私の釜山映画祭 藤田きよみ

わたしの釜山国際映画祭

 釜山国際映画祭に、今年も「行ってよいものか」、家庭の事情にあれこれ思いを巡らせば多いに逡巡するものがあった。しかし「行きたい!」という、いい歳にもかかわらず湧き上がるなぜか熱い思いが、映画祭のホームページを開かせ、ゲストカード取得のための手続きやオンラインチケットの申し込みへとわたしを向かわせてしまうのだった。

 思い起こせば三年前、宝珠山村での「カルメン・マキ」のライブで芦刈さんに出会ったのがこの映画祭との出会いの始まり。「今度釜山の映画祭に行くよ、どう?」。すこしばかり関心もあり、友人に伝えた。

 「行こう!」。

   初めての映画祭

 こうしてわたしにとって初めての映画祭参加が実現した。一泊二日。難航が予想されるゲストカード取得も、韓国の大学で日本語を教える古賀先生というなにより強い味方を得、芦刈さん流でゲットした。

 オープニング会場は海雲台(ヘウンデ)のヨットハーバー。世界最大の巨大スクリーンの前に整然と並べられた6000の白いプラスチックチェアが印象的だった。しかし毎回思うのだが、野外での大規模な映画上映。雨が降ったらどうなるのだろう。

 オープニングシネマは、キム・キドック監督、チャン・ドンゴン主演の「海岸線」だった。あやまって民間人を殺した海岸線警備にあたる兵士が罪の意識にさいなまれ、狂気へとおちいる重く、暗いテーマだったが、北の脅威に常にさらされ、兵役が課せられている韓国ならではの映画だった。

 重い気持ちのままシャトルバスでパーティー会場のパラダイスホテルへ。パーティーでは国民的俳優アン・ソンギ、キム・キドック監督などとのツーショットを実現したが、正直言って歓声に迎えられる俳優たちの多くが知らない人たちだった。

 ゲストカードをもらうと頑丈なバッグに詰まった映画祭の資料が手に入る。分厚い資料は、それはとても重く、軽くてもかさばる海苔とともに持ち帰るのに閉口するが、私にとっては最高のみやげものとなる。一日4本の映画を無料で見ることができるのもゲストカードの特典。しかし一泊ではオープニングシネマがせいぜい。翌日は南甫洞(ナンポドン)をぶらりとして帰りのビートルに乗り込んだ。「来年は二泊だね」と言い交わしながら。

  二回目の映画祭

 翌年のオープニングシネマは黒沢清監督、役所広司主演の「ドッペルゲンガー」。心の奥底に眠るもう一人の自分と向き合う人間をカルト的に描いた作品だ。役所広司の「ユリイカ」に感動していたわたしは失礼にもそのパンフレットをパーティーで差し出しサインをもらった。近くに黒沢監督がいたような・・・。

 その年もゲストカードをもらい、念願の二泊はしたが、事前にチェック、リストアップした映画を見ることは残念ながらできなかった。人気の映画はオンラインで早々と売り切れている。とりあえず席が空いている会場に入ると、40〜50年くらい前だろうか、モンキーダンス、マンボズボンがはやった時代、小林旭を髣髴とさせる役者が出ているなんとも古い韓国映画に出くわしたことが今でも苦笑混じりに思い出される。

 映画祭出品作を鑑賞することができないなら封切館でと、確か釜山劇場だったと思うが今年日本で封切られた、あのヨン様、初映画出演の「スキャンダル」を、当然ながら字幕なしの韓国語版で鑑賞した。色恋沙汰は世界共通とあってストーリーは把握。昔の韓国宮廷文化や美しい調度品を堪能させてもらったが、ヨン様のエロティックな演技にがっくりきた同胞もいたような。それにしても映画の最終場面が写しだされ、まだクレジットが流れているのにざわざわとお客は席を立ち、余韻を楽しむべくスクリーンを見つめるわたしたちに掃除のおじさんが「早く立て」と言わんばかりに迫るのには軽いカルチャーショックを覚えた。          

 そういえばこの年は福岡ちんぐの会HPで一般参加を募ったのだった。友人を含めマスコミ関係の人たちも数人参加してくれたりしたが、ゲストカードを取るのにかなりの時間と忍耐を要した上、数時間をオープニングシネマのための行列に費やしかなりの体力を消耗した。ためか、一人の友人は「もういい」とこの年限りの参加となった。

 わたしたちのツアーは、すべて手配済みの快適なツアーを期待していた人にとってはとても不快なものだったと申し訳なく思っている。でもそれはそれでまた別の楽しみ、味わいを感じてしまうのは独りよがりだろうか。芦刈リーダーの献身的な奉仕ぶりにもある種の感動を覚えたが、常に携帯で仕事(?)の打ち合わせをしながらの映画祭。なんとかならないものだろうか。芦刈さんには一日36時間くらい必要なようだ。

 

 

     
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