Special Paperbacked Essays, Vol.18

macspin2

 

疑わしき酔っぱらい男

- I never did'nt do that -

 

 

 最近、警察官の不祥事が頻繁である。細かいことになると、警官の態度や発言が悪いなどということもよく聞く。まあ、警官たちもいろいろな人を相手にしているのだから、一様に親切にというわけにもいかないのであろう。

 が、しかし、ぼくらのような善良なる一市民が官憲に疑われるという行為は嫌なものである。全くもって気色の悪いものである。ましてや、それが全くの無実であるのに疑われた場合は、これほど憤りを感じることもないのである。

 ぼくは幸いにして、この年になっても未だに留置場に一晩泊めてもらったとか、パトカーに乗せられたことなどはないが、官憲に疑われて往生したことはある。

*

 ある夏の夜の事。

 アフターファイブに友人たちとボウリングを、

「うおおりゃあっ!」

 と、3ゲームも楽しんでしまい、その後ゲームセンターでエアホッケーを、

「ぬおおりゃあっ!」

 と、30分にわたって楽しんでしまい、そのあと居酒屋とスタンドで、

「とおおりゃあっ!」

 と、しこたま酒を飲んでしまったぼくは、時計の針が1つに重なる少し前、相当な千鳥足で帰宅しようとしていた。

 ぼくのアパートは電停を降りて歩くこと500m、普段なら5分ほどで帰宅するのだが、酔っていてはそれもままならず、ぼくは小刻みに蛇行を繰り返しながら、動物の持つ帰巣本能だけを頼りに、街灯の少ない暗い夜道を歩いて行った。

 ふと、千鳥足に加えて、右手が異様に痛いことに気付いた。

 それもそのはず、ボウリング3ゲームというのはけっこう腕の筋に負担をかけるものだ。しかも、そのあとムキになってエアホッケーをやり、飛び出したパックが思いきり人指し指を直撃していたのだ。

 しかし、その後しこたま酒を飲んだせいで、痛みは完全に麻痺していた。

 指をよく見ると、なんと色が変わってしまって、しかも大きく腫れ上がっている。

「やあ、これは困ったぞ。わははは」

 と、なぜか痛みよりも笑いが込み上げてくるのを禁じ得ず、

「う〜む、もしもエアホッケーを先にやっていたら、この腫れ上がった指ではそのあとボウリングはできなかっただろうな。ああよかったよかった」

 などと、わけのわからない分析をした記憶はあるのだが、まあ、それほど酔っていたということなのだろう。

*

 さて、事件が起こったのは、ぼくの住むアパートの手前20mあたりまで来た時である。

 ふと前方の電柱の少し前の路上に、何やら黒い物体が置かれてあるのに気付いた。

 ぼくは酔いのせいによるしゃっくりを連発しながら、その物体に近寄ってみた。長さおよそ1m半。最初は布団か毛布か? とも思ったが、何やら枝のようなものが数本、そこから出ている。

 ああ〜ん・・・? とそばまで来て物体を覗き込んだ時、ぼくは初めてその物体が人間であることに気付いた。

「おわっ!」

 思わず声をあげて仰け反ったぼくは、その拍子にしゃっくりが一瞬とまったかのような驚きを受けた。物体だと思っていたのが生き物だとは思わなかったのである。

 その人間は男性で、見た感じではおよそ50歳前後。しかし、ただ道路に横たわっているにしては、なんだか様子がおかしい。もっとも、この時刻に道路に横たわっている人間は、酔っぱらいくらいしかいないのだが、このおっさんはほんの少しそれとどこかが違う・・・。

 ぼくは酔った洞察力を総動員させてその横たわっている人間を観察してみた。

 すると、ぼくは再び仰け反らずにはいられなかった。

「おわわっ!」

 見ると、頭部からの出血がおびただしい。これは暗い電柱の明かりの下、酔ったぼくでさえも、外傷によるものと一目瞭然でわかった。微かに感じる雰囲気(オーラ)から、どうやらまだ死んではいないことが伺える。

「うっへー・・・」

 ぼくは呻きながら次の行動を考えた。これはこうしてみている場合ではない。そう判断したぼくは、すぐに駆け足で(といっても実際はそうではなかっただろうが)家に戻ると、すぐに受話器をとった。

 110番しなきゃ、いや先に119番かも、いやいや117番だろう? などと自問自答しつつ、落ち着いた頭を取り戻して、まずはダイヤル119を廻した。

「ひひ人がたたた倒れれれてましゅけど」

 119番の人は落ち着いていた。

「その人の意識はありますか? 呼吸はしていますか? 現場の場所を具体的に、かつ詳しく教えてください」

 しかし、ぼくは相当に酔っていた。ぼくは即座に対応できなかったのである。

「え・・・よよよくわかりましぇん」

「・・・とにかく場所を教えてください」

 ぼくは住所とだいたいの辺りを教えて電話を切ろうとすると、消防署の人はこういった。

「一応、事件の可能性があるようでしたら、警察にも連絡してください」

 ぼくはいわれるとおり、今度は110番通報することにした。このあたりからしゃっくりが出始めた。

「はい、110番ですが。どうしました?」

「あああのれすね、ひひひ人がたたた倒れれれ・・ヒクッ(しゃっくり)」

「はあ?」

「いいいえ、ひひ人がれすね、そそのう、ろろろろうろ(道路)で・・ヒクッ(しゃっくり)」

「・・・人がなんです?」

「ででですから・・ヒクッ(しゃっくり)」

「はいはい、落ち着いて状況を詳しく説明してください」

「(いささかムッとして)おちおちついてまひゅっ!」

「人がどうかしましたか?」

「たた倒れてます・・ヒクッ(しゃっくり)」

「人が倒れてるんですね? どこで?」

「ろろろ、道路で」

「どこの?」

「えええっとでひゅね、それが・・ヒクッ(しゃっくり)」

(以下省略)

