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初期美作説
美 作 略 史
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『東作誌』校訂者である郷土史家・矢吹弓斎正則の著作。美作国の歴史を編年体で誌した史書、刊行は明治十四年(1881)。美作説の原型とはいかなるものかを知るには、格好の文献である。ここでは、関連箇所原文とその現代語訳を示し評註を付す。
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宮本武蔵遺蹟顕彰会
宮 本 武 蔵
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熊本の宮本武蔵遺跡顕彰会編の武蔵伝記『宮本武蔵』(明治四十二年刊)。本書で提唱された美作出生説は、これに依拠した吉川英治の武蔵小説が大成功したこともあって、百年にわたり長く支配的通説となった。ここでは関係部分を註解するとともに、その論説を批評する。
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水南老人講話
宮 本 武 蔵
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京都の大日本武徳会の役員・楠正位は水南老人と称し、明治四十三年から四十四年にかけて武徳会の機関誌『武徳会誌』に連載した講話「宮本武蔵」は、宮本武蔵遺蹟顕彰会の『宮本武蔵』とともに大正昭和と後に大きな影響を与えたもの。ここでは、関連箇所に評註を付して読む。
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山田次朗吉
日本剣道史
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直心陰流の明治の剣客・山田次朗吉の『日本剣道史』(大正十四年刊)。支配的通説たる宮本武蔵遺蹟顕彰会本『宮本武蔵』を批判し「殊更牽強に近き説也」とする。『播磨鑑』に依拠する大正期の播州宮本村説。ここでは関係部分を引用し註解するとともに、その論説の誤りを匡す。
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森 銑三
宮本武蔵の生涯
【準備中】
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近世書誌学の森銑三は、当時、吉川英治『宮本武蔵』の大人気という状況のなかで、吉川の『随筆宮本武蔵』を痛烈に批判した。山田次朗吉の指摘を嗣いで『播磨鑑』に依拠する戦前の播州宮本村説。ここでは本書中関係部分を引用し註解するとともに、その論説の誤りを正す。
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兵庫県石海村史・付録 川嶋右次
宮本武蔵の出生地考
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戦時中、有名な吉川英治『宮本武蔵』『随筆宮本武蔵』の美作産地説に異議を唱えた人が地元にあった。郷土史家の川嶋右次である。『兵庫県石海村史』に付録されたこの一文は、偶然にも、我々の研究プロジェクト展開の引鉄の役を果たした。よって、それを記念しここに収録する。
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福原浄泉
宮本武蔵の研究
【準備中】
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福原浄泉は美作説ご当地の武蔵研究家。美作説に関する限りその水準を抜く研究は現在も存在しない。所説は部分的に変化が見られるが、ここでは彼の研究の集大成ともみえる「宮本武蔵の研究」(昭42年)を中心に、福原の美作説を取り上げて、これを検証し批評する。
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綿谷 雪
宮本武蔵の周辺
【準備中】
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綿谷雪〔わたたにきよし〕は忘れられた重要な武蔵研究家である。とくに播磨説を断固主張する
異端者として孤軍奮闘した。そのユニークな武蔵複数説も記憶に値する。ここでは著作から論文数点を取上げ、その元祖・米田村産説たる関係部分を註解し誤りを指摘し批評する。
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