| 0歳 |
- 母の実家のある町で生まれたらしい
- 家にいって、寝ている私に近づいた兄に張り手をかまし、兄弟戦争ここに勃発
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以後、記憶なし
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| 3歳ごろ |
- 年の途中から親の仕事場近くの保育園に入園
- 父の話によると、母と風呂に入ったあと「母ちゃんのちん○ん、ぶっ壊れとる」といったらしい
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入園したときしか記憶なし
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| 保育園 |
- 以後、卒園まで運動神経のない生活を送るが、この時に絵画、造形で非凡なセンスを身につけたんだと勝手に思ったりする。
- 水泳教室に入って通っていた。この頃からシャワーをぼーっと浴びるのが癖になる。
- この頃から兄の影響でガンプラに興味が高まる
- 食後にレゴブロックで遊ぶため(少ないから)、急いで給食を食べた記憶がある。我が家ではレゴなんぞ高価なものは買えず「Bブロック」で遊ぶ
- 保育園での昼寝タイムではただの一度きりも寝ることが出来なかった。これ以降高校まで昼間に寝ようとしても寝られない体のまま生活する。
- 当時はビデオなんて一般家庭になかったため、父の映した物をみんなで見ていた。が、その時自分のアップなどが写されるため、非常に恥ずかしい思いをした。
- 家の近くの保育園でないため、遊び相手は兄の知り合いや同じマンションの年上の人たちが多かった。
- なぜか父の通常時の息子と勃起した私の息子の大きさ比べをしようと張り合って負けていた日々。このころ、すっぽんぽんで写っている写真が異様に多い。
- よく問屋街などへ車に乗って連れて行かれた。その中で聞いていたアニメ大全集系のたくさんのカセットを聴き、見たこともないアニメの歌をほとんど覚える。特にロボット系はまかせろと言う感じである。
- 不思議なことに平仮名なのに名前を間違って書かれていたりしていた
- ドッヂボールをよくやったが、一度もキャッチせずに最後まで逃げのびるのが異様に得意だった
- このころからすでに毎週末はどこかに車で連れて行かれ、自然に触れることが義務づけられた。ただし車酔いするのであまり好きではなかった
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小学校入学までそれぐらいしか(あるけど)記憶なし
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| 小1 |
- 公立の小学校へ入学。学区の端の方で、保育園も皆と違うところだったために友達0からのスタート。友達100人どころか同学年(2クラス)に60人ぐらいしかいなかった。
- 二日目から家の鍵を持っていないのに一人で帰ってきて、家に入れないという初めての体験をした。近所の人が親に電話したりして助けれくれたが、兄がのこのこと「なにしてんの?」と帰ってきた。この日から鍵を持つようにした。とともに、兄は信用できない。と理解。
- 一番クラスに早く来た人が教室の鍵を開ける係で、私のいる分団はいつも早く来ているため、いつも鍵係だったが、ある日兄に連れられ鍵を持ったまま校内見学をしていたところ鍵がなくて困っていたクラスメイト&担任に干された。
- なぜか突然もよおした便意のため、トイレに駆け込んだが、パンツを半分おろした時点で脱糞。パンツを捨てるなどということが出来ない小学生なので、洗うことも出来ず、紙で拭き取るものの匂いですぐバレ、もらしとして迫害を受ける。
- 市の絵画展に学年代表で出展された。というか白目もかかない絵が張り出されている他校の1年生がなぜ代表になるかわからなかったぐらい、当時は絵がうまいと思っていた。
- 学校が終わったら児童館に行くようになった。そこで掃除、卓球、野球(室内変則)を学ぶ。マンガを読みふけるようになる。
- 親がザ・ベストテンなどの音楽番組をたくさん見るので一緒に見て歌を覚えるが、男子は誰も見ないため会話が会わない。チェッカーズのまねごとをして児童館でコンサート気取りで歌っていたら、後ろから友人に「なにやってんの?」と背中を叩かれた拍子にマイクに見立てた棒が喉にぶっ刺さり、これ以降人前で歌うことはしなくなる。
- トランスフォーマーにはまる。自費でコンボイ(\3000)を買う。
- 学区内の幼稚園出身じゃないからか、男友達との関係が浅いため、この年頃としては珍しく、女子とも仲良くできた
- 世の中牛乳キャップが大ブレイク。これ以降、小学校とは流行を追っかけ、収集し、また次のものを見つけて会話と遊びを作るところだという事を知る。
- 確か誕生日だかにファーブルの伝記マンガをもらう。昆虫を育てるようになり、ファーブルになることを決意。
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| 小2 |
- 2年次、おとなしい性格が真面目ととられ学級委員に推薦されるも、仕事をまったくせず速攻でクビになる。また干される。クビになってからさすがに反省して真面目になる。
