
触らぬカミに祟りあり
唐突ではあるが、自分の家以外、例えば、外出先のデパートなどで、「大」の用を済ますために個室トイレに入った時には、まず最初にどのような行為をするであろうか?
何も考えず、さっとズボンをおろしてしゃがみ込む人もいれば、洋式便器の便座に何か付着していないだろうかと目を凝らして確認する人もいるだろう。あるいは自分の入ろうとするトイレの男女別が間違いないかどうかトイレの前で何度も確認したりする人や(これはちとアブナイヤツだ)、自分の前に大用を済ませた方がその遺蹟を残していないか必ず便器を覗き込みながら流す人とか、皆それぞれ様々なスタイルを持っているはずである。
しかし、我が国においては、仮にそのような行為がどういったものであれ、男女を問わず絶対にこれだけは事前確認を怠ってはならないッ! というべき行為が存在するのである。いきなりの力説であるがそうなのである。
それは「紙」の存在の確認である。トイレに紙の存在なくして快適な用足しはおろか、快適な社会生活すら絶対にできぬと言っても過言ではない。
かく言うぼくなどはもともと腸が弱いため、外出先で突如として「大用」を必要とする場面に陥ることも少なくない。ひどい時には、深夜にスタンドバーのトイレで大用を足すこともある(うひー恥ずかしいッ。たのむからこれは内緒にしておいてくれいッ)。そんな「突発性頻発性大用個室必要症候群」のぼくでさえ、外出先でトイレに入る時には紙の存在の確認を怠ることはないのである。
考えてみてもおぞましい。外出先で不意の便意に襲われ、ついにはそれに耐えかねて最寄りのデパートを訪れ一目散にトイレを探して個室に突進しなんの確認もなしにベルトをはずしてズボンをおろすが早いかただ本能のなすがままにロダンの「考える人」と化してしまいやがてひとときの排泄欲の嵐が去った後になって、ウムそれでは、と目の前のペーパーホルダーを持ち上げた瞬間、顔が「ムンクの『叫び』」状態に陥った経験のある方はたくさんいるであろう。
* さて、問題はこのように、トイレに入って用を足した後に紙がなかったらどうするか、である。
「どうするったって・・・.ねえ?」
「そうよねえ、オホホ」
「まったくだわ、ウフフ」
などと誤魔化してもダメである。紙がなかったらトイレットペーパーの芯をほぐして使えばいいんだってな人もいるだろうが、それは邪道である。そんなことは例えていうなら、車が故障したらタイヤに乗って帰ろうぜ、ってなくらいいびつで非現実的で「カミ」に対する冒涜行為である。
第一、トイレットペーパーの芯を流そうとして詰まってしまい流れなくなったりしたらどうするのか。流れなくなってたった今排出したばかりの「ウ@&%$」が逆流でもしたらどうするのかッ。そういうことはあり得ないと誰が保証するというのかッ。これは経験者のぼくがいうのだから間違いないのである(恥ずかしいッ。どうかこれも内緒にしておいてくれいッ)。
まあこういう具合に、紙がないということは一大事なのである。
それが証拠によくデパートのトイレには、
「神(カミ)に見放された者は自らの手で運(ウン)をつかめ」
といった落書きが書いてあったりして、うーむ、けだし名言ではないかッ! と思わず唸ってしまうとともに、つくづく紙の存在のありがたさを痛感するのである。
* ところで、紙でもって用を足した後のいわゆる「菊の御紋」を拭うという、日本に住んでいる大多数の方が実践しておられるこの行為は、こと世界の国々ではまったく異質の方法で処置をする国もある。
今回はぼくがそんな「異質の方法で処置をする国」を旅行した時に体験した話をしたい(強引な話の展開であるが)。もちろん単なる異国旅行記ならばそんじょそこらの本屋さんで立ち読みすればよいので(ウソウソ、ちゃんと買って読んでね)、ぼくとしては話の流れを尊重して、異国のトイレ話に限って書くことにする。
でもこんなことを書くと、
「ま〜た、バカなこと書いちゃってえ」
とか、
「おいおい、ゲロネタばかりと思ったら今度はミソネタかよ。ど〜しよ〜もね〜な」
