ユネスコの世界遺産に登録された熊野古道。
その熊野古道の木や石に落書きがされている。赤いペンキと白いペンキで何本も何本も書かれている。
しかも書かれだしたのはユネスコに登録される前というから驚き。
外国人も見に来る世界遺産。そんな所に落書きなんてとんでもないと最初思っていた。
でも今は違う。そんな落書きしている人を応援したい。
この落書きはこの熊野古道を見に来た人が書いたのではなく、実はその土地の持ち主の人達が書いたもの。
自分の土地に落書きするなんて、おかしな人と思うかもしれない。
この熊野古道の地主は、何百年とこの森や山を維持してきたきこりの子孫。だが熊野古道がユネスコに登録され認められたことにより、この熊野古道の道を使えなくなった。それにより木を切っても、木を下に下ろすことに大変な時間がかかる。この地元の人にとっては、世界遺産は100害あって1利なし状態。
この熊野で世界遺産に登録されているのはこの落書きがされている所だけ。ようするにこの道だけが世界遺産にもっともふさわしいとユネスコは考えたのだろう。例え落書きされていたとしてもね。
この熊野古道は道を行政が管理しているが、道以外の自然は地主達が管理している。ようするに道は国や県や市が管理しているが自然は地主達が管理している。だから景観を損ねたからといって迷惑防止条例で問題を解決することは出来ない。しかも罰則規定はない。しかも国や県や市は、この景観にほとんど金を出していないのに、ユネスコに登録して我が物顔。しかも世界遺産に登録して観光客が増えたのは、元々こうしたきこり達が木を伐採し、代々森を守ってきたからであって、石畳の道があるからではない。ようは何が言いたいかというとこの一族なくして世界遺産に登録は不可能ということである。300年以上立っている木があることを考えても、1代で築けるものではない。
それを我が物顔で横からやってきて代々使われてきた道を使うなという態度。地主達が頭に来るのも無理はない話。自分たちが森を良くすればするほど、自分たちの首をしめることになるのだから。森は普通にあれば存在するものではなく、間引きしたりして木全体に光りがいくようにしなければ木は育たず、森は貧弱になっていく。だからそうした手入れによって美しい森に存在する。だからこそ世界遺産に登録される。
こうしたユネスコ登録の問題が起こり地主達は行政に意見を申し入れた。行政は説明会を開くから待ってくださいと言ったので待っていると、時間がないので説明会はしないと言い出した。行政のやりそうな手だ。
それで落書きがどんどん大きくなってマスコミが取り上げるようになった。
それでマスコミが市長に直撃すると、市長は「余分にかかった費用は請求していただければ出します」等と、自分はいつでも出すかのような発言していたが、今まで何もしてこなかったからこういう問題に発展していることを考えれば、うそ臭さがにじみ出ている。市長は7月までにこの問題を解決するといっているが、何故7月なのか分からないが、どうせその頃にはマスコミは忘れてるくらいに思っているからだろう。いつまでも他人の物(景観)を横取りして金集めするなって感じだ。
世界遺産に登録されて見に来る人は美しいとか思いつつ見るのだろうが、こうした地元の人達の苦労があってこそなんだなってしみじみ思う。そしてそこに巣食い金をむさぼる行政。なんかシロアリみたいだ。いつか訪れて見たいと思っているから僕が行く頃までにはペンキが消えてきこり達の生活が良くなっていれば良いのだが。