
悪夢のウォシュレット
今回もまたちと恥ずかしい話である。
何が恥ずかしいのかって、こういうことを体験してしまった自分が恥ずかしいのであるが、なによりこういうことを言っちゃう自分がもっと恥ずかしいのである。
でも、言わずにはおれない、そんな自分がカワイイ(アホか)。
というわけで、今回は久々の恥ずかしいお話シリーズである。
* 今から17年くらい前の、ある日曜日の午後だったと思う。
ぼくは、街をブラブラしていたのであるが、ふいに下腹部の違和感を覚えた。その違和感というのは、例えて言うならなんだか自分のお腹の中で何がしかの小競り合いが起こっていて、それはやがていうなればイスラエルとパレスチナの中東紛争級の激しいエネルギーとなって我が体内を震撼させるであろう、そんな衝撃波が来るゾッ!といった予感を抱かせるような、違和感だったのである。
こう書けばなんともおどろおどろしい話のように聞こえるが、まあ要するに、なぜかお腹がゆるくなりつつあり、このままではXXXが急降下してしまいそうなほどの便意をもよおしてきたというわけなのである。
かといって、ぼくはもともと腸の弱い人間であるから、しばしばこのような症状に出くわしていた。したがって、日曜日の昼下がりの街の中で便意をもよおしたからといって、決してうろたえるようなことはない。
ただ、その症状の度合いは千差万別で、場合によっては可及的かつ速やかに対応しておかないと、苦痛に顔を歪めつつ、半身の状態で、
「ヨヨヨヨヨ」
と、島倉千代子みたいにツツツと小走りをしながらデパートのトイレを探す羽目に陥ることだってあるのである。要するに、いつまでもこの問題を放置することはおろか、即座に判断を下さないと自分の名誉にも関わってくるような、そんな重大な問題だったのである。
さてさて、その日の場合は、前述のようにかなり強い便意だったため、このテの道には経験豊富でクレバーなぼくとしては、
「う〜む。これは危険度Cだな、早急に厠(かわや)を探さなくてはっ」
と判断し、自分自身の脳から全身に対し、即座にエマージェンシイ宣言を発令したのである。
そうなれば、具体的に対応すべきことはただ一つである。ぼくはすぐにその周辺にあるビルやデパートを物色することにしたのである。
ところでこういう場合、このような目的を達成するための物件は何でもいいというわけではない。
まず、
1=清潔であること
2=紙が備え付けてあること(または常に備え付けてありそうなこと)
3=個室が複数あること
である。
いちいち説明するまでもないが、1については皆、異論はあるまい。
2についても、もはや説明の必要はないだろう。以前も言ったが、紙なくしては日本社会における最低限レベルの用足しはできないと言っても過言ではないのである。
で、3についてであるが、これはゆっくりと落ち着いて快適な用足しをしようとするならば、避けては通れない必須条件なのである。なぜなら、例えば仮にトイレにたった一つしかない個室に入って用足しをしていたとする。そしたら、後から来た人が鼻息も荒く自分の入っている個室をノックをしたとする。この場合、こちらとしてはあくまで冷静に、
「コホン。入っておりますぞ」
などと、静かにノックを返したとする。
問題はこの後。あとから入ってきた人がさらに鼻息も荒くなり、
「ハアハア・・・くそうっ、まったく早く出ろってんだ。チッ」
などと愚痴りつつ、靴先をカツカツ鳴らされながらその辺りにたたずまれてごらんなさい。
「うううっ、落ち着かん、これは早く出なければっ! おいっ、我が体内のXXX君、無駄な抵抗は止めて一刻も早く出て来なさいッ!」
などと、まるで爆弾を持ったまま立てこもりを続ける犯人に説得を続けるようなものであるから、こっちとて気が気じゃなくなるのである。
まあ、こういうわけであるから、ぼくとしては前述の条件1〜3を満たした物件を探さなければならなかったわけである。
* しかし、慣れているという意味では、およそこのような「物件探し」におけるぼくの嗅覚にかなう者はいないだろう。ぼくはほどなくしてあるデパートの3階にある公衆トイレを探し当てることに成功したのである。おかげでこの時点でぼくのお腹のエマージェンシイは解除されたというわけである。
そのトイレはとても清潔で、手洗い場が3基、男性用小便器5基、そして個室3基が設置してあった。
個室はどれも空いていて、なおかつ、その個室を覗いてみるとどれも洋式、紙もどの個室にも予備がおいてあるという完璧さ。
「おおっ、これはまさにぼくにXXXをしてくれと言わんばかりではないかッ」
ぼくはしばし至福の感情をジ〜ンと味わっていた。
まさにこのトイレをこの日この時迎えんが為に、ぼくのお腹はこんな状態に陥ったのではないか、と思わざるを得なかったほどである。
