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◆第24回「全国研修会」

◆時局講演会 講師 佐藤正久参義院議員と

◆狭山市議会議場に日の丸が掲揚

◆まごころ昼食会




◆5回めの選挙



◆新春の集い

◆福島県人会からの要望活動

◆尖閣諸島・沖縄に自衛隊配備を求める日本国民大行進

◆第22回 「全国研修会」


◆創生「日本」 東京研修会

◆山谷えり子先生の講演会

◆会派 志政会 沖縄視察

◆会派 志政会 千葉・茨城視察(筑波宇宙センター)

◆恒例の一般参賀

◆知事との面談

◆長年の要望指摘が漸く実現する 県道柏原線拡張工事

◆さやま大茶会

◆会派 志政会主催 「教育講演会」



◆第20回 「全国研修会」

◆上田知事に要望活動



◆総務経済委員会の九州視察


◆会派 志政会 柏崎刈羽原子力発電所 視察

◆映画「南京の真実」 水島監督と

◆中国胡錦涛国家主席訪日に抗議行動

◆中国の人権状況を考えるシンポジウム

◆長野で「フリー・チベット」を叫んで

◆総理大臣官邸視察
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| 田村が動く! |
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◆2012年10月6日-8日 第24回 「全国研修会」

全国研修会は、10月6日から8日までの3日間、京都市役所前 ホテル本能寺会館で開催された。 詳しくは、≫こちら (田村しゅうじのブログ「東奔西走」)でご覧下さい。
◆2012年8月23日 2012 夏季経営セミナー

商工会議所主催の夏季経営セミナーに参加した。 今回のタイトルは『日本の経済の「未来」をつかむ!中小企業経営戦略の羅針盤についてと題して、立教大学経済学部教授山口義行氏と気象予報士半井(なからい)小絵氏である。 山口氏はNHK総合テレビ「クローズアップ現代」やフジテレビ「とくダネ」などのコメンテーターなど、メディアでも活躍中である。 お互いの情報交換しながら、大企業参入しにくい隙間産業を目指して成長していこうという内容であった。 半井さんはTVで良く見かけていた方であったが、最近は気象や防災、環境に関する講演活動、子供達を対象とした環境教育などで活躍中である。 狭山市長はじめ、地域のオピニオンリーダーが沢山参加されていた。
◆2012年8月19日 福島県人会暑気払い

恒例の福島県人会暑気払いを狭山市内にあるけやき幼稚園園庭で開催した。 理事長が福島県人会会長であるがゆえに、何時もお世話になっている。 子供達が使っているイスや机を借りて木陰で即席の暑気払い円卓を設定した。 出席者42名のうち、東日本大震災で避難された方々5名も加わって和やかに開催された。 会費1000円で結構な弁当とつまみ物で間に合った。 カラオケもなかったが、結構楽しく盛り上がった。
◆2012年7月19日 都市対抗野球応援

第83回都市対抗野球大会の狭山市代表として、地元企業のホンダが二回戦に臨む。 一回戦は優勝経験のある「にかほ市」のTDKと戦って勝利した。 今日の相手も「川崎市」代表の東芝であるが、強豪として名高い優勝候補でもある。 何度かホンダも追撃のチャンスがあったが、どうしても点が取れず、残念な結果で終わった。
◆2012年6月20日 衛藤晟一勉強会に参加して

