Special Paperbacked Essays, Vol.20

macspin2

 

彼女のウィンク、彼のウィンク。

- As time goes by, lovers had changed thier hearts -

 

 

 ここでいう「彼」ってのは、ぼくの高校時代の友人のことさ。

 名前はあえて伏せとくけどね。

 彼はさ、高校生のくせにいろんな遊びを知ってて、酒、マージャンをはじめ、何だってワルイことは知ってた。

 ぼくが唯一彼に教えることができたのは、バイクの乗り方くらいだったな。

 だから、ぼくと彼はいつも悪いコトしてた。

 もっとも、隠れてタバコを吸うとか、体育の授業を腹痛を理由でさぼってマージャンしたり映画を見に行ったりとか、禁止されてたアルバイトをしてホテル代稼ぐとか、今から考えればとってもカワイイもんさ。 

 そんな彼と、「彼女」が出会ったのは、二人がまだ高校1年生のころだったね。

 もともと彼はバスケ部、彼女は野球部のマネージャー。

 よくある話だと思うかい?

 まあ、スポーツの好きな二人がひょんなことから知りあって、ほどなく恋に落ちることはごく自然なことだったし、はたから見ても彼らはお似合いの恋人同士だったね。

 ぼくも彼の友人として、彼女には何回か会ったんだよ。かわいくて優しくて、確かに彼の自慢の彼女だと思ったね。

 こういうと、彼と彼女はハッピーエンドって感じするかい?

 ところが、残念だけど、今回はそんな話じゃないんだ。

 たしかに、その当時の二人の姿は、はた目にもまぶしいくらいだったよ。

 でも、たった一つ、彼らの間にはほんの少しだけ隙間があったのさ。

 その「隙間」は・・・なんて言うんだろ、まあ夏のまっただ中のような恋をしている二人にとっては、取るに足らないほどささいな事実だったんだけど、でもやがて二人が高校を卒業する半年ほど前になると、なんだか変に居心地の悪いような現実となって二人の将来像にちらちら影を落とし始めてたんだ。

 賢明なるぼくはうすうす気づいてはいたけどね。

*

 その現実てのは、彼らの通う学校と進路が違っていたことさ。

 なんだ、そんなことか、って言うんだろう?

 でもさ、ただ単に別々の学校だったって訳じゃないんだ。

 彼のほうは市内進学率ナンバーワンを誇る進学校、彼女は市内就職率ナンバーワンを誇る名門商業高校だったってことさ。

 つまり、卒業後の進路について、二人ははっきりと別々の道を歩むことが自然にナビゲートされていたし、当の彼ら自身もその進路を変えるつもりはなかったってことなのさ。

 もっと深く言えば、彼の方は有名大学に進学して、末は外交官になりたいってな、ビッグな夢があったんだ。

 驚きだろ、ワルいことばかりしてる彼が外交官だなんて。

 でも、彼は志望校を東京の某名門・W大学に置いていて、彼の実力ならおそらくは合格するだろうといわれていたほどなんだ。

 ところが彼女の方は、卒業したら地元の企業に就職して、何年か後には彼と結婚して「コトブキ退職」し、幸せな家庭を築きたいっていうささやかな夢があったのさ。

 ということは、だよ。

 いずれにせよ、彼ら二人は近い将来、生活スタイルや住む場所さえ離れちゃうって事だろ?

 笑っちゃうじゃないか、はた目にもアツアツの二人は全く違う夢を持って全く違う人生を生きていこうとしてたんだから。

 なのに、二人はその「隙間」に気づこうともせず、無邪気に愛を育てていったってわけさ。

 まあ、なんてったってぼくら高校生だったからねえ、仕方ないといえば仕方ないけど・・・ぼくだって「馬に蹴られない範囲」で忠告はしたんだよ。

*

 さて、予想外の事件が起こったのは、確かぼくらが高校3年生の夏の終わりだったかな。

 彼女、妊娠してしまったんだ。もちろん、彼の子供をね。

 ある日、彼と彼女は深刻な顔でぼくを訪ねてきた。

 彼はぼくにすべての事情を話したうえで、お金を貸してくれって頼んできたんだよ。

 ぼくかい? もちろんぼくはありったけのお金を貸してやったよ。

 彼らの必要な金額のために、ぼくのお気に入りのアルバムも売っちゃった。

 だって、その時彼らがとるべき方法は一つしかなかったんだ。

 彼らは二人とも高校生だったし、18歳の高校生同士の子持ち生活なんて、まずできっこないだろう?

