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     木村無相さんの詩との出会い

法(真実)をよりどころにし、自らをよりどころとせよ、他人をより所としてはいけない。

    釈尊の「自灯明・法灯明」の教えです



平成十七年に父が亡くなったこともあり、再び浄土真宗に興味をもち、インターネットなどで理解を深めていきました。最近、木村無相さんの念仏詩鈔に出会いました。

木村無相翁は、昭和四十八年(六十九歳)から福井県越前市の老人ホームで生活をされるようになり、そこが終焉の地となったそうです。 当方も越前市 在住の者なので親しみを感じています。念仏詩鈔では、煩悩に苦しむ私たちが進むべき道は「何か」が、明確に表現されていると思いました。

今後、念仏詩鈔で印象のあった詩の感想をアップしていきたいと考えています。

木村無相翁 についての詳細は

https://www.google.co.jp/

本音として当方は、仏教、特に浄土真宗の教えの探究者としてこのホームページを立ち上げました。

「どのようにしたら救われるのか。他力の信心を獲るにはどうしたらよいのか。」についてこだわるのは、他力の信心を獲た浄土真宗の善知識であると本人が表明し、また取り巻きの人も知識であると褒めたたえているのにもかかわらず、親鸞聖人の教えとは違う道を多くの人に進めていたことが、他のブログにより、知らされたからです。

このことは、当方としては、大変な驚きでした。その時は、浄土真宗の教学も無く判断していたように思います。

ある時、鵜呑みにしてはいけないと思い、インターネットを利用し独学
(「自らをよりどころとした」ということ)で浄土真宗の教学を学び直しました。

まず、大無量寿経から調べはじめ、阿弥陀経、観無量寿経と学んでいきました。この時は、大無量寿経を何度読んでも自分が修めるはずの行が見つからないので、困惑していました。その後のことについては、省略させていただきます。

今では、浄土真宗の教義のかなり深いところまで理解し解説しているつもりです。しかし、このことにより、多くの獲信者の方に不快な思いをさせてしまうことは、本意ではありません。

このページを読んでいただき感謝します。

「自分の聞いている教義が正しい」と信じている方に言いたいのです。「同じところをグルグル回る教義から、出ていただきたい」と。

 (あくまでも例えとして 歌 ワダツミの木
                     
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空 淳一 ブログ https://blogs.yahoo.co.jp/tn1651jk/

   作成開始 2016/04 −