会場は都市センターホテル。今回のテーマは「強い日本を創る」と題して京都大学院教授・同大学レジリエンス研究ユニット長 藤井聡先生であった。 先生曰く、
@今の日本は、文字通り、亡国の危機にある。 その理由として・三大都市圏を襲う「巨大地震」の危機(例えば首都直下30年発生確立70%、想定死者15万人・被害100〜300兆円など)・少子高齢化に伴う「社会保障問題」・デフレ不況・世界恐慌の危機など
Aただし、この難局を「乗り越える」方策は、確実に存在する。 それは、日本の衰退を受け入れることではなく、国民の力を総動員して「強い日本」を目指すことである(列島強靭化論)
T.「国土強靭化策」として @震災復興 A首都直下地震対策+東海南東海地震対策 B想定被災地の都市機能の地方分散化 C強靭な「エネルギー/通信/食料」システムの構築 D防災教育・BCP・防災まちづくり など
U.「大規模な財政出動」を行って、大規模に進める @年間10〜20兆円程度の公共投資を10年間進める(総計100〜200兆円) A倒産かけている全国の民間企業を蘇らせる。 Bデフレ不況を脱却させ 経済成長を期する 10年後には、600兆円〜900兆円の国を目指す<少子高齢化でも、成長している国はいくらでもある。日本も当然可能>Vこれによって「巨大震災Xデー」における国家的ダメージを最小化するとともに、デフレ不況を克服し、「強靭な日本」につくりあげる、これこそ、平成の「冨国強靭」である。 <資料参照>
帰路「震災復興」について考えてみた。 今福島に必要なのは、強力な経済支援(例えば、大規模焼却炉建設と、瓦礫再生による緑の防潮堤や企業進出へ大規模融資支援などを早急に実施) 国家でしかできない対応が求められている。 まさに「冨国強靭」の施策しかないだろうと感じた。
◆2012年6月3日 県人会総会

今年で19回目の県人会総会が、総数78名で市内の中華料理店で開催した。 総会はシャンシャンで終わり、恒例の懇親会と相成った。 サプライズゲストとして福島県出身の民謡女性歌手、福本えみ氏が急遽出席して、彼女の民謡5曲を披露してくれた。 彼女は現在「日本コロンビア専属歌手」として東京を拠点に故郷福島から東北にかけて積極的に活動している。 懇親会終了には決まって「故郷」「誰か故郷を思わざる」等を手を繋いで合唱して終わった。楽しいひと時であった。
◆2012年4月18日 盛会だった時局講演会

お陰様で「国家・国民は誰が守る!」講演会は盛会理に終了しました。 来賓は狭山市長、飯能市長や柴山国会議員、自民党各支部支部長や県会議員、市議会議員等43名など大勢の方々の出席頂き大変な盛り上がりでした。 所沢支部役員でもあり、メル友から、講演メモを頂きましたので紹介します。
『 昨日、日本会議・埼玉西部地区主催の、「国家国民を守るのは誰だ!」の時局講演会が 開催されました。 講師の佐藤正久・参義院議員は、
・日本人は、各自が心の中に、「使命感というスジを持たねばならない」
・非常時には、「自分の家族、社会、国家は自分で守る覚悟が必要だ」
・国民は、「権利意識ばかりでなく、国家の危機には身を捧げる覚悟を持て」
・自衛隊だけでは国は守れない。「国民の意識を超えた防衛はあり得ない」
・憲法改正と教育再生が急務である。
などと、語られました。 また、議員の東北大震災被災地での体験談には、目頭が熱くなりました。 幼い女の子が、何かを懸命に探している。佐藤議員が「何を探しているの?何が欲しいの?」と訊くと、女の子は、「お母さんが欲しい」と答えたそうです。 議員は、女の子を抱きしめて号泣したということです。 震災後の自衛隊野献身的な活動は目覚ましいものでしたが、政府は無為・無策です。 1年も経つのに、ガレキは整理されたものの被災地は更地のままです。 復興の槌音が聞こえていません。 佐藤議員は震災直後に、政府が迅速に対応できるように、「個人の権利を一時的に制限した、非常時立法をすべきだ」と提言したが、民主党政権は、「個人の権利の制限などは出来ない」と拒否したそうです。 佐藤議員は、「今の政権の主流にいる人たちは、かっての反体制運動の活動家が多いので、国家は敵である、といった思考しかできない」。 国家は、「国家の独立と安全を守ることが最大の務め」ということが理解できないのだ」と言われました。 でも最後に、「そういった政治家を選び、このような政府を誕生させたのは国民だ」とも言われました。 その背景には、戦後67年間、平和に安住して来たことにある。 憲法改正と教育再生が日本国再生には不可欠だ、ということでした。 』
お二人が希望されたシンポジーム形式を私がコーディネートし、行き着く結論は、「国家・国民を守るのは自前の憲法を作ってしっかりと国づくりに進むことが今こそ求められている」と。
◆2012年3月4日 まごころ昼食会

