アート、研究発表
1.小竹秀典 発表論文
中小企業診断協会 ../../book.geocities.jp/riken716kokujoh/
現代の諸子百家「数子(すうし」 ../../book.geocities.jp/suushi07/
2.小竹秀典 写真
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----------仲良し姉妹---------------------------------華厳の滝--------------------
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------------マオリのハカ(愛、地球博)-------------------ロシア人形(愛、地球博)-------
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-----------------お祭の歌舞伎行列(愛知県 豊川市 国府町)-------------
3.鈴木光男 手筒花火 2007年4月14日 愛知県 豊川市 国府町にて


鈴木光男さんは平成22年2月15日に亡くなりました。享年64歳でした。
鈴木光男さんを送る言葉
鈴木光男さん、永い間プラスチック成形の仕事でご指導いただきありがとうございました。会社の者だけでなく、日本中のプラスチック成形と金型に関わる人全員が感謝しています。鈴木さんの頭の中には、世界に通用するプラスチックの知識とノウハウが詰まっていました。これが鈴木さんの命とともに消えてしまうのは本当に惜しいことです。日本の損失です。
鈴木さんは、永年、国城金型工業で仕事をされ、ここ数年は東京第一合成で仕事をされていました。月曜から金曜までは東京で仕事をし、週末は豊川に帰る生活でした。町内のこと、特にお祭りと花火は最優先にするという条件で東京に来ていただきました。好きな仕事はするけれど、町内の付き合いを決して犠牲にはしない人でした。東京の会社の者も鈴木さんが上げる手筒花火を見に来ました。得意そうな姿が忘れられません。
鈴木さんは本当に頭のいい人でした。どんな困難な問題でも、必ず何らかの答えを出しました。それも具体的な現場での答えです。私たちはどんなに助けられたかわかりません。鈴木さんは職人魂を大切にされていました。自らが職人であることに誇りを持っておられました。プラスチックの業界の人は皆、一目を置き尊敬していました。日本の中だけではありません。韓国や中国に行っても、一緒に仕事をすればすぐにわかります。必ず「先生、先生」と呼ばれるようになりました。
鈴木さんの言葉はいつもユーモアに溢れていました。ウィットのきいた言葉がもう聞けないと思うと本当に寂しくなります。病気でいても鈴木さんがいてくれると思うだけで勇気がわいてきました。これからは、思い出の中にそれを見つけなければなりません。
鈴木さんは仕事を通じて周りの人に大きな影響を残しました。できの悪い後継者でも鈴木さんの言葉を分散してしっかり記憶しています。皆で寄せ集めて鈴木さんの知識を引き継いでいきたいと思っています。「鈴木さんだったらこうするだろう。」は私たちの合言葉です。心残りはあると思いますが、私たちの努力を信じて安らかにお休み下さい。
鈴木さん、本当に有難うございました。
会社を代表して
東京第一合成株式会社 小竹秀典
平成22年2月16日
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