 でも、お金を渡すとき、ぼくはふと彼女の顔を見たんだ。

 なんだか悲しそうな顔をしていたな、当然といえば当然だけど。

 だけどぼくは彼女がどういうふうに悲しかったのかわからなかったんだ。

 子供をお金で解決するのが悲しいのか、はたまた子供を堕ろすこと自体が悲しいのか、それとも彼のとったそういう行動そのものが悲しかったのか。

 それは今でもよくわかんないんだけど。

*

 やがて秋が深まって、彼と彼女の心の傷は少しずつ癒えてきたようだった。

 彼は彼女のことを何より大切にしていたよ。だからあんな事件があってからは余計に彼女の事を大切に考えていたんだ。

 だからといって、彼の夢そのものは変えられなかったけどね。

 ともかく、二人は将来を約束しあい、お互いの卒業式の日、二人の記念写真を撮ったんだ。

 カメラマンは何を隠そう、このぼくさ。

 彼女が自分の卒業式を終えた後に僕たちの学校の校門に現れて、彼はぼくにカメラを預けて彼女の待つ校門に向かって歩いていくんだ。

 そして二人は抱きあい、そしてぼくの方に振り向く。

 すると、ぼくが何も言わないのに、二人はぼくに似たようなウィンクをするんだ。

 二人で相談したのかな?

 ぼくは何度もシャッターを押した。

 でも、その時ふと、二人が離れちゃいそうな気がしたんだ。

 ぼくの勘はネガティヴな方面においてはよく当たるんだよ。

 だから逆にそんな予感が当たらないようにって、何度も念じながらシャッターを押したんだ。

 やがて、二人は寄り添って学校を後にした。

 ぼくはもちろんついていくわけはなかったさ。

 なぜって? もちろん、ぼくは後輩の女の子たちに囲まれて身動きが取れなかったからさ(・・・ハハ・・)。

*

 彼の志望校であるW大学には、彼の実力なら合格するだろうって言われてたことは言ったっけ?

 それで彼は慢心してたってわけじゃないけれど、フタをあけてみれば、結果として彼は不合格になってしまったんだ。

 しかも彼の受験した大学は、W大学1つだけだった。

 つまり彼の進路は当面、就職する以外、何もなくなってしまったってわけさ。

 そりゃ彼のショックは大きかったよ。

 しばらくは酒をあおってばかりいたね、ぼくも付き合わされたけど。

 でも少しして、彼はそのショックをバネに、1年浪人して翌年再び挑戦することに決めたのさ。

 カッコいいね、ぼくなら絶対立ち直れないけどな。

 そして彼は1日の半分以上の時間を勉強に費やしはじめたんだ。

 一方、彼女のほうは卒業すると、前年から内定していた都市銀行の地元支店に就職した。

 18歳の初々しい窓口社員ってわけさ。

 カウンターで一生懸命笑顔を作り、残業もこなし、書類の山に囲まれながらもアフターファイヴは同僚達や先輩社員と食事に行ったりもした。

 忙しく、社会人として慣れないことばかりだったみたいだけど、オシャレや大人の世界など、徐々に彼女自身の楽しみも見つけていったんだ。

 え、ぼく?

 ぼくはどうしたのかって?

 ぼくは進学なんてしなかったよ。勉強が嫌いだったからね。

 だから、地元の役場の試験を受けて、さっさとそこに就職したってわけ。

 今は住民課の窓口に座ってるおかげで、近所の顔見知りのおじちゃんやおばちゃんたちの書類なんかを取り扱ってるのさ。

*

 まあぼくのことはいいとして、話を二人に戻そうか。

 要するに、そんな浪人生の彼と、OLの彼女の二人が顔を合わすのは週に1日だけさ。

 休日の昼過ぎに逢って食事をしてブラブラした後、日が暮れかかるとホテルで時を過ごしてたのさ。

 二人とも最初のうちはそれでよかったみたいだけど、少しずつ溝ができ始めたみたいだった。

 例えば、食事代の勘定にしても、親からの小遣いに一切を頼っている立場の貧乏な浪人生と、いくらかは自由に使えるお金を持つOL・・・自然と金銭の感覚もズレるだろう?

