
- 呼称:淡島どん(あわしま-どん)のスダジイ
- 樹種:ブナ科スダジイ
- 所在:都城市山之口町古大内・淡島神社
- 指定:県巨樹100選
- 幹周:440cm 樹高:15m
- 樹齢(推定):200年
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山之口番所は、1823年まで一之渡御番所と呼ばれていたといわれ、
淡島神社辺りに古大内川の渡場があったものと察せられます。この神社は、古くから足の神様として崇敬され、遠く高城町からも参拝に訪れていました。
境内の隅に陣取るシイは、往時の人の往来を物語るように、太い枝を広げて木陰を作っています。
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- 呼称:梅北(うめきた)小学校のケヤキ
- 樹種:ニレ科ケヤキ
- 所在:都城市梅北町・梅北小学校
- 幹周:530cm 樹高:25m
- 樹齢(伝承):100年
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都城市立梅北小学校には、メインのケヤキのほかに幹周390pと380pの3本の巨樹が残されています。
1915年に大正天皇の即位記念として、「五本同時」に植えられたものと記録されていますが、2本は落雷などによって失われました。
案内板には、空襲にも焼けず、台風にも耐えて大きくなったと記されています。
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- 呼称:都城(みやこんじょ)のケヤキ
- 樹種:ニレ科ケヤキ
- 所在:都城市小松原町・児童公園
- 指定:県巨樹100選
- 幹周:568cm 樹高:16m
- 樹齢(推定):150年
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神柱(かんばしら)神社は、島津荘を開き1026年に関白藤原頼通に献上して荘官となった平季基(たいらのすえもと)が、
島津荘の総鎮守として伊勢神宮を勧請し、アマテラスオオミカミの分霊を奉祀して建立した社です。はじめ梅北にありましたが、1873年に現在地に移されました。
その西に隣接する公園で四季の彩りを見せるケヤキは、都城の代表的巨樹です。
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- 呼称:庄内(しょうない)のカヤ
- 樹種:イチイ科カヤ
- 所在:都城市庄内町・豊幡神社
- 指定:県巨樹100選
- 幹周:500cm 樹高:21m
- 樹齢(推定):400年
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カヤがある豊幡神社の創建は明らかではありませんが、社伝によると、もと野々美谷城内にあったものを、
第七代都城領主北郷数久(ほんごうかずひさ)が、山久院(さんきゅういん)のあったこの地に移したとされています。
山久院は、初代北郷資忠(すけただ)の菩提寺で、境内には資忠夫妻の墓所も残ります。
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- 呼称:是位川内(ぜぃかわち)のイヌマキ
- 樹種:マキ科イヌマキ
- 所在:山田町下是位川内・万寿邸
- 指定:県巨樹100選
- 幹周:430cm 樹高:10m
- 樹齢(推定):350年
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このイヌマキは、特に枝葉の茂りが見事で県外からも見学に訪れます。所有者によれば、
この付近は2〜3mも掘るとボラが出現するといい、ボラの透水・保湿効果によってイヌマキが健全なのではないかといいます。
イヌマキ脇の石塔は、古くは裏手の斜面にあった薬師様で、崩壊があったためここに移して祀りました。
※ボラ:霧島山の噴火による火山礫で空隙に富む。
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- 呼称:華舞(はなまい)神社のイチイガシ
- 樹種:ブナ科イチイガシ
- 所在:山田町梼崎・華舞(山田)神社
- 指定:県巨樹100選
- 幹周:460cm 樹高:35m
- 樹齢(推定):250年
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華舞神社の創建年代は明らかではありませんが、1333年に奉献された手洗鉢の記録から相当歴史のある神社とみられています。
文禄年間に豊臣秀吉の意により大隅国に下向した近衛信尹(このえ-のぶただ)が同社に泊まり「華」と揮毫(きごう)したことから「安永(やすなが=地名)華舞権現」
と称しました。イチイガシは社叢の西斜面下方、森に沿って走る道路の脇に立っています。
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- 呼称:山田のイチョウ
- 樹種:イチョウ科イチョウ
- 所在:山田町石風呂・永井玄 邸
- 指定:県巨樹100選・県天然記念物(S14.1.27)
- 幹周:890cm 樹高:40m
- 樹齢(伝承):400年
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この木は所有者の祖先が藩主に従って出陣したとき、負傷したため杖にして持ち帰った枝を挿しておいたところ、
いつの日にか根付いたものと語り継がれ、その時代は北郷資忠(ほんごうすけただ)がこの地に居を構えたころにさかのぼります。
大きな乳垂を降ろしているこのイチョウは雌木で、毎年たくさんのギンナンを恵んでくれるといいます。
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- 呼称:飯野(いいの)のイチョウ
- 樹種:イチョウ科イチョウ
- 所在:えびの市原田・市飯野出張所
- 指定:県巨樹100選・県天然記念物(S10.7.2)
- 幹周:650cm 樹高:18m
- 樹齢(伝承):400年
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イチョウが根元に抱く石碑は、木崎原(きさきばる)合戦から10年後に島津義弘が長男の供養のため建立したものといわれ、
伝承されるイチョウの樹齢はこの前後に根付いたことを示しています。明治初期の西南戦争で、西郷軍と官軍がこの地で戦火を交えたとき、
イチョウも災禍を免れず、空洞には当時焼かれた跡が残るといいます。
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- 呼称:荒神堂(こうじんどう)のタブ
- 樹種:クスノキ科タブノキ
- 所在:えびの市京町・荒神堂
- 指定:市天然記念物(S49.1.24)
- 幹周:610cm 樹高:9m
- 樹齢(推定):300年
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京町では火災が少なく、たとえ火災があっても大火にならないといわれます。京町の荒神は火の神として知られ、
古くから市民の篤い信仰を受けてきました。西南戦争の折に焼かれたという荒神堂境内のタブノキは、すでに幹の半分が失われていますが、
枝葉の繁りと半円筒形の幹との絶妙なバランス、そして健全な根系によって生き続けています。
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- 呼称:大沢津(おおさわづ)のオガタマノキ
- 樹種:モクレン科オガタマノキ
- 所在:野尻町三ケ野山大沢津・墓地
- 指定:県巨樹100選・町天然記念物(H6.3.18)
- 幹周:575cm 樹高:13m
- 樹齢(推定):300年
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このオガタマノキは墓地の守護木として植えられたものでしょう。
墓石は真新しくなりましたが、かつての墓石に刻された年代からは、相当の樹齢であると察することができます。
全国調査においても、巨樹として報告される個体数の少なさから、全国有数の巨樹であることは疑う余地のないところです。
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- 呼称:栗須小(くりす-しょう)のセンダン
- 樹種:センダン科センダン
- 所在:野尻町三ケ野山・栗須小学校
- 指定:県巨樹100選
- 幹周:550cm 樹高:17m
- 樹齢(推定):130年
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同校区の三ケ野山(みかのやま)地区には薩摩弁で「みかんやまだまし(魂)」といわれる自主的・自立的・
進取の気性が児童の成長に大きな力になっているといわれます。栗須小学校の校庭にあるセンダンの根元には、巨樹からの語りかけが記されたパネルが添えられています。
季候のいい時分には樹下を利用して緑陰教室も行われ、自然の中でのびのび学習する姿が見られます。
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