dedicated to "S", cheer up!

 

  

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