などと、ま〜たまた批評がましいお言葉をいただきそうなのであるが、ええい、うっせいうっせい、放っといてくれッ。今回はいつもと違って、ちょっぴり異国文化漂う真面目なお話なんだかんねッ。
* それは歴史と文化の国・インドネシア。ぼくがこの常夏の南国を訪れたのは今から約6年前のことである。
インドネシアは90%の国民がイスラム教徒であり、首都ジャカルタには街のあちこちにイスラム式寺院である「モスク」が立ち並んでいる。先ほど「日本とは異質の方法で処置をする国」が存在すると述べたが、その最たる例がイスラム教の国々なのである。ただし、これは首都ジャカルタがあるジャワ島やスマトラ島などでの話であり、同じインドネシアでもバリ島などはむしろヒンズー教の影響を強く受けていて、バリ島民のほとんどはヒンズー教徒である。
とはいえ、インドネシアのイスラム教徒たちは中近東諸国に比べてさほど戒律を厳しく守っていないらしい。本来はどこにいても一日5回、定刻になればお祈りを捧げなければならないとか、女性は顔以外の肌を露出してはいけないとか、一か月に一日は断食せよとか、そういったいわゆるストイックな宗教行為がイスラム教義にはあるのだが、ここインドネシアではさほど厳格に行われてはいないようだ。もちろん厳しく守っている人も多いのだろうが、首都ジャカルタではこういった光景はめったにお目にかかれないのである。
ちなみに、首都ジャカルタのホテルではどの部屋にも、ほぼ中央あたりのカーペットに必ず金色に光る矢印のようなものが刻印してある。これは単なるロゴやシンボルではなく、イスラムの聖地・メッカのある方角を差し示す矢印なのだ。決まった時刻にはこの方角に向かって祈りを捧げるのが由緒正しいイスラム教徒というわけなのだ。これも首都ジャカルタではあまり見かけないが。
* インドネシアの紹介はこれくらいにして話を本題に戻そう。
首都ジャカルタにあるスカルノ・ハッタ国際空港に到着したばかりのぼくは、7時間にも及んだ飛行機内でのアルコールの飲み過ぎがたたって、極度の頻尿状態に陥っていた。なぜそこまで飲んだのかというと、知ってる人も多いと思うのだがぼくは大の飛行機嫌いだからなのである。理由は簡単、鋼鉄で構築された物体が空中を浮遊するなどという、天地の法則に背いたようなバチ当たりな乗り物に自らの身体を委ねるなどという行為がぼくの本能に、
「危ないッ! 忌避すべしッ」
との意識を働かせるからである。それゆえ、飛行機内ではアルコールの力を借りなければとてもいても立ってもいられないパニック状態に陥るのであり、その時も恐怖を紛らわすためアシスタント・パーサーに何度もビールやワインのおかわりを頼んだ挙げ句、とうとう成田空港からの7時間ものあいだ、1時間の仮眠を除けば常時アルコールを口にしていたほどである(だからぼくはアルコールのない国内線には決して乗らない。まあこの辺の事情はまたの機会にお話するが、ええい、なんで話が横へ横へと逸れるんだよう)。
そんな状況であったから、スカルノ・ハッタ国際空港で一度小用を足したくらいではおさまらず、ホテルの送迎車に乗ってからすぐにまた小用を足したくなり、結局ホテルまでの間ずっとオシッコを我慢していたので、部屋に着くなり何はさておき、早速トイレに飛び込んだのである。こうしてぼくのインドネシア旅行記はトイレ見聞から始まったのである。
* さて、用を足しながらやっとこさ気持ちを落ち着かせることができたぼくは、そこではじめてやけにトイレの部屋が広いことに気付いた。なんとトイレ部屋の中に便器が2つもあるではないか。しかも2つの便器の間には仕切りも何もない。片方の便器は今ぼくが使用している普通の洋式便器。もう一つのはひとことでいうと、「いわゆる『キンカクシ』を排した和式便器」といった不思議な形をしているもので、その便器の横には水の入った水桶と柄杓が置いてある。
2つも便器があって、一方のには他に水桶が? いったいなんに使うんだろう、もしかしてこの部屋は大人数用なのか?
