達也とエメ
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2003年9月1日。
彼の会社に中途で入社してきた人の歓迎会が、
『アカラジェ・トロピカーナ』というブラジル料理の店で、
30人近く集まって開かれていた。
入り口から入ってすぐの、
カウンターに並行に並べられたテーブルに、
15人くらいずつ向かい合って並び、呑み喰いしていた。
本格派のシュラスコが、焼きたてで運ばれてきては、
店員がそれぞれの客のお皿に、ソーセージを落としたり、
ブロック肉をそぎ切りにしたりしていく。
肉汁があふれ出て、ホカホカでジューシーでうまい。
彼らがその店をときどき使うのは、味も雰囲気もいいが、
テレビでサッカーの映像を流したり、
生バンドが演奏したり、といろいろ楽しいのもあった。
サッカー好き、音楽好きの多い仲間としては、
この店は多くの満足を満たしてくれる。
人によっては、ブラジル人のJリーガー、
ときにジーコやラモスを目撃した、とかいうウワサもあった。
ありえない話ではない、六本木だしブラジル料理だし。
毎度、店内を見回しても、客の何割かは外国人だ。
ビールほかアルコールの呑み放題に誘われるままに、
彼らはガンガンに呑み、饒舌に話していた。
中盤にさしかかった頃。
「あれ…?」
彼は入り口から入ってきた4人組にくぎづけになった。
若めの外国人と、カップルっぽい外国人女性と、
あとは日本人の男がふたり。
ひとりは体格がいいが、もうひとりは背が小さい。
会話に反応するのもやめて、
4人組が奥のテーブルへ行くのを追いかけていた。
彼は、向かいの席にいた上司の幸王へ、問いかけた。
「今の4人のうち外国人の男のほう…」
「どした?」
「95%ぐらい、浦和のエメルソンじゃなかったっすか?」
「また、●●のホラが始まったよ」
「ホラってなんですか! ホラって…」
「あぁごめんごめん、ホラじゃなくて、勘違いね、いつものもね」
「……いやぁ、すっごい似てた、っていうか本人ですよアレ…」
「はいはい」
みんなに聞き流され、彼は不満げな顔でいた。
基本的に映像画像で記憶を残す彼の脳内のjpgと、
今の顔は、かなりの確度で合致するのだ…。
しかも浦和の選手については、ここの誰よりも精度が高いはず。
ホラなど吹いたことはない、なんと無責任で不当なコメントだ…。
エメと彼女と、日本人のうち背が大きい方はトレーナー、
背が小さい方は通訳、そんな組み合わせかな…。
そのまま宴会は続き、彼も移ろう話題に組み込まれていった。
やがて、一回目のもよおしで、彼はトイレに席を立った。
トイレは、店内のいちばん奥にある。
彼は、トイレに入る前に、さっきの4人組の方をちらっと見た。
外国人の男は、入り口側の奥席にいて、
彼らのテーブルには背を向けていた。
トイレに立ちながら、彼はまた考え込んだ。
今の顔、やっぱり似てる…。
用をたしてトイレから出てきた彼は、その場所に立ち止まった。
外国人の男は、サラダを食べていたが、ふと気配を感じて顔を上げた。
(あ…)
(ん…?)
男は、口にサラダを運んだところでフォークの動きを止めた。
やっぱり、これ、本人じゃねーか?
彼は、そのまま、プライベートを過ごす有名人ということに配慮し、
最低限度の接触となるように意識しながら、
指をさし、声を出さずにくちびるだけ動かした。
(…エメ?)
(…うん)
男は、サラダを口に運んだまま、うなづいた。
まわりの3人も、彼がコンタクトしたことに気づき、彼の方を向いた。
(ぅおおお!)
彼はそれ以上の接触はせずに、自分たちのテーブルへ戻った。
彼は男をよく知っているが、男は彼を知らないのだ。
なれなれしくするのは失礼だと思った。
席へ着くなり、さっき、連中に小ばかにされたことが思い出された。
「さっきのアレ、やっぱりエメルソンでしたよ」
「え?」
「今あそこに座ってんですけど、トイレから出たとき目が合って、
エメ?って聞いたら、うなづいてましたよ」
「まじで!?」
「はい」
「おい、あれ、浦和のエメルソンだってよ」
「マジっすか!?」
幸王をはじめ何人かは、いきなり席を立って、
かたまって奥へ行った。
そして、さっきの男に話しかけ、反応に沸き、順番に握手していた。
なんだよ、人のことバカにしたのに、確認できたら盛り上がってる…。
不当だ。
「いやぁ、まじでエメだったね」
「だから最初から言ってたじゃないですかっ」
「エメと握手しちゃったよ」
「…なんか、くやしいなぁ」
彼は考えた。
これで彼も席を立って握手だけしに行っても、みんなと同じ。
なにか、もっと違うことをしてもらう訳にはいかんだろうか。
そうでなければ、仲間たちのこの不当な扱いに納得がいかない。
彼は、店員に声をかけた。
「すみません」
「なにすんだ?」
立ち上がった彼に幸王が質問するのも流しつつ、
彼はカウンターの方へ行って、店員に質問した。
店員も、みんながエメルソンに気づいて握手しに行った流れを見ていた。
「太めのマジック、貸してもらえませんか」
「サインですか、ありますよ、色紙はないですけど…」
「いいです、これに」
彼はTシャツの袖をひっぱった。
「あぁ、いいですね」
仲間がはやし立てるの背中にして、借りたマッキーを手に、
彼は奥の席へ向かった。
歓談しているエメルソンを右奥に見て、彼は立ち止まった。
エメルソンも、彼の方を向いた。
「あの、すみません…」
ポルトガルに行ったことはあるが、
“サインしてください”なんて言葉は知らない。
彼はマジックを見せて少し動かした。
(あぁ、いいよ)
(マジで!?)