- 他のクラスの絵のうまいやつがいるというからその絵を見たら、自分は全然対したことないなぁと悟る。この時から遠近法と影の表現を使うようになる。
- 従弟の家に頼まれた中古のパソコン「FM−7(富士通)」を持っていく。かなりはまる。っていうか漢字ROM(漢字を表示する機械みたいなもん)がいるという今では考えられないパソコン。カセットテープのソフトもあった。「テグザー」にはまる。
- 担任はかなり学習方法などを研究している人のようで、子供にも時に厳しく、子供達の趣味に合わせたりと時に柔軟に、という教師の鑑のような人だった。でも高学年には鬼のように厳しいらしいが、その中にはちゃんと深い考えがあるんだな、と、どしかられた(めちゃくちゃしかられた)私だからわかる。
- ガン消し(SDガンダム消しゴム)で遊ぶ。その後、キン消し(キン肉マン消しゴム)なども流行る。ガン消しの場合はほとんど、スーパーカー消しゴムよろしくとばかりに、はじいてリングからたたき落とすといったもの。これ以降小学校時代に集めたガン消しは800個に及ぶ
- 運動会でビリが約束されている相変わらずの運痴ぶりを発揮
- 児童館のテレビでイッパツマン等を見る。イッパツマンの最終話のエッチなシーンは皆目を背けているのが普通だった。
- 父が拾ってきたスクラップの自転車を集めてきてほいほいと組み上げたりと、何やらせても出来てしまう才能のある人間であると気づくと同時に、明らかにテレビに出てくるような普通の父親ではないことを知る。
- 雪が降っているときでもタンクトップを着ていったため、そういうキャラとして全校中で有名になる。
- おもちゃなど買ってもらうことはまずないが、クリスマス商戦などのおもちゃ屋のちらしなどを眺めて、「ここからここまでで欲しいモノに丸印を一個付けよう」という兄とのお遊びでその充足感を癒していた。仕方がないから粘土で遊んだりするが、これが創造性を身につける教育だと気づくのはまだまだ先の話。
- 週末のお出かけの帰りによるスーパーなどで、毎回100円のおやつを買える、と言うルールがあったため、120円のポテトチップが買えないのでサッポロポテトをよく買う。あと、2週間分ためたから2倍ね、ということでカバヤの組み立ておもちゃ付きガムを買ったりする。トランスフォーマーは高いので、コンボイ以外はそれで集める(ただし色もなく、小さいのだが)。
- 子供心に、漫画によくあるみたいに貧乏ということを恥ずかしく思った。
- ファミコンがないのでファミコンを持っている家に遊びに行くこともある。
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| 小3 |
- 担任の先生の家に行き、近くの川で泳ごうとしたら川に流され息子を岩に強打。息子流血。それ以降川にも入らなかった。
- ガンプラを親に隠れて買うようになる。
- 絵の具を使うようになってからというもの、色の塗りがヘタというコトに気づく。特に水彩絵の具はごまかし(重ね塗り)が利かないので、自分がよくごまかす性格であることも薄々気がつきだす。
- とりあえずガンダムはZZ(ダブルゼータ)だ、と兄と争う。
- いつか本に出ていたAppleのパソコンの改良版を手に入れてやるぞ、と思っていたがいまはなぜかWindows派。っていうか当時の写真・・・カセット(知ってるかな?)と5インチフロッピー・・・。しかも真っ赤の一体型。
- ルパーンさーんせーとかシティーハンターのお陰でサバゲーもどきをするが乗る人が少なく消える。
- 放課後の野球はネットもない狭い公園でやるのが常識。ここで野球はいじめっ子がピッチャーをやるということが発覚。
- ロッテ、ビックリマンチョコが驚異的スピードで流行する
- こんな頃から二種類の新聞を見せられたりしながら世の中都合のいいようになっていることを親から教えられる。
- ゾイドが流行り始める。これにより共和国=正義、帝国=悪のイメージが多くの人につきまとうことになる。
- 学校の生物実習にはメダカ、ということで我が家で育てたメダカをもっていく。まさかこのメダカが数年後には絶滅危惧種になろうなどとはこのとき誰も気がつかない。
- 児童館の図書コーナーに多数ある、漫画、図鑑等を読みあさる。まことちゃん、三目がとおる、アトム等はこの時代にしか読んでいない。このとき漫画家になろうかとちょっと思う
- 誕生日プレゼントがみんなと違って「差別」「戦争」「障害」等のまじめな活字本(おまけ入り)だったりと、本当は聖人教育と言える感じだが、明らかに普通の家庭の常識で育てられていないというのがちょっとイヤだったりする、多感の時期を送るが、あとでこのことが人生の財産になる。
- 金持ちの友人に誕生日プレゼントとしておもちゃをもらったことがないと言うと、その子の小遣いでゾイドを買ってくれた。
- クリスマスには光線銃という高価なモノを段ボールで作った巨大靴下で待ちかまえるという強欲ぶりを発揮するも、それはかなわない。しかし、ローラースケートという第二希望の高価なモノが置いてあった。
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| 小4 |
- 部活が始まると同時に児童館はいけなくなる。その為に放課後、学校のやつらと今まで以上に遊ぶようになる。ついでにお金持ちは物を大切にしないことも発覚。そのお陰でおもちゃ修理が得意になる。
