アメリカ研修大報告!
この旅行記は2001年アメリカのミシガン州に研修に行ったときの旅行記です。今読むとちょっとはずかしい。(たいして変わってないか(笑))
去る1月7日(土)〜14日(日)までの8日間(実際は2日は飛行機の中だったので6日間ですけどね)アメリカ合衆国ミシガン州のランシングというところに行ってまいりました!
目的は“LD&ADHD”の教育についての現状、そしてインクルージョンの取り組みの現状についての見聞です。
具体的には【ミシガン州立大学】で様々な教授や専門家によるレクチャー、そして実際に教育現場(学校等)への視察が主な内容でした。
それでは順を追ってこのアメリカ研修の見聞録を紹介したいと思います。
【2001年1月7日(土)
1日目 】
いよいよアメリカに向けて旅たつ時を迎えました。午前7時50分、アメリカ・ミシガン州ADHD&LD研修ツアーの参加メンバー15名は千歳空港搭乗手続きカウンター前に集合しました。参加者は網走管内在住者以外にも札幌市及び周辺地域からの参加、また十勝方面からの参加と様々で、僕なんかは知り合いがほんの少ししかいませんでしたから少々緊張してしまいました。なにせ海外旅行自体もはじめてで今から日本を出るのかと思うとドキドキものであったのはいうまでもありません。そんな中北見YMCA代表でこの研修を取り仕切ってくださるSさんから軽い挨拶と説明があり、いざ飛行機へ。と、いってもまずは成田までの飛行機で、成田からアメリカへ向けて飛び立つことになりました。
成田では簡単な自己紹介が行われ、僕は少々舞い上がりながら自己紹介をしました。その時言ったのが「ADHDとLDについて勉強しようと思います。」本当はインクルージョンのことがメインだったくせに・・・・・・・。
飛行機に乗るまでは4時間ほど時間がありました。その間にしたのが換金というやつで、はじめて手にしたドル紙幣に感激!人生ゲームのお金とは違いますからね。そしてしばらく食べることができなくなるだろうと思われたご飯の食事をとりました。よりにもよってハンバーグ定食を食べてしまったんですけど、この時、想像以上に食べ物に困ってしまうとは思ってもいませんでした。
14:55、いよいよシカゴ行きのユナイテッド・エアラインのジャンボ旅客機UA−884便が離陸する時が来ました。ところが乗り継ぎの関係で離陸が遅れています。僕はこれから乗る飛行機を見ながら、旅の無事を祈るばかり。そしてやっと搭乗することができたわけですが、エコノミークラスのあまりの狭さに唖然。そしてスチュワーデス(フライトアテンダントっていうんですよね)もほとんど外人。(二人ほど日本人の人がいましたが)しかも半分くらいは男性。さらにその外人のスチュワーデスはほとんど日本語が通じないのです。海外旅行をしたことがある人なら当然のことなのでしょうか、はじめての僕には驚くことばかり。細長い筒状の靴下をもらったときもビックリしました。
そんなこんなで、1時間ほど遅れたのでしょうか、飛行機は轟音を発しながらアメリカへ向けて飛び立ちました。
機上では、スチュワーデスのサービスがはじまり、当然のごとく映画も上映されました。この時公開前の映画が見れるかと期待していたらすでに公開済みの「X−メン」と「リプレイスメント」にがっかり。スチュワーデスのサービスもなんだか良くないですね。そこらへんのウェイトレスなみ、いやもっと悪いかも、なんかあからさまな侮蔑の色が見え隠れしましたね。まあ日本語が通じないなりに片言の英語ってやつでこなし。待望の機内食へ。はじめての機内食は「チキン」と「ビーフ」の選択で僕はビーフを選びました。ステーキをイメージしていた僕は全面のトレイにのせられた機内食に唖然。ビーフってハンバーグのことだったんですね。まあそれでも味はまあまあで満足した僕は、しばらくしてでてきた「きつねラーメン」というカップ麺にビックリ。「きつねラーメン」ですよ。それはカップ麺のきつねうどんのスープにラーメンの麺が入っていて、その上に油揚げがのっているという珍妙な代物。さすがに「まるちゃん」で作られたものらしく味はそれなりのものでしたが、なぜきつねラーメンなのか今でもわかりません。(写真撮っとけばよかったなあ)
はじめての長時間フライトは驚きの連続で進みました。それにしても途中飛行機が揺れること揺れること。もともと飛行機の苦手な僕は手に汗をかきっぱなし。やっぱり慣れないですあれは。それに機内では全然眠れなかった僕。実は前夜も緊張のためか眠れず2時間ほどしか寝ていません。あわせても4,5時間しか寝てなんじゃないでしょうか。まるで遠足前の小学生。よく体がもったなと思います。
そうして、飛行機は無事にシカゴ空港に着きました。まずは一安心したわけですが、この後が大変だったわけで、目的地はシカゴではなくミシガン州のランシングというところですから、当然乗り継ぎがあります。しかも飛行機が遅れているためにいそいで手続きをして乗り継ぎの飛行機に向かわなければならないのです。はじめての海外の地に感動している暇もありません。メンバーは全員(この時二班に分かれたので本当は半分)ダッシュです。しかしその努力も報われずなんと乗り継ぎの飛行機に乗り遅れてしまいました。この時乗り継げなかったことが後でちょっとした不幸!?を招きます。でもとりあえず、後の便に分乗することになった一行なのですが、結局その日ランシングにたどり着けたのは僕を含めて9名のメンバーで、残りのメンバーはなんとシカゴ一泊、しかも荷物が乗り継ぎの関係でランシングに届いていないという始末。荷物はなんとかその日の夜遅くに宿に届いていたのですが、先行き不安が頭によぎったのは言うまでもありません。でもメンバーの中の人が言った言葉に「アメリカじゃあたりまえ」というのがあり、今ではすごく納得しています。
そんなこんなでランシングにつきました。ランシングでの宿は「イーストランシング・レジデンスイン」というコンドミニアムタイプのホテル(ホテルって言っていいのか?)正直感動しました。写真じゃわかりにくいかも知れませんが、部屋の中が2層に分かれていて2階部分にもユニットバスがあり、テレビもあります。ベッドはダブルベッドです(正直もてあましました)。一階にはかくしベッドみたいなものがあり(壁から倒れてきます)さらにソファがベッドへと変形し、3人寝れるようになっています。とにかくコンドミニアムタイプのホテルに泊まったことがないのでキッチンがあるのにも大感激。でも土足はいやでしたねやっぱり。ほとんど靴をぬいで生活していました。
