道徳島大学合気道部師範 内 田 進「道とは源流を遡ること」最近お気に入りの言葉です。知人のFacebookに書き込みのあったも ので、21歳のドイツ人女性が言っていたというもの。彼女は茶道を習っていて、そこのお師匠 さんに教えてもらったそうです。 「合気道をするというのは植芝盛平を研究することだ」とは、わが師斉藤守弘先生からいただ いた言葉。まさしく我々合気道を学ぶ者は、源流植芝盛平を学ばねばなりません。よく斉藤先 生は「大先生の歴史を研究する人は多いけど、技の歴史を研究する人はいない」と仰ってまし た。前段の歴史は、年表に書き表せるような事柄と思っていいと思います。 我々にとって、大先生の出自や北海道開拓時代、大本教との邂逅などを知ることも大切なこと です。それと並んで普段稽古している技の変遷を知ることで、大先生の精神性、合気道の心と いったものがより直接的に我々に語りかけてくるものと思います。 例えば正面打ち一教。斉藤先生の入門時、正面打ち一教表技は今と同じように「我より打ち込 むこと」の形でしたが、裏技は相手の打ち込みに対して捌く形だったといいます。後年、裏技 も「我より打ち込む」の形になったと仰ってました。しかし、岩間以外の合気道は今も表技も 裏技も打ち込みに対しての技になっています。私は「我より打ち込むこと」が一の太刀に通じ 、合気道の「合わせ」を強く感じさせることに面白味を感じているのですが。 私は岩間で学んだ人間ですので、私にとって源流の旅は岩間を通ります。大先生は合気道の技 を岩の間を変幻自在に流れる水にも喩えられておられるので一興です。 昨年亡くなられたスタンレー・プラニン氏は大先生の技術書『武道』を発見した折、それまで 多くの個性的な師範の一人として認識していた斉藤先生の技と同じ技を大先生がやっているこ とに驚嘆したと書き残しています。大先生を学ぶのに岩間を通ることは間違いではないと確信 してます。 これから歩む道は、まだ荒地です。自分が歩んだ跡が道になるのです。流儀を遡ることと、自 らが歩んで来た道は同時進行の別々の道です。歩みを進めながら、色々な物事の源流を遡る中 で遊ぶことは当然愉快なことだと思います。 近年、少しずつですが、日本人に日本が解禁されつつあります。大先生は「古事記は合気道の 憲法である」と仰ってます。「宝典古事記」とも。日本に生まれれば日本人という次元ではな く、日本人として育って初めて日本人になれるという祈願を以って、日本の源流遡りを合気道 を杖として敢行し、我が道を作りたいと思うところです。限定条件岡山合気修練道場 筒井 義典私たちが現在稽古をしている合気道は基本的には型稽古。よく試合はありますか?と聞かれる 際は型の繰り返しですと答えている。そう聞いた人は素振りや同じ技を繰り返し稽古している ことを想像していると思う。実際に稽古をしている側からすると一つの型から要求される内容 の難しいことは誰もが実感している。型通りに動いたつもりでも相手に技がかからない。力む 、止まる、力任せになる。そのうち技をかけるほうなのに、なぜか動けなくなる。今はその動 くための体づくりをしつつ稽古をしている。 少し前に先生が型という限定条件の中で自由に動けなくてはいけないとおっしゃられたことが あった。確かに片手、諸手でつかまれた状態から技をかける。動きを限定された状態だ。そこ から呼吸投げ、小手返しなどの技になる。それは型の中であれば体は自由に動いてもいいこと になるが、まだ自由に動ける体ができていないので苦労している。 まあ、稽古では苦労をしているがこの限定条件下での稽古の取り組みが実生活で役に立ったこ とが最近実感できたので書いてみることにした。 考えてみると生きていく中で法律、校則、社則等々決まり事だらけの生活ではあるが、それに 抵触することがなければ特にトラブルなく過ごせるのではないかと思うようになった。交通ル ールは守っていても相手が守らないとこちらも不利益を被るので注意しなければいけない。私 自身極端なことはしていないので、別に息苦しさは感じない。 こと仕事に関しては限定条件が厳しかったおかげで売り上げを伸ばすことができた。私は製造 業の営業のため、基本的に自社で製造した部品を客先に届けている。しかし、工場のキャパシ ティは決まっているので溢れた注文分は外注に出す。