 と、こんな具合でなんとか警察官に状況説明と通報を終えたぼくは、自分の名前と住所、電話番号を伝えて受話器を置いた。

 ぼくは、初めて見る凄絶な負傷者に驚きを隠せなかったものの、やがてやってくるだろうパトカーや救急車の姿を想像して、初めて自らが呼んだそれらの緊急車両の出動を待った。

*

 ほどなくしてピーポーピーポーとサイレンを鳴らしながらパトカーと救急車がやってきた。アパートの近くでそれらのサイレンの音が消えて数人の人間の足音などが聞こえたかと思うと、

 ぼくは相当の酔いと睡魔に朦朧としながらも、ドアを開けて階段を降りた。

 すると、男性の周りには救急隊員と制服の警察官がたむろしていて、ぼくを見つけるとすぐにそのうちの一人が寄ってきて、言った。

「もしかしておたく、電話した『少年』さん?」

「そそうれすが」

「ちょうどよかった。この状況について聞かせてや」

「はひ」

 やがて、救急車がその男を乗せて再びサイレンの音を鳴らし始めたかと思うと、あっというまに現場から立ち去った。

「ああの、ぼくがここを通りかかったら、あああの人が血を流して倒れていたんれす」

 ぼくが見たままを説明すると、警官たちは一様に上目使いにぼくを見始めた。

「あんた、あの人と知り合い?」

「いいい〜え」

「ふ〜ん。じゃ、あんたはなんでこんな時間にここにいんの?」

「ぼぼくの家がすぐそこなんれす」

「だからあ、なんでこんな遅くにここにいるのかっつってんのッ」

 なんだかとても態度の悪い警官である。

「・・・ボウリングしたり、のの飲んだりしてて遅くなったんれす」

「ほんとにそうなんか?」

「へ・・・?」

 ここらへんでぼくは、警官たちがぼくを疑っていること気付いた。酔いも少し覚めはじめた。

「あの人の怪我、あんたも見ただろうけど、相当な怪我だよ。それに周りで誰も見てないしなあ」

「ででもぼくが通った時はあああんな状態だったんれすから」

「だ〜ら、それを見た人は誰もいないつってんだろッ!」

「い・・・」

 いきなりのすごい剣幕に、少年タジタジである。楽しかった一日の幕切れがこんなに不愉快な思いで終わろうとは思いも寄らなかった。

「ま、とにかく、ここで立ち話しててもしょうがないから、話のできるところへ行こうか? え?」

「ぼぼぼくがれすか?」

「あんた以外に関係者、誰がいんのよ」

「ひょんなあ(そんなあ)・・・」

 と、こんなふうにしてぼくがパトカーの前で押し問答している時、パトカーに無線連絡が入った。どうやら男の怪我の状態や原因、身元などがわかって、身内にも連絡がとれたらしい。

 比較的若い警官が無線に応対し、通信が終わるとすぐに態度の悪い警官にその内容を報告した。すると、態度の悪い警官は打って変わって、

「じ、じゃ、まあいずれにしてもまた御連絡しますから、今日のところはこれで結構です」

「はあ・・・?」

「じゃ」

 やがてそそくさとパトカーに乗り込んだ彼らは、道路についた血痕を落とすようなこともせず、そのまま走り去ったのであった。

 後に残ったぼくはただポカン、である。いつの間にかしゃっくりもとまっていた。ただ、右手の人指し指の痛みだけが疼いた。

*

 翌日、警察から連絡があった。

 それによると、倒れていたのは近所に一人で住む男性(50)で、酒に酔ってタバコを買いに行こうとしてマンションの階段を踏み外して転落、階段か道路で頭部を強打したがそのまま起き上がって再び歩き出した。しかし、しばらく歩いたあとで酔いのせいもあって途中で倒れて眠ってしまったらしい。そこへぼくが通りかかったというわけである。

 幸い、命には別状なかったものの、いくら夏の夜とはいえそのまま放置されていればどうなっていたかはわからないということで、そのまた後日、彼のご家族からお礼状とコーヒーの詰め合わせが届いた。

 と、ここまで書けば、

「なんだ、よかったじゃないか、少年

 で済んだと思うだろう。

 NO! 否!

 翌日にあった警察からの数回の連絡は、すべてぼくの職場にかかってきたのである。しかも彼ら親切な警官たちは、自らを、

「A警察署のBと申しますが、『少年』さんをお願いします」

 ときちんと名乗って、ぼくを名指しでかけてきたのである。おかげで職場の一部の方々には無気味な想像力を働かせてしまい、おまけに、右手の人指し指がひどく腫れ上がっていることから、ぼくを見る目が一時にせよ冷ややかになってしまったのである。

 まったく、態度の悪い警官も考え物だが、親切すぎる警官もかえって迷惑なものである(官憲関係者の方、ゴメンなさいネ)。

 

Published 2000.6.10

 

  

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