- 夏は水泳、冬はバスケを始める。当時、バスケはちょーーーーーーーーーーーマイナーだったため、入部した4年は二人だった。ついでに、市内でも小学校から男子バスケ部を持つところは少なかった。当時の6年の先輩達は非常に気さくで楽しかった。
- 取りあえず水泳大会に行った記憶があるが、いつ参加したかはすでに記憶からない。が、当時からブレスト(平)で出ていたような記憶だけはある。とりあえず、これだけは負けないようにする。
- 社会科の授業で、長野の高原野菜をまとめたノートを新聞風にしたらOHP(オーエイチピー)にして紹介してもらえた。ここから新聞風デザインをやたら用いるようになった。
- ミニ四駆が流行り出す。お金のない私はひたすらニッパーで穴を開け軽量化するというビンボーチューンをした記憶がある。コロコロが大ブレイク。
- トールキンの指輪物語が原作というテーブルトークRPG「ダンジョン&ドラゴンズ」を無理矢理兄に強要される。コンピュータゲーム機のない家なのでこれ以降、カードゲーム、ゲームブックなどを兄がそれらを飽きるごとに変更され付き合わされた。
- 某進○ゼミをやるようになるがすぐに挫折。いつの間にか付録しか楽しまないようになる。
- カブトとクワガタを入れた容器を家に置いたまま旅行に出かけたら、カブトはクワガタに胴体を切断され、クワガタは飢え死にしていたというおそろしい光景を目の当たりにする。これ以降、昆虫がニガテになるとともに、人間はいかに勝手な生き物かを知る。
- 我が家にパソコン「FM-77AV(富士通)」が登場。今では当たり前のリモコンキーボードを搭載した画期的なマシン。でもハードディスクはない。っていうかRGB入力を持つテレビ(今はあまりないけど)が必要だった。このテレビが後々役に立つ。え、パソコン?うーん、Basicをコピーしただけ。
- 同じクラスのやつとオリジナルキャラクターでカードを作ろうとか楽しんだ記憶があるが、私がやるものはいつも企画倒れで終わってしまうことに気がつく。
- 同じくミニ四駆トランプを制作。パーツを組み合わせてバトルをするという別ゲーム機能を付ける予定が、いったいどうやってプレイすればいいのかわからずおじゃんになる。ここで自分の創作性がないことをかなり痛感。
- 某大通公園が高速道路の下に完成したものの、すぐホームレスが住み着いたため、小学生がホームレスに石を投げつけたりすることもあり、私は投げつけなかったが、仲間外れになるのが嫌なのでそれを止めることも出来なかった。自分は親に反抗するかのごとく聖人になんかなれない、と半ばあきらめてはいたが、これが後々社会構造としてよくあることだと知る。
- いつもの週末のお出かけで車の中に流れる「BOOWY」や「X」などのカセットが大変自動車酔いを誘発する上にシャウトが非常にうっとおしいし、歌詞もなにやら夢がないので聞いてて苦痛だったが、TMのカセットだけは気分が良くなったため、これ以降TMの曲を聴く。
- PCエンジン、買う。でもビンボーだから1000円セールでソフトを買う。後は従弟からもらう。今もらっとけば良かったな〜と思うソフトに「超絶倫人 ベラボーマン」がある。いやぁ、あれは面白かったよ。「ベラボー!」といいながら首や手が伸びるの(究極的なバカゲーの一つ)。
- これ以降2.0だった目が急速に悪くなる
- ゲームを買ったら一時間目を休めるというルールを破りまくるという嘘つきぶり、反抗ぶりを発揮し始める。
- ガリレオ・ガリレイになることを決意
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| 小5 |
- このころからBB戦士が流行り出す。今度はボンボンがほどほどにブレイク。ガンダム魂に火がつき、ボンボンを読もうと仮病を使って休もうとしたら速攻でおんだされた。
- 「おもちゃの部品を隠された」と、やってもいないことを勝手に恨まれ、総スカン。長く連れ添った友人もしょせんはハム並の友情だったのか、ということが発覚。他の男グループと遊ぶようになる。この時からやってないことを「やった」と言われると死ぬほど腹が立つようになる。
- この頃から昔以上に一人で絵を描くようになる。と同時に男からスカンされているので女の子と仲良くするようにもなったりしたので「女ったらし」と蔑まれる。世の中意味のない枠組みで物事を語るんだなぁと気がつく。
- 既成の作品の絵をアレンジすることしか脳のない自分にちょっと嫌気がさすものの、文字主体の本はどうしても視覚的に伝わってこないので好きになれず、読書感想文も平和漫画等でごまかす。
- 小生意気なガキの兄貴が非常にしつこく、なんであとから入ってきたバスケ部員なのにろくに練習もしんのに先輩ズラされなきゃいかんのだ、と極度の先輩嫌いが始まる。この頃からバスケ人気が高まるので先輩がいきなり増える。
- 登校分団の班長に(6年生がいないので)しかたなく、なる。遠い方の分団だったが、常に学校に一番についていたのに、私が分団長になった時から遅刻ぎりぎりの分団になる。人を見捨てることよりも、一緒に行くことを重視した結果とも言えるが、なにより自分の家を出る時間がかなり遅かった。・・遅刻癖はここから。
- また、市の絵画展に出展される。自信作だったから欲しかったのに、姉妹友好都市へその絵は運ばれたらしい。