おもむろにエメは立ち上がった。
彼はマジックを渡し、ベストを脱いで下のTシャツをあらわにし、
白い面が広がる背中をエメに突き出した。
「ここにお願いします」
彼は指で背中に円を描いた。
エメはうなづいて書き始めた。
「おぉぉぉ、感動だわ」
「ふふ」
「ばーもえーめばーもーぅ、
ばーもえーめばーもーぅ」
「オーゥ?」
「すぃ、すぃ」
「はははは」
通訳だと彼が思った人も笑っていた。
(お前、オレのコール知ってんのか、スタンドに来てくれてんだね)
(そうです、レッズのサポです)
そんな反応で、エメは書き続け、
彼は酔った勢いでエメのコールを口ずさんでいた。
Jリーグが始まった頃、彼はバイト先の仕事の縁で、
鹿島が好きになっていた。
ジーコはいるが、そのジーコに引っ張られるように、
周りの日本人選手も奮闘し、
最初の年の前期優勝を勝ち取ったのもあった。
やがて、相馬や秋田など、日本代表の核となる選手も輩出。
しかし柳沢はあまり好きではなかった。
サッカーの前にちゃらちゃらしてるのが透けて見えるからだ。
キーパーと1対1の局面でシュートを選択しないFWなど、
真剣に応援なぞできるものか。
FWだったら、気合が前面に出ているゴンしか、
日本人選手では好きになれなかった。
ゴンがフランスW杯で日本人初の、そして日本唯一の、
得点を決めたのは、必然だと、彼は思っている。
そのまま10年ほどたち、いくつかのW杯を見届けた後で、
鹿島が電撃解雇通告で、秋田と相馬をリリースした。
現役続行を希望した秋田は名古屋へ、相馬は川崎へ移籍。
彼が衝撃を受けたのはこれだけではなく、
サポーターが開催した慰労会の映像を見たときだった。
秋田と相馬が並んでいるひな壇の上に飾られた幕に、
“秋田選手、ありがとう”と書いてあったのだ。
おい、相馬がいるじゃねぇか、この仕打ちはなんだよ…。
出場機会を求めて、ヴェルディに移籍してたのがいけないのか?
その後、ちゃんと戻ってきたじゃないか…。
秋田は生え抜き、相馬は外様のような扱いは、なんなんだ!?
これを見て、彼は鹿島と決別した。
残ったチームのメンバー…。
柳沢とかに、ミーハーな声援が飛ぶチームになるんだろうな。
こんな、勝負しないFWを、よく応援する気になるな、
オレにはムリだ。
ちょうどその頃、彼が注目していた選手たちがいた。
浦和の2トップ、エメルソンと田中達也だった。
まだ達也は永井と競っていて先発定着していなかったが、
ナビスコカップではこのふたりの2トップが多く、快進撃を続けていた。
エメはJ2で得点王を取り、浦和に移籍して来た。
浦和でも得点を量産している。
とにかくシュートに貪欲だ、狙えたらどんどん撃つ、だから点も入る。
引っ張られるように、達也もゴールに貪欲な姿勢を見せていた。
当時の浦和は、攻守のバランスが完成するにはもう一歩で、
どちらかといえば堅守カウンターのチームだったが、
時おりテレビで見るこの2トップのパス交換やゴールへの突進、
お互いにアシストとゴールをし合うコンビプレイに、しびれていた。
むかし浦和は“Jのお荷物”と表現される、惨敗が続くチームだった。
前職の同僚みっちゃんが、もともと浦和のサポだったのは知ってる。
みっちゃんとはドラキチ同士、
神宮で中日戦があるときは、ふたりで仕事上がりによく見に行っていたが、
サッカーは、応援するチームが違うゆえ、一緒に行ったことはなかった。
最下位続きの浦和、それでも応援できるみっちゃんに、
ある意味すごいな、でもなんでだろう、と思っていた。
転職してから、呑み会で会ったときに、
鹿島の慰労会の仕打ちを見てムカついた、
それよりエメと達也のプレイが今はいちばん面白そうだと、
彼はみっちゃんに話していた。
「じゃぁさ、今度、浦和の試合、見に行ってみない?」
「おぉ、行ってみようかな」
「わたしと行くと、ゴール裏のサポ席になるけど、いい?」
「ふむ…」
だいたいサッカーをスタンドで観るときには、
センターライン辺りから客観的に見るのが気に入っていた。
ゴール裏で、サポーターの熱気に囲まれるというのは、
彼のスタイルではない気がした。
それは、野球観戦でもそうだ。
一方的に相手を野次り、盲目に味方を応援するというのは違うと思う。
メガホンを持つよりは生ビールをおかわりして、
いいプレイは敵も味方もなく愛でて、怠惰なプレーには腹が立つ。
なんにせよ、彼はひとまず浦和戦に行ってみることにした。
最初のうちは、やはり高みの見物だった。
ゴール裏のサポーター席でも、より上の階の方に陣取り、
妹たちと観に来ているみっちゃんにも、上の階の席で観てもらい、
本格的な応援席からは少し離れていた。
それでも、エメと達也、ふたりのプレイに、彼は圧倒された。
エメが重爆撃機のようなのは、もともとよくわかってる。
彼は注目したのは、達也のプレイだった。
Jリーグでも日本代表でも、
日本人選手は、よくゴール前で、平気でパスの出し先を探す。
撃ってみればいいのに、シュートよりパスを選択しようとする。
しかし、彼が思わず「撃て!」と叫ぶタイミングで、
達也はふつうにシュートを撃つ。
今までにはない、早めのタイミングでどんどん勝負する選手だった。
チームメイトのエメのプレイを見て、
刺激と影響を受けたということは、かなりあるだろう。
そして、彼が見ている前で、エメと達也は揃って点を挙げ、勝った。
「こりゃ、いいっすね、浦和はサッカーがおもろいわ」
「でしょ、よかった」
それからちょびちょび彼は浦和の試合を観に行き、
誘われるままにゴール裏のサポ席に陣取るようになった。
勝てばなおいいが、勝てなくても、貪欲にゴールを狙い、
情熱とテクニックを惜しげもなく出し切る彼らを観ると気分がいい。
ふたりを中心にテンポのいいパス回しと、
怒涛のシュートが飛びまくる試合に魅了され、
彼はいつの間にか、立派な浦和サポになっていた。
エメはまぁブラジル人だしムリなのはわかっているが、
まだ若い達也には、やがて日本代表のFWに立って、
中核メンバーになってもらうことも、彼は期待し始めた。
「サイン、書いてもらいましたよ」
「うぉぉ、まじで!? いいなぁ」
「しかし、堂々と、キミもよくやるよな」
まわりの、さっきは彼を小ばかにしていた同僚たちが、
羨望の目で、背中のサインを見ていた。
彼はそれを胸の前に持ってきて、ジャミラのポーズでおどけてみせた。
しばらくして、また彼はトイレに席を立った。
トイレに入ると、別の客が入ってきて、彼の隣にならんだ。
「よかったですね」
「?」
彼がちらりと声の主を視界の端に入れると、
例の通訳っぽい、背の低い若者だった。
「あぁ、もう最高っすよ、エメと達也のコンビは熱いっす」
「ははは」
「スタンドに着て行きます」
「ふふ、これからも応援よろしくお願いします」
「もちろんです!」
しばらく経った週末、スタンドに行けなかった日、
彼はテレビで浦和とどこかの試合を観ていた。
ナビスコカップのトーナメントの、大事な試合だったと記憶している。
テレビを観ていて、彼は驚いた。
「あっ!」
通訳だと思っていた、背の低い若者の顔と、
テレビ画面の田中達也の顔が、完全にカブった。
えぇぇ、あれってモロ達也だったんじゃん…。
なんで気づかなかったんだろ?
