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| 稲村 政幸プロフィ−ル |
25歳の時、富士スピ−ドウェイ(JAFグランプリ)に友達と見学に行きモ−タ−スポ−ツに目覚めた。
B級ライセンス講習会に参加し、ライセンス取得後、その月のジムカ−ナに参加するが、何もわからず富士スピ−ドウェイ(Cパドック)に到着、当時で参加料3000円位であった気がした。
当時は、ノ−マルクラスなぞ存在しない時で回りは太いタイヤを付けた改造車ばかりで、自分のノ−マル車両(P510)がみじめに見えた。
一、参加確認の受付をする。
ニ、ゼッケンを貰い左右のドアに貼り車検を受ける。
三、ブリ−フィングを受けて、慣熟走行(5台づつ)並んでペ−スカ−先導されながらコ−スを覚えさせられた。
四、競技開始(1ヒ−ト・2ヒ−ト)終了。計測はすべてストップウォッチを3個使用し真中のタイムを記録する。今の時代では考えられない。
五、表彰式で、すべて終了。改造車にナンバ−、消音機を取り付け帰宅する時代であった。
以上が私のデビュ−戦である。「当時の参加車両は、SR311フェアレディ・P510ブル−バ−ド・B10サニ−・カロ−ラ・パブリカ・ファミリア・S6・S8・ベレット・トヨタ800・N360・キャロル・フロンテなどである。
’71フレッシュマン




3代目BNR34
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