短文集 (五十音順)

 

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「週刊ピンク・レディー」「プロレス」('09/09/05)

 

 

あ行

 

I Love You

 

「シェリー・ラブ・ソング」(『バイ・バイ・カーニバル』収録)にある、

アーーーイ ラーーーヴ ユーーー

というフレーズを、メロディーそのままで「きゅっ」と縮めると、

アイラヴユー

となり、「夢中が一番美しい」になりますね。いや、パクリだと言いたいのでは無い。たまたま似てしまっただけだろうと思う。まさか阿久悠と都倉俊一とが共謀してウイングスをパクったとは思えないので。 ('09/08/08

 

 

有為転変

 

穂口雄右さん、と言えば勿論キャンディーズなのだが、ウィキペディアに拠ると稲垣次郎&ソウル・メディアのメンバーだった時期があるとのこと。これは『トリビアの泉』式でいくと、15へぇくらいは取れるんじゃないか。ちょっと古いか。無論のことピンク・レディーのバックで演奏したことは無いと思うけれど、いつぐらいの時期にメンバーだったのか知りたいところである。

MMP(ミュージック・メイツ・プレイヤーズ)はキャンディーズのバックバンドを務めたが、解散後(キャンディーズの解散では無くMMP自体の)、幾人かのメンバーが再び集まってスペクトラムを結成、80年の一時期にピンク・レディーのバックを務めている。

この二つは直接には全然関係ない。しかし、ピンク・レディーとキャンディーズとが妙な形で交錯して、なんだか有為転変という感じがする。 

 

追記:これを書いたのち、「Body & Soul」と「シュガー・トーク」が穂口さんのペンに為ることを知りいよいよ有為転変の感を深めたのであった。  ('09/08/08

 

 

か行

 

この無用にして不快なるもの

 

 ブーイングとサクラの歓声とではどちらが腹立たしいだろうか。

 実際に目の当たりにしたら、きっと一人のファンとしてブーイングの方が腹立たしいに違いない。しかし冷静に考えてみると、本当に許せないのはむしろサクラの歓声である。何故なら、ブーイングというのは、そのやり方は幼稚で粗暴だが、つまらないと思ったものに対してその意思を伝えること自体は観客の正当な権利であるし、また演者にとってもそれは有用たりうるものだからである。  

 それに対して、サクラの歓声というのはそもそも相手への評価を放棄した行為である。というのは、披露するものがどんなにつまらなくても、また素晴らしくても、一定の歓声を浴びせることを「既に決めている」からである。つまりハナから「鑑賞しない」「評価対象とみなさない」という態度なのである。許せないでしょう。更に言えば、テレビ番組の出演などで制作者側が勝手にサクラを用意した場合は、それは相手のパフォーマンス能力を信用していないということでもある。これも本当に失礼な話だ。

 YouTUBEに、2003年からの再結成の頃の「サウスポー」をテレビ番組で披露した画像がアップロードされていて、観ると曲が始まるやいなや大歓声が起こった。歓声は変わらぬ人気の証だから、嬉しく思っていたのだが、間もなくそれがサクラらしいと気付いて、一挙に不愉快な気分になった。

歓声の大勢を若い女性の声が占めていたので、妙だなとは最初から思っていたのだが、しばらく観ていくと、やはり明らかに歓声が若すぎるし大きすぎる。それに何と言うか、「PLファンのはしゃぎ方」ではないのである。どうも席の先頭数列を占めている赤いシャツを着た女の子達がその歓声を作っていたようだった。

上でも書いたように、サクラの歓声はそのまま「鑑賞の放棄」を表す。目をつぶり耳をふさいでいても黄色い声は上げられるのだ。

実は、そのとき披露された「サウスポー」は本当に素晴らしくて、一度など私は涙が出そうになったほどだった。サクラは、そうと気付かれなかったら場を盛り上げる効果があるかも知れないが、「これサクラだ」とバレた瞬間に、場を完全に白けさせる。私は、こんなにも凄いパフォーマンスが繰り広げられているのに、こんなサクラなんてもののせいであたかもこの「サウスポー」が、サクラを必要とする、魅力に欠いたもののように扱われているのを目にして、本当に悲しかったし、悔しかったし、腹が立った。