酔ってたから? …ちょっと違うな。
背が低いのは知ってたけど、まさかあんなに低いとは思ってなかった?
うぅむ、そうかな…。
トイレで並んで、会話まで交わしたというのに…。
ま、スタジアムに行けば顔はよく見えないし、
テレビで観ていても、声まではあまり記憶にないわな。
こうして彼は、自分より背の低いJリーガーはいないという先入観で、
浦和2トップによる直筆ダブルサインのチャンスを逸した。
この年、準決勝第2戦で達也の2点とエメのハットで大逆転勝ち上がり、
決勝戦でも2人の点を含め4-0で大勝し、
Jリーグ発足後11年目にして、浦和は初のタイトルを手に入れた。
達也はベストルーキー賞とMVPを獲得。
2004年春。
エメルソンが日本に帰化するというニュースが流れた。
達也は達也で、オリンピック代表入りは濃厚で、
将来のフル代表入りも期待させた。
ふたりとも、ドリブルには絶対の自信を持っている。
一瞬の瞬発力で裏へ飛び出しパスを受けるのもうまいので、
MFに好パサー揃いの代表では歓迎されるだろう。
さらには、最近代表ではロクに見ない、
FWふたりでのワンツーもいっぱい見れるだろう。
何より、多くのシュートが、ゴール枠にちゃんと飛んでいるのだ。
点を取るための、基本中の基本だが、
このことが現代表候補では、得がたい才能とすら言えてしまう。
勝つかどうか以上に、面白いかどうかでいえば、
ふたりは間違いなく代表の試合を数段面白くしてくれるはずだ。
彼は、このふたりの2トップが、ドイツW杯で日本の先発を占め、
面白いように相手ゴールへ襲い掛かるのを期待した。
エメルソンは、代表になるかどうかは二の次で、
日本が好きになり、純粋に日本人になりたいという気持ちで、
帰化申請を考えているらしい。
すごい、すばらしいことだ。
こういう人には充分期待できる。
エメがまだ、日本語をほとんど話せないように思えることが心配だが、
彼のプレーは、多くの日本選手に、FWのあり方を学ばせ、
サッカー選手を目指す子供たちを含め、
パスの器用なMFばかりが育つ日本サッカー教育の現場に、
サッカーとは本来、点を取るためにベストを尽くすゲームなのだと、
本質を思い出させてくれることだろう。
ゴールへ向かう意識が、多くの選手に定着すれば、
得点力不足に悩む日本のサッカー文化自体が一変するんじゃないか?
このことに、彼はいちばん期待した。
第2ステージ、多くの週末を、彼は埼玉スタジアムで過ごした。
彼が応援に行くと、浦和はよく勝ち、
負け濃厚な試合でも、必ず引き分けに持ち込んで無敗だった。
やがて、浦和史上初のJリーグステージ優勝が決まり、
彼はみっちゃんたちサポ連中と、純粋に飛び上がって大騒ぎした。
2005年。
前年のチャンピオンシップ初戦で横浜にすんでのところで競り負け、
2戦目は勝ったにもかかわらず得失点差で年度優勝を逃した浦和は、
この年こそはと臨んだはずだが、Jリーグの出だしから引き分けが続き、
なかなか波に乗れなかった。
彼が観に行った試合、相変わらず負けはしないのだが、
引き分けなのだ。
エメルソンはハードマークに苦しみ、
前年までの爆発的な得点力は鳴りをひそめていた。
エメはあきらかにイラ立ってプレーいるように見えた。
やがて、エメルソンが突然、中東のクラブチームに移籍するという、
信じがたいニュースが飛び込んできた。
理由は高額な移籍金が魅力だったとのことだ。
あんなに、日本が好きだから帰化したい、
このクラブで優勝を勝ち取りたい、と言っていたのに…。
これで、もう、ドイツで、エメと達也の2トップを拝む夢は、
なくなってしまったのか…悲しい。
浮き足立ったチームはそれでも調子を取り戻し、
再び、第2ステージで優勝が狙えそうなところまでやって来た。
しかし10月。
すでにJ2陥落が決定的な柏を相手に臨んだ試合で、
しかも大量に点差が開き、試合も大勢は決まった後で、
達也は、相手DF土屋からの悪質といえるバックチャージを受けた。
脱臼骨折。
召集され始めた代表戦でも得点を挙げ、
いよいよ定着、ドイツW杯メンバー入りを期待させた矢先。
メディアは、W杯絶望の重症と報じた。
ニュースの映像で、土屋の体重が達也の足に乗っているのを観て、
翌朝の新聞の写真で達也の足がありえない向きに曲がったのを見た彼は、
気分が悪くなるほどだった。
土屋…もう試合は決まったといえるのに、
あんな無理なタックルをあそこでかます必要があったのか?