堀兼地区の皆さんによって開催された「まごころ昼食会」が今回で第7回となった。 東北地方大震災で避難を余儀なくされ方々を狭山市は100個のアパートを用意して迎え入れて早11ヶ月となっている。 毎回堀兼自治会役員さんや実行委員の方々の献身的なボランティアで工夫された催しものは被災者の方々には喜んで頂いてると思う。 今回も31組101名の家族が出席して頂き、NHKや民法TVが取材に来て、その日の夕方には放映されていた。 狭山市在住の福島県人会のメンバーも受付を続けたお陰で大分被災者と顔見知りになった。 2月19日に開催した福島県人会新年会にも避難されている家族を誘ったら9組の方々が参加して頂き皆さんとは親戚のような和やかな感じであった。 先日福島県人会会長と事務局が、埼玉県庁に出向している「福島県災害対策本部・県外避難者支援チーム」に合って、堀兼の支援活動の報告したら、是非お礼に伺いたいと県知事のメッセージを持って出席して頂いた。 これからも堀兼主催の「まごころ昼食会」はしっかりとお手伝いしなければ思っている。
◆2012年2月23日 狭山市議会議場に日の丸が掲揚

今日狭山市議会定例議会が開催された。 今日から3月16日までの23日間31議案の審議がなされる。 全員協議会後議場に入ると議場の議長背後に左右にしっかりと日章旗と市旗が掲げられていた。 我が同胞議員も歓声を上げると、執行部も日章旗と市旗の掲揚に気づき、皆さん後ろを向いていた。 やっと狭山市議会議場に日の丸が掲揚され、県内40議会の内9議会内に参入することが出来た。 埼玉県の掲揚率22.2%となった意義は素晴らしい。 議長始め議員各位に敬意を表します。 市政施行してから58年目に議場に日の丸が掲揚出来たことに感謝です。
◆2012年1月3日 今年の抱負を祈願

毎年の1月3日は朝霞念法寺の「新春初護摩供」に出席した。 昨年も出席したが、今年は昨年の御礼(市議会議員選挙5回目当選)も兼ねて出席した。 厄除け祈願護摩供では今年の抱負を祈願した。
・今年には若い同士を10名拡大する
・4月には国会議員をお招きして「教育講演会」を開催する
・歴史講座100回に向けて成功せさる。
【予定は3月、7月、11月の3回で、25年には100回記念講演を開催する】
・国政選挙には自ら積極的に応援する体制を築く
・今年一年間で「埼玉ビジョンの会」の組織を飛躍的に拡大する
以上が今年の抱負として祈願し、実現に向けて邁進します。
◆2011年12月28日 福島県人会からの要望活動

狭山市には「福島県人会」が結成されて早20年が経過しています。 理事の役員さんは毎月理事会を開催し続け、皆さんのボランティアによって県人会を支えて頂いておることに感謝です。 今年3月11日に発生した「東日本大震災」で、狭山市に避難されている東北地方の方々(特に福島県)に対して、励ましの支援を実施している市長並びに行政に対して、感謝とこれからも被災者に対しての支援の要望活動を福島県人会として行いました。 以下、要望の内容です。
「要望書」
狭山市
日頃市民福祉向上にご尽力頂いている市長並びに行政に対して心から感謝と御礼申し上げます。 更には東日本大震災に於いては市長が先頭に立って被災者の支援にご尽力頂き、福島県人の一人として感謝申し上げます。 これからも復興支援にご支援賜りますよう心からお願い申し上げます。
下記の要望は被災者からの声を福島県人会として代弁させて頂きます。
@東日本大震災で狭山市へ避難している方々に、民間賃貸住宅を来年も借り上げて頂きたくお願い申し上げます。
A東日本大震災での被災者への支援を引き続きお願い申し上げます。
B上下水道の使用料の減免を引き続きお願い申し上げます。
C広報紙等の情報提供を引き続きお願い申し上げます。
Dまごころ昼食会では、福島県民が多数参加させて頂いており、福島県人会として協力並びに支援をしておりますが、市としても引き続きご支援をお願い申し上げます。
福島県人会
◆2011年12月11日 講演会 「教育勅語の真実」