私はもしこの先ピンク・レディーのコンサートに出向く幸運に惠まれても、ある演奏曲について「これはあんまり良くなかったな」と思ったとしたら、拍手も声援も抑え目にして、それによって消極的にではあるが「今のはあんまり良くなかったよ」という意思表示をするだろう。そ知らぬ顔で変わらぬ歓声を浴びせるより、その方が演者に対して真摯な態度だと思うからだ。ブーイングだって一種の侮辱に違いないが、サクラの歓声はより深い意味での侮辱だ。あの「サウスポー」を観て、私が感じたのはそのようなことだった。   ('09/07/10)

 

 

さ行

 

週刊ピンク・レディー

 

テレビを観ていると、「週刊○○創刊!」というCMがよく目につく。説明するまでもないとは思うが、綜合雑誌などではなくて、一つのテーマに沿って薄手の書籍と、多くの場合オマケ(CDなど)が付いている類のものである。このオマケが模型だったりすると今度はこちらがメインということになる。見ていると、お城とか戦闘機とか、なんだかマニアックなものが続々と出ているようだ。ウルトラマンや仮面ライダーとか、ファンの多いものは既に出ている。

そこで思うのが、「週刊ピンク・レディー」は出ないのかということである。キャラクター性に富んだピンク・レディーであるから、こういうのは作り易い筈である。後期についても「知られざる」みたいな形容詞をくっつけてしまえば記事を書くのも難しくなかろう。尤も、誌面には期待しない。この「週刊○○」モノは、まあ上のお城のように本当に好きな人しか手を出さないようなものはともかくとして、一方で割と「単に懐かしみたいだけ」の人向けに作ってあるようなものも多いようであるし、ピンク・レディーが俎上に載るとしたらそっちの路線で進められることはまづ間違いなかろうから。ファンを満足させる記事は求め難い。

誌面には目を瞑ることにして、狙いはズバリDVDである。これまでのテレビ出演映像を収録したDVDを企画の肝にしてくれれば、途端に全ファン必携のシリーズになるわけだ。何しろ既に「週刊美空ひばり」は出ているわけだから、次は百恵かピンクでしょう。「週刊山口百恵」の次でも良いので、デアゴスティーニさんには是非ご一考願いたい。

というか、もう企画案には上がっていると思うのだけれど。これだけ色々なシリーズが出ているのだから。    ('09/09/05

 

 

1975年

 

 ピンク・レディーのファンになって以来、1976年、昭和51年というのが、歴史的にものを考える上での基準点になってしまった。もう一つは1981年、昭和56年である。もちろん平安時代のことなど考える時にはそんな基準点は全く頭に浮かばないが、1979年、1986年、1993年、など、でたらめに年を並べてみても、それがピンク・レディーについてはどういう年だったか、あるいは解散してどれくらい経った年かといった連想が実に度々はたらいてしまうのだ。

 この前、ある雑誌を読んでいたら、私の好きなあるレコードが1975年に発表されたと書かれていて、そうか、じゃあこのレコードを作った人たちは、誰もピンク・レディーなんて全く知らなかったんだ、と思って、そんなの「だからどうした」という話なのであるが、何故だか妙にしみじみと、そのことに感じ入ってしまった。ピンク・レディーのファンになる前は、私の歴史尺度は専らロック史に基づいていて、ロック史では1975年というのは、60年代後半からこの音楽ジャンルが急激な成長を見せ、素晴らしいバンドが幾つも生まれて暫く経ち、一つのピークを迎えた辺りの年なのである。つまりそれまで私の中で「1975年」といえば、それは「全てが出揃った」とでもいうような印象を与えるものだった。