優勝戦線に黄色信号が灯ったのも痛いが、
このケガはきっと、来年の日本代表の損失になっちまうぜ…?
こうして2005年のうちに、
得点のニオイを強く感じさせるFWがふたり、日本代表から消えた。
後に並ぶFW代表候補を彼は思い浮かべてみた。
正直、代表への期待は一回り小さくなった。
小さくなったなりに、それでもついつい期待してしまうというのは、
彼にとってはシンドかった。
2006年6月。
代々木体育館で豪州戦、自宅でクロアチア戦、
そして六本木ヒルズの映画館で未明のブラジル戦。
エメも達也もいないW杯を、彼は見届けた。
柳沢のゴール前での相変わらずなパス先探しも、
決定機をぶち壊した不思議なシュートも、
彼はしっかりと見届けた。
(そうだよ、
そんなキミを受け入れるチームだから、オレは鹿島を見限ったんだ)
そして、達也がいないので小野の背番号でユニフォームを作ったのに、
その小野もロクに使ってもらえなかった日本代表への消化不良感に、
この4年間の期待も夢も醒めて、彼はW杯予選ラウンドを終えた。
後はふつうに、他国のすばらしい選手のすばらしいプレーを、
純粋にサッカーを、彼は楽しんだ。
一方で、彼は、達也がリハビリを終え、
浦和のドイツ合宿に参加しているというニュースを読んだ。
復活は近いな…。
あと1か月早ければ…。
いや、それは考えまい、もう終わったことだ。
2006年7月。
達也が再開するJリーグに間に合いそうだというニュースが出た。
彼はみっちゃんに、久々に浦和の試合に行かないかと誘った。
みっちゃんが行きたいとちょくちょく言っていたが、
エメがいなくなった後、情熱がしぼんでいたことも、
また仕事がそれなりに忙しかったことも、テニス部やらGMJやらもあり、
彼の足はしばらくの間、スタンドから遠のいていた。
彼らが観に行く約束をした川崎戦はJ再開後第二戦。
その前の水曜日に初戦があり、達也も先発出場していたが、
浦和は新潟に1-2で負けた。
むぅ、やはり、行かねば。
2006年7月22日。
土曜夕方の等々力スタジアムで、ついに彼らは達也に再会した。
首位の川崎と、前節3位に落ちた浦和のアウェー戦。
勝ち点差は4、これ以上離される訳にはいかない。
アウェーなのに半分は赤、自由席券の彼らは2階席の最上段に陣取った。
開始早々、何度か訪れた攻撃の店舗と、
今期リーグ最小失点の浦和が誇る堅守そのままの展開に安心し、
彼らはビールをがんがん呑んでいた。
そして、前半30分。
相手GKのフィードを競り勝った闘莉王が小野に預け、
小野がボールを落ち着かせている間、右を闘莉王がオーバーラップ。
前方にはスペースがあり、中央前方では達也が動き出していた。
彼は、ここは勝負のヤマだと感じた。
「出してみ!」
と彼が叫ぶと同時に、小野は闘莉王にパスを出した。
浦和側スタンドの歓声のボルテージも上がる中、
闘莉王はすぐに中の達也にダイレクトで戻した。
達也は受けてすぐにドリブルでゴール前にまっすぐ切れ込んだ。
その背中を彼らが遠く見守る中、
ペナルティエリア手前、ふたりのDFは左右から接近してきた。
「撃っちまえ!」
と彼が叫ぶとまた同時に、達也は遠めから早めにシュートを放った。
ドイツW杯仕様のボールは、ゴールニアサイドに吸い込まれた。
「うぉぉぉぉっ! 来たっ!」
彼はスタンド最上段で、みっちゃんと手を取って飛び上がっていた。
達也の復活弾による先制に、スタンドは揺れていた。
この感覚だ。
彼が達也を好きだったのは、
撃ってしまってほしいという“ここぞ”のタイミングで、
実際にとっとと撃ってしまうシンクロ感があるからだ。
他の多くの日本人FWにはこれがない。
もう少しゴールに接近してから確実に撃とうとしているのか、
それとも頭が真っ白になってるのか、わからんが、
ペナルティエリアに入っても、ちんたらボールキープに走り、
やがて機会を逸してDFに絡め取られるのが多い。
なんで撃たないんだ…?
W杯でも、そんなイライラが募る試合ばかりだった。
やっぱ、達也は最高だわ。
GKとの1対1の果たし合いに、真剣に冷静に勝ちを狙う。
今回、代表につけられていた“サムライブルー”。
この愛称にしっくり来るのは達也だったと、今でも彼は思う。
久々に観戦した試合は、審判の不思議な裁定で退場を出し、
後半早々、PKの決定的場面もジャッジされなかったにもかかわらず、
その後の追加点もあり、2-0で浦和の勝利に終わった。
「ね、オレが来ると、負けないっしょ?」
「ホントだね」
達也が重症を負ったとき、遠くの空の下でエメルソンは取材に応じ、
「W杯に間に合わなくなり、残念だ」
と、かつてのチームメイトのことを語ったらしい。
それを知った達也は、モチベーションを与えられ、
真剣に、ドイツW杯に間に合わせるためのリハビリに励んだという。
彼は、六本木の店で、ふたりに出会ったときのことを思い出した。
心底仲がよさそうな雰囲気を醸し出していた。
お互いの実力を認め合い、
練習でお互いの特徴や間合いを確認し合って、試合で発揮する。
すごいレベルまで昇華した、最高の組み合わせのFWだった。
エメが退団するとき、達也は本人から事前に知らされず、
ショックを受けたと聞くが、
現在の達也のプレーには、確実にエメと過ごした時代の経験、
エメの魂が同化していると、彼は実感している。
角度、距離、相手が撃つと身構える前に撃ってしまうタイミング。
川崎戦での達也のシュートは、よくエメルソンがやって見せた、
日本人離れしたシュートそのものだった。
エメの魂は達也の中に確かに息づいていると、彼は感じた。
4年後。