(最悪は断る)品質管理の手間からも自 社で製造したほうがいいと営業全員思っている。お陰様で最近は客先全体で注文増なのですぐ に自社工場は溢れていった。私の客先は納期の短いところが多いので自ずと外に出さないとい けなくなる。会社の中では売上、納期、工場、他の営業と色んな縛りがある中でどう動くか考 えさせられた。結果的に工場、外注先に助けて頂き、恥ずかしくない成績になった。 稽古では動ける体を作る最中だが、その体が仕事では外注先に当てはまる。以前から体を作っ ていたからこそ厳しい条件下でも変わらず仕事ができた。あの状況での売上成績は私の一つの 自信になった。世界一難しい稽古だからこそ、それができた時の感覚は稽古をしていない者に とっては理解できない次元の達成感があるのではないかと思う。これからも稽古を続け、少し でも型の要求されるところに近づけるようにしたい。幹部交代、現役終了大久保隼人幹部交代して、仕事が増えて、新入生の数が心配になって、迄が昨年の氣流。 年度が替わって入った新入生の数は…一人。正直もう少し入るかと楽観視しちょって参りまし た。毎年、入部した人全員は残らんき残ってくれるか心配したけど、結果的に無事残ってくれ てよかった。 春も過ぎようという時期になったらインカレ関係の書類仕事が大学から回ってきて忙しかった。 四年おきに担当するせいでインカレを運営した先輩には直接聞けず、かつまともな資料も残っ てない状況でさらに試験も重なったもんやきまあ堪えた。四年後の後輩が使えるように資料を まとめてみたき役に立てば幸い。 それ以降は意外と平坦な日。三瓶合宿にも小豆島合宿にも無理やり日程調整(?)して行ってみ たり、岡山合同稽古があったり、常三島祭で演武したり。そしたらもう幹部交代合宿。去年の 合宿からほんとに一年経ったか?と思うほど早く感じた。 で、今。一年間主将やって、師範稽古毎に師範の技の受けをする機会がほかの人より一回は多 いという点がこじゃんとよかった。主将するがあおすすめ。幸熙が外務をやってくれたおかげ で仕事もそれほど多くのうて最初は緊張しちょったけど終わってみたら楽しかった。 至らぬところがあり内田先生にはご迷惑をおかけしたことがあるかもしれませんが、お世話に なりありがとうございます。以後もよろしくお願いします。氣・流――竹内幸熙合氣道に觸れ合つてから三年目となりました。日々日々稽古。愉しきけいこであります。近頃 は人數はぽつりぽつり、皆忙しくぽつりぽつり、この冬寒くぽつりぽつりでありまする。幹部 の仕事を終へたからか、ゆつたりとした心地の中で、稽古をしてゐる今日この頃。 幹部の時分は思へば有難く、人に何か傳へなきやいけぬ、間違つた姿をば見せられぬと、自 らの技、言動に責任を感ずる事の出來た機會でありました。體の變更をした折に指が曲がつて ゐた處、「後輩の指が曲がつてゐたら、皆お前の所爲だぞ」と師範に云はれた事は迚も恐ろし き事でありました。自分も先輩の體の動きを観て眞似てとしてゐた身。大先生から齋藤先生、 内田先生と受け繼がれた技を、自分が狂ふ切つ掛けとなつてはなりませぬ。大げさな書き方を しましたが、そんな心地でありました。自分の技は自分のみのものに非ざるのかしらん。 さて、斯かる寄稿文集は「氣流」と申します。入部してから斯くして文を、書くときはいつ も「氣流」の名前の由來は何かと思うてをるのでありまする。調べても氣流と申せば自然現象 の言葉にて、合氣道を足せば、この部活に行き着きます。「氣・流」と別けてみると、ふと思 ひ出しましたのは氣體・流體・柔體・固體の事。合氣道、固から柔に、柔から流に、流から氣 にと聞きまする。氣からはじまる合氣の技技を學ぶに固い稽古を日々我々はしてをりまする。 始め「氣流」の意圖は未だ解りかねまするが、氣流柔固の頭二字を取つたのか、固い稽古は普 段して、文集を以て氣・流について考へやうと云ふものか。考へると面白くなりまする。 「氣」と云へば氣を結ぶのは迚も難しう存じます。氣結びの太刀、之に限らず相手に合はせ る動き、早く反應するのではなく、合はせて動く。この域に行き着く時はいつ來るのやら、そ れでも之が面白いのでもありまする。「流」と云へば、流れでは斯うすると時折流れの稽古も 致しますが、澱まぬやうにと思ふと技が亂れ、技を確りと思ふと澱み出しまする。固い稽古の 重要性を感じさせられまする。