 会話にも共通の話題はなくなっていくだろうしね。

 そうこうするうち、やがてまた夏が来て、秋があっという間に冬をつれてくると、彼はいよいよ受験の厳戒体制に入ったんだ。

 そして年があらたまると、彼は受験のため東京へと旅立っていった。

 しかし、そんな彼の姿を見送る彼女の心の内側には、いつの間にか彼の笑顔が映ることはなくなっていたんだな。

 わかる気もするけどさ。

*

 3月。

 彼は見事合格したんだよ。

 彼の喜びようといったら、そりゃなかったね。

 だって、彼の夢だった外交官への第一歩を踏み出したんだから。

 それに、もはや受験勉強などしなくてもいい自由な立場が嬉しかったみたいだ。

 やっぱ、彼もぼくと一緒で勉強そのものは好きじゃないんだな。

 一方、彼女の方は、仕事に慣れれば慣れるほど次々に仕事を任されていき、忙しい日々を送っていたので、なかなか二人は逢うことができなかったんだ。

 彼とすれば、一日も早く一人前になって彼女を幸せにしてやりたい一心があって、だから彼は「愛は時間を越える」と信じていたんだ。

 でも、彼女はそうは思えなかったし、逆に逢えないことを彼女はもはや辛いとは思わなかったみたいだな。

 むしろ、これから後4年間も学生として、しかも遠く離れて生活していくであろう彼を待っているよりも、社会人として充実した日々を送ることのほうが、彼女にとっては満足できたんだろうね、きっと。