達也が南アフリカW杯のグラウンドに立ち、
世界にその切れ味あるドリブルと勝負どころを逃さないシュートを
数多く披露してくれることを、彼は今から期待している。
彼の会社に中途で入社してきた人の歓迎会が、
『アカラジェ・トロピカーナ』というブラジル料理の店で、
30人近く集まって開かれていた。
入り口から入ってすぐの、
カウンターに並行に並べられたテーブルに、
15人くらいずつ向かい合って並び、呑み喰いしていた。
本格派のシュラスコが、焼きたてで運ばれてきては、
店員がそれぞれの客のお皿に、ソーセージを落としたり、
ブロック肉をそぎ切りにしたりしていく。
肉汁があふれ出て、ホカホカでジューシーでうまい。
彼らがその店をときどき使うのは、味も雰囲気もいいが、
テレビでサッカーの映像を流したり、
生バンドが演奏したり、といろいろ楽しいのもあった。
サッカー好き、音楽好きの多い仲間としては、
この店は多くの満足を満たしてくれる。
人によっては、ブラジル人のJリーガー、
ときにジーコやラモスを目撃した、とかいうウワサもあった。
ありえない話ではない、六本木だしブラジル料理だし。
毎度、店内を見回しても、客の何割かは外国人だ。
ビールほかアルコールの呑み放題に誘われるままに、
彼らはガンガンに呑み、饒舌に話していた。
中盤にさしかかった頃。
「あれ…?」
彼は入り口から入ってきた4人組にくぎづけになった。
若めの外国人と、カップルっぽい外国人女性と、
あとは日本人の男がふたり。
ひとりは体格がいいが、もうひとりは背が小さい。
会話に反応するのもやめて、
4人組が奥のテーブルへ行くのを追いかけていた。
彼は、向かいの席にいた上司の幸王へ、問いかけた。
「今の4人のうち外国人の男のほう…」
「どした?」
「95%ぐらい、浦和のエメルソンじゃなかったっすか?」
「また、●●のホラが始まったよ」
「ホラってなんですか! ホラって…」
「あぁごめんごめん、ホラじゃなくて、勘違いね、いつものもね」
「……いやぁ、すっごい似てた、っていうか本人ですよアレ…」
「はいはい」
みんなに聞き流され、彼は不満げな顔でいた。
基本的に映像画像で記憶を残す彼の脳内のjpgと、
今の顔は、かなりの確度で合致するのだ…。
しかも浦和の選手については、ここの誰よりも精度が高いはず。
ホラなど吹いたことはない、なんと無責任で不当なコメントだ…。
エメと彼女と、日本人のうち背が大きい方はトレーナー、
背が小さい方は通訳、そんな組み合わせかな…。
そのまま宴会は続き、彼も移ろう話題に組み込まれていった。
やがて、一回目のもよおしで、彼はトイレに席を立った。
トイレは、店内のいちばん奥にある。
彼は、トイレに入る前に、さっきの4人組の方をちらっと見た。
外国人の男は、入り口側の奥席にいて、
彼らのテーブルには背を向けていた。
トイレに立ちながら、彼はまた考え込んだ。
今の顔、やっぱり似てる…。
用をたしてトイレから出てきた彼は、その場所に立ち止まった。
外国人の男は、サラダを食べていたが、ふと気配を感じて顔を上げた。
(あ…)
(ん…?)
男は、口にサラダを運んだところでフォークの動きを止めた。
やっぱり、これ、本人じゃねーか?
彼は、そのまま、プライベートを過ごす有名人ということに配慮し、
最低限度の接触となるように意識しながら、
指をさし、声を出さずにくちびるだけ動かした。
(…エメ?)
(…うん)
男は、サラダを口に運んだまま、うなづいた。
まわりの3人も、彼がコンタクトしたことに気づき、彼の方を向いた。
(ぅおおお!)
彼はそれ以上の接触はせずに、自分たちのテーブルへ戻った。
彼は男をよく知っているが、男は彼を知らないのだ。
なれなれしくするのは失礼だと思った。
席へ着くなり、さっき、連中に小ばかにされたことが思い出された。
「さっきのアレ、やっぱりエメルソンでしたよ」
「え?」
「今あそこに座ってんですけど、トイレから出たとき目が合って、
エメ?って聞いたら、うなづいてましたよ」
「まじで!?」
「はい」
「おい、あれ、浦和のエメルソンだってよ」
「マジっすか!?」
幸王をはじめ何人かは、いきなり席を立って、
かたまって奥へ行った。
そして、さっきの男に話しかけ、反応に沸き、順番に握手していた。
なんだよ、人のことバカにしたのに、確認できたら盛り上がってる…。
不当だ。
「いやぁ、まじでエメだったね」
「だから最初から言ってたじゃないですかっ」
「エメと握手しちゃったよ」
「…なんか、くやしいなぁ」
彼は考えた。
これで彼も席を立って握手だけしに行っても、みんなと同じ。
なにか、もっと違うことをしてもらう訳にはいかんだろうか。
そうでなければ、仲間たちのこの不当な扱いに納得がいかない。
彼は、店員に声をかけた。
「すみません」
「なにすんだ?」
立ち上がった彼に幸王が質問するのも流しつつ、
彼はカウンターの方へ行って、店員に質問した。
店員も、みんながエメルソンに気づいて握手しに行った流れを見ていた。
「太めのマジック、貸してもらえませんか」
「サインですか、ありますよ、色紙はないですけど…」
「いいです、これに」
彼はTシャツの袖をひっぱった。
「あぁ、いいですね」
仲間がはやし立てるの背中にして、借りたマッキーを手に、
彼は奥の席へ向かった。
歓談しているエメルソンを右奥に見て、彼は立ち止まった。
エメルソンも、彼の方を向いた。
「あの、すみません…」
ポルトガルに行ったことはあるが、
“サインしてください”なんて言葉は知らない。
彼はマジックを見せて少し動かした。
(あぁ、いいよ)
(マジで!?)