日々の稽古は體の變更、體の變更氣の流れ、諸手取り呼吸法と 續きます。よく考へられてゐるものであると、つくづく思ひます。 急がば回れ(?)、合氣道の氣・流を理解するには、固い稽古をすることにある。さう考へ ると日々の稽古が尚更愉しくなる。そんな氣がするのでありまする。合気道を通して浅成康汰今年度は二月に初段に昇段してから中国に留学に行っていたのでほとんど稽古に参加できなか った。新歓やインカレの準備にも参加できなかったので残念に思う。ただ、四月には武漢で開 かれた合気会の講習会に参加して、100人を越える参加者と一緒に稽古できたのは、とても有 意義だった。中国でこれほど多くの人が合気道を稽古していることを知って、日本人として誇 らしかった。 武漢大学にも合気道部があり、少しは稽古できたので良かった。部員の中に有段者はおらず、 道場に通っている三級の学生が教えていた。一度道場にも行ったが、技を教えるだけで精神面 や礼儀作法を教える事は少ないのかなと感じた。五月に合気道を教えてくれと言われてからは 、合気道の精神面や日本人の思想、礼儀作法もできるだけ教えられるように努力したが、中国 語なので少しでも伝わっていたらいいなと思う。中国人に少しでも合気道や日本について理解 を深めてもらえる事ができて良かった。 合気道を教える中で、本部流の技や太極拳、その他の中国武術に触れる機会があった。技の動 きなどは全く別のものだったが、腰や体幹を重要視することはどの武術にも共通しているよう に見えたので、やはりどこかに通じるものがあるのだろうなと思った。 留学中に部活はあったものの普段の稽古量とは差がありすぎたので、七月のインカレや帰国後 の稽古は身体が鈍って衰えているように感じた。普段の稽古の重要性を再認識することができ た。自分たちが引退して、部員が少ししかいなくなって稽古も難しくなると思うが、後輩には 新入部員も増やして頑張っていってほしい。『合氣道三年目』小川 彩今年の気流も、一年間を振り返りながら思ったことを書いていく。また、合氣道を三年間続け て良かったことについても書き残したいと思う。 黄金合宿では、得意だと思っていた四方投げが全く通用せず、悔しかったことを覚えている。 直したい部分に注意して稽古すると、今までできていたことが疎かになってしまい、それに気 が付かないことがある。また、スムーズに技をかけたい願望が先にあると、投げるという結果 にこだわり、技の途中の動きが大雑把になってしまう。初段を取ってからの稽古がどんどん楽 しくなるということは、試行錯誤を重ね、まだまだ甘い自分の技に磨きをかけていくことだと 思った。 今年は、徳島で四国インカレが開催された。インカレを開催するにあたって、様々な手続き や会場の準備、大会の進行役を徳島大学が務めた。4年前に行われた徳島でのインカレがどの ようなものだったか曖昧であったが、主将が引っ張ってくれたおかげで大会の準備が順調に進 められ、無事にインカレを開催することができた。また、インカレ中では、内田先生や三輪先 生、お弟子さん、OBの先輩、他大学の合気道部の皆さんの支えにより大会運営をスムーズに行 うことができた。様々な人と合氣道を通して交流したり、師範稽古では改めて合気道の奥深さ を感じたりでき、とても楽しい一日だった。 夏合宿では初めて幹部稽古に参加した。1、2年生の頃は参加できなかったため、ついに参加 できるという嬉しさと、ついていけるかどうかという緊張があった。実際参加してみると、想 像していた幹部稽古とは違い、師範稽古後であったが疲れを忘れるくらい楽しくて、時間があ っという間に過ぎた。また幹部稽古に参加したいと思った。 三年間合氣道を続けてきて良かったと思うことはいくつもある。一つ目は、高校までは音楽 に夢中だったため分からなかったが、畳の上で稽古する気持ちよさに気付けたことである。板 間に比べて畳は衝撃を吸収してくれるため、安心感を持って稽古に励むことができたのは良か った。二つ目は、正しい受け身を教わり、けがをしにくい体づくりができたことである。受け 身ができるか否かによって、自分を守れる確率が大きく変わってくると思う。三つ目は、90分 間集中して合氣道に取り組むことで雑念が消え、稽古後には体が温まり、達成感が得られるこ とである。