- ある日突然、公園で遊んでいたら膀胱炎になる。これ以降不本意ながらもトイレの近い生活を送るのが当たり前になる。また、そのせいで水泳教室で「トイレに行きたい」と何度も言ったのだが、事情を知らない先生は「言うことはそれだけか!?」とさぼりの口実であるように思われていた。これ以降何も口にしない方がいいことがクセになる。
- 歴史の授業が登場。かなりやる気になる。やたらと歴史絵を描くようになる。
- やたら水泳で潜水をするようになる。でも、バタフライはなかなかニガテのまま。この時、自分は楽な方へいってしまう自堕落性があることに気がつく。だが、端から見れば潜水25mの方が大変だったりする。
- 魔神英雄伝ワタルがブレイク。
- たまに店に行くと出入りの業者がお店のお客無視&責任回避のサービス姿勢なため、父に怒鳴られまくっていた。恐らく彼らは「やな担当場所だ」として精神的にイヤになっているであろう、というお客無視の企業システムと寡占産業の都合がまかり通っている偽サービスが蔓延しているコトを知る。
- 歴史マンガを読みあさる。環境問題に興味を持つようになり、よく調べた記憶がある。この時、ソーラーカーを作る人になろうと決意。
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| 小6 |
- 水泳大会では校内では速いけど、外に出れば体つきの違いがモロに出た。表彰には一歩届かず。メドレーリレーでは他の人も速かったので圧勝。でも、その上の大会にメドレー、ないのよね。だからいけなかったわけだな。
- 担任の「六年はすべての人が部活に入らなければいけない」というポリシーの元、バスケ部員が一気に増える。もともと運動能力ないからレギュラーにもなれず、いい番号もらっても、下級生含め私をのぞく全員が試合に出さしてもらえるが、一度たりとも声をかけてもらえなかっただけでなく、試合後に「連帯責任」として説教を垂れられ、努力と連帯責任というものが大嫌いになる。と同時に、弱小な小学校の部活動でも、実力がなければ試合に出してもらえないという理想的な現実を味わう、と思いたいぐらい「忘れられていた」という事実は認めたくなかった。この時教師はくそったれでいい加減なやつもいるんだな、と思う。一回も休まないことは評価に値しないモノだと痛感し、頑張ってるサラリーマンは損をしている社会構造の縮図をかいま見る。
- 国語の教科書を見て、田中正造になることを決意。この時影響されやすい性格を知る。
- いきなり進○ゼミをやる気になり、一気に赤○ン先生のポイントを稼いで、顕微鏡をゲット。物につられなきゃ勉強できない人たちの気分を味わう。ただし、それが終わるとちっともやらなくなる。
- 政治家を目指す、といっていたやつを皆生徒会長に推していたが、「なぜ、こんなやつが?」と思っていたので、反対。この時、世間は「頭が良ければ私学へ行って、お金持ちや政治家になる」というステータス病が蔓延していることを確認。ルールも守れん人間に政治家になって欲しくないと思っただけなのだが・・賢ければ許されてきた社会はこんな所にもあった。
- その対立候補を応援するポスターが結構評判で、勢い余って学級新聞係をやるが、恐ろしくセンスのないことに気がつく。
- PCエンジンGTを買うかスーパーファミコンを買うかで迷うが、値段の差、将来性でSFCを買う。先生への一言日記みたいなのに買ったことを書いたらなぜかクラス中の男が知ることになる。SFCはRGBでテレビへ接続したためにおそろしく綺麗な画像だった。
- 私立の中学へ行くやつが結構(?)いて、誤解されてかなんだかよくわからないが君もいけるんじゃないの?といわれたけど、当の本人は「私立って一体何よ?」と思っていたのでまったくそんなことはなかった。
- 卒業間際のクラスパーティーにて、ウィ○ピーハンバーガーというバーガーショップのハンバーガーが配布されたことに「すっげーっ!」と多くの子供が素直に喜んでいた。今では考えられない。
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| 中1 |
- 中学へ入学する。しかし2つの小学校区が合わさるだけで文字通り2倍の人数になるも半分は知っている人の状態である。隣の学区の方がやや荒れ者(かっこだけ)が多い感じ。しかし、私のいる年代というのは基本的にまわりが平和になるのは不思議だった。
- カバンを買うまでもないだろうと言うことでお古を使うことになったのだが、綺麗に使う自分が後でボロボロにする兄が先の順番が逆でないことにちょいと哀愁を感じた。
- バスケ部に入るかどうか迷ったのだが、SLAM DUNK大ブレイクのお陰で小学校でやってない人などもどんどん入るようなのでもはや「意地」で入部する。桜木花道よりも不純な動機かも知れない。しかし、小学校の時にバスケをやっていた先輩がいなかったのもなんだったのだろう。
- バスケ部も3年の中で「真面目に練習派」と「楽しくやろうぜ派」が対立する。前者は孤軍奮闘という感じで、やる気のある女子部と一緒に練習することが多くなる。これはDear Boysの最初の方みたいな感じでしょうか。とにかく練習は比較的ハードだったように記憶する。
- 流行ってるから始めたバスケを辞めていく人は山ほどいる。別に厳しいからではないが、まぁ他の部の方が色々出来るからいいのである。やはり部には適正人数がある。多すぎても試合が出来ないので面白くないのだ。というか所詮流行で始めた物など長続きする人は少ないのだ。