おもむろにエメは立ち上がった。
彼はマジックを渡し、ベストを脱いで下のTシャツをあらわにし、
白い面が広がる背中をエメに突き出した。
「ここにお願いします」
彼は指で背中に円を描いた。
エメはうなづいて書き始めた。
「おぉぉぉ、感動だわ」
「ふふ」
「ばーもえーめばーもーぅ、
ばーもえーめばーもーぅ」
「オーゥ?」
「すぃ、すぃ」
「はははは」
通訳だと彼が思った人も笑っていた。
(お前、オレのコール知ってんのか、スタンドに来てくれてんだね)
(そうです、レッズのサポです)
そんな反応で、エメは書き続け、
彼は酔った勢いでエメのコールを口ずさんでいた。
Jリーグが始まった頃、彼はバイト先の仕事の縁で、
鹿島が好きになっていた。
ジーコはいるが、そのジーコに引っ張られるように、
周りの日本人選手も奮闘し、
最初の年の前期優勝を勝ち取ったのもあった。
やがて、相馬や秋田など、日本代表の核となる選手も輩出。
しかし柳沢はあまり好きではなかった。
サッカーの前にちゃらちゃらしてるのが透けて見えるからだ。
キーパーと1対1の局面でシュートを選択しないFWなど、
真剣に応援なぞできるものか。
FWだったら、気合が前面に出ているゴンしか、
日本人選手では好きになれなかった。
ゴンがフランスW杯で日本人初の、そして日本唯一の、
得点を決めたのは、必然だと、彼は思っている。
そのまま10年ほどたち、いくつかのW杯を見届けた後で、
鹿島が電撃解雇通告で、秋田と相馬をリリースした。
現役続行を希望した秋田は名古屋へ、相馬は川崎へ移籍。
彼が衝撃を受けたのはこれだけではなく、
サポーターが開催した慰労会の映像を見たときだった。
秋田と相馬が並んでいるひな壇の上に飾られた幕に、
“秋田選手、ありがとう”と書いてあったのだ。
おい、相馬がいるじゃねぇか、この仕打ちはなんだよ…。
出場機会を求めて、ヴェルディに移籍してたのがいけないのか?
その後、ちゃんと戻ってきたじゃないか…。
秋田は生え抜き、相馬は外様のような扱いは、なんなんだ!?
これを見て、彼は鹿島と決別した。
残ったチームのメンバー…。
柳沢とかに、ミーハーな声援が飛ぶチームになるんだろうな。
こんな、勝負しないFWを、よく応援する気になるな、
オレにはムリだ。
ちょうどその頃、彼が注目していた選手たちがいた。
浦和の2トップ、エメルソンと田中達也だった。
まだ達也は永井と競っていて先発定着していなかったが、
ナビスコカップではこのふたりの2トップが多く、快進撃を続けていた。
エメはJ2で得点王を取り、浦和に移籍して来た。
浦和でも得点を量産している。
とにかくシュートに貪欲だ、狙えたらどんどん撃つ、だから点も入る。
引っ張られるように、達也もゴールに貪欲な姿勢を見せていた。
当時の浦和は、攻守のバランスが完成するにはもう一歩で、
どちらかといえば堅守カウンターのチームだったが、
時おりテレビで見るこの2トップのパス交換やゴールへの突進、
お互いにアシストとゴールをし合うコンビプレイに、しびれていた。
むかし浦和は“Jのお荷物”と表現される、惨敗が続くチームだった。
前職の同僚みっちゃんが、もともと浦和のサポだったのは知ってる。
みっちゃんとはドラキチ同士、
神宮で中日戦があるときは、ふたりで仕事上がりによく見に行っていたが、
サッカーは、応援するチームが違うゆえ、一緒に行ったことはなかった。
最下位続きの浦和、それでも応援できるみっちゃんに、
ある意味すごいな、でもなんでだろう、と思っていた。
転職してから、呑み会で会ったときに、
鹿島の慰労会の仕打ちを見てムカついた、
それよりエメと達也のプレイが今はいちばん面白そうだと、
彼はみっちゃんに話していた。
「じゃぁさ、今度、浦和の試合、見に行ってみない?」
「おぉ、行ってみようかな」
「わたしと行くと、ゴール裏のサポ席になるけど、いい?」
「ふむ…」
だいたいサッカーをスタンドで観るときには、
センターライン辺りから客観的に見るのが気に入っていた。
ゴール裏で、サポーターの熱気に囲まれるというのは、
彼のスタイルではない気がした。
それは、野球観戦でもそうだ。
一方的に相手を野次り、盲目に味方を応援するというのは違うと思う。
メガホンを持つよりは生ビールをおかわりして、
いいプレイは敵も味方もなく愛でて、怠惰なプレーには腹が立つ。
なんにせよ、彼はひとまず浦和戦に行ってみることにした。
最初のうちは、やはり高みの見物だった。
ゴール裏のサポーター席でも、より上の階の方に陣取り、
妹たちと観に来ているみっちゃんにも、上の階の席で観てもらい、
本格的な応援席からは少し離れていた。
それでも、エメと達也、ふたりのプレイに、彼は圧倒された。
エメが重爆撃機のようなのは、もともとよくわかってる。
彼は注目したのは、達也のプレイだった。
Jリーグでも日本代表でも、
日本人選手は、よくゴール前で、平気でパスの出し先を探す。
撃ってみればいいのに、シュートよりパスを選択しようとする。
しかし、彼が思わず「撃て!」と叫ぶタイミングで、
達也はふつうにシュートを撃つ。
今までにはない、早めのタイミングでどんどん勝負する選手だった。
チームメイトのエメのプレイを見て、
刺激と影響を受けたということは、かなりあるだろう。
そして、彼が見ている前で、エメと達也は揃って点を挙げ、勝った。
「こりゃ、いいっすね、浦和はサッカーがおもろいわ」
「でしょ、よかった」
それからちょびちょび彼は浦和の試合を観に行き、
誘われるままにゴール裏のサポ席に陣取るようになった。
勝てばなおいいが、勝てなくても、貪欲にゴールを狙い、
情熱とテクニックを惜しげもなく出し切る彼らを観ると気分がいい。
ふたりを中心にテンポのいいパス回しと、
怒涛のシュートが飛びまくる試合に魅了され、
彼はいつの間にか、立派な浦和サポになっていた。
エメはまぁブラジル人だしムリなのはわかっているが、
まだ若い達也には、やがて日本代表のFWに立って、
中核メンバーになってもらうことも、彼は期待し始めた。
「サイン、書いてもらいましたよ」
「うぉぉ、まじで!? いいなぁ」
「しかし、堂々と、キミもよくやるよな」
まわりの、さっきは彼を小ばかにしていた同僚たちが、
羨望の目で、背中のサインを見ていた。
彼はそれを胸の前に持ってきて、ジャミラのポーズでおどけてみせた。
しばらくして、また彼はトイレに席を立った。
トイレに入ると、別の客が入ってきて、彼の隣にならんだ。
「よかったですね」
「?」
彼がちらりと声の主を視界の端に入れると、
例の通訳っぽい、背の低い若者だった。
「あぁ、もう最高っすよ、エメと達也のコンビは熱いっす」
「ははは」
「スタンドに着て行きます」
「ふふ、これからも応援よろしくお願いします」
「もちろんです!」
しばらく経った週末、スタンドに行けなかった日、
彼はテレビで浦和とどこかの試合を観ていた。
ナビスコカップのトーナメントの、大事な試合だったと記憶している。
テレビを観ていて、彼は驚いた。
「あっ!」
通訳だと思っていた、背の低い若者の顔と、
テレビ画面の田中達也の顔が、完全にカブった。
えぇぇ、あれってモロ達也だったんじゃん…。
なんで気づかなかったんだろ?