「えい」や「はっ」などの気合いを入れることで、気分が落ちこんでいるときなど は何かすっきりしたような気持ちになる。相手につかまれて動けない時には、体をどのように して動かすか考えたり、いろんな動きを試したりしていると余計なことを考えなくなり、集中 力が鍛えられる。そして、稽古後の達成感はとても気持ちがよい。四つ目は、合氣道を通して 礼儀作法を学べることや、合氣道の歴史や世の中の現状について先生からのお話が聞けること である。合氣道がさらに面白いと思えたし、世の中で起こっている出来事について自分なりに 考えを持つようになった。 合氣道をこれからも続けていきたい。徒然曽我部 萌あっという間に私ももうOGです。去年の『気流』に、「黒帯を締めた、頼りになる先輩にな りたい」と書きました。無事初段を取り、黒帯を締めるようにはなりましたが、頼りになる 先輩にはなれていない気がすごくします。もっといろいろなことを教えられたらなあと悔い の残る現役引退です。 合気道を始めて3年弱になりますが、振り返ってみるとたくさんのことを考えた3年だった と思います。技や体の動きについては理解が及んでいない部分も多々ありますが、「ここの 動きってこういうふうに解釈してるんやけど、あってると思う?」などと他の部員と相談し ながら稽古をしました。ただ、合気道での「考える」は奥が深すぎて、3年くらいではまだ まだわからないことばかりです。進捗状況は本でいうところの「はじめに」を読んだくらい でしょうか。技だけでなく、先生のお話を聴いて、政治や社会、日本文化についても関心を 持ち、考えてみるようになりました。また、幹部として、新歓の広報を考えたり、インカレ の文書内容を考えたりもしました。 他にこの3年でできるようになったことって何だろうと考えると、思いつくことはメリハ リです。おしゃべりしたり遊んだりしていても、道着を着て畳に上がれば稽古モードに切り 替える。ONとOFFの切り替えが以前よりもできるようになったと感じます。 ここまで合気道を始めてからいままでで何ができるようになったかなとつくづく考え、つ らつら書いてみました。技の習熟はまだまだですが、内田先生の指導の下、徳大合気道部の 一員として活動できたことはとてもよかったと思います。楽しく有意義に稽古をすることが できました。いままで合気道を通して関わったすべての人に「ありがとうございました」と 言いたいです。そしてこれからも稽古に参加し、さらなる上達を目指したいです。 最後に今年の目標を。まずは何といっても就職先を決めることです。そして卒論を書いて ちゃんと卒業できるようにすること。スムーズに内定をもらってまた道場に戻ってこれれば と思います。なかなかスムーズにとはいかない気がしますが、がんばります。責任をもって中村滉諒2017年を終えて、合気道部での今年一年を振り返って、一年目ではわからなかったこと や知らなかったことを知った年だと感じました。特に主将として部の運営において最も責 任が問われる立場になったことは去年の時点では想像することが出来なかったことでもあ ります。 主将として、技を間違って教えないように、師範の説明を一年の頃より注意深く聞き、 その原理を何とか理解しようと考える様になりました。とはいえ、一年の頃は考えていな かったわけではなく、知識として型を覚えている技が増えてきたことで一年の頃より理解 しやすくなったためであると私は考えています。そして、師範の説明を如何に聞いたまま 伝えることが出来るかということでも、こんなに悩むことになるとは去年は考えていませ んでした。師範の技は難解であり、その理屈すら理解できていないことが多いです。そん な状態では合気道のすばらしさを伝えることは難しいとも考えています。けれども、出来 るだけ自身が理解できたことを伝えて行ければいいと前向きに考えていきたいとおもいま す。 最後に、来年は大学三年となり、今以上に忙しくなることが予想されます。その中で、 如何に合気道の時間を確保し、一年生、二年生に合気道の魅力を伝えられるか、そのため の稽古を出来るかがこれからの課題であると考えています。そして、主将として、合気道 部をより活発にしていけるように責任をもって努力して行きたいと思います。気流中筋優人いつも合気道を教えられてばかりいた自分ですが、後輩が一人ですが入ってきたことによ り合気道を少し教える側の人間になりました。