まあその日はメンバー半分いないわけですし、その場にいたメンバー同士不安になりつつも、寝床についたわけです。僕はシャツにパンツ一丁で・・・・・・
それにしてもすごいですよね、乗り継ぎができなかったからって、その人方を無料でホテルに泊めるんですから飛行機会社は。わりと雑なところがあっても、しっかりサービスは欠かさないってわけです。

【2001年1月8日(月) 2日目 】
アメリカでの初めての朝を迎えました。空は晴れ渡り実にいい朝だったんですが、ところでこの日の日付は1月8日(月)。飛行機の中で一晩明かしているのですが、日付が1日前のままです。そうです時差があるんですね。滞在しているランシングは丁度日本時間の14時間前にあたり、日本で昼間だったらその時ランシングは夜中、ランシングが昼間だったら日本は夜中となるわけです。今考えても不思議な体験ですね。まるでタイムスリップをしているような気分です。
朝食はフロント前の小さなカフェでとりました。メニューは「パン」「ドーナッツ」「ケロッグのコーンフレーク類」「フルーツ」などです。ここでは当たり前のことですが、パン食です。しかも甘いものばっかり。ドーナッツはミスタードーナッツをさらに甘くしたようなやつだし、コーンフレークなんかただでさえ甘いのに、それに普通の牛乳をかけるのではなく、スキムミルクをかけるのです。辛党でご飯党の僕はまさに絶叫もの。でもここはアメリカ、仕方なく食事をとる僕。でもその中にあったお粥のような食べ物はわりと食べられたなあ。そういえば前日の夜夕食は冷蔵庫に入っていたライ麦パンのサンドイッチ。これもおいしくなかったなあ・・・・・・・。
前日は全然研修のことは書きませんでした。すいません。この日からいよいよ研修のスタートです。ところが、前日のトラブルのため残りのメンバーが遅れて来るため、この日の午前の日程はキャンセルとなってしましました。10:00頃遅れて到着したメンバーを加えてメイン研修の地「ミシガン州立大学(Michigan State University)」(以後MSU)に向かったわけです。
この時、これからなにかとお世話になる3人の女性を紹介されました。研修全般にわたって通訳をしてくれる日本から留学してきたT嬢と毎日車で送り迎えをしてくれる韓国出身のS嬢、A嬢のお三方です。T嬢は通訳として八面六臂の活躍をし、S嬢A嬢のお二方もずっと大変な車の運転をしてくださいました。そういえば、その送迎に使われた車がまた驚きで、GM社(だったと思うけど)のバンでなんと14人乗り。しかも14人のってもあまり窮屈さは感じなかったんですよね。さすがアメ車、まるでマイクロバス。日本じゃ駐車場を探すのにも大変な車ですね(写真がなくすいません)あれは。
前置きが長くなってしまいましたが、我々メンバーはそれぞれ車に便乗して、MSUに行ったわけです。
MSUはでかいです、広いです。敷地の中に、様々な大学の建物はもちろんのこと、アメフトなどのスタジアムがあったり、おっきな講堂があり、ホテルがあったり、学生の寮があったりと、北大と比べても相当の広さです(数倍はありますね)。なんたって敷地の中をバスが走ってるんですから。そんな広大な大学の中の「ヒューマンエコロジー学部」の建物で僕たちはレクチャーを受けることになりました。
レクチャーにはいるまえにまずは、この研修を取り仕切ってくださる、ヒューマンエコロジー学部の先生方、Dr.Whiren,Dr.Barrattから挨拶をいただきました。お二人とも女性です。そういえば全体的にみても女性の先生って多いんですよね。理由はわかりませんが。それからDr.Whirenは前日空港までも迎えに来ていただき荷物の世話などをしていただきました。英語がわからないのでなんだかよくわからないうちに連れ回されましたが、あっもちろん感謝してます(笑)
午前はあまり時間がありません。挨拶とこれからの説明などが終わってすぐに昼食の時間となりました。ちなみに今回のツアーでは昼食は全てMSUの学食(カフェ)でとることになりました。これ、けっこう楽しみにしていました
。よく海外ドラマや映画に出てくるあれです。あれを体験できるかと思うと胸は高鳴りました。しかしその思いは無惨にも崩れ去るのです。カフェは「サラダバー」「メインディッシュのコーナー」「サブディッシュ(て言うのか?)のコーナー」「スープバー」「サンドイッチのコーナー」そして「飲み物のコーナー」にわかれ、順番にトレイにのっけていきます。サラダ・スープバー以外は係りの人に持ってもらいます。日本と同じですね。っていうか日本が真似したのか。でも違いは数々見られます。しかも半端じゃなく。まずサラダではブロッコリー、マッシュルームは生。マッシュルームはまだいいとしてブロッコリーは生で食うものではありません。カリフラワーも生でした。どこで食ってもたいてい生でした。そこがまずおかしい。メインディッシュは量が多い。いくつかあるメニューから選ぶんですけど、だまってるとそれこそ山盛りで盛られます。メンバーはそれぞれ、「リトル」とか「トゥープリーズ」とか頼んでも、そこのシェフのおっちゃんにOKとか言われながら、陽気に多めに盛られるんですよ。チキンやミートボールやソーセージも一つ一つがでかいんです。コーンやグリーンピースもご飯感覚です。グリーンピースの嫌いな子が見たら卒倒する事でしょう。そして最大の問題がとにかくまずいこと。味付けが甘い、くどい、何の味だかわからない。けっこうライスが出たんですけど、たいていなにかと混ざっていて、しかもカルフォルニア米はパサパサしてまずい。スープもいったいどれだけの種類のものが混ざってるのかわからない状態で煮込んであるものばっかりで、最悪。アメリカでは漬け物みたいな感覚でピクルス(酢でつけた野菜などの食べ物)が出てくるんですけど。あまりのすっぱまずさに悶絶してしまいました。それからポーク(豚肉)にチェリーソース(サクランボのソース)がかかっているメニューがあったりしていてたまりません。そんな料理を毎日食べさせられました。そんな中ではミートボールとソーセージはまあまあでしたが、ソーセージはしょっぱかったなあ。そういえばドリンクバーに日本では幻の「チェリーコーク」が売ってました。あまりのまずさにあっというまに無くなったあれです。

