Special Paperbacked Essays, Vol.30

macspin2

 

また乗りたいな、ワーゲン。

- Tribute Volks Wagen, called "The Beetle" -

 

 

 またしても「少年」のヒエエ的な昔話である。今回もまた、登場人物は例のT先輩である。

 その昔、T先輩が乗っていたのは、N産のSルビアという軟派系の車であった。しかし先輩は、50'sアメリカや鈴木英人のイラストレイトの好きな人であるから、そのような軟派国産車をいつまでも乗り続けるはずもない。

 先輩のいうには、

「国産車では俺のライフスタイルは表現できないッ。俺の乗るのはやはり外車だ外車ッ!」

 と意気込んで、ついに念願の外車を買ったのである。

 その車こそが、フォルクスワーゲン/1300S、通称「ビートル」である。

 最近でこそ、カラフルな「ニュービートル」なるものが公道を闊歩しまくっているようだが、当時は昔ながらの「カブト虫」が走っていた頃である。

 御存じの方も多いかも知れないが、昔のフォルクスワーゲンは空冷4気筒であるから、冬などヒーターを使おうにもエンジンが完璧に温まらなければ使えないし、エアコンなどあるはずもない。暑ければ「三角窓」と呼ばれる風呼込装置を全開にするしかないが、これとても夏の雨の日はたまったものではない。

 また左前方はドドンとはみ出たタイヤハウスのおかげでよく見えない、電力は12V(中には6V仕様車もあったらしい)のため、ライト類が暗い、トランクは狭くてスペアタイヤくらいしか入らない、とあまり快適ではない。

 このように、国産車を買えばどうってことないカーライフなのに、なぜT先輩はわざわざワーゲンを買ったのか。

 それは、意外にもワーゲンの速さにあった。ワーゲンは本の少しエンジンやキャブレター、エクゾーストやサスに手を加えるだけで、そんじょそこらの「走り屋」に負けないポテンシャルを発揮できた車なのである。しかも、数多いマニアやファンのおかげで、日本全国どこでもワーゲン専門店なるショップがあって、パーツや技術は手に入るのである。

 だから、T先輩はワーゲンを手に入れるとすぐにバンパーを外し塗装をやり変え、エンジンをボアアップしマフラーを取り換えた。

 その結果、当時友人たちが乗っていた2000ccクラスの車なぞ簡単にブッチぎる車に仕上がったのである。

*

 さて、事件はT先輩がそんなワーゲンを乗り回しては吠えていた頃に起こった。

 当時、T先輩はずっと好きだった恋人と別れてしまったためか、まるで恋人のようにワーゲンを愛し、休日などはいつもワーゲンと過ごしていた。きれいにワックスをかけ、エンジンをメンテナンスし、パーツやアクセサリーもさり気なくお洒落に飾っていたのである。

 そんなある日、ぼくと先輩はワーゲンを駆って夜の街へと繰り出した。別にこれといって目的もなかったのだが、いつもお酒ばかり飲んでるのもなんなので、ちょいとドライヴでも、といった感覚だったのである。

 しかし。

 若者の男が二人で夜の街をドライヴしてもあまり面白いものではない。

 最初のほうこそくだらない痴話などをしていたのだが、だんだんと話題も尽きてきたし、いつまでも町中をウロウロしてもしようがないので、次第に女の子の話になったのである。

 すると、当時彼女いない歴数カ月状態の先輩としては、なんとか彼女と呼べるような女の子と知り合いたくなるのが世の常というものである。

「う〜む、誰かおらんのかッ、誰かッ」

「?? 誰かといいますと・・・だれ?」

「だから女の子の誰か、じゃ」

「はあ、女の子・・・っすか・・・」

「な〜んか、俺たちいっつもツルンどるじゃんか? これじゃ彼女なんてできっこないっちゃ」

「はあ・・・」

「じゃから、お前の彼女の友だち、紹介せい」

「う〜む、じゃあ来週あたりってことで」

「バ〜カ、今じゃ、今」

「え? 今?」

「そ、今夜じゃ。早く電話せいや」

「い〜・・」

 T先輩は言い出したら人の言うことを聞かない九州男児である。仕方がないので、ぼくは当時少しの間だけ付き合っていた女の子に公衆電話から電話をかけ、誰でもいいから友だち一人を連れてきてくれないかと頼んだ。

 彼女は比較的友だちの多い女の子で、すぐにあたってみて折り返し電話するから家にいてほしいと言う。

 数十分後、期待に胸を膨らませるT先輩の家に帰り着いた時、まさにドンピシャのタイミングで電話が鳴ったのである。電話をとった先輩がすぐぼくに受話器を渡した。彼女からだった。

「もしもし、いたわよ、ひとり暇してんのが」

「よっし、じゃあとで」

 こうして、若者2カップルはもはやできたも同然、とばかりにT先輩はワーゲンのアクセルをふかし、待ち合わせ場所に向かったのである。

 そして、無事合流できた我々4人は、夜の街へと再びドライヴに出かけたのである。

*

 しかし。

 彼女が連れてきた友だちという女の子てのは、今となっては名前も覚えていないのでここではA子さんとしておくが、そのA子さんはミョ〜にテンションの高い子で、ワーゲンの後部座席に座らせたものの、とにかく車内ではしゃぎ回るような子であった。

