
ぼくは悪くなんかないのだ
このコーナーをご覧になっている方の中には、それこそぼくの職場の人や職場関係者の方々もいると思うのである。がしかし、もともとこのコーナーはぼくの職業には一切関係のないコーナーであるから、ぼくの仕事に関する話はあまりしていないつもりである。
とはいえ、これまでいろんな題材を書いてきたぼくとしては、
「どうにもこの話だけはしておかないとぼくの気が済まないッ!」
というようなお話が、職場にまつわる話の中でまったくなかったわけではない。
ただ、職場でのお話をするとなると、登場人物がぼくの職場関係者であることを念頭においておかねばならないし、いざ書くとなれば、もしもその話を読んだ職場関係者たちがどのような反応をするであろうかをよくよく考慮しておかねばならないのである。
例えば、ぼくの話を読んだある人は怒り、ある人は悲しむことになるのかもしれない。あるいはそれゆえ、職場でぼくの身に何か復讐めいたことが起きやしないかと思うと、気が気ではない(それほどの話でもないのだが)。
とこのようにいろいろ迷った末、やはりぼくは今回ついにその話を公表することにした。
理由は簡単、登場人物がぼくの職場より遠くにいることと、この話を公開することによって、この話にまつわるぼくの疑惑を晴らせるかもしれないからである。ムフフ。
* ぼくの会社では、入社後2年目になると、埼玉県のA市にある会社の研修所で、全国の2年目社員が一同に会して約2週間のカンヅメ研修を受けるしくみになっている。
ところが、その研修所の施設といえば、これがまるで戦時中の陸軍並みなのである(実際には戦時中の陸軍がどうだったのかは知らないが)。
まず、風呂、トイレ、テレビ、洗濯機などは全て共同。
食事は、施設内の食堂があるのだが、これがまたマズイ。外で食べてもいいけど外の食事は遠いしやっぱりマズイのである。
かといって部屋での飲食は禁止。
酒が飲みたければ通称「ラウンジ」と呼ばれる、お開き10時までの超簡易洋風居酒屋しかない。ちなみに当時のラウンジのつまみはコンビニなんかでいくらでも買えるような「乾きモノ」ばかりであった。
10時消灯、なんと門限11時、部屋はもちろん男女別棟で、お互いの棟に異性の入棟は禁制・・・という規律も由緒も正しい研修施設であったのである。
それなのに、当時の「少年」をはじめ入社2年目の社員たちは皆20代前半のエネルギッシュでアブラギッシュでコケティッシュでクリネックスティッシュな若者たちばかりである。そんな若者がテレビもなければ電話もなく(その頃では携帯電話などそれこそ星新一氏のSF小説の世界の話であったのだ・・・)、夜は研修テキストを読むしかないような独り部屋に2週間もいろというのである。
となれば、鬱憤がたまるばかりの20代前半の若者たちは一体どうしたのか?
いわずと知れたこと、そんな規則などクソクラエであり、当然そのような規律は守られるべくもない。
夜になれば、決まって誰かの部屋に酒を持ち込んでは飲み、語り、騒ぎ、寝る。
昼はつまらない研修を話半分に聞き(ウウウッ、研修所の関係者の方々ゴメンなさい、今だから言うんですう)、研修終了と同時にお風呂に入って、後はまたまた誰かの部屋に酒を持ち込んでは新しく知り合った友人達と飲み、語り、騒ぎ、寝るのである。
昼は睡眠、夜になれば飲み、語り、騒ぎ、寝る。
事件はそんなアンニュイでジャンキーでアバウトな日々が数日間続いた時に起こったのである・・・。
* ぼくが研修を受けたのは、秋が深まりつつある10月の中旬だったのだが、そこで知り合った全国の仲間たちの中で、ぼくと一番仲良くなったのはオオイタ県のミエという「営業所」に勤務するフクシマ君という男だった。彼はやたらめったらイイ男で、今でいえば尾崎豊と反町隆史を足して2で割ったような顔つきに、色白で身長180cm近くの逆三角型形の男である。研修中も女の子たちからモテないはずはない。
しかし彼は、その勤務地の地名と名前をもじって、
「俺は三権(3県=オオイタ、ミエ、フクシマ)分立の男じゃ。全国を股にかけとるんじゃ」
などと自分で言いまわるほどひょうきんな男であった。
しかも、彼はその風貌に似合わず、コテコテのオオイタ弁の使い手であったから、なんとなく二枚目になりきれないでいたのである。
それもそのはず、研修中の構成人員の数は圧倒的に関東人の優勢であったから、必然的に使う方言のほとんどは東京弁や横浜弁であり、
「そうなんだよね〜」
とか、
