ばっくれろれろ
2008年2月13日。
通勤ラッシュの東横線に揺られる彼の下腹部に、異変が起きた。
ブチッ。
「んっ!」
またか…。
もうあかんな、限界やな。
MRI検査が14:00からの予約しか入れられなかった都合で、
今日はもともと、全休を取っていた彼だった。
しかし、急ぎ案件の確認が必要で、
朝イチだけ出社することを前の晩に決め、
いつもより少し早めの電車に乗って通勤していたのだった。
そんな朝、満員電車の中で、ベルトのバックルが飛んだ。
ささくれる…。
11月12月は、東京マラソンのための走りこみが奏功し、
かなりの減量に成功していた彼だったが、
年末年始に1日15個ペースという餅の食べすぎで、
見事にリバウンドしてしまった。
その後は、重くなった体を
多摩川河川敷のグラウンドまで運ぶのがおっくうで、
まったくといっていいほど、練習をしなくなっていた。
おかげで、今年に入ってから、ベルトのバックルが飛びはじめ、
なんとかごまかしたり、ベルトをちょっと切って
バカになった部分をリリースしたりしてしのいできたのだが、
もう、ベルトの穴も次がなくなって切るわけにはいかなくなり、
バックルが飛ぶ頻度も増えた。
とっとと新しいベルトを買えばいいのだが、
なぜか、買い物に出かけると、
ベルトのことだけはすっかり忘れてしまう。
忘れると、毎回、とことん忘れる。
そんな彼だった。
そして、今使い込んでいるベルトは、
リバーシブルで色を替えて公私のシーンで重宝し、
実はけっこう高い、お気に入りの1本だったので、
愛着というか、未練があった。
ええい。
今日はもともと、全休だ。
適当なところで席をはずして、
手っ取り早く行けるビル地下の『無印良品』へ、
とりあえずのベルトを買いに行こう。
10:30。
メールチェックを済ませ、いったん手を止めた彼は、
エレベーターで地下へ降り、モールの奥の方の『無印良品』を目指した。
「……?」
地下街のシャッターが閉まっている。
他の入り口は?
しかたがない、地上階へまわるか。
外へ出るとは思っていなかったので、コートなど着ていない。
今日は風も強く、この冬いちばんと思える冷え込み、むちゃ寒い。
必死に我慢しながら、パテオから地上階のモールへ駆け込み、
地上階をそのまま移動して、奥へ突き進んだ。
「……」
モール内の、地下1階へのエスカカレーターが止まっている。
それどころか、エスカレーターエリアのシャッターも閉まっている。
これって、モールの地下階そのものが、11:00営業開始なのか…?
うぅむ…。
今日はよりによってローライズなジーンズで、
歩けば歩くほど、どんどんずり落ちていく。
早くベルトを確保したいのだ。
これじゃ、今晩、Perfumeのライブでまったく動けないではないか。
右手でジーンズのふちを握りながら、彼は自分のデスクへ戻った。
なるべく席を立たないように、
自席でメール処理とドキュメンテーションに没頭。
あっという間に時間が過ぎた。
ん。
気づけば11:45。
よし、買いに行こう。
ふたたび地上階へ降りた彼は、今度は自信を持って、
地下階からそのまま奥のモールへエントリー。
『無印良品』は開いていた。
品数が豊富ではない…。
気に入るようなベルトがない。
しかし、背に腹はかえられない。
とにかく手っ取り早く1本買って、
このずり落ちていくジーンズを止めなければ。
これ、と思った1本を手に取って、彼はレジへ並んだ。
オフィスへ戻り、喫煙所で一服しながら、
彼は無印の包みを開け、バックルに付いているタグを切った。
さっそく装着。
「なっ!」
タバコを口にくわえたまま、彼はしばし呆然。
届かない…。
バックルに、ベルトの端すら届かない…。
買ったばかりだぞ。
こんなことが、あっていいのか?
彼はタグを手にとってみた。
“80cm
当商品は、80cm、90cmの2種類、サイズがございます”
「まじかぁぁぁぁっ!?」
なんという、ムダな買い物を…。
ベルトを買うとき、そんなことを気にしたことがなかったな。
大は小を兼ねる、
長い人が切ってカラダに合わせるものだと、思っていた…。
届かないバックルを前にあらわにしたまま、彼はデスクへ戻った。
とりあえず、部下たちにクスクス笑われた。
彼はベルトをはずし、シミッチへ渡した。
「つけてみ」
「あ、ぼくがですか」
シミッチは、着衣の上からベルトを回してみた。
ぜんぜん、届いてるじゃねーか…。
彼は床に崩れ落ちるしかなかった…。
なんだ、どうなってんだ、そんなに差が出るものなのか?
ウエスト、さすがに80cmはないつもりだぞ?