これは学食だからじゃないかと思うかもしれません。ですがそうではないのです。その後いろんなところ(敷居の高そうなレストランもありました)で食べたんですが、ほとんどおいしいと思えるようなものに出会えませんでした。はっきりいってつらかったです。初日から日本食が恋しくて恋しくてたまりませんでした。
話がかなり横道にそれました。話を戻しましょう。昼食を終え、講義室に戻った僕たちは最初の講義を
受けることとなりました。講師は先ほども紹介した、Dr.Barrattです。講義名は「アメリカ合衆国における障害をもった人々の環境、エコロジー的、発達学的見方」といいまして、ヒューマンエコロジー学部のこと、そして考え方の説明をしていただきました。ヒューマンエコロジーとは法律で全ての障害のある子どもに対してのサービスが義務づけられた中で、人間が成長していく過程をとらえ、障害のある子を個別的に見、その子を中心として家族、学校、地域を総体的にサービスしていく教育していくことだそうで、ヒューマンエコロジー学部はそのことを研究している学部というわけです。(と書いたどころでこれであってるかちょっと自信がありません。どなたか訂正があったら教えてください・・・怒られるな)
とにかく日本で言えば特殊教育(障害児教育)学部といったところでしょうか。それでもアメリカでは全障害児教育法があり「IEP」がありしかもミシガンでは0歳児からの早期療育が進められているので、かなり専門的、積極的に障害児教育に力を注いでいることは間違いないようです。ヒューマンエコロジー学部は特別な教育的ニーズのある子どもをとりまくあらゆる環境について研究しサービスを行っているとのことでした。(それは後々のレクチャーや視察でわかります。)
講義はDr.Niggによる[ADHDの子供たち:定義、タイプ、子供の遺伝的原因」というもので、
つまりADHDの定義についての講義でした。ADHDはみなさんもご存知の通り(知らない人もいるかな)注意欠多動性障害のことでこのことについて詳しく書くときりがないのでここでははぶきますが、アメリカでの定義づけとしてアメリカの「DSM−W」が紹介され、注意欠陥(注意力散漫で集中できない)と多動(じっとしていられずたえず動きまわる)という二つの要因があり、そろぞれ一つづつもっているタイプと両方併せ持つタイプと併せて3つのタイプがあるのですが、やはり複合タイプが多いようです。またイギリスの「ICD−10」も紹介されそれによると注意欠陥と他動性の他に衝動性という要因があることが説明されていました。とにかくADHDの研究では日本よりもその研究が遙かに先んじているわけでして、日本で紹介されているADHDの定義にしてもアメリカから来たわけです。原因的にはまだ遺伝的なものなのか、脳神経学的な障害なのか結論は出されていませんが、アメリカではもうすでに方法論に話は進んでいて、今後その方法論と実績をまざまざと見せつけられるわけです。最後の質問の中でDSM−WとICD−10が対立しているというような話を聞き、なんとなく納得。
というふうに今日は初日ですから、研修の基本的な部分での説明的な内容が主になる講義でした。
初日の講義も終わりその後は、当初唯一といわれていたショッピングの時間となりました。場所はとあるショッピングモール。テレビなどで見たことはありましたが、実際に見てみるととにかくでかい、広い。サティのようなショッピングセンターをもっと広くしたような感じ。とにかく2階がないからだだっ広いんですよ。買い物に夢中で(時間もなくて)写真をとっていなくて申し訳ないんですが、そのモールにある店もそれぞれが独立していて区切られています。きっとサティならサティというお店じゃなくて、いろんな専門店が集まってところという感じなのでしょう、とにかく2時間ぐらい時間があったんですけどまわりきれなくて(しかもゆっくり見れない)ちょっと残念に思っています。ここは自由行動だったので一人でまわりました。はじめてだったのでちょっとおっかなかったですが、片言英語でなんとかまわりました(楽しみながら)でも本屋で、19(ナインティーン)$がわからなくて9$出したり、90$なのか?と思ったりして今考えても恥ずかしかったなあ(笑)
その日の夕飯はT嬢の案内で中華レストランに行きました。そこはバイキングスタイルで(アメリカではブッフェというそうです。:以下ブッフェ)様々な中華料理の食べ放題となった訳ですが。これがおいしくない。中にはおいしいおいしいと食べていた人もいましたが。中華料理なんだろうけど見かけないメニューが多々あったり。変に甘い味付けがしてあったり、固かったりと僕の口には合いませんでした。まあ僕の舌がわがままなだけかもしれませんが・・・・・・・。
買い物も終わり食事もとった一行はホテルへと戻りました。反省の後、就寝となったわけです。
【2001年1月9日(火) 3日目 】
3日目です。今日から視察も入り、内容も本格的になってきました。この日はまず、大学へは行かず、「Wexford School」という地元の小学校に行きました。アメリカの学校はテレビや映画で見たことはありますが生で見たことははじめて(あたりまえですが)いろんな意味で期待して行きました。学校に着いてみて感じたのが、子どもたちは必ず車で送り迎えがされていること。まあ、校区が広いというのもあるのかもしれませんが、やっぱり犯罪の児童に対する犯罪が多いアメリカ、テレビや映画の世界だけでなく、現実にも、しっかり送り向けをしていることを目の当たりにして、日本の子どもたちがいかに安全であるかを痛感しました。子どもたちはアメリカを送り迎えをうらやましがるかもしれませんが、やっぱり犯罪に怯えることなく学校に通える世の中がいいですよね。