疑問を持ちながら洋式にて用を足し終えたぼくは、少し休憩したのち部屋を出て、ロビーで待っていたインドネシア人のガイドに訊いてみた。
「このホテルじゃどのツインルームにも2つ便器があるのかい? それに横に置いてる水桶はなんに使うんだ?」
やや浅黒い肌に白い歯、痩せ型の多いインドネシア人にしては珍しくでっぷりした体格のガイドは、にっこり笑ってこう答えてくれた。
「ああ、あんたはブディスト(仏教徒)だろうから知らなかったんだね。インドネシアじゃ外国人が泊まるようなホテルはどれもそうさ。一方のには柄杓(ひしゃく)がそばに置いてあっただろう? その柄杓で水桶から水を汲んでお尻を濡らし、左手でお尻をよおく洗うんだ。ブディストなら右手で洗ってもいい。どっちでも好きな方の便器を使ってくれ」
ガイドは、さらに詳しく一般的なイスラム教義における男の大用もしくは女性が用を足した後の所作を、おおむね次のように説明してくれたのである。
1 まず、必ず便器の横に置いてある備え付けの、バケツサイズの水桶から柄杓を使って水を汲む
2 柄杓の水を左手にとって、用足し後の「菊の御紋」を濡らす(かける)
3 左手でもって「菊の御紋」をていねいに洗う
4 2と3をきれいになるまでくり返す
5 その後少量の紙か、あるいは備え付けのタオルで「菊の御紋」周辺の水分を拭き取って終わり
言ってみれば、これは手動ウォシュレットである。要するに、日本の紙の使い方と決定的に違うのは、インドネシア式トイレでは、紙やタオルは水で濡れた手や「菊の御紋」周辺を最後に拭き取るための道具なのであり、決して「菊の御紋」そのものを拭き取るために使うのではないということなのである。
面白いのは、彼らは教義上必ず「菊の御紋」を、その利き手に関わらず「左手」で洗わねばならないということである。それゆえイスラム教では左手は「不浄の手」とされており、左手で何か大事なことをする、例えば、左手で握手をしたり左手で食べ物をつまむなどということは御法度なのである。他にもイスラム教では、頭には神が宿るとされているので、もし、カワイイね、などといって、左手で子供の頭を撫でようものなら、たちまちその撫でた人の母国との間に戦争が起きても不思議ではないくらいだそうだ。
さて、この手動ウォシュレット方式にぼくは吃驚して、思わず言葉を返した。
「手でお尻を洗うのか?」
「そうだ」
「手って・・・『菊の御紋』とか、洗ったあとの指とか・・・気持ち悪くないのかい?」
「なぜ?」
「日本じゃたいていは紙だけで拭くもんだが」
と、訊き返すと、彼は大真面目な顔で答えた。
「なにをいうんだ。直接紙で拭く方が不潔じゃないか。考えてもみろ、紙だけじゃ完全に拭き取れない。水で洗い流してその後紙で拭く方が理論から言って衛生的なんだ。日本にもそうしてくれる機械があるって聞いたことあるけどな」
言われてみればそのとおりである。まさに衛生的なのである。ただ日本と違うのは、洗浄行為を直接手で行うことなのである。しかも驚くべきことに、インドネシアでは紙を備え付けてない公衆トイレのほうが多いらしく、その場合は備え付けのタオルで拭くのである。これはさすがに気持ち悪い。どこの誰だか分からない人のお尻を拭いたタオルでもって自分のお尻を拭く場合もあるというのだから。
「・・・それはそうだが、日本じゃ水で洗った後に紙で拭いたとしても、備え付けの『タオル』を使うってことはない」
インドネシア版ウォシュレットというようなイメージで理解したぼくは、現地ガイドの言い分は理解したものの、どうしても「タオル」の共有ということが不思議だったので、再び訊き返した。現地ガイドは不思議そうな顔をした。
「なんで紙の代わりに『タオル』じゃいけないんだ?」
「だって、家でもそうだけど、公衆トイレじゃいろんな人が同じ『タオル』を使うじゃないか」
現地人ガイドは、今度は真面目な顔を崩して大笑いしながら言った。
「面白い人だね、あんたは。さっきも言っただろう、お尻はもう左手できれいに洗ってあるんだ。後は水気を拭き取るだけなんだから、紙でもタオルでも誰が使っても一緒さ」
「・・・手で洗ったって完全にはきれいにならないはずだ。それを他人が拭いたタオルでまた拭くなんて」
笑われたせいか、ぼくはやや意固地になって言い返した。ガイドはそれを見透かしたように、肩をすくめながら普通の穏やかな笑顔に戻って答えた。
「・・・じゃあいったい、ヤポン(日本人の意)たちは紙がなかったらどうやるってんだい?」
