
- 呼称:尾八重一本杉(おはえ-いっぽんすぎ)
- 樹種:スギ科スギ
- 所在:西都市尾八重・横尾
- 指定:県巨樹100選・市天然記念物
- 幹周:620cm 樹高:24m
- 樹齢(推定):450年
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この巨樹は、他では見ることのできない凄まじい形相をしています。
高さ約5mまでは通直の幹ですが、その上部に張り出している枝の何と荒々しいことでしょう。おそらく険しい尾根という棲息環境がそうさせたのだと気付くのにさほど時間は
要りません。
尾根道は、尾八重集落を経由して空野峠へと続き、かつて豊後に落ち延びる戦国武将伊東義祐(いとう
よしすけ)一行が通った道と伝えられています。 |



- 呼称:樅木尾有楽椿(もみぎお-うらくつばき)
- 樹種:ツバキ科ウラクツバキ
- 所在:西都市尾八重樅木尾・椿の里公園
- 指定:県巨樹100選・県天然記念物
- 主幹周:183(計344)cm 樹高:10m
- 樹齢(推定):300年
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ウラクツバキの名は、織田信長の実弟織田有楽斎(うらくさい)長益が茶花として愛用したことに由来し、上流階級の茶の湯の席で重宝されました。
尾八重(おはえ)地区には、樅木尾(もみぎお)、大椎葉(おおしいば)に2本の県指定天然記念物のウラクツバキがあります。
淡いピンクの花は、この地域に古くから中央との交流があり、文化的にも開けていたことを物語っているのです。 |



- 呼称:小椎葉(こしいば)の桜
- 樹種:バラ科ヤマザクラ
- 所在:西都市尾八重・小椎葉
- 指定:370cm 樹高:13m
- 樹齢(推定):130年
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今はなき小椎葉(こしいば)小学校は、最も多かった昭和18年には児童数128名を数えましたが、昭和55年に閉校を迎えたとき2名にまで減っていました。
閉校の日は、「奮起」と刻まれた創立100周年記念碑が建てられてからわずか2年半後です。
サクラは、林道を挟んで学校跡の西側にあり、付近には同年代のヤマザクラが数本並んでいて、人知れぬ桜の名所になっています。
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- 呼称:吹山(ふきやま)のコウヤマキ
- 樹種:スギ科コウヤマキ
- 所在:西都市三納・吹山国有林
- 幹周:410cm 樹高:19m
- 樹齢(伝承):300年
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小泊越(おどまりごし)と呼ばれるこの付近の旧往還は、鹿児島島津氏に敗れ豊後に落ち延びる伊東一族がたどった道です。
あまりの険しさと慣れぬ山歩きに、自害して果てた姫君や女中もあったといいます。
コウヤマキは、日本三庭園樹の一つに数えられるスマートさがありますが、この孤高の巨樹には荒々しい環境で育った風格が備わっているのです。
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- 呼称:上穂北(かみほきた)のクス
- 樹種:クスノキ科クスノキ
- 所在:西都市南方・南方神社境内
- 指定:県巨樹100選・国天然記念物
- 幹周:1,200cm 樹高:36m
- 樹齢(伝承):1000年
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南方神社は、南方・穂北2村の産土神社として尊崇厚く、かつての祭祀はたいへん賑やかでした。
クスノキの巨樹は社殿の左手に鎮座し、明治初年に神社がここに移ってきたときには、すでに今と同じ雄姿を見せていたことでしょう。
自然に根付き、尊崇の対象になっていたこの樹のある場所が、神社の移転先に選ばれたのは当然の成り行きと考えられるのです。 |



- 呼称:都万神社(つま-じんじゃ)のクスノキ
- 樹種:クスノキ科クスノキ
- 所在:西都市妻・都万神社
- 幹周:735cm 樹高:18m
- 樹齢(伝承):1200年
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天孫瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)と結婚した木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)を主神とする都万神社は、「さいまんさま」の名で親しまれ、
付近には神話ゆかりの地が多数みられます。
都万神社には、クスノキやハナガガシの巨樹群がみられ、社務所南には数度の火災や台風に遭いながらも幹半分が生き続けている国天「妻のクス」もあります。 |



- 呼称:大口川(おおくちかわ)のタブ
- 樹種:クスノキ科タブノキ
- 所在:西都市右松・大口川
- 指定:462cm 樹高:12m
- 樹齢(推定):250年
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この樹は大口川地区の矢野家墓地内にあり、古い石段の脇にさも門番のような出立ちで立っています。
樹高はさほど高くはありませんが、その枝は道路に大きく迫り出して木陰をつくり、樹下には石塔や地蔵が祀られています。
昭和58年に建立された改葬之碑には、一族和合の願いが施主6名の名とともに刻されています。 |



- 呼称:国分寺(こくぶんじ)のイチョウ
- 樹種:イチョウ科イチョウ
- 所在:西都市三宅・国分寺跡
- 幹周:800cm 樹高:20m
- 樹齢(推定):600年
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西都(さいと)は、古代から中世にかけ日向国(ひむかのくに)の中心地でした。
日向国分寺には、1788年から9年間住職としてこの地に住んだ木喰行道(もくじき-ぎょうどう)作の五智(ごち)如来像が残されています。
木喰は、焼失した国分寺を再興した後に、イチョウの空洞に小さな像を祀り、「樹皮がほこらを包み込んだとき我再びこの世に現れん」と告げこの地を去ったといいます。 |



- 呼称:麟祥院(りんしょういん)のイチョウ
- 樹種:イチョウ科イチョウ
- 所在:西都市妻白馬町・麟祥院
- 指定:県巨樹100選
- 幹周:850cm 樹高:21m
- 樹齢(伝承):1300年
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この地に住む長者夫婦がやっと授かった女の子・お波は、実は霧島山の池の龍神でした。
両親はお波を霧島山の池に帰し、そのとき杖にして持ち帰った湖畔のイチョウを庭先に挿しておいたところ、これが根付いて育ち、現在の雄姿になったと伝えられています。
お波の冥福を祈って建てたお堂は竜神様と崇拝され、今も参拝者が絶えません。 |



- 呼称:春日の大銀杏(かすが-の-おおいちょう)
- 樹種:イチョウ科イチョウ
- 所在:新富町新田・春日
- 指定:町天然記念物
- 幹周:580cm 樹高:25m
- 樹齢(伝承):600年
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麟祥院の一ツ瀬川対岸にある春日の大銀杏は、根元から5本の支幹を生じ、イチョウとしてはそう大きくありませんが、風格を漂わせています。
大銀杏から西に下った河岸には、その昔「栗唐瀬(くりからせ)の渡し」と呼ばれた渡し場があり、ここから対岸の右松村に渡って妻村や幕府領穂北村(いずれも現西都市)
に通ったと伝えられています。 |

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