蒲田行進曲
2005年10月。
頭痛が止まらない彼は、
週2回の通院治療を課せられた。
土曜の午前に診察している病院を探し出したので、
1回は土曜に行けば、会社を休まずに済む。
残りの1回をどのタイミングで行くことにするか、
彼は迷った。
だいたい午後はどの曜日も定例MTGが目白押しで、
単純にいえば午前中に通院した方がラクだ。
しかし、半身麻酔を打つとしばらくの間、
片方のまぶたは重くなり、
片手の動きなども鈍ったりするし、
鼻水も止まらなくなったりする。
こんな状態で、午後に勤務をするのは、
見た目も恥ずかしいし、体調的にもつらい。
ということで、
業務に支障をきたさぬわけではないが、
ここは治す方を優先させてもらい、
MTGを欠席したり、代役で調整しながら、
土曜と対極にあたる毎週水曜の午後に、
彼は半休を充てて、通院することにした。
そんな、とある水曜。
いつもの15:30までのMTGが終わったところで、
彼は残務をあっさりあきらめ、
退社ボタンを押してオフィスを出た。
東横線を学芸大学で降り、病院まで歩く。
医師の軽い状況確認の後すぐに、処置室の、
今や定位置となった、一番奥のベッドに横たわる。
医師は、何人かの診察をすると、
奥の処置室に来て、その何人かをまとめて処置する。
彼の番が回ってくると、ベッドが電動で高く上げられ、
医師の手の高さまで、彼の首筋が持ち上げられる。
あごを起こしたところで、医師は注射を取り上げ、
ピンピンたたく。
この瞬間、前回の処置のときの感触が蘇り、
痛みを苦にしないさすがの彼でも恐怖する。
注射針が、首筋に差し込まれる。
針の傷みなどは大したことはない。
熱を発したときも、服用薬などではなく、
注射で一発快癒してほしいくらい、注射に抵抗はない。
彼が恐怖するのは、針が刺さった後、麻酔液が、
段階的に押し込まれるときの、鈍い痛みの記憶である。
首筋の神経節、本来スペースがないはずの部位に、
無理やり筋肉などを押しのけて流し込まれる。
段階的なのは、
一気に入れるスペースがないことの証でもあり、
痛みをごまかすためのテクニックでもあろう。
処置が終わったあと、ガーゼを棒でおさえ、その棒を、
自分の空いている方の手で力強く押すよう促され、
しばらく放置される。
5分ほど、朦朧としてきたところに看護婦がやって来て、
手をほどき、液の逆流がないかなどを確かめる。
問題なければそのまま数十分放置、
塞がっていなければ、再びおさえるよう指示を受ける。
隣や向かいのベッドからは、いびきが聞こえることもある。
彼も朦朧とはしているが、寝付くことはできない。
天井を見上げると、いろんな思いが脳裏に浮かんでは消える。
また麻酔の影響か、不思議な文様が、
彼の感覚的な網膜にふわふわ浮かんでくるので、
それを追いかけたりしていると、
時間はあっという間に経過するのだ。
起こされて、医師の事後確認の後、
あっさり精算が終わり、彼はようやく解放される。
半地下にある病院の入り口から、
通りに出るまでの階段がすでに重い。
なんとなく、カラダが自分のものではないような、
ふわふわした感覚に陥るのだった。
鷹番の住宅街を抜けて学芸大学駅に戻り、
東横線で家路につく。
ここのところ毎週2回繰り返す、おなじみのルートだ。
学芸大学駅の改札を入る頃は、左半身がまだふらつくし、
まぶたが重くて左の視界も閉ざされているので、
彼は階段を使わず、エレベーターで昇ることにしていた。
多摩川駅で蒲田行きに乗り継ぐときには、
下りのエスカレーターがあるので、それを使っていた。
しかしこの日は、乗り込んだ車両が前寄りで、
彼が多摩川駅のホームに降りた時、近くにあったのは、
上りのエスカレーターしかない階段だった。
手すりを使って、ゆっくり降りてみた。
ふらつくが、いけないことはない。
それを確認しつつ改札階に降りた彼は、
地下ホームへの階段にかかった。
彼は、さっきは手すりを使って降りていたことを忘れた。
そのまま、広くなった階段の中央を降りていた。
瞬間。
左の足が前に出ず、かかとがステップに引っかかった。
「うぬぉ!」
重心ごと左前につんのめった彼は、
まだ半分ほど残していた階段を転げ落ちた。
見事に転げ落ちた。
一番下で、ようやく止まった。
「……ツッ」
左肩をしこたま打ったようで、激痛が走った。
手がしびれて、ひじから上を宙ぶらりんに浮かせ、
ピグモンのように…。
(って、この状況、デジャヴ!?)