「だからさあ〜」
や、
「俺なんかさあ〜」
などといった、「スカシ系」方言が必然的に主流派となったのに対し、我々西日本勢の「コテコテ系」は、
「じゃけ〜の〜」
とか、
「ほいでの〜」
だとか、
「せやからなあ〜」
とか、
「やってんねんでえ〜」
などといった方弁なので、関東地域での暮らしの中ではとけ込めるはずもない。
中でもフクシマ君はなかなかなじめず、
「しゃ〜しいやっちゃのお〜(意訳;うるさいヤツだなあ)」
とか、
「なしか、なしてか(意訳;何故だ、何故なんだ)」
「ええっちゃ、やっちくりい(意訳;いいんだよ、やってよ)」
などと、スカシ系関東弁勢の前ではせっかくのイイ男ぶりが台なしなほどの、コテコテな西日本系男子なのであった。
ところが、そんな憎めないはずのフクシマ君こそが、研修中のぼくを悲劇に導いた張本人なのである。
* 話は元に戻るが、ぼくらは誰かの部屋で夜毎女の子たちを交えて一緒にお酒を飲み明かした。
だがいうまでもなく、これは規律違反である。しかも、毎夜毎夜ギャーギャー騒いでいるのだから、部屋づてに隣室まで騒ぎ声が聞こえてしまうのは明白で、隣室に居住するまじめな研修生達にとっては到底許される行為ではない。いきおい、管理人や教官たちの耳に苦情が届くことになるのである。
そしてとうとうある夜のこと、研修棟の3階にある「東京支店」の「渋谷営業所」の友人W君の部屋でお酒を飲んでいた時である。
その時ぼくとフクシマ君は窓を全開にし、その開け放した窓枠に腰掛けて、夜風にあたりながらウィスキーを飲んでいた。するといきなり、
「おいっ、キミら何時だと思ってんだ!」
と下から怒鳴り声がした。
「おおッ、なんじゃなんじゃ?」
とぼくとフクシマ君は一瞬慌てたが、お酒を飲んでいるせいもあって即座には情況がのみこめなかった。そうしていると、下からの怒鳴り声が一層強くなって響いてきた。
「キミらだろッ、毎晩部屋で酒飲んで騒いでんのはッ! こらっ、すぐに降りてきなさいッ! 降りろっつってんだッ!」
最初は暗闇でよく見えなかったのだが、よく目を凝らして見るとその怒鳴っている人は研修所の寄宿舎の守衛さんであった。ややっ、これはマズイぞと思っていると、フクシマ君は意外な行動に出たのである。
「しゃ〜しいやっちゃのう。コレぶっかけたろうっちゃ」
というが早いか、すぐそばに置いてあった部屋主・W君のシャンプーをやにわに掴むとキャップを外し、地上でなにやら吼えている守衛さんに向かって中身の液体を思いきり放出したのである。
「どうなッ、くらえ、名付けて『青春のほとばしり』〜ッ!」
「わわわっ、な、なにすんだッ! イテッ、イテテッ、目に滲みるッ!」
守衛さんは運悪くシャンプーが目に入ったのだろう、ひとたまりもなくなってあっけなく退散してしまった。
部屋にいた連中は一同唖然、である。
「フ、フクシマ君・・よ、よかったんだろうかねえ、そんなコトしても?」
恐る恐る訊ねると、フクシマ君は傲然とこう言い放ったのである。
「な〜にがよ。ええ年こいて『東京弁』で説教コクけんっちゃ(意訳;な〜に、いい年して『東京弁』で説教するからだよ)。さ、飲も飲も」
関東に住んでいる守衛さんなのだから東京弁を使うのは当たり前であるにもかかわらず、この所業である。しかも、悪いことしてるのはぼくらなのに、である。
フクシマ君は大物である。まさに九州男児である。その強烈さぶりに一同が驚愕しているうちに、その夜は何ごともなく更けていったのである。
ところが、その話は一夜明けて一大事に発展した。
翌朝、シャンプーをかけられた気の毒な守衛さんからの通報を受けて怒った研修所当局は、昨夜の事件の状況からここ数日の大騒ぎぶりを「東京支店」所属の研修生の仕業と断定し、すぐさま「東京支店」に連絡、これを受けて怒った「東京支店」側はW君を筆頭に「東京支店」所属の全研修生を即刻支店に呼び戻して厳重注意を与え、研修所の男子棟の全廊下の清掃という罰を命じたのである。
あわれなのは部屋を提供しただけの罪なきW君とほか数名の「東京支店」所属の仲間たちでる。しかも、真の犯人であるフクシマ君ときたら、口を割らなかった友人思いのW君たちのおかげで、何のお咎めもなくすんでしまったのである。
当の本人であるフクシマ君は特に気にもとめていない様子であったが、ぼくはその時、なんとなくいや〜な予感がしたのである。
* クライマックスは、そんな数日が続いたある日のことであった。