日本政策研究センター代表の書かれた著書「教育勅語の真実」について、著者である伊藤哲夫先生から講演を頂いた。 日本会議埼玉狭山地域支部と埼玉ビジョンの会共催で開催。 折しも日本会議埼玉西部地域の顧問になっている「入間航友会」荻野会長(会員数550名)の了解を得て、会員さんに案内が出来た。 講師の伊藤先生は、東日本大震災後国会議員と一緒に福島県、宮城県、岩手県の三県を見舞われ、被災者や首長とあって直に話を聞くことが出来た。 その後9月にも同じ三県を視察したが、復興は一向に進んでいない。 その原因は民主党政権にあると言われた。 TPP問題も農業、漁業を守らずして復興はあり得ないと。 ただ一筋の光として、被災者の子供達は一様に「大人になったら自衛隊員になる」とか「警察官や消防隊員になる」との声が大きくなった。 今回の大震災で起きたことが日本人の心の覚醒が巻き起こったような気がする。 中国の記者が、「被災者が助け合って、食料等を分け合っている姿」に一様に驚きと中国には真似のできない文化があると報じられた。
◆2011年11月27日 研修バス旅行

自民党狭山支部でバス一日研修旅行を企画した。 新支部体制となってから、「年に一度 役員会でバス旅行もあっても良いのではないか」 と提案、横須賀海上自衛隊の艦船見学と「三笠記念艦」の見学が実現した。 会員各位に募集したところ、予定を大幅に超え大勢の老若男女の参加を頂くことができた。 横浜にある「海上保安資料館」の工作船展示室を見学。 一応に北朝鮮の恐ろしさを垣間見ると同時に、尖閣諸島侵犯した中国漁船と同じ印象を持ったのは私一人でなかった。 その後記念艦「みかさ」を訪ね、明治時代の偉業とその先人には敬服するばかりか、涙の出る程感謝感激したものだ。
バスの中では県議会議員の県政報告や市議会議員の市政報告など、政治に対する質疑応答で大変有意義な視察研修になった。 参加された皆さんご苦労さまでした。 次回も企画したいと思います。
◆2011年11月21日 新しくブロクをスタートします
さぼりを覚えるとブログの更新に抵抗を感じて、なかなか リ・スタートできませんでした。 しかし私の政治信条の発信はブログからと感じています。 これからも発言に注意しながら、自分の信条を発信して参りたいと思います。
▼田村しゅうじのブログ 「東奔西走」
◆2011年5月22日 まごころ昼食会

早い時期から計画されていた「まごころ昼食会」が、掘兼農村改善センターで開催された。 この昼食会は、3月11日の東日本大震災で狭山市へ避難された85世帯の方々をご招待し昼食会を開催したのである。 避難者の参加は、40世帯 120名と予定し、受け入れ実行委員会は、手打ちうどんと里芋ピザで歓待することにしたと言う。 その「まごころ昼食会」の計画を知り、「ぜひ福島県人会も手伝いしたい」と申し入れをして仲間に加わることが出来た。 スタッフは朝8時に集合して、それぞれテント張りや会場準備等で忙しく動き回り、メイン会場ではホンダ技研より二足走行型ロボット「アシモ」のリハーサルが行われていた。 予定時間には、続々と避難された方々が集まりだして「まごころ昼食会」がスタートした。 各テーブルに行って「我々は福島県出身の物です。困ったことがありましたら、相談に乗りますから!」と話しかけると、大変喜んでおられたのが印象的であった。 とにかく、今回の企画は素晴しい内容であり、まさに「まごころ昼食会」として高く評価したい。 主催者のみなさん御苦労さまでした。
◆2011年4月24日 5回めの選挙
今回の選挙は、3月11日に起きた「東日本太平洋沖大震災」によって選挙戦は一気にトーンダウンした。 被害の大きさは日増しに増大し大変な状況となっているが、全国的に派手な選挙は自粛するムードとなっていた。 私も東北出身の1人として当然のような雰囲気となっていた。 そんな状況下の選挙戦に対する気分の盛り上がりは極めて沈んだ状態であった。 さて投票の結果、4年前より5パーセントダウンの44.86%となり投票率の低調下が現れている。 午後10時30分に第一報が発表され、全員700票横一線で発表された。 午後11時30分に第二回目の発表で開票率100%、私の得票数2270票、第14位の当選と発表された。 事務所に集まっていた支援者と一緒に「万歳三唱」で祝福し合った。
※公職選挙法の規定により、当選御礼のご挨拶は、ひかえさせて頂きます