酔ってたから? …ちょっと違うな。
背が低いのは知ってたけど、まさかあんなに低いとは思ってなかった?
うぅむ、そうかな…。
トイレで並んで、会話まで交わしたというのに…。
ま、スタジアムに行けば顔はよく見えないし、
テレビで観ていても、声まではあまり記憶にないわな。
こうして彼は、自分より背の低いJリーガーはいないという先入観で、
浦和2トップによる直筆ダブルサインのチャンスを逸した。
この年、準決勝第2戦で達也の2点とエメのハットで大逆転勝ち上がり、
決勝戦でも2人の点を含め4-0で大勝し、
Jリーグ発足後11年目にして、浦和は初のタイトルを手に入れた。
達也はベストルーキー賞とMVPを獲得。
2004年春。
エメルソンが日本に帰化するというニュースが流れた。
達也は達也で、オリンピック代表入りは濃厚で、
将来のフル代表入りも期待させた。
ふたりとも、ドリブルには絶対の自信を持っている。
一瞬の瞬発力で裏へ飛び出しパスを受けるのもうまいので、
MFに好パサー揃いの代表では歓迎されるだろう。
さらには、最近代表ではロクに見ない、
FWふたりでのワンツーもいっぱい見れるだろう。
何より、多くのシュートが、ゴール枠にちゃんと飛んでいるのだ。
点を取るための、基本中の基本だが、
このことが現代表候補では、得がたい才能とすら言えてしまう。
勝つかどうか以上に、面白いかどうかでいえば、
ふたりは間違いなく代表の試合を数段面白くしてくれるはずだ。
彼は、このふたりの2トップが、ドイツW杯で日本の先発を占め、
面白いように相手ゴールへ襲い掛かるのを期待した。
エメルソンは、代表になるかどうかは二の次で、
日本が好きになり、純粋に日本人になりたいという気持ちで、
帰化申請を考えているらしい。
すごい、すばらしいことだ。
こういう人には充分期待できる。
エメがまだ、日本語をほとんど話せないように思えることが心配だが、
彼のプレーは、多くの日本選手に、FWのあり方を学ばせ、
サッカー選手を目指す子供たちを含め、
パスの器用なMFばかりが育つ日本サッカー教育の現場に、
サッカーとは本来、点を取るためにベストを尽くすゲームなのだと、
本質を思い出させてくれることだろう。
ゴールへ向かう意識が、多くの選手に定着すれば、
得点力不足に悩む日本のサッカー文化自体が一変するんじゃないか?
このことに、彼はいちばん期待した。
第2ステージ、多くの週末を、彼は埼玉スタジアムで過ごした。
彼が応援に行くと、浦和はよく勝ち、
負け濃厚な試合でも、必ず引き分けに持ち込んで無敗だった。
やがて、浦和史上初のJリーグステージ優勝が決まり、
彼はみっちゃんたちサポ連中と、純粋に飛び上がって大騒ぎした。
2005年。
前年のチャンピオンシップ初戦で横浜にすんでのところで競り負け、
2戦目は勝ったにもかかわらず得失点差で年度優勝を逃した浦和は、
この年こそはと臨んだはずだが、Jリーグの出だしから引き分けが続き、
なかなか波に乗れなかった。
彼が観に行った試合、相変わらず負けはしないのだが、
引き分けなのだ。
エメルソンはハードマークに苦しみ、
前年までの爆発的な得点力は鳴りをひそめていた。
エメはあきらかにイラ立ってプレーいるように見えた。
やがて、エメルソンが突然、中東のクラブチームに移籍するという、
信じがたいニュースが飛び込んできた。
理由は高額な移籍金が魅力だったとのことだ。
あんなに、日本が好きだから帰化したい、
このクラブで優勝を勝ち取りたい、と言っていたのに…。
これで、もう、ドイツで、エメと達也の2トップを拝む夢は、
なくなってしまったのか…悲しい。
浮き足立ったチームはそれでも調子を取り戻し、
再び、第2ステージで優勝が狙えそうなところまでやって来た。
しかし10月。
すでにJ2陥落が決定的な柏を相手に臨んだ試合で、
しかも大量に点差が開き、試合も大勢は決まった後で、
達也は、相手DF土屋からの悪質といえるバックチャージを受けた。
脱臼骨折。
召集され始めた代表戦でも得点を挙げ、
いよいよ定着、ドイツW杯メンバー入りを期待させた矢先。
メディアは、W杯絶望の重症と報じた。
ニュースの映像で、土屋の体重が達也の足に乗っているのを観て、
翌朝の新聞の写真で達也の足がありえない向きに曲がったのを見た彼は、
気分が悪くなるほどだった。
土屋…もう試合は決まったといえるのに、
あんな無理なタックルをあそこでかます必要があったのか?