「・・・」
ぼくは返答に困ってしまった。意固地になって話がオーバーランしたせいではない。ガイドの素朴な質問にすら答えることができないからであった。確かに、日本人は紙がなかったらどうするんだ? う〜む、確かに謎だ。
「とにかく、この国のトイレの仕方は覚えておくといい。いい旅を」
彼はそういって目を細め、ホテルの外に出ていった。
一応は、彼の言ってることとハウ・ツー・トイレット・イン・インドネシアは理解できたものの、ぼくは困惑していた。たった今、「ブリブリブリッ」としたあとの「菊の御紋」を手で拭くなんて・・・。想像しただけでも感触が馴染めそうにない。日本では紙がなかったらどうするのかって? そんなことあるわけないだろ、紙がなけりゃ持っていくまでよ。まったくとんでもない国に来てしまったものだ、とぼくは感じた。
いずれにせよ、ホテルのトイレを使う分には問題はないのだ。ガイドの言うとおり、外国人が宿泊することを想定して前述のように2種類のトイレを選択できるようにしてある。何も問題はないように思えて、ぼくはガイドとのやり取りの中身を忘れることにしたのである。
* ところが、ぼくにとってインドネシアでのトイレを取り巻く状況は、滞在2日目以降もさらに密接なものとなった。というのも、気温30度の国では水分補給のため飲み物は欠かせない。かといってどの外国でも当たり前だが、ここインドネシアでも生水は飲めない。このため、街の至る所にたくさんの屋台があって、どの屋台にもミネラルウォーターと「インドネシアのスーパードライ」ともいうべき位置付けの定番ビール「ビア・ビンタン」が置いてある。この「ビア・ビンタン」は、インドネシアがオランダ植民地時代の頃にオランダ人が製造技術を導入したとかで、いわばハイネケンに近い味でとても飲みやすい。となれば、ぼくがどちらを愛飲したかはここで書くまでもないだろう。
このビールを一日に5、6本ばかり飲んでいると、いきおいぼくの弱いお腹はゴロゴロリンとなり、ぼくは街の行く先々でトイレを探すハメになった。
こう書くと、
「ほらあ、現地人ガイドのいうとおり、結局手でケツ拭いたって話なんだろう」
と言われそうだ。
・・・フッ、甘い。
ガイドの話からそのへんのツボは心得たぼくは「大」用個室に入るたび、バッグから紙を取り出して処置していたのである。この時の紙はホテルのトイレットペーパーを事前に丸めとっておいたものであり、日本国内でも必ずポケットやバッグにティッシュを持ち歩いているのと同じ方式というわけである。これがあればいくらインドネシアでも憂うことはない。備え付けのタオルを文字どおり「尻目」に見ながら、
「ふふふ、『ヤポン』の知恵の勝利だよ、ガイドくん・・・」
と下痢腹に耐えながらも明智小五郎的にほくそ笑むぼくであったのだが、しかしイスラムのアラー神は容赦なくぼくに天罰をお与えになったのである。
* 滞在最終日の朝、ぼくは連夜の遊び疲れからか、予定より随分遅く目覚めてしまった。その日は市内観光と買い物、夜には空港へという過密予定だったため、急いで支度を整え、コンタクトレンズすら装着する余裕もなく、荷物をまとめて慌ただしくホテルをあとにしたのだが、それがゆえに悲劇は起きたのである。
例によって、ビールを2本ほど飲みながらそそくさと昼食をとってレストランをあとにした後に腹具合が悪くなった。しかし、どう見ても近くにデパートやホテルらしきものはない。あるのはただの公園と屋台と建物ばかり。もう一度レストランに戻ってというのも気が引ける。それでガイドに訊ねると、近くの小じんまりした郷土美術館に案内してくれた。
まあ美術館ならば紙くらいあるだろう、とタカをくくったぼくは美術品など目もくれずにそそくさと個室に入った。ホロ酔い気分とコンタクトレンズがないこととトイレがあった安心感のためか、なんの確認もなしに用を足した。コトが終わるや、おもむろにバッグの中を探ってみて初めて、あるべきはずの紙がどこにもないことに気付いたのである。
「しまった・・・.急いでチェックアウトしたもんだからペーパーを持ってこなかったか・・・」
いやいやそれでもと思い個室内を見渡したが、視界に入る物体は水桶と柄杓、そして一枚のタオルだけ。ぼくは顔からさあーっと血の気が引いていくのを感じ、前述の「「ムンクの『叫び』」状態に陥ったのである。