- 中学校は家から3分なのだが、あいかわらずギリギリで行くようになる。
- 身長が高い方から真ん中より前ぐらいになる。成長期が遅いことを心から悔やむとともに、女子より低くなったのも結構なショックとなった。当時のデータ:身長153.6、体重33.6
- ご多分に漏れず部活の帰りに公園によってくだらない会話を楽しんだりするという中学生活が始まる。この頃から成績がほんのちょっとわるくなるが、まだまだ満点を取ったりしていた頃である。
- 目が悪くなって眼鏡をかけるようになるまでは目を細めていたので目つきの悪い奴として印象づけられる。
- 尾崎豊が少しずつはやり出す。中学校にはいるという枠組みに組み込まれることで、これまでの考えを否定することが大人になることだという勘違いが横行する。
- 中学でも剥けチン男(生まれたときからの)はからかわれる光景を目にするが、剥けてた方がいいと知らないウブな若者が結構いた。
- 学ランというものが大変かたっくるしく、暑いと感じるシロモノだったため、夏服ならOKということなので、夏服を中に着てきて学校についてら脱ぐという、合法的に学校来たら帰るまで学ランを着ない賢い社会への反抗をしてみせる。このお陰で冬でも夏服を着ている生徒としてまたも全校中で有名になる。そのかわり学ランによる姿勢の矯正がないのでどんどん姿勢が悪くなる。
- 世間ではコンビニがサンチェーン24のような入りにくいモノから変わっており、学生が学校帰ってから当たり前に利用するモノになっていたが、私はほとんどお世話になることはない。その為おでんはどこがいい、と言った会話もついていけない。
- 中学にはいると小学校ではタブー視されていたエッチネタの会話がOKになるという不思議な社会構図を見る。ここでも置かれる状況下によって人間は都合よく変化するものだ、と悟る。
- 大好きな社会科が黒板2枚分書く古い「社会は暗記」型の教師の苦痛の時間にかわった。
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| 中2 |
- 後輩のめんどうをよく見るようになる。
- 先輩嫌いが再燃する事件発生。部活をさぼって水泳部の所で遊んでいた先輩が水泳部の顧問に怒られるのになぜか無関係な後輩も連れて行き説教を聞かされ、さらに水泳経験者はいるか?と聞かれ、自分たちも経験者なくせに知らぬ存ぜぬとばかりに下級生だけ水泳部に差し出す人身御供事件発生。私も犠牲者。こんな先輩には絶対ならないように、と心に誓う。水泳の区大会終了後、復部する。数人はサークル感覚のバスケ部よりもやりがいを感じ水泳部に残り、私よりも速くなり、いい成績を残すようになる。しかし私は負けず嫌いのため、こんな辞め方はゴメンだとばかりに戻ってからは一生懸命練習するようにする。おかげでいいユニフォームが着れるようになる。
- 先輩がこんな感じなので部は傾き始める。これまたキャプテンだけ頑張るという去年の構図そのままである。残された2年で立て直そうと・・・したのかどうかわからないが、特に強くもなっていないながらも、徐々にバスケットシューズ脱ベーシック(アシックス)化が流れとなり、派手なバッシュ(ナイキ)が増えていくようになる。
- やっと後半になってから背が伸び始める。しかし声変わりはまだ先という結構遅い成長期を迎える。その為ポジションもFからCをやらなければいけないと言われ、スラムダンクではこの身長でもGがいるのに・・・とまったく混乱期を迎える。
- 社会科の先生が「社会科を暗記しても意味がない」というこれまでとまったく逆の小学生に戻ったような心地よい授業のお陰でやる気をとりもどす。
- 心理ゲーム大ブレイク。ただし、選択肢のあるタイプはどう考えても統計学的に来ているとしか思えないこじつけも多かった気がして、これで人物評価ができると錯覚する学生が多いことに怖さを感じる。
- この頃からラ○ビー部との対立が一部いっそう激しくなる。というか外で練習していると弱肉強食よろしくとばかりに他の部のコートに惜しげもなく乱入してくるラグビー部は市に2つしかないため強豪となり、権力を振るっているので、血の気の多い人ならば腹立たしいと感じる。それでも大会の成績が良ければ教師は何もいわないという、いい加減にやってる部と一生懸命やっている部では扱いが違うらしい。心配りはラグビーには必要じゃないらしく、特攻あるのみで、その為にはなにをしてもいいというのがラグビーの印象となる。教育も勝てば官軍らしい。そこから何か一つのことが出来れば後は全て許される論理が通念化していることに恐ろしさを感じるようになる。彼らはその後強豪校にいって全国制覇してたりする。
- 権力や世論に負けないような教師になろうと決意。
- 父親面談にて、担任に「なにかありませんか?」と父に振ったところ「息子がメガネをかけたことがショックです」と学校が人間教育より重視する「学力」とちっとも関係ないことを答えられてみんな困ったらしい。それぐらい世の中の親たちが「多少アホでも健康ならそれでいい」として育てていないという平和な世に甘んじている現実を知る。
- エコーズを聞く。ただしもう解散したらしい。
- 修学旅行では、登校拒否児もグループに入れて出来るだけグループ内がなかよくまとまるように見守ることによって、自分がグループ内での役割が大体こうなっていくことを感じる。