 やがて、彼は4月からの新生活に備え、忙しく日々を過ごしたのち東京へ旅立っていったけど、彼女は見送りには仕事があるとか言って、結局来なかったんだよ。

*

 いつの間にかすっかり東京弁が身に付いた彼が帰郷したのは、その5か月後、夏が終わろうとしている頃だったかな。

 彼は東京駅から彼女に連絡し、今夜帰るから久しぶりに逢おうと言ったみたいだった。

 彼女はためらった。

 でも、結局彼女は彼を郷里の駅まで迎えに行くことにしたんだ。

 5時間半後、郷里の駅で二人は結果的に再会した。

 でも、彼女はもう彼の「彼女」じゃなかったんだ。

 アメリカ映画なんかじゃこういう場合、”遅かったね、ダンナ。おととい来な”なんて言われるんだろうな。

 ホームに降り立って改札を抜けた彼を迎えたのは、彼女と、そして彼女のそばに立っている彼の知らない、すらりとしたサラリーマンタイプの年上の男性だったのさ。

 彼はボーゼンとしたけれど、もはや彼ができることはなにもなかったんだ。

 その夜、彼が電話をかけてきたんで、急きょぼくと彼は飲んだ。

 それで、これまでの話がわかったってわけさ。

 彼は比較的冷静に、その日あったことをぼくに話してくれた。

 彼が酔いつぶれるその瞬間まではね。

 卒業式の日に感じたぼくのネガティヴな勘は、まずいことにやっぱり当たっちゃった。

 その夜の帰り道、電柱の影でゲロゲロやってる彼の背中をさすってやると、彼の首筋にネックレスのようなものが見えたんだ。

 普段そういうファッションはしないヤツなのに、と一瞬思ったね。

 でもよく見ると、それはネックレスじゃなくて、なんだか数珠のようだった。

 それが何を意味するのか、その時は酔ってたから気にもとめなかったんだ、ぼくはさ。

 そして、彼の目から涙がボロボロ落ちてるのがわかった。

 それでもぼくは彼の背中をさすってやる以外、何もできなかったんだ。

*

 そんなことがあってから1年後のこと、ぼくのいる役場の窓口に、ふいに彼女が現れたんだ。

 ぼくは驚いてとっさに声をかけようかと思ったけど、やめた。

 別に仕事中だからってためらったんじゃないよ。

 彼女が背の高い、すらりとしたサラリーマンタイプの男性と一緒だったからさ。

 二人が恋人以上の関係であることはすぐにピンときたね。

 二人はぼくに気づくことなく、婚姻届を提出した。

 嬉しそうだったね、彼女。

 いつか見た悲しそうな彼女の顔は、もうどこにもなかった。

 でも書類を受理するときだったかな、彼女はぼくにウィンクをしたんだ。

 卒業式の時に見たウィンクと同じだった。

 びっくりしたけど、窓口にいるのがぼくだとわかってたんだね、さすがは彼女さ。

 でもぼくは”サラリーマン”に悟られないように、それに対してほんの少しだけ眉を動かして合図をしたつもりだったんだけど、逆に彼女はぼくの眉の動きを察知して、ニコリと笑ってくれたんだ。

 まったく、彼とのことがなかったら、ぼくだって惚れちゃいそうなステキな笑顔だったね。おっと、危ない危ない。

 でも、この次彼女に会うときは、きっと彼女達の子供の出生届を持ってくるときなんだろうな、なんて思ったものさ。

*

 話はいろいろあるけど進むよ、それからまた4年ほど経った春の東京だ。

 ぼくは今度は彼の結婚披露宴の会場に座っていたんだよ。

 高砂の席には彼と、ぼくの知らない女性が厳かに並んで座っていたんだ。

 もっとも、彼の方は会社(残念ながら、結果的に彼は外務省には行けなかったけど、一流企業には就職できたんだ)の重役や、同僚達に祝福されて終始ご機嫌だったね。

 さてさて、出番が来たぼくはマイクを前にしてギターを抱えて、簡単な自己紹介をしてから、彼が事前にリクエストしてた曲を歌ってやったのさ。

 その曲はおよそ結婚披露宴で歌うような曲ではなかったんだけど、彼はその曲が好きだったし、どうしても聞きたかったんだろうだね。

 だからぼくも遠慮なく歌ってやった。

 どうせ、酒に酔ってる親戚たちや重役たちになんて、歌詞の意味はわかりゃしないんだしね。

 

”・・・どうしてぼくを待ってくれなかったの こうして今迎えに来たのに

 あの子は碧い目の若い兵隊と 5月に行っちまったカリフォルニア

 今でもこの街で一人呟いてる 『いつか いつか もうすぐ』・・・”

(浜田省吾「いつかもうすぐ」)

 

 ぼくが歌い終わると、おどろいたことに、彼はぼくにウィンクをして、そして嬉しそうに新婦にキスをしたのさ。

 彼のウィンクも、あの卒業式の時と同じウィンクだった。

 まったくよくやるよ、人を東京まで呼んで歌わせといてさ。

*

 日がどっぷりと暮れた頃に東京駅を発車した博多行きの最終の新幹線の中で、ぼくは昔のことをつらつら思い出してた。

 ぼくだけが知ってる「あの頃の二人」のことを、だよ。

 そして、あらためてわかったんだ、やっぱり「あの頃の二人」、てのはこの世にもう存在しないんだってね。

 まったく、時間ってやつは無情だよ。黙ってたらすぐに何もかも時空の彼方に流していって、やがては思い出に変えてしまうんだから。そうだろう?

 だけど、時間は心の傷を優しく癒してもくれる。だからぼくらはまた新しい人生を生きていけるんだよな・・・。

 な〜んて似付かわしくないことをつぶやきながら、スルメ1袋と缶ビールを3本飲んだぼくは、ふと窓の外に目をやった。

 そしたら、新幹線の右側に富士山が見えるはずのあたりで、左側の窓の外を見やると丸い月が出てたんだ。

 だからぼくは月に向かって、二人がぼくにして見せたようにウィンクをしてやったのさ。

 でも、そんな自分の表情が窓ガラスに映ってるのを見たら、ぼくは全然あの二人のようにはうまくウィンクできてなかったみたいだけど。

 

 

Published 2000.7.10

 

 

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