◆2011年2月6日 新春の集い

この日を迎えるのに、すいぶん役員の方々にお世話になりました。 前々日まで出席者の確認と名簿作成で大変でした。 若いスタッフのメンバーには無駄な時間を作ってしまい申し訳なかった。 次の日には事務局長休みにも関わらず事務所で名札づくりの作業をして遅くまで作業して帰っていった。 その後は当日渡す資料作りに悪戦苦闘しながら何とか完成することができた。 さて、朝から欠席の電話が入り出し、申込予定が減ってしまった。 それでも開会時には、欠席者以上の飛び入りがありプラスとなって開催することが出来た。 仲川市長、本木県議会議員、前衆議院議員、内閣副官房長官の大野先生など多くの来賓の挨拶後、私の挨拶を行った。 立食の関係上私に与えられた時間は7分。 折角の時間なのでもう少し話してもよさそうにと思ったが、致し方ない。 その後お楽しみクジや余興の「和太鼓」演奏で、最後は「田村しゅうじ応援歌」「ゆけゆけ秀二」を全員で歌い、舞台で見ていて壮観であった。 みなさん最後までお付き合い頂き本当にありがとうございました。 最後に出口で御見送りした際には皆さんの力強い握手に感激しました。 頑張るゾーと
◆2010年10月30日 日本最大の機械工作展示会

第25回 日本国際工作機械見本市(JIMTOF2010)が東京ビックサイトで開催され、加藤常務と見学してきた。 わが会社は機械工具販売商社ゆえ、毎年最大のイベントとして参加している。 今回の目的は、数社のメーカーへの挨拶と新規工作機械メーカーの開拓である。 出展社数571社、出展参加国19ヶ国、毎年メーカー数が増えている。 今年もこれで最大のイベントは終わった。
◆2010年10月24日 日本国民大行進

「尖閣諸島・沖縄に自衛隊配備を求める日本国民大行進」が開催された。 この日は朝霞の陸上自衛隊基地で中央観閲式が行われるため、警察官の物々しい警備がなされていた。 数百人の人々が日の丸やプラカード・横断幕などそれぞれが持って整列していた。 駅周辺から朝霞駐屯地正面入り口を通って大行進が行われた。 『尖閣諸島は、日本の領土ダー・中国共産党は嘘を教えるな―・日本の政府と国会議員は国防の使命を果たせ―・日本を守る自衛隊の皆様、ありがとー・尖閣・沖縄へ自衛隊を緊急配置せよー・日本政府は防衛費を増額せよー・自衛官の福利厚生・待遇を改善せよー・日本を守る自衛隊の皆様、ありがとうー・命をかける自衛官を法律で縛るな―・有事に備えて法律を整備せよー・憲法9条で、自衛官の命を危険にさらすなー・日本国民一致団結して尖閣諸島を守るぞー・日本国民一致団結して沖縄をまもるぞー・日本国民一致団結して日本を守るぞー』と。
◆2010年10月24日 狭山市商工祭