「Wexford School」は外観としては、さほど大きいという印象はなかったですが、平屋建てであることが印象的でした。他のいくつかの学校も平屋で、おそらく敷地が広い関係で平屋なのだろうと思います。そのため中は大変広いです。この学校の特別な教育的ニーズのある子どもたちは10数名で特学はなく、リソースルームがあり、ようするに普段はレギュラークラスにいて、時々リソースに通ってくるという穏健派インクルージョンタイプの学校でした。実際に子どもたちを含め、いろいろ見たかったのですが、なんとこの日はMSUにクリントン前大統領が来る日で特別な教育的ニーズのある子どもたちを含めてほとんどの児童がクリントンを見に行っていて、見ることができず、また詳しい話も聞けず、非常に残念でした。この学校には十数人の特別な教育的ニーズのある子供達に対して、なんと二人しか特殊の先生がつかないということだそうで、校長の話によると12人に対して一人の配置だとか。日本では考えられない人数配置で、もっと教師の人数的な面は整っているんではないかと思っていた僕は少しショックでした。そういう点でも担任の先生に聞きたかったんですが・・・・・。まあ、おそらく障害の程度もそれほど重くないのでしょう。またやはり教員の増員にはお金がかかるということはアメリカでも当然あり、そうやたりに先生を雇えない現状のようです。そのため、この学校ではたくさんのボランティアの人方(教員としては無資格)が手伝いをしていました。もちろんパソコンの指導とか技術的なことみたいですが。それからこの学校で興味深かったのは、クラスをいくつかのグループに分けて指導を行ったり、3年生までのクラスを縦割りにしてクラスを編成しているところです。特に縦割りを僕も注目しており、日本での可能性も考えているのですが、これもまた、児童がいなく、ミックスクラスをみることができず残念でした。そして、学校には地域ネットワークセンターというものがあり、地域の家庭などに対するカウンセリングなどのサービスを行うことが整備しており、地域ぐるみの行事なども多数行われているようです。他には幼稚園が一緒になっており、他の学校でもそうだったんですが、幼稚園と小学校が一緒になっているということは、日本から考えると驚きでした。そして教室にはマジックミラーがついているのです、そのため、いつでも授業の様子をこっそり見ることができるようになってます。僕としてはちょといやかな(笑)校長先生は若い女の先生。始めていった学校としては様々な日本との違いを見。大変感動しました。ただし、この学校のスタイルが全ての学校と共通というわけではありません。僕自身何度も言われたのですが。アメリカでは、地域や学校独自に教育の方法が考えられ運営されています。公立学校といっても、学校によっていろいろ違うわけです。そこもまた日本との大きな違いでしょう。
その後はMSUに戻ることになりました。その日のはじめの講義はDr.Robert D.keith
「ADHDをアセスメントするためのコンピューター利用」というもので要するにコーンピューターを使ってADHDを見つけよう!というもので、ほとんどそのコンピューターのソフトの説明でした。そのソフトとは!「T.O.V.A」というもので、パソコンのディスプレイを端から点が横切るんですけど、それに反応してスイッチを押すというしろもの。つまり注意力とか集中力を計るものなんでしょう。話だけで実物を見せてもらえなかったのでよくわからないんですが。通販で買えるそうです。どうですみなさん買いますか?(笑)いや別にバカにするわけではないんですけど。とにかく実物を見たかったなあ。実際よさそうに思いましたけど。
お昼を挟んで午後の講義となるんですけど、その日僕は勤務校の子どもたちのためにポストカードを送ったのです。大学には簡易の郵便局(いや簡易じゃないかも)があり、そこで片言英語を駆使してカードを送りました。案外すんなりいって、感動しましたねえ。それにアメリカでは切手がシールになっているやつがあるんですね。ちょっとびっくりしました。
午後は再び視察となりました。今度は「Marvin Beekman Center」といういわゆる養護学校に行って来ました。その養護学校は140〜145人の子どもたちが在籍しており、障害カテゴリーも多様で、ほとんどが重度の子達だそうです。最初案内されたときは校舎内に町並みが再現されている所があり、さうがアメリカと感心したもんですが、今は使われていないそうです。それからここには厩舎があり乗馬によるセラピーが行われていました。これもさすがアメリカ。後は日本の養護学校とさほどかわらない印象を受けました。ここでショックだったのは、重度・重複障害の子どもたちがいるんですが、状態が日本の子どもたちとまったく同じだったことです。当たり前といっては当たり前なんですけど、やっぱりショックでしたね。
僕はインクルージョンを推進しようとしている人間なんですけど、実際インクルージョンが進んでいるいわれるアメリカで養護学校をみてしまうと、やはり重度の子どもは無理なのかと、心が揺らぎます。なにか悲しい現実をみたような気がして。それでもなんとかしたいという気持ちはどうしてもあります。

そんな気持ちを胸にまたまた大学に戻り、講義となりました。そういえば、「Marvin Beekman Center」では、男子トイレにもおむつを交換するコーナーがあると聞き、男女平等社会なんだなという話になりました。日本じゃそんなトイレはないですよね。
ということで、講義です次の講義はDr.Jed Magenの「児童精神薬理学」というもので、要するにADHDなどに対する薬についてのお話です。まあ、いろんな精神障害に対する薬の話をしてくれたんですけど、基本的に我々教員には関係なく。僕はほとんど覚えていません。(覚えていなくてもいいでしょう)とどのつまりはADHDには「リタリン」だってことだけかなあと思います。
そうして3日目の日程も終わりましたが、その後Dr.バレットのお誘いにより彼女が言うには非常に格式の高いレストランで食事をとることになりました。そのレストランは名前はわからないんですけど、場所がランシングの中心街にあって、それまでわりと僻地っぽい雰囲気の場所ばかりみてましたから。一応都会もあるんだと(笑)感動しました。写真がなくて申し訳ないんですが、そこは昔だれかさんの邸宅を改修したもので、それはそれは格式が高そうなお店でした。それを言葉でお伝えできないのが苦しいんですけど。貴重な体験でした。そこで何を食べたかと言えば、ここもやっぱりブッフェ(バイキング)スタイルで、サラダとメインディッシュ(ビーフとポーク)を自由に取ってきて食べるというもの。もちろん食べ放題です。ブッフェスタイルとちょっとイメージしていたのと違って拍子抜けしたんですけど。焼き肉バイキングと違ってそれなりに豪勢な雰囲気は醸し出していました。ところでお味の方はというと「・・・・・・・・・」うーんまずいまでいかなくとも僕はあまりおいしいとは・・・・・・。まったく地元の人でもめったに食べることのできない店だろうに、僕と言ったら、ぜんぜん満足しないんですから(笑)なんか肉は固くてぼそぼそしているような感じだったんですよね。でも食後のデザートでフランベ(火でぼっとするやつ)したときは感動したなあ。デザートはおいしかったですよ。確か。