いつものように、また酒を飲んで騒ごうではないかということになって、その夜はたまたまぼくの部屋でやることになったのである。その理由は、ぼくの部屋は4階にあり、隣が共同トイレという比較的騒ぎやすい部屋だったからである。
そうして夜も更け場も盛り上がったきた頃、フクシマ君が言いだした。
「おうい『少年』よう、なんか部屋、暑くないか?」
10月とはいえ、20代の若者たち数人が集まる小さな部屋の中で、お酒を飲めば暑くなるのは当然であったが、問題が一つあった。この研修棟の冷暖房は、この季節は一切切断してあって、全く作動しないのである。
「う〜む、暑いのはわかるが、ここでエアコン入れろったってどうしようもできないぞ」
部屋の主であるぼくが単純に答えると、フクシマ君はチェッと舌打ちして言った。
「・・じゃあ、みんなトレーナーやポロシャツなんか着てないでTシャツだけでえかろう? 暑かったら脱ぎゃいいんじゃっち」
これを聞いた若者のうち、男たちは一斉にウッシッシ顔となったが、女性たちはいきなりそうはいかない。女性は皆一同、ハッとしたものの、それもお酒と夜の雰囲気と若気の至りのせいで次第に、
「あ・・そ、そうねえ、脱ごっか・・・」
となりかけた時であった。
どこの世界にも正直で困ってしまうようなヤツはいるものである。
「おいおい、まあ待ってんか。なにも脱がんかてええやん」
そう、コテコテの大阪弁をあやつる「大阪営業所」勤務、通称・ヨシモト君であった。本名は違うのだが、容姿が吉本新喜劇に最適化されたような雰囲気だったのでそう呼ばれていたのである。
「まあ、しばらく窓開けといたら涼しくなるんちゃう? もう10月やし」
とヨシモト君がいう。
すると、同じ西日本系であるフクシマ君が言いかえした。
「なしか。暑いゆうとるんじゃから、脱ぎゃええんど(真意;アホめが、いらんこというなっちゅ〜の)」
「脱がんかてええわ、窓開けりゃええんやから。なあ(真意;バカ、魂胆ミエミエなんだっちゅ〜の)」
「しゃ〜しいなあ。窓開けたらまた怒られようがよう(真意;おっ、これは我ながらウマイことをいったかも!)」
「・・かまへんやん、そんなん(真意;うっ、これはしたり・・)」
「かまうわい、この前もそれで怒られたがよ(真意;ボケ、早う帰れや)」
「怒られたがいうても、そりゃあんたがシャンプーかけたからちゃうのん? わいら関係ないねん(真意;ほれみろ、こいつアホやな、墓穴掘ったわ)」
「な〜にがよ。コマイこと言うなっちゃ(・・・以下省略)」
こうなってはもう、九州対大阪の一騎討ち、阪神タイガース対福岡ダイエーホークス状態である。
とにかく、こうしてお互いが地元の方言丸出しで言い争うこと約5分、結局脱ぐのはやめて、窓を開けて小さな声で話をしようじゃないかということになった。
事件はこの時起こったのである。
仕方ないなあ、と家主のぼくが窓をあけたのち、外側の網戸に手をかけた。
ところが網戸は錆び付いていたのか、なかなか動かない。押しても引いても動かないのである。
「なんしよんな?」
フクシマ君が見かねたように近寄ってきて言った。
「ん・・なんでか開かない」
「どれ、やっちゃろう。貸しちみい」
「大丈夫だ」
「ええっちゃ、やらしてみいっちゃ」
「大丈夫だって」
「ええっちゃええっちゃ」
フクシマ君が強引に網戸を押そうとした、その時だった。
「ガクンッ・・」
小さな音がしたかと思うと、網戸はぼくの手からすり抜けるように動いた。
「あっ・・」
そして網戸は、まるで窓枠にただ単に立て掛けられていたかのようにいとも簡単にレールから外れ、地上4階から地面へと姿を消していったのである。
そして約1秒後、
「ガスッ、バキッ、ガッシャ〜ン! ガランガラン・・」
深夜のアスファルトに金属物が叩きつけられたようなしたかと思うと、すぐに辺りは静かになった。
ぼくの部屋の窓の外側は裏庭兼駐車場になっていたのであるが、恐る恐る下をのぞくと、ぼくの顔のはるか下には、当時まだ新しかったトヨタ・セリカダブルエックスが停めてあって、そのすぐ横に網戸が横たわっていたのである。しかも暗闇でもハッキリわかるほど変形したままで。
ぼくは窓から身を乗り出したまますっかり固まってしまった。
そんなぼくの様子を見て、ぼくの部屋の中の全員も静まり返ったとき、酔っぱらったフクシマ君が訊ねた。
「今、なんか当たったんか? 粗大ゴミやろか?」
「・・車に当たった・・みたいっす・・」
とぼくが小声で答えると、フクシマ君は、