「狭山市商工祭」会場に向かった。 例年参加しているが、今日は曇り空なのであまり人出は少ないのではと思っていたが、結構参加者で一杯であった。 一通り出展店に挨拶して回っていたら、狭山市で唯一の中学校の同級生にばったり会った。 丁度議長と議会事務局長が近くにいたので記念写真を撮影。
◆2010年10月9日-11日 第22回 「全国研修会」

全国研修会は、10月9日から11日までの3日間、京都市役所前 ホテル本能寺会館で開催された。 主催の「日本政策研究センター」は、昭和49年に設立され、歴史と国益の視点から日本再生を目指す戦うシンクタンクとして数々の問題提起を行って来ている。 その中心的役割は、月刊誌「明日への選択」によって現代の課題、外交・防衛・歴史・農林漁業・環境・地方再生など情報の提供に力を入れ、「全国研修会」より、特に数十年前から、地方議会政策情報が全国的に好評となって今日を迎えている。 今年で22回の開催となっている。
◆2010年10月6日 創生「日本」 東京研修会に出席

創生「日本」 東京研修会は、最高顧問 平沼赳夫、会長 安倍晋三、会長代行 中曽根弘文、副会長 下村博文など11人。 幹事長 衛藤晟一、副幹事長 山谷えり子以下8名。 事務局長代理 稲田朋美など、層々たる国会議員と関東中心として集まった地方議員と支援者など盛大に開催された。 桜井よしこ氏が創生「日本」に対する熱烈な思いと期待を述べられ、国家基本問題研究所のテーマの一つに『中国』を上げられ、中国の対外外交姿勢には3つ上げられる。 @世論戦…国の内外に宣伝する A法律戦…国内法を作り上げて「我が国の領土だ。領海だ」と法律を主張する B心理戦…軍事力を背景に物を言う…。 これが戦うべくして勝つ戦術である。 その自信は22年間で22倍の軍事力を積み上げた結果である。 次に起こす行動は、@東シナ海のガス田開発…すでに海の色が変わって来ているのが何よりの証拠 Aアメリカの変身…日米安保での補償はないと見るべき 自国の防衛は自国での気概が今こそ必要だ、その気概がないのが民主党であり、亡国の一途を止めるのが創生「日本」であるべきだ、と。
◆2010年9月3日 都市対抗野球の応援

昨年の覇者「ホンダ技研」の都市対抗野球の応援に行った。 初戦は辛勝、二回戦は強豪「東京ガス」との対戦である。 身近に感じた応援は、この狭山市代表のホンダチームだけである。 一点先行され、なかなかヒットが出ない。 さらに終盤に一瞬のミスを衝かれて、一気に3点取られてしまう。 最終回、全員総立ちで声援を送る。 ヒットを連発し二点積み上げる。 同点のチャンスも、最後のバッターは内野ゴロで万事休す。 4対2と、二年連続優勝は途絶える。 狭山市代表のホンダチーム、御苦労さまでした。
◆2010年8月13日-14日 富士山登山

13日の朝、新宿集合場所からバスで五合目に向けて出発。 いよいよ、目指すは八合目まで出発した。 六合目、七合目と順調に進んだが七合目過ぎてからは息が上がり始め、ペースが遅くなり、何度も休憩。 八合目まで約8時間かかった。 やっとの思いで目指す山小屋に到着。 夜寝苦しく、心臓がバクバクでどうも息苦しい。 山頂まで残り346mだが、無理しないためにも御来光だけにした。 息子も私の体を気にして断念した。 この日は霧で何にも見えず、頂上も同様であった。 早めに下山した。 八合目、七合目までは何とか下りることが出来たが、尻もちをつくのが多くなり、かなり足もとがおぼつかない。 果たして下山できるのだろうかと心配になった。 六合目では何度も尻もちをついていたが、五合目まで息子の手助けを借りながら、やっとの思いで到着した。 下山時間約4時間。 やっと生きて帰れたとの実感である。 日本一の富士山は、ずぶの素人では登れない、思いつきでは無理と反省した。 息子が一緒だったので無事に帰りました。
◆2010年7月13日 行政視察