そうして、我々は宿に戻り、熱い反省会を済ませた後、就寝となったわけです。
そういえばその日、印象的な出来事に一回踏切にひっかかったんですけど、これが長いのなんのって。貨物列車だったんですけど、これがいったいなん両つなげてるんだってくらい長くてしかものろのろ運転。時速20キロぐらいしかでていなかったんでは。こういうところでもアメリカを感じました。
それから先ほど、この日クリントンがMSUを訪れているっていいましたが。なんできたかというと、MSUのバスケットボールチームが全米一になりそれをねぎらいにきたらしいです。というのも僕を含め我々はせっかく同じ大学内にいるのに、見ることができず非常に残念な思いでいっぱいです。でもほんの数百メートル離れたところにアメリカ大統領がいるかと思うだけで感動してましたね。
【2001年1月10日(水) 4日目 】
と、いうことで4日目です。このツアーも折り返し地点に来たと、いうところでしょうか。アメリカ滞在も三日目になると、だいぶ慣れて
きて、朝食も気にならずに食べられるようになりました。そういえば、朝食メニューの中におかゆがあったんですよ。ビックリしたんですけど確かにあれはおかゆでした。現地ではおかゆとして出されたものなのかはわかりませんが、パサパサのカルフォルニア米もこうすれば食べられます。へんな味付けもされていなかったですしね。
そうして、講義とあいなりました、この日のはじめの講義は“バリーカウフマン”博士によります、「KEEP」のお話です。「KEEP」とはつまり、早期療育のプログラムのことです。アメリカでは「ヘッドスタート」といって、早期療育の推進が法律で決められています。そんななか、地域でサポートの必要な子どもは、KEEPプログラムによって設定された、コミュニティーによって、教育(療育)を受けることができ、このコミュニティーにいるタスクフォース(プロジェクトチーム)が特別なサポートを行うそうです。ある意味、インクルージョンとは逆の発想ですが、ここで教育を受けた子どもはある程度成長が見られると、普通の教育機関に戻されるとのこと。ビデオでその様子が紹介されたりして、子どもにとってはいいのかなあと思っていしまう僕。やっぱり抽出的に特別指導した方がいいのでしょうか?日本ではこういった早期療育は圧倒的に遅れています。ある意味乳幼児期はインクルージョンしているともいえるんですが。当然受け入れる側の専門性がたりません。いずれにしても早期療育は絶対に必要でしょう。
その次の講義は“Ms.スープラット”によります「保護者そして擁護者の目から見たIDEA」という講義です。とものものしいタイトルですが内容は、このツアーの一つの目玉とも言えます「アドボケーター」の説明です。このスープラットさん自身がアドボケーターであり。実に良くわかりました。アドボケーターとは順に説明しますと、アメリカでは、障害児の及びその家族にたいして法律で権利が守られており、学校(教育)にたいしてかなりの発言権があります。それはIEPを作る際にそれに親がサインをしてその文書は法的な力を持つと言ったところに現れています。そういった学校と家族の間で交わされる話し合いの間に立って調整する役目を負うのが「アドボケーター」です。間に立つと言っても基本的にアドボケーターは家族の見方です。さすが訴訟の国アメリカそんな職業も立派に成り立つわけです。このアドボケーターもちろん家族の有利になるように話を進めるので、教育側としては相当煙たがっているみたいです。でも時には、過剰に権利を主張する家族側をなだめるようのこともするそうで。いろんな意味で専門家が必要なのだなあと思った次第。スープラットさんもかなりのやり手、敵にはしたくないといったところでしょうか。 
昼食をはさんで、午後は視察です。行った所は「ハイオワサスクール」という小学校。ちょっと郊外にある大きめの小学校です。この小学校《インクルージョン》をやっているということで僕はさすがに色めき立ちました。ところが・・・・・結果としてその僕の期待は裏切られることになるのです。というのも、この小学校しっかり特殊学級があるのです。障害の重めの子は基本的にこの特学で勉強して、時々普通学級にかようというシステム。インクルージョンしているというのはLD&ADHDの子どものことで、これも時々リソースルーム通っているとのこと。これでは日本でやっていることと大差ない。校長自身も、インクルージョンには懐疑的で、特別な教育的ニーズのある子には特学による特別な教育が必要であると名言。非常にがっかりしました。でもこの学校のやり方も校長の思想で行っているにすぎず、すべての学校でこのようなスタイルでやっている訳ではないといわれたのですが、この旅ほんとにビックリするようなフルインクルージョンの実践を見ることができず残念でした。ところで、この学校では、ADHDの子がいるのですが、団員の声で、驚くほど目立っていないということに僕も感心しました。確かに学級を見渡してみてもそれらしい子どもを見つけることができず、しかもADHDといわれている子どもをみても思った以上に落ち着いています。しっかり教育をしてきたたまものだという説明に半信半疑ながらも納得。みんなほんとに驚いていましたね。
がっかりしながらも、再び、大学へと戻った我々は、“ダンカン・ワイス”さんによります、「障害のアドボカシーとサービス」という講義を受けました。正直言いますとこの講義あんまり覚えていません。(書くのが遅くなったせいもありますが・・・決して聞いていなかった訳ではありません)とにかく、この“ダンカン・ワイス”さん自身が障害者で、障害児・者が権利(サービス)を勝ち取ってきたいきさつを熱く語り、これからも障害児・者の生活を向上させることに力を尽くしていきたいといったような話をしていたような気がします。違ったらごめんなさい。そしてワイズさんごめんなさい。写真だけは載せておきますね。