「なんじゃあ、車か。じゃが、なして網戸が落ちるんかの。ま、明日の朝に取りにいきゃ誰にもわからんっちゃね。ま、飲も飲も」
確かに、門限時間を過ぎていたため施錠されている寄宿舎の入り口を出て取りに行くことは不可能であるし、訳を言って守衛さんに開けてもらっても網戸を持ち歩いたりしたらすぐにバレてしまう。バレたりしたら、数日前の「渋谷営業所」のW君の二の舞いになることは必死であったので、これを避けたい一心からぼくはフクシマ君のいうとおりにした。
ところが、である。
翌朝、早起きし部屋を出て、裏庭の駐車場にまわってびっくり、である。
なんと、セリカ・ダブルエックスのボンネットには、網戸が墜落・激突したと思われる見事なまでの痕跡があり、そしてその横に変形した網戸が横たわっていたのである。
「・・ぐへ〜・・」
これはマズイ。ぼくはしばらくそこでどうすべきか考えたが、やはり数日前のW君たちが呼び戻されて「東京支店」から大説教を喰らいバツ掃除までもさせられたことを思いだした。
そして、網戸さえ回収してしまえば、どうやってあのような痕跡が車についたのか誰にもわからないのではないかというような悪魔の囁きが聞こえはじめたのである。
「・・やっぱ放っとくか・・」
と、ぼくはとうとう知らぬ存ぜぬを決め込むことにしたのである。
そうと決めればもはやこの裏庭に長居は無用である。
そうやって、もはや変形して用をなさない網戸を抱えたまま、再び寄宿舎の入り口をくぐった、まさにその時であった。
「キミ、それ何なの?」
「ヒエエッ!?」
背後から声がしたので振り返ってみれば、あの守衛さんである。
「何でこんな朝早くからそんなモン持ってんの?」
「はあ・・・」
「君、どこの研修生?」
「はあ・・・」
「なんで網戸を持ち歩いてんのかっつってんの」
「はあ・・・」
「ソレどこで拾ったの? 裏庭?」
「はあ・・・」
「もしかしてソレ、君、上から落とした?」
「はあ・・・」
「でもソレ変形しちゃってるし・・・あれ? 確か裏庭に車あったよねえ」
「・・・(あわわわ)」
カンのいい守衛さんは、ほぼ的確な推理を働かしたかと思うと、きびすを返して車の停めてある裏庭へと向かった。
そして数十秒後、その場で固まっていたぼくのところに戻って来た守衛さんは、ぼくを見つめて言った。
「・・・ありゃあ、高いよ」
万事休す。
やがて、その日のうちにそんなぼくの所業はぼくの「支店」に連絡され、数日経って研修修了後地元に帰った時には「始末書」を書かされる羽目になったのである。だがしかし、網戸の立付けも悪かったのではということになり、弁償は免れたことが不幸中の幸いであった。
* そんなこんなでぼくの研修はなんとか修了した。
しかし。
あれだけ傍若無人な振る舞いをしたはずのフクシマ君は、なんのお咎めもなく済んだのである。
これを不公平といわずしてなんというのであろうか。
それに後からよくよく考えてみると、フクシマ君はほとんど自分の部屋に人を入れなかった。おそらくちゃっかり者の彼のこと、自分の部屋で大騒ぎをすれば、「東京支店」のW君らやぼくのようになんらかのお咎めや被害を被る可能性が生じることに早くから気付いていたのであろう。
自分の部屋には人を入れず、人の部屋に入り浸っては大騒ぎをするフクシマ君・・・彼ほど要領のイイやつもおらんなあ、と感心したものである。
ちなみに、フクシマ君はそれから3年後、とある出張の折にぼくの住んでいる町に立ち寄ってくれたので、夜一緒に酒を飲んだのだが、その時の話はこうである。
「いやあ〜、あの研修には参ったっちゃ。なあ、『少年』」
「なにが?」
「気にすんなっちゃ。なあに、あの研修の後な、後輩たちにはよ〜くよくいい聞かせてやったっちゃよ。『お前らな、研修に行ってもな、自分の部屋で大勢で酒飲んでもいいけんど、守衛さんには手を出すなよ。あとな、間違っても暑いからって窓だけは開けるなよ。網戸がはずれたりして高くつくからのう』ってな。ウップププ」
「・・・・(開いた口が塞がらない状態)」
ちなみにフクシマ君はあの研修の後、地元に帰ってすぐに結婚したそうで、その会話をした時にはすでに2児の父になっていたのである。
恐るべし、「3県分立」のちゃっかり男・オオイタのミエのフクシマ君。
ぼくは秋になってシャンプーと網戸を見るたびに、未だに彼のことを思い出すのである。
Published 2000.11.25
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