
- 呼称:人夫坂(にぶざか)のサイカチ
- 樹種:マメ科サイカチ
- 所在:高千穂町上野・勢里ノ平
- 指定:県巨樹100選
- 幹周:355cm 樹高:13m
- 樹齢(推定):200年
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サイカチの豆果は薬用になり、昔は石けんの代用にされました。ここ人夫坂のサイカチも、
近年まで実を拾いに訪れる人があったといいます。
この地はかつて大雨のたびに崩壊し、多くの作業員が復旧にあたったので人夫坂と名付けられました。日向地誌に「西畔に人夫坂越あり」と記され、
このサイカチは西南戦争時の軍図にも記されていました。
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- 呼称:向山(むこうやま)のカツラ
- 樹種:カツラ科カツラ
- 所在:高千穂町向山・上ノ切(じょうのきり)
- 指定:県巨樹100選・町保存樹木
- 幹周:1,330cm 樹高:30m
- 樹齢(伝承):500年
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島津軍に追われ豊後落ちする伊東義祐(いとう-よしすけ)一行は、諸塚村側から山を越え上ノ切(じょうのきり)の山東にあたる不動の瀬川(日之影町)沿いを下り、
一旦五ヶ瀬川を渡りました。そのまま北進すれば豊後は近いものの、反豊後勢力を避けるため再び引き返して秋元川を上り、上ノ切を巻くように五ヶ瀬町方面を目指しました。
小さな沢の傍らに立つカツラは、人々の愛憎を包み込み、今も水神様として崇められています。
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- 呼称:浄専寺(じょうせんじ)のサクラ
- 樹種:バラ科エドヒガン
- 所在:五ヶ瀬町三ヶ所宮之原・浄専寺
- 指定:県巨樹100選・県天然記念物(S40.8.17)
- 幹周:250cm 樹高:15m
- 樹齢(伝承):200年
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シダレザクラ(枝垂桜)は、エドヒガン(別名:アズマヒガン、ウバヒガン)の園芸種でイトザクラとも呼ばれます。
「三ヶ所のシダレザクラ」として県の天然記念物に指定されるこのサクラは、毎年4月10日前後に、境内の三重の塔ともあいまって雅な満開の花姿を楽しませてくれます。
第九代住職の戒肇が江戸末期に京都祇園から苗を持ち帰って植えたものと伝えられていて、戒肇の在職年代から樹齢200年とされています。
町内にはこの他にシダレザクラの巨木が2本あって、開花期にはその子孫たちも加わり、町全域が彩られます。
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- 呼称:小原井(おばらい)のトチノキ
- 樹種:トチノキ科トチノキ
- 所在:諸塚村七ッ山向の原・小原井神社
- 指定:県巨樹100選・県古木(S46.3)・村天然記念物(S57.6.1)
- 幹周:560cm 樹高:32m
- 樹齢(推定):400年
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日向地誌に「七ツ山村に8戸の木地師(きじし)がいて、1,700個の木器生産」と記すように、
かつて小原井には木地師が住み、小原井御器(ごき)と呼ばれる木器を産したことで知られています。その小原井神社参道の石段脇に、
あぐらをかくように鎮座するトチノキは、全国トチノキ番付に上がるほどの巨樹で風格が感じられます。
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- 呼称:矢村スギ(やむら-すぎ)
- 樹種:スギ科スギ
- 所在:諸塚村七ッ山矢村・矢村稲荷神社
- 幹周:県古木(S46.3)・村天然記念物(S57.6.1)
- 幹周:640cm 樹高:29m
- 樹齢(推定):600年
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矢村稲荷神社に関する村史の記述に「矢村大明神を勧請せるものが、かの椎葉十根川の八村大明神なりと伝えている」
とあり、八村スギ(ひむか神話街道を訪ねて)のある十根川神社はこの矢村稲荷神社を勧請したとし説明していますが、
伝承を明らかにできるものは残されていません。矢村スギは境内に3本あり、1号杉・2号杉(625cm,30m)・3号杉(470cm,29m)と呼ばれています。
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- 呼称:諸塚神社(もろつか-じんじゃ)のケヤキ
- 樹種:ニレ科ケヤキ
- 所在:諸塚村七ツ山立岩・諸塚神社
- 指定:県巨樹100選
- 幹周:635cm 樹高:30m
- 樹齢(伝承):500年
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諸塚神社はもとは諸塚山の中腹にあったとされ、1871年に七ッ山神社に改称するまで「諸塚太白太子大明神」
または「諸塚太白山大司大明神社」と称したといいます。高千穂神社仏閣簿(1691)に「日向国見ゆる県(あがた=延岡市)御元 東海(とうみ)之おき ほかけ舟見ゆる」
とあり、延岡市沖まで見晴らすことができる諸塚山の眺望を記しています。
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- 呼称:川の口神社(かわのくち-じんじゃ)のケヤキ