西部広域事務組合の行政視察に、栃木県庁で「消防広域化の取り組みについて」を視察した。 県庁内に「消防広域化準備支援プロジェクトチーム」を設置。 県内一つの組織化と200万県民の安心、安全を守る消防体制構築に向けて、平成24年「広域消防発足」を目指すと言う。 私の感想では「果たして議会の了解を得られるのだろうか」と心配する。 現職職員だけで進めると、予算が伴う時期にはそれなりの抵抗が起こるだろうと危惧するからである。 成功を祈りたい。
◆2010年5月18日 5年ぶりのゴルフ

5年ぶりのゴルフに行って来た。 地元のゴルフクラブの顧問になっていたが、参加したのが5年ぶりで、5年ぶりのプレーとなる。 内心ハラハラドキドキの5年ぶりの第一打。 真っすぐ当たって、まずまずのスタートであった。 前半55、後半56と、よくぞやれたものである。 皆さんから「参加することに意義あり」と。 狭山市に帰ってから、パーティーと二次会まで付き合った一日であった。
◆2010年4月24日 山谷えり子先生の講演会

晴天のもと、山谷えり子先生の講演会を開催した。 どれだけ参加して頂けるのか心配したが、今日までの動員は、すべて成功している。 早い時間から参加者が集まってきているのを見て、ほっとする。 来賓に、仲川狭山市長、木下入間市長、田中県議、本木県議、和田県議、田村県議、大野松茂先生、中山埼玉県神社庁長、それに近隣市の友山入間市議会議長など、市議だけでも12名の出席頂いた。 代表して数名の方より祝辞を頂いた。 山谷先生の講演は実に分かりやすく、参加者は身を乗り出すように聞き入っていた。 先生の講演途中には、賛同の拍手や声援が興り、舞台袖にいる私は感動しきりであった。 360名収容のほぼ満杯の参加者に、感謝、感謝でした。
◆2010年3月29日-30日 会派 志政会 沖縄視察

会派視察として、沖縄県那覇市を訪問。 最初は、那覇市安謝福祉複合施設。 土地・施設は、市や国県からの公共施設として設置されたが、その後は特別養護老人ホーム・老人ディイセンター・居宅介護支援事業・シルバーハウジング生活援助派遣事業・老人憩いの家・児童館との複合施設として、全国の注目を集めた施設である。 最初に気が付いたのは、子供たちの声が響く地域であり、保育室や学童保育室、高齢者や市民のたまり場として有効に活用されていた。 驚いたのは、すべて市から援助なしに自立して経営していることであった。 普通は、市からの管理者料で賄うのに、自立で行っているのには学ぶべきものがあった。
◆2010年2月7日 「新春の集い」

「新春の集い」は、大勢の支援者が参集して頂き、盛大に開催することができました。 仲川市長、本木県議、大野前衆議院議員など多くの来賓の下、祝辞を頂いた。 狭山ヶ丘高校校長のご挨拶は素晴らしく、外国人参政権問題てなどを例に引き出し、「民主党では国が潰れますよ」と力説された。 教育界で一目置かれる存在の校長先生が、これ程アピールされると本当にスッキリした。 私の挨拶は、これまでの議員活動報告と奉祝事業報告を行って、最後に、天皇陛下の御製「日の暮れし 広場に集う人と聞く 心に染むる 太陽の国」と。 余興に入り、市内で活躍している「民謡太鼓」のメンバーによる演奏が始まった。 27名の子供たち(障害者)が一生懸命演奏してくれた。 後ほどの感想で一番褒められた。 民謡太鼓の皆さんありがとうございました。
◆2009年10月18日 天皇陛下御即位20年 「奉祝のつどい」