とはいえ、いつまでも感激ばかりもしていられないので、
「どれ」
と3基の個室の品定めを行った。
どれも紙あり、汚れなしで、どれも遜色なかったのであるが、そのうちの一番端っこにある便器だけがなぜか異様に大きく、便座の周囲に色々なボタンがついていることに気付いた。
「なんじゃこりは?」
近付いてよく見てみると、それは現在ではポピュラーな、今日ではなんでもないいわゆる「ウォシュレット」であった。
「??? これは何の目的で便器についているのだ? それに一体どうやって使うのだ?」
初めて見る異様な物体に、ぼくのお腹エマージェンシイ宣言はすっかり影を潜めてしまい、代わりにこの物体を使用してみたいという欲望にかられ始めた。
好奇心の固まりだったぼくは、次の瞬間にはもうそのウォシュレット付きの個室に入り、しっかりとカギを閉めていたのである。
家の便器よりも一回り大きな便座、周囲についたボタンの数々と「ビデ」などのわけのわからない表示、意味のわからないツマミ・・・。さすがに使用目的も使用方法もわからないぼくとしては、使ってみる以外に理解する方法はなかった。
「う〜む、見れば見るほど面妖な。一つ試してくれるわッ」
そう思ったぼくはまず便座にジーンズを履いたままゆっくりと座り、様々なボタンをじっくり眺めてみた。
「まず、このボタンはなにか?」
好奇心が予測を上回ったために、ぼくの脳はこれから起こるであろうことを図り知ることができなかった。そうして、最初の悲劇はこの時起こったのである。
「ピッ・・・ガクン・・・ジョバジョバジョバ〜」
「オワワワッ!」
そうなのである。ぼくはジーンズを履いたまま便座に腰掛け、そのまま「洗浄」と書かれたボタンを押してしまっていたのである。
ぼくはあわてて「停止」のボタンを押して「洗浄」を停止させたのだが、後の祭りである。ぼくのジーンズの局部部分は子供のお漏らしさながらのびしょ濡れ状態である。
「・・・うっひゃ〜、これは参った」
ぼくはその時ようやくウォシュレットなるものが、お尻を水で洗うものだと気付いたのである。しかしそれに気付く代償として、ぼくのジーンズは再び外を歩ける状態まで戻るにはしばらくの時間を要することになってしまった。
こうなるとしかたがないので、ぼくはジーンズとトランクスを脱ぎ、ドアの内側にあるノブに掛けてしばらく乾かすことにした。
すると、下着まで脱いでスッポンポンになったせいか、ようやくその時になってぼくのお腹は再びエマ〜ジェンシイを発令しはじめたのである。
「おおっ、そうだったそうだった、そういえばそうだった」
ぼくはなぜトイレを物色していたのかという当初の目的を思い出し、その後も自らの身に不幸をもたらす恐るべきウォシュレットの便座に再び腰をおろしたのである。
* そうしてやっとこさ当初の目的であるぼくのお腹の中東紛争を仲裁し終えたぼくは、ほっとしたのもつかの間、三たび自ら好奇心の頭をもたげてしまったのである。
「さっきはぼくがジーンズを履いたまま押したからいけなかったのではないか。今度は今しがたし終わったばかりだから、やってみる価値はあるぞ」
今度は下半身裸だから大丈夫だろう、とタカをくくって「洗浄」ボタンを押したぼくは、再び驚愕の体験をすることになったのである。
「ピッ・・・ガクン・・・ゴバゴバゴバ〜!」
「グエエッ、イテテテッ!」
そうなのである。
あろうことか、まるでふすまをもつんざいてしまいそうなほどの圧力が、ぼくのたおやかな菊の御紋を襲ったのである。まあ、今どきのウォシュレットならば、あれ以降改良に改良を加えているので、このようなことはまずないのだろうが、しかしその時はウォシュレット初体験ということもあって、相当もの凄い圧力だったのを覚えている。
しかし、問題はそうしている間にも猛烈な圧力がぼくのお尻を襲っていることであった。これは一刻も早くなんとかせねばなならない。
「ぐううッ、痛いッ、止めるスイッチを、早く止めるスイッチを押さねばッ!」
そしてそう思いながらも、水圧の余りの痛さに耐えかねて、停止ボタンを押すより先に便座からお尻を少しずらした時である。
「ジョワワワ〜」
「ヒッ、ひえええ〜!」
そうなのである。ぼくのお尻という目標を失った噴水のごとき水圧は、容赦なくぼくの頭を直撃したのである。今では考えられないことであるが、その時はそうだったのである。おかげでぼくの後頭部から背中にかけては、びしょ濡れになってしまったのである。すかさずぼくは慌ててお尻を元の位置に戻した。そうしなければ、ぼくはそれこそさらにシャワ〜を浴びたようにもっとズブ濡れになること請け合いだったからである。
ところが、さらに不運は続く。
