史跡(中央区)
河村瑞賢屋敷跡 |
新川1−8江戸時代の豪商。海運・治水の功労者。明暦の大火で木曽の材木を買い占めて巨利を得た。学問を好み経済的な援助を惜しまなかった。墓は鎌倉建長寺山内の金剛院跡。 |
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鎌倉・建長寺の河村瑞賢の墓 | |
船員教育発祥の地 |
新川1−30 明治8年 東京商船大学を設置した地 |
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新川の跡 |
新川1−31−1新川公園内 開いた運河で波止場として栄えた。昭和23年埋め立てられた。 |
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新川大神宮 |
新川1−8 伊勢神宮の末社戦災で消失昭和27年再建燃えないようにということだったのであろうか,コンクリート製の味気無い社殿。 |
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於岩稲荷田宮神社 |
新川2−25−11明治12年(1879)に四谷の本社が 火災で類焼したのを機に,四谷怪談を演じていた市川左団次の所有地に御神体を分霊する形で移転した。その後,昭和20年(1945)に戦災で焼失。 戦後、四谷の於岩稲荷とともに復活。 |
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浅野内匠頭邸跡 |
明石町10,11 以外な場所 |
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お玉が池種痘所跡 |
岩本町1最先端医療試行の場 |
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築地居留地跡 |
明石町一帯 意外な場所から文明が開けた |
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シーボルト胸像 |
明石町あかつき公園 シーボルトが暮らした街 |
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アメリカ公使館跡 |
明石町8当時は海岸の直近であったと思われる |
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聖路加大学内 |
ガス灯 |
明石町1−15自然と街に溶け込んでいる |
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芥川龍之介生誕の地 |
明石町10文明開化に触れた芥川 |
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カトリック築地教会聖堂 |
明石町5−26昭和2年(1927)に再建されたもの。 ギリシア神殿パルテノン形式。 |
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築地本願寺 |
築地3−15−1開放的な寺 |
酒井抱一の墓 |
土生玄碩(はぶげんせき)の墓 | |
慶応義塾発祥の地 |
明石町10当時の文化の発信地 |
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蘭学の泉はここに |
明石町10 日本の最先端医療を担った地 |
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立教学院発祥の地・女子学院発祥の地 |
明石町10発祥の地が多い街 |
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聖路加大学 |
明石町10 自由な空間 |
聖路加国際病院トイスラー記念館 |
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歌舞伎座 |
銀座4−12−15街中で目立つ存在 |
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日本銀行 |
日本橋本石町2−1−1歩いていて見返ってしまう建築美 |
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三井本館 |
日本橋室町2−1人間の発想の多彩さを思わせる建築 |
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十返舎一九の墓 |
勝どき4−12−9東陽院橋の向こう側から見知らぬ世界の旅が始まる |
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十思公園 |
日本橋小伝馬町3−5江戸時代の伝馬町牢屋敷跡 |
公園内 時の鐘 |
吉田松陰終焉の地碑 吉田松陰顕彰碑 |
牢屋敷跡碑 |
日本橋 |
日本橋1道の基準点 |
道路元標 |
道路元標 |
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一石橋迷子しらせ石標 |
八重洲1−11江戸時代の告知板 |
満よい子の志るべ |
たづぬる方 裏は「志らする方」 解説プレート |
一石橋 一石橋の歴史プレート |
狩野画塾跡 |
銀座5−13−12 |
佐久間象山塾のご近所 |
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佐久間象山塾跡 |
銀座6−15 |
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松代藩士であった佐久間象山が開いた海防の兵学塾。 象山は塾生であった吉田松陰が密航に失敗したことに連座して国許に蟄居させられた。 |
小千葉道場跡 |
八重洲2−8坂本龍馬が通った道場 |
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土佐藩築地邸(中屋敷)跡 |
築地1−1(現中央区役所)坂本龍馬が住み込み千葉道場へ通った |
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蜊(あさり)河岸・志学館跡 |
銀座1−25幕末三大道場の1つ |
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鎧の渡し跡 |
日本橋兜町1 |
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蛎殻銀座跡 |
日本橋人形町1 |
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今でも人通りが多い |
玄冶店(げんやたな)跡 |
日本橋人形町2 |
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商法講習所跡 |
銀座6−10 |
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森有礼の私塾。一橋大学の前身。非常に読みにくい碑。 |
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森田座跡 |
銀座6 |
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歌舞伎の江戸三座の一つ。 |
第一番官立小学 坂本学校 |
日本橋兜町15−18 |
明治6年3月創立元細川藩下屋敷 |
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