ローライズだから、だと思いたい…。
シミッチは、さらにバックルにベルトを通した。
「あの、最後の穴まで、到達しますけど…」
「もういいから!」
ひょうひょうとした顔でダメ押しをする部下。
まわりにいたamyやちぃちゃんもそれを見て、
クスクスから声を出した笑いに変わった。
結局、失敗したベルトはシミッチにくれてやることにして、
検査へ向かう道すがら、彼は再びベルトを買うことになった。
こうして、日ごろ、ただでさえ低い彼の、
上司としてのプライドと尊厳は、
バックルとともに音を立てて飛んでいった…。
痩せて東京マラソンに備えるつもりだったのが、
今では、東京マラソンで痩せて帰ってくると言われる始末。
あぁ…、ばっくれたい。
通勤ラッシュの東横線に揺られる彼の下腹部に、異変が起きた。
ブチッ。
「んっ!」
またか…。
もうあかんな、限界やな。
MRI検査が14:00からの予約しか入れられなかった都合で、
今日はもともと、全休を取っていた彼だった。
しかし、急ぎ案件の確認が必要で、
朝イチだけ出社することを前の晩に決め、
いつもより少し早めの電車に乗って通勤していたのだった。
そんな朝、満員電車の中で、ベルトのバックルが飛んだ。
ささくれる…。
11月12月は、東京マラソンのための走りこみが奏功し、
かなりの減量に成功していた彼だったが、
年末年始に1日15個ペースという餅の食べすぎで、
見事にリバウンドしてしまった。
その後は、重くなった体を
多摩川河川敷のグラウンドまで運ぶのがおっくうで、
まったくといっていいほど、練習をしなくなっていた。
おかげで、今年に入ってから、ベルトのバックルが飛びはじめ、
なんとかごまかしたり、ベルトをちょっと切って
バカになった部分をリリースしたりしてしのいできたのだが、
もう、ベルトの穴も次がなくなって切るわけにはいかなくなり、
バックルが飛ぶ頻度も増えた。
とっとと新しいベルトを買えばいいのだが、
なぜか、買い物に出かけると、
ベルトのことだけはすっかり忘れてしまう。
忘れると、毎回、とことん忘れる。
そんな彼だった。
そして、今使い込んでいるベルトは、
リバーシブルで色を替えて公私のシーンで重宝し、
実はけっこう高い、お気に入りの1本だったので、
愛着というか、未練があった。
ええい。
今日はもともと、全休だ。
適当なところで席をはずして、
手っ取り早く行けるビル地下の『無印良品』へ、
とりあえずのベルトを買いに行こう。
10:30。
メールチェックを済ませ、いったん手を止めた彼は、
エレベーターで地下へ降り、モールの奥の方の『無印良品』を目指した。
「……?」
地下街のシャッターが閉まっている。
他の入り口は?
しかたがない、地上階へまわるか。
外へ出るとは思っていなかったので、コートなど着ていない。
今日は風も強く、この冬いちばんと思える冷え込み、むちゃ寒い。
必死に我慢しながら、パテオから地上階のモールへ駆け込み、
地上階をそのまま移動して、奥へ突き進んだ。
「……」
モール内の、地下1階へのエスカカレーターが止まっている。
それどころか、エスカレーターエリアのシャッターも閉まっている。
これって、モールの地下階そのものが、11:00営業開始なのか…?
うぅむ…。
今日はよりによってローライズなジーンズで、
歩けば歩くほど、どんどんずり落ちていく。
早くベルトを確保したいのだ。
これじゃ、今晩、Perfumeのライブでまったく動けないではないか。
右手でジーンズのふちを握りながら、彼は自分のデスクへ戻った。
なるべく席を立たないように、
自席でメール処理とドキュメンテーションに没頭。
あっという間に時間が過ぎた。
ん。
気づけば11:45。
よし、買いに行こう。
ふたたび地上階へ降りた彼は、今度は自信を持って、
地下階からそのまま奥のモールへエントリー。
『無印良品』は開いていた。
品数が豊富ではない…。
気に入るようなベルトがない。
しかし、背に腹はかえられない。
とにかく手っ取り早く1本買って、
このずり落ちていくジーンズを止めなければ。
これ、と思った1本を手に取って、彼はレジへ並んだ。
オフィスへ戻り、喫煙所で一服しながら、
彼は無印の包みを開け、バックルに付いているタグを切った。
さっそく装着。
「なっ!」
タバコを口にくわえたまま、彼はしばし呆然。
届かない…。
バックルに、ベルトの端すら届かない…。
買ったばかりだぞ。
こんなことが、あっていいのか?
彼はタグを手にとってみた。
“80cm
当商品は、80cm、90cmの2種類、サイズがございます”
「まじかぁぁぁぁっ!?」
なんという、ムダな買い物を…。
ベルトを買うとき、そんなことを気にしたことがなかったな。
大は小を兼ねる、
長い人が切ってカラダに合わせるものだと、思っていた…。
届かないバックルを前にあらわにしたまま、彼はデスクへ戻った。
とりあえず、部下たちにクスクス笑われた。
彼はベルトをはずし、シミッチへ渡した。
「つけてみ」
「あ、ぼくがですか」
シミッチは、着衣の上からベルトを回してみた。
ぜんぜん、届いてるじゃねーか…。
彼は床に崩れ落ちるしかなかった…。
なんだ、どうなってんだ、そんなに差が出るものなのか?
ウエスト、さすがに80cmはないつもりだぞ?
ローライズだから、だと思いたい…。
シミッチは、さらにバックルにベルトを通した。
「あの、最後の穴まで、到達しますけど…」
「もういいから!」
ひょうひょうとした顔でダメ押しをする部下。
まわりにいたamyやちぃちゃんもそれを見て、
クスクスから声を出した笑いに変わった。
結局、失敗したベルトはシミッチにくれてやることにして、
検査へ向かう道すがら、彼は再びベルトを買うことになった。
こうして、日ごろ、ただでさえ低い彼の、
上司としてのプライドと尊厳は、
バックルとともに音を立てて飛んでいった…。
痩せて東京マラソンに備えるつもりだったのが、
今では、東京マラソンで痩せて帰ってくると言われる始末。
あぁ…、ばっくれたい。