しばらく冷静になって考えてみたが、他に方法はない。ここでついにぼくは観念し、イスラム式を実践することにしたのである。そう、「結局手でケツ拭いたって話」なんです、スイマセンねえ。
まず柄杓に水を酌み、左手にチョボチョボとかけて、そのまま「菊の御紋」をススス、と洗う。この時の感触ははっきりいって気色悪いのと、こそばゆい。こそばゆいというかヘンな感じなのである。何となく言葉遣いまでもが、
「イヤン」
となってしまいそうなヘンな感触なのである。
こうして、「水チョボチョボ」と「御紋ススス」と「イヤン」をくり返したのであるが、何回繰り返してもきれいになったという感じがしない。もっとも左手を見たからといって未だ汚れているという感じもない。何回か洗えばきれいになるのだろうという予測感のみでもって処置するしかないのである。
こうして慣れない手付きと執拗に重ねた洗浄回数のおかげで、ぼくのケツはびしょ濡れとなってしまった。さすがにもう洗い終わるべきだなと感じたぼくは、最後に備え付けのタオルを使って水分を拭き取ることにした。ところが、タオルの一番きれいな部分を使おうと思い、目がよく見えないためタオルを顔に近付けてみた瞬間、ぼくの顔は「(ムンクの『叫び』)×2」状態になってしまったのである。
「どひ〜!」
備え付けのタオルは、近付けてよく見ると全体的にカーマイン系の彩り・・・日本語で率直にいえば、全体的に黄ばんでいてやや異臭がし、濃い焦げ茶色の色素が至る所に付着しているのである。ようするにみんな水で洗うのは適当で、きれいに洗い流さないままに使用して、タオルで拭き取っているようなのである。さらにタオルは使い古されていて、そのうえしばらく誰もそれを洗ってないようなのである。
くそうあのガイドめ、こういうタオルのどこがきれいなもんか! 結局インドネシアでも紙屋タオルで拭き取ってんじゃねーかよッ! と怒ってみても後の祭りである。さりとてとてもそのタオルを使用することはできない。
恐る恐る指でつまみかえしたタオルを所定の位置に戻したぼくは、再びしゃがみ込んだまま考え込んだ。自然乾燥を待つか・・・いやそんな時間の余裕はない。ならば、何かタオルの代わりになるものは・・・ふとここで、ぼくの脳裏に一つの代替え品が浮かんだ。でもそれを使うということはなんといおうか・・・日本人ならば許されない行為かもしれない。暑いトイレの中、濡れたケツを丸出しにしたまま一人の男が逡巡していた。
やがてぼくは思いきって決心した。ホッと小さく一息付いた後、ジーンズのポケットからハンカチを取り出し、それを持って最後の仕上げを行ったのである。そのハンカチは職場の女性から数カ月前のバレンタインデイにプレゼントしてもらったハンカチである。一目で高価なハンカチであることが分かる高級生地のハンカチである。おそらくは1,500円くらいはしたであろう、お気に入りのハンカチである。それでも背に腹はかえられず、目をつぶったままエイヤッ、とハンカチでていねいに拭き取ったのである。こうしてぼくは「泣いて馬禝を切る」がごとく、ハンカチを犠牲にしてその場を切り抜けたのである。
* 「いい思い出ができたかい? また来てくれよ」
夜のとばりの降りたスカルノ・ハッタ国際空港の搭乗口で、見送りに来てくれた例のガイドは白い歯を見せながら言った。
「・・・今度この国に来る時は、タオルをたくさん持ってくることにするよ」
下痢と最後のトイレのショックが尾を引いているぼくの精一杯の皮肉に、ガイドは一拍おいて大笑いしながら言った。
「そいつはいい。ついでに誰のタオルか分かるように一枚一枚名前を書いとくんだな」
ジョーク好きなガイドの笑顔に相反して、ぼくはただ元気なく苦笑しただけだった。こうしてぼくはカルチャーショックというにはあまりにも強烈な感触を左手に残しながら、赤道直下の国をあとにしたのである。
「ヤポン破れたり・・・」
帰りの飛行機で失意のぼくはそうつぶやきながら、またもや飛行恐怖心によるビール漬けが原因となって下痢がぶり返したものの、飛行機内の快適なトイレを満喫したのはいうまでもない。
げに恐ろしきは、異国の文化と「カミの祟り」である。
* え? 最後に使ったハンカチはどうしたのかって? 持って帰るわけないでしょッ、トイレの把手にくくりつけて美術館に寄贈したわいッ!(たのむからこれも内緒にしておいてくれいッ。プレゼントしてくれた人、ごめんね、うううッ!)
Published 2000.2.10
[back to top]