- 三国志にはまりだす。
- また友情とはハム並なのかとか思ったりもすると同時に自分は切れると怖い事に気がつく。
- TMN普及活動を始める。しかし思ったほど効果なし。小室パワーなどまだまだ先の話だ。
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| 中3 |
- 身長が予想していた以上に大きくなってくる。3年始まった頃のデータは身長170、体重43.6が卒業する頃には178、46とまだまだ成長していた(体重は少ない)。遅い成長期もみんなが止まってから延びるということになにやら優越感を覚えるようになる。んが、現実は卒業するのに制服やらジャージやらを買い換えなければいけないようになってきたりする。
- いつの間にかドッヂで逃げ回るのが得意なのが楽々ワンハンドキャッチができるようになる。が、ドッヂをやるのは中学生で終わることに哀愁を感じる。
- 「どっから見ても車がこないのに赤信号を渡らないのはバカですよ」と国語教師に言われたのが理解できないほど頭が固い学生だった。
- 通常時でもやけに偉そうにしているラグビー部の一部の連中には偉そうにしてお返しをする(意味不明)。なんでコイツらはこんなに偉そうにしているのかと思ったが、部の威光を笠に着ているのも薄々感じられるとともに、これはいじめっ子がいじめられっ子に大人になってから復讐されるというサスペンスにも似ているなぁとか見ていて感じた。なぜか部活が終わってもエラそうな所を見るとOBが名声をたてに権力を振るう社会の構図を垣間見る。
- 部単位でたまってない少数グループとも偉そうにしてるから偉そうに仕返してやったらいつの間にかフレンドリーになっていた。やはり徒党が組めるバックボーンがあると人間は大きくなってしまうんだなぁ、と感じると共に、誰でもホントは基本は一緒なんだけどなぁ、ということが忘れ去られているシステマチックな社会に身を置いていることにもやや気がつく。ついでにどう見ても強そうじゃない体なのにあまりなめられないのは身長があるからだということにも気がつく。やはりチビさんから見ればなにかしらプレッシャーを感じるのだろうか。
- 身長が伸びるのが楽しいので昼休みに保健室へ出入りする事が多くなる。しかし、何をしたかは記憶にない。
- 社会の構図が異常にも感じされたので警察官にでもなろうかと決意。でも実はさりげなく、救いようがない者は消してしまうべきという人間嫌いも加速。
- ちっとも激しい反抗期とやらが来ない為、反抗期というのは反抗期という免罪符を若者に与えることになっている現実を確認する。そして、それに適合しないものを不的確とする社会構造が成立している事を理解し、これが教育の勘違いを助長させているのだと知る。
- 三者面談で滑り止めの私学について「どうしても共学がいいか?」と親の前で言われたのでさすがに「いいです」とは言えず、全部男子校を受ける事になってしまった。ここが人生の転機になるなどとは思いもしなかったりする(大げさ)。
- 滑り止めの受験にあっさり受かってしまったのでそれ以降勉強する気が起きず、あっさり公立撃沈。ゲームばかりしていてはダメである。
- 表面上はうまく付き合って、裏に行けば恐ろしい悪口を言う女子連中が卒業式でお約束の「絶対会おうね」を泣きながら言い合っているさまを見て、人の心が素に帰ったと思うより、女の言うことは絶対信用できないと心から思う。これ以降も女の女評価はかなり相対的じゃないな、と思ったりする。
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| 高1 |
- 野郎ばかりが1500人以上もいる学校へ通うことになる。6kmほどの距離なので自転車通学をすることによって小遣い1000円アップ。
- 昼間の校内放送番組の中で流れた曲が小室哲哉の「I want you back」にやけに似てるなぁ、と思ったらそれもそのハズ、それはTK
Rave Factoryことtrfの「EZ DO dAnce」。ここからTKが日本標準語になっていき、カラオケでもよく歌われるようになる。ただしTMN誰も聞かない。
- 当時は部活をしていなかったので、中学が一緒の連中と自転車で帰っていた。彼らは中学時代から「小室の凄さ」を知っていたので「trfとか色々あるけど、TMが一番すげーよな、もう10年ぐらいやってるもんな」などとと会話をしながら帰ったある日、立ち読みに入ったコンビニの音楽情報誌にて「TMN終了」を見て驚愕する。
- 音楽の流行に付き合うのが大変アホで、企業主義によるものだと中学入った時点で気がついたため、音楽流行を追うことはしないのだが、世の中はTKまみれになっていくので、なぜか流行を追いかけるわけでもなく自然に小室モノだけを聞いていても時流に流されないでいた。
- 非常にいい加減で自分の持つ道徳観を押しつけるだけの教師が非常に多いことに気がつく。ヤンキー漫画に登場するような教師が現実にもいることを確認。
- 県下にその部が6校しかないと言うR部に入部。これ以上にないハードなスポーツをやる羽目になる。と同時に、これまでやってきたことは遊びレベルだったとつくづく痛感する。あまりにハードなため、中学時代は「くどい」「吐き気がする」といって嫌われていたポカリを愛飲しなければやっていけない体になる。