「ねえねえ、この車なんてゆ〜の? カワイイじゃん!」

「ねえねえ、あの人見て見て、キャ〜カワイイじゃん!」

「ねえねえ、あの店見て見て、イエ〜イ、カワイイじゃん!」

 などと、まるで高気圧ガ〜ルそのものである。

 T先輩とぼくは一抹の不安を隠せないでいたが、それは数分後に現実のものとなったのである。

 ぼくらの乗るワーゲンがある交差点で信号待ちで停車した時、ぼくらの隣の車線にはいわゆる暴走族風の車が一台停まっていて、まるでお腹をすかせたティラノサウルスのように、

「・・ガルルルル」

 と地響きのようなうなり声をあげていた。色は黒くて車高も著しく低く、姿形はまるでゴキブリのようである。

 ぼくとT先輩は、

「(うっ、こいつらにだけは目を合わせちゃなんねえだ・・・)」

「(んだんだ・・)」

 と暗黙の情報交換を行い、努めて話題を他の方向にチェンジしようとしたのだが、危険なことにA子さんはその新鮮なネタを逃さなかったのである。

「ねえねえ、隣の車ってばなんで地べた這ってるみたいなの? カッコワル〜イ!」

 とまあ、ここまでは車内での会話であるからまだよかった。

 A子さんはとなりの車線にいるゴキブリ・ティラノサウルスに向かって、あろうことかアッカンベ〜をしながら、

「あんたたち、ダッセ〜わね!」

 と叫んだのである。

「ヒョエエエッ!」

 ぼくとT先輩が戦慄したのもつかの間、ゴキブリ・ティラノサウルスは夜空に向かって咆哮した。

「ガウンッ! ガウッ、グロロロロ〜!!」

 そして、ゴキブリ・ティラノサウルスの窓が開くと、中からトサカを立てたニイチャンが、

「コラア! 降りてこんかいッ!」

 と吠えはじめたのである。しかもよく見るとゴキブリ・ティラノサウルスには4人も乗っているではないか。

「ヒョエエエッ!」

 運転者であるT先輩がすぐにその状況を察し、

「うぬっ、これはまずいッ! ただちに退却せねばッ!」

 というがはやいか、信号を無視してワーゲンを急発進させたのである。

 ところが、怒りに燃えたゴキブリ・ティラノサウルスは、信号無視などお手のもの、ただちに我々一般庶民ワーゲンを猛追跡しはじめた。

 こうなると、まさにカーチェイス、広島市内を縦横無尽とばかりに走り抜けた。

 もともと、ワーゲンといってもそこはT先輩お得意のエンジン改造仕様、そんじょそこらのツインカム(ああ、懐かしい響き・・・)には負けないパワーがある。おいそれと捕まるものではない。

 とはいえ、ゴキブリ・ティラノサウルスもそこはいわばセミプロ仕様、時折ワーゲンの背後バンパーに肉迫して、

「ゴロロロロ〜!!」

 と咆哮するとともに、その筋のアマチュアの方でお馴染み、

「ゴッドファーザーのテーマ」

 を、

「た〜ら〜ら〜ら〜ら〜ら〜ら〜ら〜ら〜ら〜ら〜ら〜(注;「ゴッドファーザーのテーマ」で。)」

 とわめき散らすのであるからたまったものではない。

 しかも、信号待ちで停車などしていては絶対に車から降りてこられて、ボコボコにされるのは明白であったから、信号に引っ掛かっても停まるに停まれない。少しでもスピードを緩めるとすぐに後部に肉迫し、

「ガロロロロ〜!!」

 と咆哮し蛇行するのであるからたまらない。

 T先輩としても、何が何やらわからない状態で猛スピードで信号無視や進路変更を繰り返すのであるから、気が気ではない。むろんぼくと彼女も必死でワーゲンのシートにしがみついている状態である。

 それなのに、A子さんは、

「キャハハ〜、もっと飛ばして〜!」

 などとはしゃぎまくって、無責任かつ楽天的なのである。あとで聞くところによると、T先輩としてはムッときていいやら運転に集中していいやらよくわからなかったらしい。

 そうして、約10分くらいバトルを繰り広げたときであろうか、どうやっても引き離せずこのままでは捕まってボコボコを覚悟するのが妥当であろうということになった。

 しかし、いくらこっちが火をつけたとはいえ、ただ手をこまねいてやられるのではいけない、ということで、T先輩はワーゲンを走らせながらこう言った。

「・・・助手席の下、後ろ側に工具箱があるけん、スパナ出しといちくりい」

「・・・へっ?」

「こうなりゃ最後の手段よ。オメエもペンチかなんか出しとけや」

「あわわわ」

 要するに、先輩は車を停めて全面戦争に突入することを示唆したのである。このことは双方が大規模の負傷をすることを意味する。ぼくは怖くなって、先輩にアドバイスした。

「・・・あのう、スパナもいいんすけど、まず狭くて段差のある様な路地に入って、それから安全なところにワーゲン停めて様子見たらどうっすか? アイツら、シャコタン(車高を短くした車のこと)っすから、段差のあるところはゆっくり走るでしょうし。そんでいったんハズレに隠れててやり過ごすってのは」