- 樹種:ニレ科ケヤキ
- 所在:諸塚村家代(えしろ)・川の口神社
- 幹周:480cm 樹高:32m
- 樹齢(推定):250年
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天神は菅原道真の神号で、道真を火雷天神とする信仰が起こって以降天神様として祀るようになりました。
川の口神社は、それまで各家庭に祀られていた天神を、天保11(1840)年2月現在地に社殿を創建して祀り始めたのが起源とされています。従って、
祭神は道真ほか3神で、明治4年までは天満宮と呼ばれました。
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- 呼称:松原(まつわら)のカゴノキ
- 樹種:クスノキ科カゴノキ
- 所在:諸塚村家代・松原公民館
- 幹周:405cm 樹高:14m
- 樹齢(推定):200年
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松原の背後はかつて諸塚の中心地であった家代で、ここからは尾根越しして通う必要がありました。
東は宇納間(うなま:美郷町北郷区)へと続きます。昔一人の盲僧が宇納間から家代に向かう途中雨に降られ、雨宿りをしていたところ強盗に金を奪われ殺されました。
それから七日七夜にわたって、村中に琵琶の音が聞こえたという伝承があります。
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- 呼称:松尾(まつお)のイチョウ
- 樹種:イチョウ科イチョウ
- 所在:椎葉村松尾下松尾・庄屋跡
- 指定:県巨樹100選・国天然記念物(S44.2.28)
- 幹周:550cm 樹高:32m
- 樹齢(伝承):700年
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イチョウがあるこの地は松尾庄屋跡で、代々松岡家によって受け継がれました。
当時の松尾村は神門(みかど:美郷町南郷区)との交易が行われ、松岡家には50頭もの馬が飼われていたといいます。
庄屋と同時期の生まれとみられる松尾のイチョウは、大小さまざまの乳垂(気根)が数多く見られ、学術上も貴重とされています。
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- 呼称:松木(まつき)のアスナロ
- 樹種:ヒノキ科アスナロ
- 所在:椎葉村松木・椎葉晃充邸裏
- 幹周:510cm 樹高:20m
- 樹齢(推定):500年
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昔椎葉山から村外に出るには、神門口、馬見原口、球磨口、米良口の四方の道をいずれも峠越えをしなければなりませんでした。
馬見原口の一つに「霧立越」があり、ここ松木は霧立越の起点の一つでした。運送業を担う「駄賃つけ」は、松木から扇山登山道を上り、
白岩山を経由して五ヶ瀬町鞍岡に下りていったといいます。
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- 呼称:上福良(かみふくら)のウラジロガシ
- 樹種:ブナ科ウラジロガシ
- 所在:椎葉村上福良・御堂
- 幹周:475cm 樹高:13m
- 樹齢(推定):500年
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この地の中心に「御堂」と呼ぶ小高い丘があり、宇納間地蔵(うなま-じぞう:美郷町北郷区)を勧請して祀っています。
堂の周囲は墓地で、集落の高台にある光現寺創建のころからのものといいます。歴代住職の墓は既に境内に合祀され、初代住職は慶長7(1602)年往生と記していますが、
創建については明暦3(1657)年などの諸説があります。
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- 呼称:壱の杉(いちのすぎ)
- 樹種:スギ科スギ
- 所在:椎葉村不土野神輿・向山神社
- 指定:村天然記念物
- 幹周:777cm 樹高:40m
- 樹齢(推定):500年
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向山神社のそう大きくない社殿は、鬱蒼とした社叢に囲まれていて、幹周470cmのウラジロガシのほか、
スギ・モミ・シデなどが巨木の森を作っています。壱の杉は、境内の下にある田圃との境界あたりにあり、以前は十数本の巨杉が列をなしていたそうで、
最も大きく壱の杉と呼ばれてきたこのスギが残されたといいます。
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- 呼称:村所(むらしょ)小学校のオガタマノキ
- 樹種:モクレン科オガタマノキ
- 所在:西米良村・村所小学校
- 幹周:392cm 樹高:19m
- 樹齢(伝承):100年
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村所小学校の創立は、学制頒布の明治5(1872)年ごろとされていますが、詳しい資料は残されていません。
元は今より下方にあったらしく、おそらくは寺子屋風の学校が開設されていたと推察されます。現在地に校舎を移転新築したのは、明治39(1906)年ごろとされており、
このオガタマもその記念樹と見られています。
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