そうしてこの日の講義は終わりです。そのまま夕食となったわけですが、この日はなんとこのツアーの講義をしてくださったDrボーラン・ハントのご自宅に招待されたのです。まさかこのツアーでアメリカのホームパーティーに参加することができるとは。普通の旅行では絶対に体験できないことです。非常に感動しました!ハント博士のご自宅はこれまた郊外の住宅地にありまして、その外観からは想像がつかないほど素敵な家でした。調度品はおしゃれだし。日本の蛍光灯とは違った、いい雰囲気の照明。奥の寝
室にはなんと浴槽がむき出しで設置されているのです。わかりずらいかもしれませんが寝室がそのままバスルームになっているのです。これには驚き!もちろんすべての家がそんな風になっているわけではありませんが、すごいです。さすがアメリカ!この家は二階がなんですけど、地下室(ていうか1階が2階になるのかな)があって、この地下室の雰囲気も実にいい。かわいらしいクリスマスのデコレーションがまだ飾ってあったりしてとにかくこんな家に住みたいなあとみんな思った訳です。(でも土足はやっぱり嫌ですね)肝心の夕食ですが、ここでもやっぱりブッフェ形式で、とっても甘い(笑)パンやデザート、アメリカのアニメでおなじみのチキンの丸焼きが出たんですけど、一番おいしいと思ったのがなんとお寿司です。さすがににぎり寿司ではなく巻きずしですが、日本と違い、米が表で反対にノリを巻いている巻きずし。おいしいお米が食べたかっただけにほんとにおいしかったなあ。この時、某博士が、作ったわさび醤油は以上にわさびが多くてまいったっけ、色が緑色してました(笑)

と、いうことで実にいい経験をしました。でもこの食事で思ったんですけど、いただきますとかごちそうさまがないんですよね。いつのまにか食事が始まってなんとなく終わっているという感じ。ちょっとなじめなかったですねこれには、いつ食べればいいんだろうって悩んだりして。こういう所でもカルチャーギャップを感じました。
そんな感じで、この日も長い一日が終わりました。その日の反省会では、ハイワサ小学校のことが話題になって。アメリカではLDやADHDの子どもを小さいころからしっかり指導しているために、小学校も半ばになると落ち着いてくるんだということが話し合われました。だとするとすごいことです。日本ではかなり遅れていて。学校ではパニック状態にもなているというのに。とにかくがんばらねばなりません。
【2001年1月11日(木) 5日目 】
5日目です。ここまで来るとさすがに疲れてきましたけど、それほど疲れは感じませんでしたね。毎日新しい刺激の連続である意味息つく暇もないといった感じで楽しくてしょうがありませんでした。(でも、食事だけはあいかわらずでしたけど)5日目はちょっとしたご褒美のような時間がありまして、この日も思い出深い一日となったのですが、そのことについてはおいておいて、講義について語りましょう。今日のはじめの講義はといっても講義じゃないんですけど、『Child Development Laboratory』という施設を視察しました。この
『Child Development Laboratory』は要するにMSU付属の幼稚園といった感じのところで、就学前の幼児を教育している所です。ここは本当に大学の研究施設という意味合いが強く、学生が常に参加していたり(教育実習ではなく研究のため)教室がマジックミラー張りになっていて、子どもたちや教室の様子を見学することができるようになっています。建物自体はそんなに大きいものではなく、ちょっとした運動のできるスペースがあったり、教室も様々な遊具などが設置されていました。教室は一つの部屋の中に様々な子どもたちの興味にあわせた空間が設定されており、子どもたちはそれを選んで遊んでいるようです。そして時々集めてお勉強のようなものをやっていました。(内容はよくわかりませんが)まあ、その施設の性質の違いもありますが、日本の幼稚園とは違う印象を受けました。(写真をお見せしたいのですが、子どもが映っているので公開することができません。ごめんなさい)
その後はMSUに戻って、講義です。講義は“Dr.Onaga”によります、「みんなのためのレクリエーション&レジャー」アメリカのレクリエーション事情についてのお話だったんですけど、アメリカでは障害児・者のためのレクリエーションがさすがにさかんです。日本でも障害児のレクリエーションをけっこうやってますけど、やっぱりたいてい障害児だけですよね。アメリカではそうではなく、一応障害児のためとはいえ健常児も一緒という考えで、レクリエーション事業をやっているようです。法律で決められていることもあって、行政が、そういったレクリエーションを企画しなければならないならないような事情もあってある意味大変なようですが、行政の中に専門の課が設置されているという話もあって、うらやましいですねアメリカは。
視察、講義と続きまして、その後はまた視察の予定だったのですが、視察先の都合がつかず、
一講義空くことになりました。そこで今までロクに観光もなかった(もともと予定されていなかったんですけど)このツアー、ご褒美といっちゃなんですが、この時間を自由時間となることになり一同大喜び。自由時間といってもさすがに遠出はできないので、大学周辺の散策(買い物)とあいなりました。大学周辺はさすがに学生の街ということもあって、いろいろなお店がありました。〔服屋・雑貨や・本屋・CD屋・カフェ〕等々その中でも目立つのが、おみやげ屋です。ここランシングは観光地ではありません