- 当時の体重では日本一背の高い軽量級(たぶん)として試合に出るも試合にならず、苦痛な夏合宿を半死にで乗り越える。部活に入部するのが他の人より二ヶ月も遅いため、とうていついていくことなど出来ない。
- 部活に入って小遣い1000円アップ。しかし、世の中には帰宅部で15000円の小遣いをもらっているという人間もいたが、気にせずお金を大事にする生活を送る。といってもゲーム雑誌とゲームソフト、ポカリに消えていくのが大事かどうか不明。
- 高校生にもなると「コンビニが友達」と言うぐらい多く利用することが当たり前のようになっている、消費世代にいることがイヤになる。それと同時に子供に朝飯も食わせないことがホントに多い現実を痛感する。と同時に、購買のジュースを毎日何本も飲んでおやじ腹になっている高校生がかなり増えているという社会の病理をなんとかしないと、と思う。
- 新幹線沿いだったこともあり、全館クーラー付きだったが設定温度を20℃にしながら「さみーさみー」と上着を着ているお馬鹿な連中と教師が大変多いことに気がつくと同時に、ここに教育はないともちょっと思う。
- 三者面談で担任に「お子さんの体じゃ部活を続けてもいい成績残せませんから、早く辞めて大学入試に専念したことがいいです」と言われ、激しい屈辱感を憶える(慣れてるからいいけど)が、あとで父から「あんな奴の言うことは無視しろ」と言われ、今以上に力を注ぎ込むことを決意。ここで辞めていたらなんの価値もない人間のできあがりだったと思うと共に、教師はつくづく教師の常識にしか捕らわれていないということに嫌気がさす。
- この担任は国語教師なのでその後も道徳っぽいことを語るが、重要な連絡事項をしなかったり、文化祭に理想論を持ち出してきたりと、時代錯誤というか不的確ぶりをアピール。
- クソ寒くてもコート・マフラー禁止という校則によって風邪人続出。それでもかえない校則に教師の思想だけが選考しているルールによる被害者は無視する構造になっている学校を知る。それと同時に、今まで割といい先生に囲まれていたんだな、と改めて思う。
- カバンが決まっているくせに、すぐボロボロになり、高い、と踏んだり蹴ったりのルールばかりで、学校は言い訳と建前で作られている部分が大きいんだ、と大人になる。
- 大学のことを知らない人が多いのに、受けさせられた模試にはみんな、この時東京大学物語が連載中だったことも手伝って「東大」を希望と書いていた。これではじき出された偏差値が本物だと信じて勉強している人がいる数字の怖さを知る。
- 中学の頃は自分の住んでいるところが「ドラえもん」などのマンガに出てくる風景とあまりにも違うため、田舎だと思っていたら(「駅前」がないとか。地下鉄駅二つある方が)、都会だと言うことに周りに気がつかされた。子供の認識力というのは面白いものだ。
- 2年から文系理系のどちらかに分かれなければいけないという、明らかに高度経済成長時の名残を受けた効率的教育システムがあることを実感。当然のごとく、性格診断テストで文系理系同じ点数という己の柔軟さをアピールするものの、そんなものにはつきあえない学校はどちらかでないとダメだとするので、仕方なしに「あまり好きな分野ではないから勉強しなくてはいけない」理系を選ぶ。ロボットかソーラーカーとか作るかなぁ、と気楽に構える。
- ちなみにこのテストはなぜか教師用のものを渡された。「生徒の回答信用度」などいやらしい項目が生徒の目にさらされることになるが、担任は手元に残った生徒用の診断書を見てもいない。ヤンキー漫画に登場する教師は実際にいるんだなぁと痛感する。それと同時に幼年期にこういうのに会わなくてよかったなぁ、と思う。
- 春の合宿にて泊まったホテルで、サリン事件を見る。
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| 高2 |
- 部活のせいか、一年間で10kg体重が増える。身長は182へ
- この年の1年生から新制服になる。鞄や靴を合わせて10万も取られて、8階建ての新校舎の資金に回されるという噂が真しなやかに流れる。
- もちろん、建設費の寄付金の紙を何回も配られる。私学にそんな余裕がある人はそういないのに。目新しくすることでしか状況を変えられないと思っている私学の思想にちょっと気づき出す。
- 学習レベル別振り分けにより理数系科目の時間はクラス移動をさせられるが、結局「面白い」教師を選ぶため大して勉強しない気もしないでもなかったりする。しかも文系授業の方がやはり自分にはあっていたなぁ、と思いながらそっちの成績ばかり良いままである。機械に強いから理系が向いているというのは世間が勝手に決めた分類法だと痛感する。
- 物理の教師がかなり不安なおっさんだった。
- 担任が替わる。今度は体育教師なので、運動部の先生でのコネクションにより、情報も仕入れているようで、三者面談で「部活も頑張れ」とまったく反対のことを言われた。人はそのルーツに沿ったアドバイスをする、とつくづく思う。父は「まともな先生」と認識し、普通の三者面談らしく性格的な事などを話し合っていた。
- 部活の先生が昨年ほど忙しくなくなったので部活に顔を出すようになって厳しさが増し、辞める人も大量(そんなにいるわけじゃないが)出てきた。みんな脱走を試みたが、途中で辞めるのはアレなので、走ってみたりする。走るのは嫌いだが、しょうがなくトレーニングしたおかげで持久力が上がる。