「大丈夫ですか!」
「おい、大丈夫?」
人々が集まってきた。
そんなに混雑していない時間帯で、
誰にもぶつからず迷惑をかけずに済んだのは、
不幸中の幸いだった。
「…大丈夫です、すみません…」
「どこも折ってないか?」
彼は上体を起こし、左肩を回してみた。
打っただけで、折れてはいないらしい。
この分ならシップしとけばすぐ治る程度だろう。
押さえた右手の甲も少し痛むのには、このとき気づいた。
まぁ、この程度でよかった。
少なくとも頑丈に産まれたことを、彼は感謝した。
肩を回しながら、彼は振り返って階段を見上げた。
“蒲田”行きの路線のホームで階段を転落。
なんということだ。
このまま痛みに耐えて最後の力を振り絞り、
階段を這い上がっていけば、
風間杜夫が手を差し伸べて待ってるとでもいうのか。
「大丈夫、ですね…」
「おぉ…よかった、左目は?」
「あぁ、これは麻酔なんです」
「そうか…エスカレーター使った方がいいよ?」
「…はい、そうっすね」
そういうのを、“後の祭り”と、世間ではいう。
頭痛が止まらない彼は、
週2回の通院治療を課せられた。
土曜の午前に診察している病院を探し出したので、
1回は土曜に行けば、会社を休まずに済む。
残りの1回をどのタイミングで行くことにするか、
彼は迷った。
だいたい午後はどの曜日も定例MTGが目白押しで、
単純にいえば午前中に通院した方がラクだ。
しかし、半身麻酔を打つとしばらくの間、
片方のまぶたは重くなり、
片手の動きなども鈍ったりするし、
鼻水も止まらなくなったりする。
こんな状態で、午後に勤務をするのは、
見た目も恥ずかしいし、体調的にもつらい。
ということで、
業務に支障をきたさぬわけではないが、
ここは治す方を優先させてもらい、
MTGを欠席したり、代役で調整しながら、
土曜と対極にあたる毎週水曜の午後に、
彼は半休を充てて、通院することにした。
そんな、とある水曜。
いつもの15:30までのMTGが終わったところで、
彼は残務をあっさりあきらめ、
退社ボタンを押してオフィスを出た。
東横線を学芸大学で降り、病院まで歩く。
医師の軽い状況確認の後すぐに、処置室の、
今や定位置となった、一番奥のベッドに横たわる。
医師は、何人かの診察をすると、
奥の処置室に来て、その何人かをまとめて処置する。
彼の番が回ってくると、ベッドが電動で高く上げられ、
医師の手の高さまで、彼の首筋が持ち上げられる。
あごを起こしたところで、医師は注射を取り上げ、
ピンピンたたく。
この瞬間、前回の処置のときの感触が蘇り、
痛みを苦にしないさすがの彼でも恐怖する。
注射針が、首筋に差し込まれる。
針の傷みなどは大したことはない。
熱を発したときも、服用薬などではなく、
注射で一発快癒してほしいくらい、注射に抵抗はない。
彼が恐怖するのは、針が刺さった後、麻酔液が、
段階的に押し込まれるときの、鈍い痛みの記憶である。
首筋の神経節、本来スペースがないはずの部位に、
無理やり筋肉などを押しのけて流し込まれる。
段階的なのは、
一気に入れるスペースがないことの証でもあり、
痛みをごまかすためのテクニックでもあろう。
処置が終わったあと、ガーゼを棒でおさえ、その棒を、
自分の空いている方の手で力強く押すよう促され、