午後2時に予定通りスタート。 緞帳が上がってまず運営委員から、「よく入っているなー!」 との感想が出る。 900名弱の参加者でした。 第一部は、お祝いの詞を狭山ヶ丘高校の女生徒がしっかりと声高らかに読み上げられ、盛大な拍車を頂く。 講師の竹田先生からは、『よくぞ、いろんな催しある中で「天皇陛下ご即位20年狭山市 奉祝のつどい」にお集まり頂き驚いております。』と述べられた。 素晴らしい講演でした。 その後は「入間修部武太鼓」の演奏で締めくくり閉会を迎えた。 10ヶ月近くこの日のために努力した結果、大成功でした。
◆2009年6月21日 「天皇陛下御即位20年奉祝狭山市委員会」の設立総会

奉祝会員198名、当日出席者122名の盛会に終えました。 大野松茂衆議院議員、大塚拓衆議院議員(大塚珠代参議院議員)、仲川狭山市長、本木県議会議員など多くの来賓と山古志村元村長長島忠美衆議院議員の感動ある祝辞を頂き、参加者全てが喜んで帰られました。
◆2009年4月25日 「天皇陛下御即位20年奉祝埼玉県委員会」の設立総会

「天皇陛下御即位20年奉祝埼玉県委員会」の設立総会を開催した。 名誉顧問や国会議員、県議会議員、市町村長、議会議長など続々と来場され開会、国歌君が代斉唱、経過報告と役員の紹介後、全員一致の拍手にて承認を頂いた。 関根会長から、「天皇陛下おわしますので国民は安心していられる。これほど幸せな国があるだろうか。」と挨拶され、続いて政界を代表して山口泰明衆議院議員、経済界を代表して川本埼玉県商工会議所連合会会頭、教育界を代表して中村平成国際大学名誉学長から、「世界歴史上最大の財産は、ご皇室の存在と天皇陛下である。」との挨拶。 その後、竹本埼玉県神社庁副庁長、最後に山古志村で有名になった長島忠美衆議院議員より「※天皇陛下と山古志村との関わり」をお話しして頂いた。 最後列で聞いていて、涙、涙の大感激で、参加者全てが涙を拭いて居られた。 総会設立の最大の感動は長島先生のお陰と思う。
※長島先生の講演内容は、「友人からのメール」に掲載してあります。
◆2009年2月2日-3日 会派 志政会の千葉・茨城視察

千葉県松戸市の消救車導入の経緯を調べてきた。 救急車との違いや経費面での効果や市民からの反応はどうかなど直に生の声を聞いてきた。 次の日は、茨城県潮来市の「観光誘致」の実態とその事業内容を視察した。 我が狭山市の智光山公園内にある「花菖蒲」と同じものであるが茎数が大違いの10万株とのこと。 毎年210万人の来場者でも悩みは尽きない。 帰りに筑波にある筑波宇宙センターを見学してきました。 日本の技術も世界に誇れる素晴らしいものである事を確認しました。
◆2009年1月2日 恒例の一般参賀

本年も一般参賀に行って来ました。 雲一つもない快晴の中、天皇皇后両陛下のお出ましと同時に「天皇陛下万歳」を久しぶりに張り上げて来ました。 新年の一般参賀で手を振られる天皇、皇后両陛下と皇太子ご夫妻。 今年は陛下のご負担を考慮し、お出まし回数が例年の7回から5回となった。 宮殿の東庭には初回から多くの参賀者が詰めかけ、陛下はベランダから、 「新しい年を共に祝うことを誠に喜ばしく思います。厳しい経済情勢の中にあって、苦労多く新年を迎えている人々が多いのではないかと案じていますが、この年が国民にとり少しでも良い年になるよう願っています。ここに年頭に当たり、人々の幸せと世界の平安を祈ります。」と、お言葉を述べられた。 その後、歩いて九段下まで行って「靖国神社」を参拝した。 より長い時間「天皇国日本の実相顕現」を祈って来ました。
◆かつてHPに掲載された写真たち
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◆熱く行動する田村の歩みを綴っています。
第53代 議会議長として東奔西走した足跡をご覧下さい。
◇平成19年 5月
◇平成19年 4月 ◇平成19年 3月
◇平成19年 2月 ◇平成19年 1月
◇平成18年12月 ◇平成18年11月
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