■BAMIYAN NHK Special バーミヤーン遙かなり 2005
アフガニスタン中央部に位置するバーミヤーン遺跡。2001年、タリバンによって無惨に破壊された大仏や壁画等の人類の遺産を、CGによって蘇らせようというプロジェクト。西部の“K窟”を中心に進められ、私は壁画部分を担当。石窟内に無数に描かれた仏画の修復作業です。後出の“醍醐寺曼荼羅”等に比べるとオリジナルがかなり大雑把な描画である事と、学者先生筋の情報がかなり豊富だった事もあり、比較的スムーズに運んだ〜と言えます。
■K窟奥部曼荼羅図
Orig.3,000×2,234 pix.
■K窟アーチ部分曼荼羅図 Orig.12,000×3,240pix. 上図両翼部分はNHKアート本多冬人氏(大学の後輩デス)制作。
■K窟奥部涅槃図 Orig.8,130×4,977pix.
本国イタリアにおいて、20年余の作業を経て修復なったダ・ヴィンチ作“最後の晩餐”の当時の姿をCGで蘇らせよう〜というHVスペシャル。オリジナルは横9メートルに及ばんとする巨大な絵画。1㎜当たり1pix.換算で横8,760pix.という画像サイズを決定。解像度の関係で作業はまず、現地で撮影したオリジナルの各部分を繋ぎ合わせ、壁画の全体像を構築する所から始まりました。その後、その上に直接、デジタルの筆を乗せて行った訳です。
■The Last Supper Revival NHK Special 蘇る最後の晩餐 1999
↑C:窓外の風景 流石レオナルド?〜な細部までの描写
A:左からトマソ・大ヤコブ・ピリポ。続いて作られた“〜N.Y.をゆく”ではこの再現画は原寸大(約9×5m)にプリントされて海を渡りましたが、ニューヨーカーに「こいつがユダだ!」と一番評判が悪かったのがこの人相の悪い大ヤコブでした。私のせい?…。
D:過去、肉料理だと思われていた卓上の料理。上でナイフを握りしめるのはペテロの右腕ですが、このデッサンも実に不可解で…。
C:キリスト横の窓外の風景。モナ・リザや“受胎告知”等もそうですが、レオナルドは兎に角、背景に手を抜きません。
B:左からユダ・ペテロ・ヨハネ。ユダは銭袋を握りしめている。
E:監修の片桐先生が大変、こだわられたテーブル端の結び目。2バージョン描きました。
F:イエスの足下。オリジナルの晩餐図が描かれたのは修道院の、かつての食堂の壁でした。厨房との行き来の利便性を優先してイエスの足下はぶち抜かれ、扉が付けられてしまっています。流石!イタリア人!! 従ってこの部分は、完成当時の模写画を参照しての再現です。
G:壁のタペストリーはこの様に、フックで吊られていました。柄も、後生の修復家がテキトーに描き換えていましたが、現代の修復家ブランビッラ女史によればこれがホント!〜って事になります。
この修道院は大戦中に連合軍の空襲によって一度塵芥と帰しており、当時の修道院内部は戦前のモノクロ写真が現存するのみです。それを元に解像度を上げ、彩色し、上の再現画をはめ込んで、“当時の修道院内部”を制作しました。星のきらめく天上のリュネット(ルネッタ)もレオナルドの手になるものであった事が今回の修復で判明しています。細部にわたって再現を試みました。番組のエンドロールにも使われています。
“蘇る最後の晩餐”は同年“ハイビジョン・アワード”、続編の“最後の晩餐N.Y.をゆく”はやはり同年の“日本賞”を受賞しています。
★この番組の監修を務められた実践女子大学教授、片桐先生とはすっかりと意気投合! その後も長らく公私に渡って懇意にして頂きました。溢れる知性と供に大海のような包容力を併せ持った、実に希な方だったと思いますが、平成18年、僅か49歳で肺癌により、風の様に去っていってしまわれました。レオナルドというと各方面から必ず担ぎ出されていた氏は近年の“ダヴィンチ・コード”等による一連のブームの中、病床にあって何を思っておられたでしょう。
こういったものにご興味のある方は是非、彼の著作を手に取られる事をお勧めします。あ、アフィリエイトとかでは勿論、ありませんので!…。
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■国宝・醍醐寺五重塔 初重・曼荼羅図他の再現 NHKエンタープライズ 2000年
京都・醍醐寺五重塔内部、“心柱”と呼ばれる、塔を中心で貫通するメインの柱に描かれている曼荼羅図を中心として、初重全体の当時の姿をCG再現しようというプロジェクト。オリジナルの状態からしてとても、仏画の知識のない私などに描き起こせる代物ではなく、後に“よみがえる源氏物語絵巻”シリーズ等で大活躍する、芸大の大先輩でもある富沢知佐子氏(日本画・保存修復)に墨による線描を起こして頂きました。随所に用いられている“繧繝彩色”は古典文様が専門であった私のテリトリー。学生の頃には平等院鳳凰堂のそれを模写したりしたものですが、デジタルで描くそれというのも大変、意義深い物がありましたね。
再現された曼荼羅図は心柱西面のもの。横に並べた檜板3枚の上に描かれています。上図でいうと大日如来の腕部、左図でいうと親指部分の垂直線が、板の“継ぎ目”です。
単独で高解像度表現した膝部 1,920×1,080pix.
後の“源氏物語絵巻”関係などでもそうでしたが、金銀の“箔”を用いた作品の再現には常につきまとう問題として、“現象”の扱いをどうするか〜というのがあります。つまり、金銀は“色”ではなく“現象”に過ぎない訳ですから、厳密な意味での“再現”となると、それを表現してしまうのは如何なものか〜という訳ですね。ただ、それを言い始めると例えば先の“継ぎ目”にしても、左図で分かるような“木目”にしても、“光源”を想定して初めて描けるモノですから、絵描きとしては何にも出来なくなってしまう訳なんですけど…。この辺りの議論は、いつも、すっきりとしないですね…。
左は、塔の四方を支える“四天柱”です。こちらの仏様達は他寺の資料映像を加工してそれらしくしたものを、監修の東北大学教授・有賀先生に配置指示していただいたもの。 学術系の作画は兎に角すべてが“大変”です…。
右はこれも、壁のシミと化していた空海像。各地の空海像を参考にしての作画です。背景の板は真っ黒に煤けた現存のモノを、トーンカーヴで引っ張り上げて造りました。真新し気になってるでしょ?
CG再現画 8,760×4,633pix
修道院内部再現画・戦後のモノクロ写真をベースに描いてあります。番組のエンドロールに使用されています。
片桐頼継・著作 amazon.co.jp のページへ
破壊された大仏上部、アーチ部分にびっしりと描かれた曼荼羅図。右は線描時点でのものですが、実は現存する線は色を付けた部分のみ〜という危うさ。ン?ぢゃ赤い線は?…って? ええっとそのあのう…。
左図は私などには壁のシミにしか見えなかった涅槃図です。大学の大先輩に当たる日本画・保存修復の先生にアウトラインを起こして頂きました。見える人には見えるのです!
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