しばらく放置される。
5分ほど、朦朧としてきたところに看護婦がやって来て、
手をほどき、液の逆流がないかなどを確かめる。
問題なければそのまま数十分放置、
塞がっていなければ、再びおさえるよう指示を受ける。
隣や向かいのベッドからは、いびきが聞こえることもある。
彼も朦朧とはしているが、寝付くことはできない。
天井を見上げると、いろんな思いが脳裏に浮かんでは消える。
また麻酔の影響か、不思議な文様が、
彼の感覚的な網膜にふわふわ浮かんでくるので、
それを追いかけたりしていると、
時間はあっという間に経過するのだ。
起こされて、医師の事後確認の後、
あっさり精算が終わり、彼はようやく解放される。
半地下にある病院の入り口から、
通りに出るまでの階段がすでに重い。
なんとなく、カラダが自分のものではないような、
ふわふわした感覚に陥るのだった。
鷹番の住宅街を抜けて学芸大学駅に戻り、
東横線で家路につく。
ここのところ毎週2回繰り返す、おなじみのルートだ。
学芸大学駅の改札を入る頃は、左半身がまだふらつくし、
まぶたが重くて左の視界も閉ざされているので、
彼は階段を使わず、エレベーターで昇ることにしていた。
多摩川駅で蒲田行きに乗り継ぐときには、
下りのエスカレーターがあるので、それを使っていた。
しかしこの日は、乗り込んだ車両が前寄りで、
彼が多摩川駅のホームに降りた時、近くにあったのは、
上りのエスカレーターしかない階段だった。
手すりを使って、ゆっくり降りてみた。
ふらつくが、いけないことはない。
それを確認しつつ改札階に降りた彼は、
地下ホームへの階段にかかった。
彼は、さっきは手すりを使って降りていたことを忘れた。
そのまま、広くなった階段の中央を降りていた。
瞬間。
左の足が前に出ず、かかとがステップに引っかかった。
「うぬぉ!」
重心ごと左前につんのめった彼は、
まだ半分ほど残していた階段を転げ落ちた。
見事に転げ落ちた。
一番下で、ようやく止まった。
「……ツッ」
左肩をしこたま打ったようで、激痛が走った。
手がしびれて、ひじから上を宙ぶらりんに浮かせ、
ピグモンのように…。
(って、この状況、デジャヴ!?)
「大丈夫ですか!」
「おい、大丈夫?」
人々が集まってきた。
そんなに混雑していない時間帯で、
誰にもぶつからず迷惑をかけずに済んだのは、
不幸中の幸いだった。
「…大丈夫です、すみません…」
「どこも折ってないか?」
彼は上体を起こし、左肩を回してみた。
打っただけで、折れてはいないらしい。
この分ならシップしとけばすぐ治る程度だろう。
押さえた右手の甲も少し痛むのには、このとき気づいた。
まぁ、この程度でよかった。
少なくとも頑丈に産まれたことを、彼は感謝した。
肩を回しながら、彼は振り返って階段を見上げた。
“蒲田”行きの路線のホームで階段を転落。
なんということだ。
このまま痛みに耐えて最後の力を振り絞り、
階段を這い上がっていけば、
風間杜夫が手を差し伸べて待ってるとでもいうのか。
「大丈夫、ですね…」
「おぉ…よかった、左目は?」
「あぁ、これは麻酔なんです」
「そうか…エスカレーター使った方がいいよ?」
「…はい、そうっすね」
そういうのを、“後の祭り”と、世間ではいう。
