鳥になりたい


高い所で風を感じます

 いつでも高い所にいたいのです。

 生まれてから、ずっと霧島山を見て育った私は、自然が遊びの対象でした。

 小学生の頃、小鳥を捕る罠を仕掛けるため、杉の木や孟宗竹の天辺に上って、体ごと穂先を揺り動かしながら木々を渡り歩きました。
 物心付いたころ、空を轟々と音を共鳴させながら飛ぶ怪鳥がいました。
 怪鳥が飛んでくるたび、遊び仲間のお兄さん達に「機銃掃射だ!」と言われて、物陰に押し倒されました。
 お兄さん達は、怪鳥が怖かったのです。
 でも、幼かった私は、不思議とその怪鳥を怖いと感じませんでした。
 怪鳥を見ると何故か心が浮き立ってくるのです・・・。
親しみを覚え、いつしか、その怪鳥を心待ちしていました。
 後日、その怪鳥の正体が、朝鮮戦争に行く爆撃機だったのを知りました。
 山の頂や、木々の穂先に上っていると、何故かほっとして心が落ち着くのです。
 同じ児童の頃、霊峰高千穂の峰に登って、山登りの楽しさを覚えました。
 中学1年生になったとき、友人が「夜間登山をして、日の出を高千穂の峰山頂から見ると気持ち良いぞ」と教えてくれました。
 その年の夏休み、おにぎりと水と懐中電灯と予備の電池・登山ナイフ・ロープを持って、 初めて単独夜間登山をしました。
 夜十時頃、登山道入り口の狭野(さの)神社を出発、皇子原(おうじばる)を通って約5時間後高千穂の峰に到着しました。
 夜明けに見た朝日は、輝いていました。
 以来、高校を卒業するまで、十数回、夜間登山をしました。何時も、夜間登山は、一人でした。
 夜間登山を許してくれた父にとっては、精神鍛錬をさせているつもりだったのでしょうか?。
 でも、私が得たものは、「高い所にいる満足感と心地良さ」でした。
 飛行青年?だった私ですが、
 人生の最終章に入った今でも、気流を利用して山を飛びたい気持ちが旺盛です!

 使用している写真は、飛行中に撮った、アルプスなどの山岳航空写真です。

 時が静かに過ぎていっても
美しい自然が何時までも続くと良いですね。

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