実際合気道の技を教えるとなるととても難 しく感じました。例えばいつも最初にする体の変更とこの気の流れと諸手取りの呼吸法こ の三つの基本でも教えるのがとても難しい。やはり自分がよく理解できていないと教える のもとても難しいと思いました。あと3ヶ月くらいで入学式があり新一年生が入ってくる のでその時には今よりほんの少しだけでも理解を深め、ほんの少しでも合気道の技のレベ ルを上げられたらいいと思います。 この一年で学んだことを日々の稽古にいかしていけたらいいと思います。この1年井戸垣信吾昨年、気流を書いてから早1年。今年も、昨年1年を考えさせられた。そのことで、悩んみ 、反省したことを書かせて頂きます。 初めに自分に稽古が必要であることは必然だが、数としてももっと必要であることを体感 してしまった。昨年10月の壱級への昇級審査中にかなり一杯一杯になってしまった。その 結果、技が頭から消えてしまい、乱取りで同じ技を繰り返してしまった。故、技を型とし て体に認識できるまで稽古をしようと思う。 「稽古」つまり「いにしえ(古)」を「かんがみる(稽)」。久方ぶりに、師範が自分の一年 時での新歓で仰っていたことを思いだした。初心を大切に来年も稽古に取り組みたい。 昨年、幹部交代があって、会計に成った。しかし、あまり幹部という実感もなかったが、 来年度 先輩方が4年生となって引退した立場になる。この現状を考えるととてつもなく 恐ろしく思えた。今迄、どれだけ先輩方に助けられてきたかが本当に実感してしまう。師 範が今年の初めの師範稽古で自分の出来ることだけを後輩に教えたらいいと仰られた。今 年、先輩に頼ってしまって、あまり後輩に教えることが出来なかった。来年は、先輩方が いらっしゃらないので当然だが、自分の教えられる範囲でいいので後輩にちゃんと自分か ら教えようと思う。 今年は、多くの事に挑戦したつもりだ。しかし、自分の容量を超えすぎた事をし過ぎて 、稽古や日常生活で疎かになってしまった。今年は落ち着て過ごそうと思うので、稽古出 来る機会が増えると思う。 昨年気流で部員に女子が欲しいと書いて、実現したので今年もここでそのことについて 触れとこうと思う。来年は部員が4人は欲しい。 今年一年、師範、三輪先生、先輩方、同期、後輩、有り難う御座いました。来年度も宜し くお願いします。先輩になり鳥越祐磨合気道を始めて一年が過ぎ、後輩が入ってきて私たちは先輩になった。 今までしてきた部活では指導者が常にいて練習を見てくれていたので後輩に教えるという 事があまりなく、あったとしてもアドバイスをする程度だった。 だが、合気道部では先輩から後輩へ技を教える。そしていざ教えるとなった時にうまく言 葉が出てこない。体をこう動かすとわかっていてもわかりやすく噛み砕いて教える事がと ても難しい。後輩ができてすぐは、誰かに何かを教える事がここまで難しいとは思ってい なかったので、正直ショックであったとともにこれからさらに精進していかなければいけ ないと感じた。だが一年間後輩とともに稽古をするにつれて思うようになった事は、技を 説明する時に自分でも今まで気がつかなかった細部の疑問などを発見する事ができるので 、後輩に技を伝えつつ自分の中でも技への理解を深めていくことができるということだ。 このように考えるようになってから技を教える時にわからない事があっても、先輩や同期 に相談し、議論しあい、普段から考えて稽古に臨むようになったと思う。 これからは幹部として部を引っ張っていかなければならないが肩の力を入れ過ぎずに同期 や後輩たちと一緒に楽しみながら成長して行きたい。気流 2018吉永有希私が合気道部に入ってから半年以上たち、もう年の瀬が迫ろうとしている。ついこの前入 学して合気道を始めたばかりのような気がしてならないが、順調に行けばもうすぐ学年が 上がるところまで来ている。思い返すと、インカレや合宿、遠征、文化祭といったことか ら、この部に入らなければ学ぶことができなかったことや教わることのなかったことが多 かったと思う。今まで先輩についていくだけだったが、今度は自分が先輩をやっていかな ければならない。今の一年生が私だけしかいないぶん、しっかり技を覚えて教える立場に なれるよう来年も精を出していきたい。