優勝戦線に黄色信号が灯ったのも痛いが、
このケガはきっと、来年の日本代表の損失になっちまうぜ…?
こうして2005年のうちに、
得点のニオイを強く感じさせるFWがふたり、日本代表から消えた。
後に並ぶFW代表候補を彼は思い浮かべてみた。
正直、代表への期待は一回り小さくなった。
小さくなったなりに、それでもついつい期待してしまうというのは、
彼にとってはシンドかった。
2006年6月。
代々木体育館で豪州戦、自宅でクロアチア戦、
そして六本木ヒルズの映画館で未明のブラジル戦。
エメも達也もいないW杯を、彼は見届けた。
柳沢のゴール前での相変わらずなパス先探しも、
決定機をぶち壊した不思議なシュートも、
彼はしっかりと見届けた。
(そうだよ、
そんなキミを受け入れるチームだから、オレは鹿島を見限ったんだ)
そして、達也がいないので小野の背番号でユニフォームを作ったのに、
その小野もロクに使ってもらえなかった日本代表への消化不良感に、
この4年間の期待も夢も醒めて、彼はW杯予選ラウンドを終えた。
後はふつうに、他国のすばらしい選手のすばらしいプレーを、
純粋にサッカーを、彼は楽しんだ。
一方で、彼は、達也がリハビリを終え、
浦和のドイツ合宿に参加しているというニュースを読んだ。
復活は近いな…。
あと1か月早ければ…。
いや、それは考えまい、もう終わったことだ。
2006年7月。
達也が再開するJリーグに間に合いそうだというニュースが出た。
彼はみっちゃんに、久々に浦和の試合に行かないかと誘った。
みっちゃんが行きたいとちょくちょく言っていたが、
エメがいなくなった後、情熱がしぼんでいたことも、
また仕事がそれなりに忙しかったことも、テニス部やらGMJやらもあり、
彼の足はしばらくの間、スタンドから遠のいていた。
彼らが観に行く約束をした川崎戦はJ再開後第二戦。
その前の水曜日に初戦があり、達也も先発出場していたが、
浦和は新潟に1-2で負けた。
むぅ、やはり、行かねば。
2006年7月22日。
土曜夕方の等々力スタジアムで、ついに彼らは達也に再会した。
首位の川崎と、前節3位に落ちた浦和のアウェー戦。
勝ち点差は4、これ以上離される訳にはいかない。
アウェーなのに半分は赤、自由席券の彼らは2階席の最上段に陣取った。
開始早々、何度か訪れた攻撃の店舗と、
今期リーグ最小失点の浦和が誇る堅守そのままの展開に安心し、
彼らはビールをがんがん呑んでいた。
そして、前半30分。
相手GKのフィードを競り勝った闘莉王が小野に預け、
小野がボールを落ち着かせている間、右を闘莉王がオーバーラップ。
前方にはスペースがあり、中央前方では達也が動き出していた。
彼は、ここは勝負のヤマだと感じた。
「出してみ!」
と彼が叫ぶと同時に、小野は闘莉王にパスを出した。
浦和側スタンドの歓声のボルテージも上がる中、
闘莉王はすぐに中の達也にダイレクトで戻した。
達也は受けてすぐにドリブルでゴール前にまっすぐ切れ込んだ。
その背中を彼らが遠く見守る中、
ペナルティエリア手前、ふたりのDFは左右から接近してきた。
「撃っちまえ!」
と彼が叫ぶとまた同時に、達也は遠めから早めにシュートを放った。
ドイツW杯仕様のボールは、ゴールニアサイドに吸い込まれた。
「うぉぉぉぉっ! 来たっ!」
彼はスタンド最上段で、みっちゃんと手を取って飛び上がっていた。
達也の復活弾による先制に、スタンドは揺れていた。
この感覚だ。
彼が達也を好きだったのは、
撃ってしまってほしいという“ここぞ”のタイミングで、
実際にとっとと撃ってしまうシンクロ感があるからだ。
他の多くの日本人FWにはこれがない。
もう少しゴールに接近してから確実に撃とうとしているのか、
それとも頭が真っ白になってるのか、わからんが、
ペナルティエリアに入っても、ちんたらボールキープに走り、
やがて機会を逸してDFに絡め取られるのが多い。
なんで撃たないんだ…?
W杯でも、そんなイライラが募る試合ばかりだった。
やっぱ、達也は最高だわ。
GKとの1対1の果たし合いに、真剣に冷静に勝ちを狙う。
今回、代表につけられていた“サムライブルー”。
この愛称にしっくり来るのは達也だったと、今でも彼は思う。
久々に観戦した試合は、審判の不思議な裁定で退場を出し、
後半早々、PKの決定的場面もジャッジされなかったにもかかわらず、
その後の追加点もあり、2-0で浦和の勝利に終わった。
「ね、オレが来ると、負けないっしょ?」
「ホントだね」
達也が重症を負ったとき、遠くの空の下でエメルソンは取材に応じ、
「W杯に間に合わなくなり、残念だ」
と、かつてのチームメイトのことを語ったらしい。
それを知った達也は、モチベーションを与えられ、
真剣に、ドイツW杯に間に合わせるためのリハビリに励んだという。
彼は、六本木の店で、ふたりに出会ったときのことを思い出した。
心底仲がよさそうな雰囲気を醸し出していた。
お互いの実力を認め合い、
練習でお互いの特徴や間合いを確認し合って、試合で発揮する。
すごいレベルまで昇華した、最高の組み合わせのFWだった。
エメが退団するとき、達也は本人から事前に知らされず、
ショックを受けたと聞くが、
現在の達也のプレーには、確実にエメと過ごした時代の経験、
エメの魂が同化していると、彼は実感している。
角度、距離、相手が撃つと身構える前に撃ってしまうタイミング。
川崎戦での達也のシュートは、よくエメルソンがやって見せた、
日本人離れしたシュートそのものだった。
エメの魂は達也の中に確かに息づいていると、彼は感じた。
4年後。
達也が南アフリカW杯のグラウンドに立ち、
世界にその切れ味あるドリブルと勝負どころを逃さないシュートを
数多く披露してくれることを、彼は今から期待している。
