京・伏見から大阪・京橋まで

        
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京街道OneDayウォーク       
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伏見港公園から淀宿へ     2011.3.28



朝8時10分、伏見港公園をスタート点として出発


十石船が河原に置かれ休憩所となっている


東高瀬川が宇治川に注ぎ合流

 淀宿



2月7日、8日、ツーデー・ウォークで京街道を歩いたことは、一度書き込みました。
これは、いつか一日で歩けるか試してみたいとの思いの練習でした。また、コース
を確認したい思いもあったわけです。

 昨日3月28日、京都、伏見港公園〜大阪・京橋(大阪城公園京橋口)までを歩
いて 見ることにしました。どこでギヴアップしても京阪駅沿いに歩くので心配はあり
ません。

8:10−伏見港公園を出発しました。すぐ宇治川堤防の上を淀宿へ向け歩く。天
気は、昨日までの寒さは和らぎ、とても気持ちのいいウォーキングとなりました。

 



 いつも大阪から京都へ向けて歩いているのが逆となり、景色も新たな発見がある
に違いないと期待もしていました。淀に入る手前に「淀競馬場」が左手にあります。
京に向かうときは、競馬場をあまり意識することはなかったのですが、「JPA]の
看板とその下の時計がずうと目に入っていました。JPAとは日本競馬協会のこと
なのだろ かと思ったり、そういえばJR,JA,・・・とやたらと多くなった様に思います。



 淀城跡まで来て、休憩

歩数6,829歩距離約4.78キロ10分休憩。9:10AM

宇治川の堤防沿いを走る京阪電車の踏切を越え
淀宿へと入っていく
京阪線この辺りから高架工事中、前方にJRAの
看板が見える
予土神社本殿境内前で休憩・この境内横が
淀城跡 淀君の住んだ所は旧淀城で、妙教寺
にその跡がある
淀城跡堀端を過ぎた川沿いに咲く桜、早咲き
だろうか、満開となっていた
  御幸橋(ごこうばし)、みゆきと読みそうだが
  欄干のはしには「ごかうばし」と書かれている

石清水八幡宮から橋本


 次は石清水八幡宮のある京阪八幡市駅に向かうが、宇治川、木津川に
架かる「御幸橋」に出るまで、三角形の二辺を使って出ていました。これを
一辺で行けたらと思い 何度か挑戦してみたのですが、良い道が発見でき
ませんでした。今回も試してみたかったが、失敗して時間を潰すわけにはい
かないので、目で直進するコースを橋のかかりあたりからみていると、直進
するコースは宇治川の堤防に出ていることが分かりまし た。

ここから行くという発想がなかなか出来なかったのです。京街道を案内した
時もこの遠道をしたことになります。御幸橋を八幡市の向かうと男山が見ら
れ、違った風景でした。


 八幡市駅前で休憩。
 
 歩数13,014歩距離約9,11キロ 10:10AM



10分休憩して橋本〜樟葉に向かう。橋本に街道筋に古い民家は軒先に
欄間の彫刻のようなものが施されて珍しい。昔は橋本の渡しで木津川、
宇治川を渡っていたところ に齢千年と言われる大楠が立っていますが、
碑が立っていないので推察です。


樟葉に出るまで淀川の堤防をしばらく歩くことになりますが、ここは国道と
同じ道となり分離帯のない道で、大型トラックが横を走るので気が抜けま
せん。堤防を下りると枚方市の整備された街道筋となり、のんびりと歩け
ます。

樟葉駅前 11:20着  

歩数21,937 距離約 15、355キロ

12〜13時ぐらいに枚方まで行けるか微妙な状態でありました。
  齢千年と言われる大楠、橋本の渡し跡
 間の宿・橋本の家並みは欄間の彫刻が施されている

枚方宿

樟葉の手前には新しい「旧京街道に鵲 枚方宿東の見付け近くにある鵲橋 枚方宿・宗佐の辻


さかいまいけ公園・昼食弁当

 また、淀川の堤防と京阪線とに挟まれて歩くことになりますが、国道とは柵
で仕切られ て前ほど歩きにくいことはありません。牧野駅を過ぎ、阪今池公
園に来たころ丁度昼時となり、ここで昼食弁当としました。京街道を案内した
時のも休憩場所としたとこ ろです。