まるでスティーブン・セガールもびっくりの暴走特急と化したウォシュレットの異常なまでの水圧に、痛みをこらえたままのお尻をあてがいながら、ぼくはなんとか水圧洗浄を停止させるためのボタンをやっとこさ押すことに成功したのである。
ところが。
いくらそのボタンを押しても押してもいっこうに水圧は止まらなかった。おそらくそれまでの異常なほどの水圧の強さがそれを現していたのであろうが、あとから考えればその暴走特急ウォシュレットは、ハッキリ言って「故障した」のである。
「うぬっ、このっ、このっ!」
何度ボタンを押しても異様なまでの水圧は、減衰はおろか反応すらしない。
さらに、「停止」ボタンの隣に水圧調節用のツマミがあったので、すかさずそれを最小目盛りまで廻してみたのであるが、これまたまったく反応がない。
「ひょえええ〜」
もはや打つ手のなくなったぼくは、お尻に水圧を受け続けたまま途方に暮れてしまった。
ヘタに動いてお尻という標的をはずせばびしょ濡れになるし、かといって動かなければこのまま痛いほどの水圧を受け続けることになる。さらにはここを動けないままこのデパートの閉店時間をも迎えてしまうかもしれない。ぼくは、自分のお尻を暴走特急ウォシュレットのなすがまま、便座にお尻丸出し状態で「洗浄」を受け続けながら考え込んでしまったのである・・・。
* とはいえ、いつまでもこうして考え込んでいるわけにはいかない。
とにかく、この便座から脱出しなければ、このまま時間だけが過ぎていき、外部からも怪しまれるだけなのである。
もうここはいちかばちかの行動に出るしかない。いつまでもこんな狂ったようなわけのわからない暴走野郎みたいな機械の相手をしている暇はないのだ。そうだ、所詮相手は機械なのだ、正々堂々と毅然とした態度で臨めば何も恐くはないのだ。
余りに理不尽な水圧の痛みに耐えかねて、とうとうぼくは決心した。そしてすぐさまそれを行動に移すことにしたのである。
まず、ドアの内側にかけてあったジーンズとトランクスを目視と手先の感覚だけで手許に手繰り寄せた。そうしておいて個室のカギをそっと明け、ドアを数センチほど開く。暴走特急ウォシュレットはいまだにそのエネルギーをぼくにぶつけ続けていた。
ぼくは、右手にジーンズとトランクスを抱え、右手で便座の後部やや上方をまさぐった。するとやはり思ったとおり、便座には上ぶたがあることを確信した。
よし。
今だ。今しかない。
次の瞬間、ぼくは思いっきり立ち上がり、右足でドアを跳ね飛ばした。と同時に、左手に触れていた便座の上ぶたを閉め、右手にしっかりとジーンズとトランクスを抱えて一気にドアの外へ飛び出した。
その後、個室の中には便座の上ぶたが閉じられた中で、暴れまくる水しぶきが上ぶたの内側に激しく叩き付けながら咆哮するように聞こえていた。
* 終わった・・・。
しばしの苦しい闘いではあったが、その結果ぼくはなんとか勝利を得たのだ。
最終的には、あの苦しいお腹の中の紛争状態も解消することができたし、少しばかりの水的トラブルはあって服も濡れてしまったものの、無事こうして解決できたではないか。
そう思いつつ、安堵の表情をかみしめていた時である。その時、初めてぼくは周囲から注がれる視線に気付いた。
「はッ・・・!」
なんとトイレの中には、二人の男性が小便器に向かって用を足しながら、ぼくを見つめていたのである。
彼らの唖然とした表情からは、突如個室のドアを蹴破り洋服を手にしたまま下半身裸で現われたぼくという男に出くわした驚愕さがありありと伺われた。しかも、ぼくときたら彼らに全く気付くことなく、そこに立ち尽くしていたのだから、もはや何をかいわんや、である。
そしてぼくは、恥ずかしさに顔を挙げることができないまま、びしょ濡れのトランクスとジーンズを履き、そそくさとそのトイレを後にした。トイレを出たすぐのところ当たりで、背後から大笑いする声が聞こえたのはいうまでもない。
* 初めてのウォシュレットにジ〜ンズを履いたまま座りびしょぬれになった揚げ句、機械の予期せぬ故障でお尻も背中もずぶ濡れになり、ついには下半身裸のまま個室を飛びだして他人にその姿をみられた少年・・・書いていて思うのだが、これほど恥ずかしい話もあるまい。
おかげでぼくはいまだにウォシュレットを使うことに大いに抵抗があるのである。使っていて、いつまた暴走するのかと気が気じゃないのである。
これを読まれた全国のウォシュレット愛用者の諸君ッ、いいですかッ! ウォシュレットは制御できぬことのある機械ですッ、あの機械を全面的に信用しちゃいけませんよッ。うぬ〜ッ!(・・・ウォシュレット製造販売会社の人、許せ。)
Published 2000.11.10
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