「う〜む」

「そうすりゃ女の子たちも安全だし、第一このワーゲンもボコボコにされずに済むっしょ?」

「そ、それもそうじゃの・・」

 てな会話を市内一般道路を時速80km前後で走行中に交わし、となればどこに入るかぐるぐる走りながら考えた揚げ句、当時ぼくの家の近くにあった空き地横の集合宅地造成地の近くがいいということになった。そこは、複数の家屋が80%程度完成しているようなところで、その家屋の裏にまわれば道路側からはほとんど見えない場所だったのである。

 しかも幸いなことに、その造成地に入る進入路はいまだ未舗装で、かつ段差があった。この進入口でまずは時間を稼ぎ、そして家屋の裏に車を回してエンジンを切っておけば、ヤツラは気づかずにそのまま反対側の出口にいってしまうだろう。

「よし、そこ行くで」

 T先輩とぼくはいちかばちかでその進入路を目指した。

 背後ではゴキブリ・ティラノサウルスが一層激しく吠えている。

 もはや信号無視も気にならなくなったぼくらは、ほどなく目的地である集合宅地造成地の近くにきた。

 そしてワーゲンが難なく段差をクリアしたのに対し、ゴキブリ・ティラノサウルスは予想通り速度を極端に落としてそれを乗り越えようとしている。

「よし先輩っ、今しかないっすよ!」

「うむっ」

 T先輩は一層アクセルを吹かすと、猛スピードでゴキブリ・ティラノサウルスを引き離し、彼らの視界の外に出た。

 そして路地をすばやくターンして家屋の裏にワーゲンをつけ、ライトを消してエンジンを切った。さすがにこの時ばかりは彼女もA子さんも息を殺していた。そしてT先輩は手にスパナを握りしめていた。

 ほんの数秒後、やはりゴキブリ・ティラノサウルスはやってきた。真っ暗な車内に遠くからの咆哮が近づいてくる。

「グオオオン!」

 ひときわ大きな雄叫びが家屋の向こう側ですると、T先輩がスパナをギュッと握りしめた。

 しかし、ゴキブリ・ティラノサウルスはそのまま獲物を前方に追ったのだろう、反対側の出口に向かって走り去った。そして辺りは再び静かになった。

 T先輩もぼくもほっとしてドアを開けて車外に出た。T先輩はさすがにカーチェイスがこたえたのだろう、どっと疲れてはいたものの、なぜか上機嫌だった。

「むおう、なんとかまいたか」

「みたいっすねえ」

「(A子さんに向かって)しっかし、相手見てからチャチャいれんかい(ちょっかい出さんかい)」

「(A子さん)ふあ〜い」

「でもまあこのワーゲンも速いのう、やっぱ捨てたもんじゃないでえ」

「そうっすねえ」

「むははは」

「うふふふ」

「えへへへ」

 一同、一安心である。

 とはいえ、この夜は疲れたのでまた日を改めて会おうじゃないかということになり、ワーゲンのエンジンをかけて、ゆっくりと集合宅地造成地の出口に向かって走らせた、その時である。

「グオオオ〜ン!!」

「!!!」

 まさに映画「危険な情事」のラストシーンそのものである。

 そう、いなくなったと思っていたゴキブリ・ティラノサウルスは、反対側から引き返していたのである。しかも急にワーゲンがいなくなったのを不審に思った彼らは、賢くも引き返した時にエンジンを切って惰性で車を走らせ、静かに来た道を引き返してきたのである。

「グオオオ〜ン、グオッ、グオッ!!」

「ヒエエエ」

「アワワワ」

「グオオオ〜ン、ガオッ、ガオッ!!」

「ヒエエエ」

「アワワワ」

「グオオオ〜ン・・・」

 こうしてその夜、ゴキブリ・ティラノサウルスの咆哮はしばらく夜の街に響き渡ったのである・・・。

*

 結局それからしばらくして近所の交番に駆け込むことで事無きを得たぼくらだったが、T先輩としては、ワーゲンのナンバーをゴキブリ・ティラノサウルスの連中に控えられてあとで報復があるのでは、としばらくの間戦々恐々としていたらしい(結局は何もなかったようだ)。

 そしてぼくはといえば、事の発端となったA子さんを連れてきた彼女とも連絡をとりづらくなり、それっきりとなってしまった。

 とまあ、このようにワーゲンにまつわる思い出はまだまだたくさんあるのだが、T先輩とぼくは、今でも古いタイプのワーゲンがトコトコ走ってるのを見ると、

「ああ、アイツ結構速いんだよなあ」

「また乗ってみっかなあ」

 などと性懲りもなく思ってしまう、「少年」たちの今日この頃である(う〜む、結局なんの話なんだ?)。

 

Published 2000.12.25

 

 

  

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