 でも、1975年には誰も、本当の意味で誰も、ピンク・レディーを知らなかったのである。  (‘09/07/10)

 

 

た行

 

 

な行

 

何を見ても・・・

 

 『サマー・ファイア77』に収められている「恋はOK」が好きだ。「キャッチ・リップ」に似た心地良さのある曲と思うが、特に気に入っているのが、

 

 何を見てもあなたに 結び付けてしまうの

 

という冒頭のフレーズで、これは恋人が出来たときの気持ちをシンプルながら実によく表しているけれど、同時に私もピンク・レディーについて「何を見てもあなたに結び付けてしまう」傾向がかなりあるので、非常に共感出来るのである。

 例えば・・・同じ形で、青と赤の二つの物が並んでいるのを見ると、どっちが右でどっちが左かつい確認してしまう(左が青で右が赤なら何となく嬉しいし、逆なら何となく残念で、惜しいなあと思う)。

 例えば・・・年号などをピンク・レディーの経歴にあてはめてしまう。読んでいる本の奥付を見て出版年が昭和53年9月だと、「透明人間」の頃だな、とつい思うし、三ツ矢サイダーのペットボトルに「since 1884」とあれば、最初の再結成の百年前だなと連想してしまう。年を表しているものでなくても、例えばどこかで「78」という数字を目にすると、人気最高潮の頃だなとか、やはり同じようなことが頭に浮かぶのである。

 例えば・・・JRに乗っていると、非常用の器具でも中に入っているのであろう、赤地のプレートが車内の壁に留めてあって、そこに白抜きの字で「SOS」と書いてあるのが、しばしば目に留まる。そして、「S・O・S」だったらもっといいのに、と思う。  (‘09/07/10)

 

 

は行

 

PL川柳

 

 クッキーは 飴にはならず 酒になり        ('09/06/23)

 

PL川柳(2)

 

  カルメンよ 誰ゆえに泣く にわか雨       ('09/08/08)

 

PL短歌

  

  レコードは終れど雨は降りやまず  便箋湿る ゆううつ日かな

 

   イヤフォンを友にし町を無駄歩き  「何から何まで好きなのよ」と君     ('09/08/06)

 

 

プロレス

 

ピンク・レディーとプロレスの接点は何か。

一つには、「ビューティー・ペアと比較されたことがある」という点が挙げられようか。「Beauty Pair VS Pink Lady」なる企画番組もあったと聞く。もの凄い企画だが、これはビューティー・ペアがレコードを出していたことも影響しているはずであって、あながちミーちゃんとケイちゃんの図体が大きかったせいばかりとも言えまい。

プロレスとの繋がりは、私の知る限りではもう一つあって、「千の顔を持つ女」という題のネタ元は高名なる覆面レスラー、ミル・マスカラスの「千の顔を持つ男」というキャッチ・フレーズにあると思われる。「ウォンテッド」のネタ元である多羅尾伴内にも同じ様な趣旨のフレーズがあるが、こちらは「七つの顔の男」だそうで、やはりマスカラスの方が直接的であろう。阿久悠がプロレス・ファンだったかどうかまでは知らないけれど。

私の好きなトライセラトップスというバンドに「マスカラ&マスカラス」という曲があって、なかなか良い曲である。これはピンク・レディーとは無関係。

プロレスは格闘技というよりもエンターテインメント、と称されることがあるが、躍動感に満ちたエンターテインメント、という面でもプロレスとピンク・レディーは相通ずる所があると言えるかもしれない。チとまとめすぎか。    ('09/09/05

 

ペッパー警部

大学のパソコンでワープロを打っていると、「ぺっぱーけいぶ」と打ち出して変換キーを押すときまって「ペッパー軽侮」と出る。もちろん意味は判るけれども、私は「軽侮」なんて言葉これまで知らなかった。最初に出るということはまさか「警部」よりも一般の使用頻度は高いのだろうか。

