制作者について
田中 十三里(たなか・じゅうさんり)
略歴
1987年:
2001年:中学の吹奏楽部で『ピンクレディー・メドレー』を演奏。楽器はスーザフォン。
2008年:YouTUBEでピンク・レディーの動画を観て、非常なる衝撃を受ける(七月二十三日)。
『ツイン・ベスト』をツタヤで借り、これがファンとなる決定打に(八月一日)。同月、サイト制作を思い立つ。
翌月以降、月に一、二枚のペースで発売順にCDを買い集めていく。
2009年:ウェブログ『月曜モナリザ倶楽部』を開設(二月二日)。
ウェブサイト『ミラーズ・アンド・ライツ』を開設(七月二十三日)。
小林啓子さん御出生のほぼ丁度三十年後、『ウォンテッド(指名手配)』発売のほぼ丁度十年後に生れました。
現在は大阪府下の大学にて国語学を主に勉強しております。住まいは
趣味は音楽と文学。大のロック・ファンで、特に6,70年代のイギリスのロックを愛する。エレクトリック・ギターこそが二十世最大の発明だと信じている。文学は、軽妙なる随筆を好む。好きな作家は村上春樹、中島らも、椎名誠、柴田元幸など。
名前は、筆名。
自慢は、左利きで、且つ箸だけ右利きなこと。
ミー派・・・であり、ケイ派である。つまりピンク・レディー派だ、なんて書くとまるっきり偽善者みたいですね。
マイ・ピンク・レディー・ベストテン!
・・・というのを考えたのだが、どう考えても後期から「OH!」と「マンデー・モナリザ・クラブ」を入れて、残る八曲は前期のシングルA面曲から持って来るに決まっているのだから、全然面白くないと思い、急遽「シングルA面曲以外マイ・ベストテン」にして考え直しました。順位はつけていません。五十音順に並べてあるだけである。
・ オリエンタル・フィーリング
・ キャッチ・リップ
・ コマーシャル・ソング・メドレー
・ 2001年愛の詩
・ ビージーズ・メドレー
・ マッカーサー・パーク 〜 ヘヴン・ノウズ
・ ミラノ・ローズ
・ 夢中が一番美しい
・ ラブ・カウントダウン
・ ロックンローラー・コースター
2009年7月18日時点でのマイ・ベストテンである。だから翌日には変わっているかもしれない。「恋はOK」とか「アイ・ビリーヴ」なんかも入れたかったなあ。何にせよ、奇跡の傑作揃いであるシングルA面を全て除いても猶、これほどの名曲・名演が並ぶのがピンク・レディーの隠れた凄さである。
「ビージーズ・メドレー」というのは、本当は「メドレー」という名前なのだが、それでは判らないので俗称を以て代えた。
傑作「事件が起きたらベルが鳴る」も入れたかったが、「前期シングルA面」的性質も帯びた曲なので、これを入れるとつまらないなと思い除外。「カルメン・シャワー」など外したのも大体同じ理由。またソロ曲は対象外とした。入れるならミーちゃんは「フィーリング」、次点「この愛に生きて」。ケイちゃんは「チェインド・トゥ・ユア・ラブ」、次点「帰り来ぬ青春」「初恋の並木道」となるか。
それから、一曲「別格」として除いた作品があります。お判りかと思う。
ピンク・レディーと私。
ピンク・レディーだけが音楽ではないし、ピンク・レディーだけが芸術ではないし、ピンク・レディーだけがエンターテインメントではない。
言うまでも無く。
しかし、確かに「ピンク・レディーにしかないもの」というものがあって、私はそれに、見事なまでに魅了されてしまった。
ファンになってからも、私は国と時代とジャンルとを問わず、色々な素晴らしい音楽を聴き続けているけれども、それでもピンク・レディーとの出会いは、間違いなく私の今までの音楽体験、芸術体験の中で最も大きなもの、衝撃的なもの、感動的なものの一つである。
彼女達のことは、誰でも知っている。ある意味では誰もが彼女達に何度と無く出会っている。でも、本当の意味で「出会った」人は、どうやらかなり少ない。ちょっとした偶然が重なって、ピンク・レディーに「出会う」ことが出来たのは、ポップ・ミュージックを愛する人間として本当に幸運なことだったと思う。
人生はいささか狂わされたけれども。 ('09/07/23)
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