。(たぶん)ですから。そういった観光地ならではのおみやげがない。そのかわりといっちゃなんですが。MSUが観光名所といってもいいんですね(きっと)。それで、MSUのグッズが観光おみやげとなっているみたいです。このMSUグッズがすごい!なにがすごいったって。その種類の数がすごいんです。へたなプロ野球のグッズよりも多いですね。服の種類が多くて、Tシャツはもちろんこと、赤ちゃんの服まである。キーホルダーやバッジなどはほんの一部でしかなく、ぬいぐるみをはじめ台所用品スポーツ関係のグッズまでありとあらゆる様々なグッズが売られています。なんとMSUオリジナルのモノポリーまでありました。(今思えば買っておけばよかったなあ)あるお店ではおみやげ屋ではないかもしれませんが、MSUの服関係の商品が売られているお店があって、ビックリしたのが(あきれたのが)Tシャツが売っているんですけど、そこの売り場に表示されているのが《一枚買えば、2枚ついてくる!!》という表示(もちろん英語でですが)値段は19$99c。つまり3枚で19$99cってことですね。1枚だけ買ったら損そる訳です。それならはじめっからそういえばいいのに不思議なものです。僕は大笑いしてしまいました。日本円にしてみたらだいたい2500円ぐらいですから確かに安いんですけど、この感覚って(笑)恐るべしアメリカ(笑)。そんなこんなで安いと思ったのが逆に購買欲を引き出したみたいで、結局いろいろ買いまくっちゃいましたね。それから、この時、僕はアメリカの街を一人歩きしました。
セブンイレブンも一人で入りました。さすがにちょっと怖かったですけど。腹をくくってやってみたら。そんなに怖くはありませんでしたね。とてもいい経験をしました。そうそう。セブンイレブンは日本のようにきれいではなく汚かったでした。それに、ジュースは自分でサーバーからコップに入れるんですよ。ちょっと間違っちゃったりしましたけど。それから、本場のタワーレコードに行きました。ここは普通のCD屋さんでしたが、とにかく貴重な経験をしました。まあ、地域性もあったかもしれませんが、そんなにおそれることはないみたいです。話が戻りますけど、アメリカはプロスポーツがさかんなことと同じくらいに、大学スポーツも盛んなんですね。大統領がねぎらいに来るくらいだから。)日本じゃ考えられないことです。日本でも東大や早稲田のグッズがあるのかなあ。あっても鉛筆ぐらいだろうし、わざわざ買おうとは思わないですね(笑)
おっとまた本筋の話ではなくサイドストーリーが長くなってしまった。戻しましょう。つかの間の自由時間の後は再び講義です。講義といってもこれが一風変わっていて。レストランで夕食をとりながらのレクチャーなのです。講師は「Dr.スーザン・ピーターズ」で講義名は「世界のインクルージョンと特殊教育」。レストランは大学構内のレストラン(大学のレストランです)で敷居が高そうなレストランでした。講義を夕食を取りながらなんて考えられないですよね。ほんとに食べながらなんですから。レストランで待っていると、先生が登場し、メニューを選び終えるとおもむろに先生の話がはじまります。ふんふんと聞いていると。食事が出てきます。それでも先生の話は終わりません。いつ食べるのかなっと思っていると、一緒に来ていたバラット博士が食べているじゃありませんか。それはみんなでアイコンタクトしながら食べ始める我々。テーブルに料理が置いてあるので、ノートもおけず。落ち着かないったらありゃしない。食べながらだと集中して話も聞けない。うーんアメリカってこういうことって平気なんでしょうか。ぼくを含め他のメンバーも困ってましたね。さすがに気を利かせて、いったん話を打ち切りましたが。ところで、レクチャーの内容ですが。世界のインクルージョンと聞いて僕も興味津々だったのですが。正直な話いまいちでしたね。僕はもっと具体的なインクルージョンを実践している国を紹介をしてくれるのかと思ったのですが。例に挙げられるのはジンバブエなど聞き慣れない国ばかり。インクルージョンの理念のすばらしさを語るばかりで、実際にどの程度障害児がインクルージョンされているかデータを知りたかったんですけど結局教えてくれませんでした。そんなことを気にするよりもインクルージョンのすばらしい理念を実践しなさいということだそうです。ちょっととほほになりましたねこの時は。例に挙げられた国もインクルージョンの実践をしてはいるものの、フルインクルージョンまではやっていない様子。食事をしながらということもあってよくわかりませんでした。まあ。僕の理解力が足りないだけだったかもしれませんけど。そうそう、食事の方ですが僕はサーモンのベーコン巻きみたいな料理を食べたのですけど。はっきりいってまずかったでした。こんな格式が高そうなレストランでもおいしくないとは。けっしてレストランが悪い訳ではないんですよ。やっぱり日本人の口に合わないんです。きっと。
そんなこんなで、この日も終わりました。この日の反省会は、日本とアメリカの文化の違いみたいな話で盛り上がりましたね。
【2001年1月12日(金) 6日目 】
いよいよ最終日です・・・・・・なんですけど、すっかり記憶が曖昧で覚えていません(^_^;)これもいつまでも更新しなかったせいなんですけど。このツアーのメンバーの方々にも本当に申し訳ありません。うろ覚えのなかでなんとか思い出してみると、、この日の一講目は前日夕食をごちそうになった、ボーラン・ハント博士による「ADHDを持つ子ども達に家族でどう対応するのか」二講目が「ADHDを持つ子ども達に、教室でどう対応するのか」という講義で、具体的にADHDの子どもにどう対処し、指導するのかその方法を教えていただいたような気がします。メモもちゃんととってるんですけど、自分で書いてて要領が良く分からない。一番肝心の話で、それを覚えていなくてなにしにいったんだって言われそうですが、正直苦手なんですよねこういうの、体で覚えるタイプだから・・・・・でも、役にたちそうなメモを見つけました。ADHDの子のクラスでの指導法についてです。
・整理整頓をモラルとして見せる
・学校全体で統一する
・一日の予定を整理する
・一日の流れを掲示する
・家で午前中にやることを見せてあげる、書いてみせる
・(宿題などを)いっぺんにやらせようとすると忘れるので負担をなくしてあげる
・(家と学校で)教科書を二つ用意する
・サインの交換 子どもの体を動かせてあげる
等々です。分かりますか?そして注意力がない子への指導法として
・なにかをやったら戻す
・整理する方法を教えてあげる
・クラス全体でやっていく
・離しておくと社会的スキルが身に付かない
・やりたくなういことをがまんさせて。やりたくないことをやらせる