- 部活でケガが減ると共に、体格が明らかに違うので他人とは違うやり方をするようになる。一に練習、二に練習という学校でもなかったので、スマートに強くなることを奨励する動きになってくる(おそらく逃げたのを少し考慮しているのだとも思われる)。格闘系の運動部にありがちな「これが正しいのだ」という方法を押し付けられなかったおかげでストレスがたまらない。その分逆に、追いこまなくなるクセと、独善的な思想にはますますついていけなくなる性格にもなる。
- 世の中どんどん「人のせいにしながら責任(=金)を取ってもらおう」ということが当たり前のようになってきているようなので、弁護士がどんどん必要な時代になるだろうなぁ、と思う。
- 前年度までの行き先と異なり、修学旅行は九州に。行きは新幹線、帰りは鹿児島から大阪までフェリーという日程で、寝不足な若者たちはフェリー内でほとんど全滅状態だったのは言うまでもない。翌年から飛行機になった。
- 男子校な上にコンパも断って、受験勉強もさしてしなかったので、物を色々な角度で考えるくせがつき、軽い悟りを開く。宗教も、学問も、歴史も、神も、ある程度の分析をする。もちろん、その時の思考は現在も受け継がれている。
- おそらく「冷静に学問を身につける」為に男子校が存在するのかも、とか思っていたら、共学化の話が上がっている・・・世の中こんなモンだと知る。
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| 高3 |
- 体重が5kg増える。こんなに変化するとは夢にも思わなかったが、河田雅史並にその分の適応する努力を行っていなかったため、大して活躍も出来ず終わる。
- 世間はいよいよ大学受験に支配される。センター試験の思想とか、受験にまるまる時間を費やす1年が明らかに「学問として変だろ」とか思いながらも、とりあえず出来ない勉強をする為に進研ゼミを夏までやる。
- 部活は国体までやらない。ただ、この年にあったオリンピックの試合で、似たような体型の人のオリジナル技を見て、これを試したくなり、同時に「これをもっと早く知っておけば良かったなぁ」と後悔する。これ以降、「最新の動向」というものが人間にとって大きな武器になると再確認する。
- 夏休みに猛勉強するはずが、ニュースや三國志ばかり見ていた。そうすると、細川首相がコメをどうこう、ということでもめている。うどん食えばいいだけの話なのに無理して輸入したタイ米(のちに向こうの料理法で食べればおいしいと「美味しんぼ」でやっていた)が大量に捨てられる事件も発生。何もしないのに淡い期待だけしている社会の一部を見て、「このままじゃいかんなぁ」と焦り出す。
- また、世の中を知れば知るほど日本という国は技術や製品と言った分野だけ特化してしまって、制度や法、はては経営、政治という分野のレベルがかなり低く、また理系と文系に分けてものごとを考えすぎて問題が生じているという感じを激しく受けるようになる。
- こんな国でロボットやソーラーカーが社会に浸透したら、結構な数の犠牲者が生まれそうな気がし、そっち系の技術者候補(と指導者)は山ほどいるので、自分は日本の弱い分野に進まねばならないと思う。
- 現状の流れを見る限り、人は時代を追っても何を手に入れても歴史を繰り返すばかりだと痛感する。このままではこれまで見てきた「作品(理解してない人が多いし)」を作った人たちに申し訳がないと思い、物書きかジャーナリストか何かになろうと思う。そのためには様々な知識を多面的に学習する必要を感じるようになる。また、世界的レベルで監視が行える(ように思える)通信インフラに興味を覚える。
- 結論として、理系の勉強をほぼ手打ちにして、「総合」的に物事を取り扱う新しい大学、世界のことを知る為に小さいモデルとして「都市」を扱う所、そして情報通信のノウハウを学べるところ、にかけることにする(それが正しいかどうかは・・・)。
- そんなわけだから、皆が世の大人たちと同じように「意味がないけど仕方ないじゃん」と思ってする行動には付き合っていられないとして、さっさと合格が決まる推薦を狙いに行く。
- こんなとき部活をやってきて県体○位(マイナーなスポーツなのでみんなもらえます)なので、内申点が良くなったなどとは1年の担任は考えもしなかっただろう。世の中先入観しか持たない人間の言うことは無視してやりたいようにやってみるものである。小学校では否定されたが、努力はそれなりに報われるらしい。
- 附属高校の上の大学の試験問題が学部にマッチしたものである上に、「落とすため」じゃないものに見えたので、結局そこにする。附属とは言っても文系じゃないと特別推薦(ほとんど合格が決まっている)はとれないと言う「総合」とは思えない制度的欠陥により、一般推薦を受ける(今は違うけど)。
- 受かる。面接内容がしょぼかったので、落ちたら落ちた方がいいやと思ったけど、受かってしまったらその勢いで入学手続きをしてしまう。
- その後理系関連の勉強がさらにおろそかに。パラパラマンガを書いていたら説教された上に、知り合いがそこに勤めていて、「あそこはパソコンも古いままだしろくな所じゃない」などと受かってから言われた。普通は受かった人間にいうべきではなく、ダメならダメでアドバイスのしようがあるだろと思うが、よほどカチンと来たらしい。冷静な大人を目指す。
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