桃園川 ももぞのがわ
Momozono-gawa River
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最終更新 04.5.14
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神田川の支流で、全区間暗渠である。中央線に沿っており付近はびっしり住宅がひしめき合う中、きれいに整備された緑道は多少の安らぎを人々に与えてくれる。
取り扱い区間:全区間 掲載方向:上流→下流
※写真はクリックすれば拡大。

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A地点、青梅街道の四面道交差点近く。水路跡らしきタイル張りの遊歩道がある。桃園川へ繋がっているのだが、これは青梅街道に沿った千川上水 (の分水) からの分水であり、本来の桃園川の水源ではないらしい。(04.1.3)
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B地点、天沼もえぎ公園前から下流側。(右) 北から合流してくる怪しげなコンクリート蓋水路がある。(04.1.3)
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C地点、上記コンクリート蓋水路を遡ったところ、本来の桃園川の水源、弁天池跡地。私有地である。フェンスで厳重に囲まれており何も見えないが、今も池があるのかも知れない。(04.1.3)
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D地点、日大二高近くから下流側。道路の中央にグリーンベルトとなり川らしくなる。(04.1.3)
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E地点、旧中杉通りから下流側。(04.1.3)
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F地点、中杉通りから下流側。道路となりこの先しばらく流路を見失う。しかもコンクリート水路があちこちに走っており迷いやすい。地面の最も低い部分を辿って南東へ向かう。(04.1.3)
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G地点、JR線架橋下から下流側。再び緑道が姿を現す。桃園川の名の由来は高円寺境内に桃の木が多かったことから徳川将軍がこの地を桃園と呼んだことによる*1。(04.1.3)
*1 現地の杉並区の案内板による。旧流路や千川上水・善福寺川の水を引いたことについても書かれているので現地を訪れたら参照されたい。
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H地点、高円寺駅近くの宝橋から下流側。(04.1.3)
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I地点、環七通りの高円寺橋から下流側。(04.1.3)
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J地点、杉並区と中野区の区境から下流側。橋の向こうは中野区。緑道の雰囲気も変わる。(04.1.3)
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K地点、大久保通りの宮園橋から下流側。欄干が一部残っている。(04.1.3)
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L地点、中野通りの桃園橋から下流側。ここも欄干が残っており比較的最近まで流れていたようにも感じられるが、暗渠化されたのは60年代である。(04.1.3)
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M地点、三味線橋から下流側。橋の袂に名の由来の説明板がある。(04.1.3)
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 04.1.3
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 03.10.13
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N地点、山手通りの宮下橋。道路工事に伴うボックスカルバート交換により、わずかな間だが水路が顔を出した (右)。雨だったため濁った雨水が流れている。(04.1.3)
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同じく宮下橋から下流側。(04.1.3)
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O地点、下流端の末広橋から上流側。合流点は広場となっており神田川の歌碑のある。(右) 神田川下流側から見た末広橋。左岸に桃園川の河口がある。
驚いたことに桃園川を石神井川あるいは石神川と呼んだ時期もあったそうだ*2。桃園川と呼ばれるようになったのは昭和初期のこと*3。(04.1.3)
*2 *3 現地の中野区の案内板による。杉並区のものと多少異なっている部分があり比較すると興味深い。
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 04.1.3
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 77年? 写真提供: 梅林俊輔氏
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末広橋の袂にある河口。右は梅林俊輔氏提供の77年頃と思われる同地点の写真。昔の末広橋は神田川と桃園川に跨る長い橋であった。
※神田川はこちら
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74年撮影の末広橋。以前の橋は桃園川にも跨っていた。なるほど末広の意味が分かったような気がする。
air photo:「国土情報ウェブマッピングシステム」より引用
(c) 国土交通省 http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/
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以上。
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