 街道は大きく蛇行して京阪線の踏切と国道をまたぎ、また国道に戻り御殿
山駅へと出てきます。枚方駅近くになると天の川に架かる鵲橋を渡ると枚方
宿の東の見付で、宿場に入る門番みたいなところです。枚方駅前には「宗佐
の辻」の道標があり昔、遊女との別れを惜しんだところだと言います。枚方市
は宿場の保存に力を入れ、いろんなものを整備しています。道路はカラー舗装
し、道案内もこまめにあります。

「本陣跡」は小さな児童公園となり、街道筋にはごく最近まで営業をしていたと
いう昔の船宿「鍵屋」があり、今は枚方市の資料館として公開されています。



 水面回廊

 枚方水面回廊で休憩。

 13:50 歩数35494 距離約 24,84キロ



 ここは京街道案内した時、記念撮影したところです。
ここでアクシデント。事故というより私のチョンボ。いよいよこれから大阪まで
歩けるか頑張りどころとなり、ここらで自分の写真をと、セルフタイマーでベン
チの横に柱にカメラを乗せて撮りました。そのまま直さずに、ノートに歩数等メ
モしてカメラをしまわず出発してしまったようです。

 今までとは逆に歩く街道も順調に進めて「光善寺」の屋根が見え始めたころ、
これをカメラに収めようとポケットに手を入れると、どこにもありません。もう1キロ

も歩いているし、時間も大分過ぎ、いまさら引き返してもカメラが同じ場所にある
可能性はほとんどないだろうとあきらめるところですが、その場所は人通りが少
なく、万々一あるかも分からず、戻って確認だけしようと戻り始めました。なけれ
ばこの先歩けるかの分かりません。90%あきらめていました。
枚方宿・船宿「鍵屋」歴史資料館
枚方宿・水面回廊ー散策公園
水面回廊で休憩

胸突き八丁

蓮如上人が開いた光善寺 難工事であった・茨田堤碑 淀川のとり水・茨田樋・小公園
鳥飼大橋まで来て守口宿へもう一息 一里塚跡 今日は何里歩いただろうか 守口宿の難宗寺

守口宿


 片道15分ぐらいかかるので30分の間そのままでいられるか奇跡がなければ
叶わぬこと戻ってきました。なんとなんと、そのままの姿で鎮座しているではあり
ませんか。周りには誰もいません。人が全然通らないことはないのによくぞ。

 奇跡が起きて急に元気になりました。足取りも軽くなったように光善寺までまた
来て、細い街道を進むと淀川の堤防の上に出てきました。まだかなりの距離を残
していますが、もう帰って来た気分です。土手の上の草に足を投げ出して休み、
遠くに淀川に架かる橋が見えます。2-3キロごとに架かる橋なので、ひたすら歩く
だけ。4時近くに迫ってきました。土手には「茨田堤碑」、「茨田堤樋跡」があり、そ
こを過ぎると鳥飼大橋まで来て、守口宿ももうすぐです。




 鳥飼大橋をくぐると、堤防を下りて守口市八雲、浄水道に前の道に「京街道」
の表示タイルが敷かれています。一里塚跡、盛泉寺、を通り、守口宿場通りへ
と出ると守口市駅ここで休憩。

 歩数 54,027歩 距離約37.81キロ  17:00 休憩。
守口宿場街道筋
守口祝街道筋に偽展示が見えてきた


夕暮れ迫る京街道


 もう日暮れまでには無理だろう。ここまで来たら、リタイヤーしたくない。
街道筋を律儀にも逸れることなく歩き進む。千林商店街を越えるころになると
照明の明かりが冴え始めた。真っ赤な夕日が沈みもう暗くなるだろう。
千林商店街の看板も夕陽に照らされていた

野江内代に来たころ夕陽が沈み始めた   看板の行燈に火が入り、赤提灯が目立つ 京橋筋商店ん入る

大阪・京橋にゴール

 野江内代で18:00となる。赤提灯が目立ち始めたころ京橋商店街に入る。
京橋駅ガード下の飲食店街を歩くサラリーマンの一団が行く手を阻むが、追い
越す元気がない。とうとう天満橋近くの京橋につきゴール。

 OMMビルに入って記録。

歩数 63,640歩 距離約 44.54キロ 

 さすがに帰ってパソコンを開くこともなく、風呂屋さんのラジューム温泉に浸か
り、ビールを飲んで寝ると、いつもになく眠りに入って行った。

       THAT’S ALL