等々です。役に立つでしょうか?そういえばこの講義では、「考えるいす」というお話があって、落ち着きのない子は、別に「考えるいす」というものに座らせて落ちつかせるといったことをさせるみたいです。それから、ADHDの子どもたちのためのゲームが紹介されていました。これは写真にあるようなボードゲームです。こういったものが研究され、子どもたちのために作られているのはさすがアメリカだなあという感じがしました。

次の講義がコンサルタントのリンダポッターさんによります、インクルージョンについてのお話です。今まで視察でがっかりしてきたなか、興味深い話を聞くことができました。それは。ミシガン州のインクルージョンの現状です。ミシガン州は人工900万人で、そのなか180万人の5歳から12歳までの子どもが教育を受けています。そしてその中の189,000人のSNEのある子どもがインクルージョンされているようです。それらの子どもたちは14のカテゴリーに分けられ、557の学校に通っています。でもやはり重度の子どもは養護学校に措置されているそうです。ミシガンの定義においては、インクルージョンされた場合、特殊教育の先生はあくまでもサポート役で、普通学級の先生が責任を持つそうです。実際に見ることはできませんでしたが、話を聞く以上、ミシガン州ではインクルージョンが進んでいるようです。ただし、あくまでも各学校の裁量に任せている部分もあるので、ハイワサ小学校のようにゆるやかなインクルージョンを行っている学校も相当多いのではないかと思います。一応インクルージョンをしたことによりメリットはどういったものがあるか聞いてみたのですが、普通教育の先生が責任を持つようになることとか健常児も成績が上がったり問題行動が減り、質が上がったという報告があるそうです。障害児も成績が上がったり、進学率が良くなった等のメリットがあげられました。主な理由としては、先生が多くサポート体制が整っているから、またそれによって教え方もかわり、お互いにモデルをみて学ぶからということが考えられるでしょう。とにかくいいことづくめのような印象を受け、一様に鵜呑みにはできませんが、僕が考えているようなメリットがインクルージョンにはあると強く感じました。
最後は“ミシガン州地域医療科発達障害協議会ディレクター”のヴェンデラ・コリンズさんの話です。ミシガンには今あげたような発達障害者・児のための行政機関があり、その機関が障害児者のためにいろいろなサービスやさぽーとを行っています。地域の行政には必ずそういった機関があるんですね。日本にはないでしょう。各市町村にそういった障害児者のための機関が必要なのだと言うことを強く感じました。日本にも作ろうという機運もないですからね。絶対必要だと思うんですけど。日本では有志の団体のボランティア的な(それこそYMCAみたいな)活動ばかりですけど、アメリカではしっかり行政がサポートしている。一応福祉課というくくりで設置されている行政もありますけど、まだまだぬるい。どうにかしたいですよね。
ということで、ようやくすべてのレクチャーが終わりました。今思い出しても疲れましたね。あれだけ集中的に講義を受けたのは在学中にもなかったことだから大変でした。でも在学中と違って、興味と意欲をもって参加しただけにそれだけ得るものは多かったですし。楽しかったでした。
この日レクチャーが全て終わったということで、夕食が大学(直営って言えばいいのかな)のレストランで、全ての先生が集まったパーティが行われました。講義を受けに行って最後はパーティというところもさすがアメリカ、感動しましたね。まあレストランの食事の味は別としても、アメリカの文化の一部に触れていい経験をしました。その中では、なん人かの先生とお話をし、楽しい一時を過ごした訳ですが、やっぱり英語がしゃべれるようじゃなきゃなあ。なかなか会話がうまくいかず、つらかったでした。この瞬間は英語を勉強しようと思うんですけどね。日本に帰ってきたらすぐに忘れるなあやっぱり。最後は修了証のようなものと記念品をいただきました。記念品はマグカップです。ちゃんと今使っています。そんな修了証なんかもらえると思っていなかったので大感激でした。そんなに立派な研修会だったんですねあれって(笑)デザートのシャーベットの異常な酸っぱさに顔をしかめつつ、そのひのお別れパーティは終わった訳です。
【2001年1月13日(土) 7日目 】
そうして、アメリカ最後の夜も明けました。これからは日本に帰るだけです。名残をおしみつつホテルを後にした訳ですが、調子に乗っておみやげを買いまくってしまったので、帰りに荷物は大変なことになってしまいました。近くのコンビニで大きな袋を買い、それに詰めて持って帰った訳ですがその中には歌って踊るロブスターのおもちゃが・・・これアメリカでしか買えないと思って買ったんですけど、思いっきり日本でも売ってましたね(笑)確かに安かったんですけどちょっと後悔したなあ。出立するときにはもちろんお世話になった三人の女性にお別れの挨拶を言い。空港にむかい、また長い時間飛行機に乗ることになった訳ですけど、帰りは無事に日本に着けました。飛行機は帰りの方が長かったですね。それから機内食がまずかった!やっぱり機内食も同じ飛行機といえども日本で作ったものとアメリカで作ったものとはかなり違いますね。そういえばシカゴ空港のなかで恐竜の化石のレプリカだと思うんですけどその等身大のものが飾ってありました。このあたりもアメリカならではないでしょうか。
という感じで無事に日本に着いた訳ですが。日本についたら、とにかく日本のものが食べたくて食べたくて。本当だったらご飯に行くとこですけど、なんと羽田空港で売っていた、カツサンドを食べてしまいました。でもやっぱりうまかったなあ。その後食った吉野家の牛丼も。
最後に・・・・・・
やっと、このミシガン研修旅行記も書き終えることができました。あまりに自分が怠け者だったために完結させるのにこんなにも時間がかかってしまい申し訳ありません。そして、内容もすっかり薄くなってしまいました。まあもともと肝心の研修の講義の内容が薄く、いかに僕の記憶力が遊びの部分にしか働いていないことが露見し、恥ずかしい限りです。ごめんなさい。
最後に、この研修会に参加させていただいた北見YMCAの方々、そして数々の貴重なレクチャーをしてくださった、講師の先生の方々に感謝しつつ終わりにしたいと思います。