いづれにせよ思いもかけないところで言葉を学んだものである。  ('09/05/31

 

 

変換

 

パソコンで文章を書いていると漢字変換というものが問題になることがある。

幸い、ピンク・レディーに関連する人物でJISコードを調べなくてはならないような難しい漢字を持った人はいないようだけれど、例えば「とくら」なんて打って変換キーを押しても、普通はまづ「戸倉」が出る。しかし便利なことに同じ字を何度も選んでいるとパソコンの方で気を利かせてくれて、そのうちに一発で「都倉」が出るようになる。この点、「惠子」「土居」「甫」なんかも同様である。

「阿久悠」は、「あ」「く」「ゆう」で区切ってそれぞれを変換させてやればちゃんと字が出るのだけれど、いかにも煩雑である。こういうのは単語登録してしまうに限る。ただ私の場合「阿久」だけを登録してあって、「阿久悠」を一語として登録していないので(だって「阿久氏」などと書くことも多いから)、「阿久悠からは」なんていうフレーズだと何度キーを押しても「悪友からは」にしかならないような場合がたまにある。手で書かないが故の弊害と言える。

 

「美鶴代」というのは幾ら「み」「つ」「よ」に分けてみても、「つ」が絶対に「鶴」にならないから変換は完成しない。これもかなり早くに登録した単語である。それから「みー」で「未唯mie」に変換するようにも登録してある。これは二種類あって、本当は「未唯mïe」(iの上部の点が二個)が正しいのでこちらを登録してあるのだが、他のパソコンできちんと表示されていなかったらどうしようとも思うので「未唯mie」も登録して、こちらを使うことの方が多い。と言って点二個の方も使わないわけでは無い。もし私の文章でmieの字が変な表示になっていたら、厳密を期しようとして却ってコケたのだと思って頂きたい。

ところで、ひょっとして大のケイちゃんファンのパソコンだと、「けいこ」の変換一覧に「啓子」「けい子」「恵子」「惠子」がズラっと並んでいたりするのだろうか。ここまでくるとちょっと怖い。

思えば「けい」だけでも「ケイ」「Kay」「Kei」の三つがあるのだ。「Kay」というのは『活動大写真』の西部劇篇ラスト、ケイちゃんの墓碑銘にある表記である。IN MEMORY of Kay Rose. あ、更に言えばLP『ペッパー警部』の帯では表記が「ケー」だったような・・・。

 

私がピンク・レディー絡みで変換登録してある語がもう一つあって、それは「英雄史」である。「せかいえいゆうし」と打ってキーを押しても普通だと絶対に「世界英雄史」には変換されない。しかも「し」だけ区切って変換させてもなかなか「史」まで辿り着かない場合がある。「英雄史」で登録しておくと一挙解決で、至極便利である。お勧めしたい。

曲についての文章など書いていると、何度も曲名を入力するのが煩わしくなって、「まんでー」で「マンデー・モナリザ・クラブ」になるようにとか、「きっすいん」で「キッス・イン・ザ・ダーク」になるように単語登録しておこうかなと思うことがある。「愛・GIRI GIRI」なんていうのも割と入力が面倒である。あと「アメリカ! アメリカ! アメリカ!」とか。

「そうまかずひこ」というのも一発変換が絶望的な一例であるが、今のところ私の書くものの中に相馬氏が全然出て来ないので、未だ登録しないままでいる。

そう言えば「おざききよひこ」というのも・・・まあ、こうなるともうピンク・レディーと関係なくなってくるので、この辺りでやめておきましょう。

 (‘09/07/31)

 

 

ま行

 

松田聖子

 

マスダケイコとマツダセイコは音が似ていますね。こんなこと今更書くのもどうかと思うけれど。

どちらも大好きだ、という方も多いと思うのだが、私の場合に限って言うと、後者を前者と聞き違えたと判った時の落胆は大きい。  

 ('09/08/08)

 

 

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