八百屋お七の世界

 

史実

井原西鶴「好色五人女」

お七

1668年(寛文8年),千葉・八千代に生まれ,江戸本郷の八百屋八兵衛(又は太郎兵衛 又は徳兵衛)の養女となる。

(異説)お七の父は本郷森川宿の八百屋市左衛門

江戸本郷の八百屋八兵衛の実子。一人娘。希に見る美女。

一家が焼け出された時の避難先

駒込・円乗寺

(異説)正仙院

                 駒込・円乗寺

駒込・吉祥寺

吉祥寺

文京区本駒込3

相手

寺小姓・山田佐兵衛

(異説)生田庄之助

寺小姓・小野川吉三郎

放火した場所

駒込・大円寺

吉祥寺門番の子・吉三郎が,お七をそそのかし,寺に放火させた。

(異説)近所の商家に放火

                                    駒込大円寺

文京区向丘1−11

大円寺・ほうろく地蔵

自宅

お七の墓

                 駒込・円乗寺

              

駒込・吉祥寺比翼塚

相手のその後

庄之助は自殺を図ったが,思い直し高野山に登った。

出家

 

 


 


史跡・伝承

  

 

  

鈴が森刑場の別れの地・涙橋/鈴が森刑場/炙り台   

 

 

八千代市萱田町640

日蓮宗 長妙寺

お七生誕地。実母が密かにお七の遺髪を受け取り埋葬した。

 

 

密厳院(真言宗)

大田区大森北3―5―4

お七地蔵

                 お七の3回忌にあたる貞享2年(1685)に,供養のため作られた石の地蔵菩薩立像。

                 最初は鈴ヶ森に立てられたが,一夜のうちに密厳院に飛来したという。

                 中央に立っているのが「お七地蔵」。

                 若い娘だったので,振袖になっている。

                 縁結びの霊験ありとの話もある。

 

  

目黒区大圓寺(天台宗)

お七地蔵           石橋の石材

 

                         お七が恋した吉三はその後僧となる。

                         名を西運と改め,明王院(現雅叙園)に入りお七の菩提を弔い続ける。

                         ある日,夢枕で成仏したことを知り,お七地蔵を造った。

                         また多くの寄進を受け目黒川に石橋を造った。

                         注)大圓寺は明和9年(1772年)の行人坂大火

                           (江戸3大火:他は振袖大火1657年,車坂大火1806年)

                           の出火元であったため,長年再興が許されなかった。

 

お七の井戸

西運が水垢離を取った井戸

目黒・雅叙園

                                                                                                                        

 

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